バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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Case.12「ややこしい問題は愛想笑いでかわすべし」

公開日時: 2020年11月10日(火) 23:21
更新日時: 2020年12月14日(月) 00:18
文字数:6,127

 橘勇青たちばな いさおという男に、愚魔との戦闘訓練をつけてもらうことになったエマ。先ほど味方してもらえたこともあり、エマはどこか落ち着いていた。

 

――敵ばかりじゃない、というか、そもそも愚魔狩は味方のはずだっつーの。おかしいのは釘塚のバカの方だ。

 

 心の中でうんと悪態をついても、釘塚に対する嫌悪感は収まらない。

 

「まあそんなにカリカリしないでやってくれよ」

 

 橘が缶コーヒーを一本ずつ、それぞれの手に握っている。

 

「釘塚は、大常盤さんと俺たち下っ端との中間管理職みたいな立場でね。色々なしがらみの中で人員派遣部長として働いているんだよ」

「とは言っても、私を拉致らちったという事実に変わりはないです!」

 

 エマの怒る理由はもっともだ、と橘は笑った。

 

「俺はこう考える。これ以上コウマに手柄を与えれば、大常盤さんは大激怒だ。釘塚に命令でもしたんだろうね。『コウマより早く真愚魔を倒せ』と。釘塚としては自分の持っている情報を最大限に活かした結果、君という存在が作戦遂行に必要かつ、コウマの足止めにもなってベターだと考えたんだろう。現に今、君に訓練をつけて実戦で使えるレベルにしようとしている。最低限だけどね」

 

 無理矢理におとさないと、辻褄つじつまが合わない。エマは当然納得などいっていないが、このまま戦場に送られて死ぬ方がごめんだ。

 

「ヒバナを知ってるんだってな」

「え、あ、はい! それこそあのときに」

 

 思い出す。図書館で出会ったときのことを。あの日を最期に、死んでしまうなんて思ってもいなかったが。

 

「いい奴だったろ。同期だったんだ。あいつとは」

「……」

 

 過去形で言い放たれた言葉。“だった”という言葉の重みは計り知れない。

 

「コウマのことはよくわからんし、釘塚の焦る気にもイマイチ乗っかれないし、高虎エマ、お前のことも何も知らん。だが、作戦は成功させたい。お前が必要だとわかっている以上、お前を鍛える必要がある以上、俺はお前の意志に関わらず厳しく鍛える。否が応でもついてこい」

「……」

 

 息を呑むエマ。橘の熱意だけは、人一倍伝わってきた。紳士的で落ち着いた振る舞いに似合わず、熱いハートを秘めている、とエマは感じた。

 

「わかりました。私にとっても、ヒバナさんのかたきということには重みがあります。戦えるようにしてください」

 

 エマが頭を下げる――と、橘は左手に持っていた缶コーヒーをエマに向かって優しく放った。

 

「おっと」

 

 つたなくもキャッチするエマに、橘は笑いかける。

 

「微糖派とは言わせねえぞ」

 

 無糖のブラックは飲めた試しが無いエマだったが、嬉しそうにその缶を握っていた。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「最近、エマと連絡が取れないんだよね」

「マジ? 授業は?」

 

 図書館で勉強をしているのは、エマの友人である鷹津奈緒子たかつ なおこ。そして、岩城陽介いわき ようすけ楠山担くすやま かつぐもいる。岩城の問いかけに、ナオコは首を横に振る。

 

「……昨日のプロ文にも出てなかったし……外国語演習にもいなかった」

「……や、やっぱこないだの彼氏と遊びまくってるのかなあ」

 

 楠山の言葉に岩城も、ナオコも反応した。同時に二人から顔を向けられ、困惑する楠山。

 

「な、なに……俺へんなこと言ったか?」

「……こないだのあいつ……あの金髪イケメンのことね!」

「……あいつか」

 

 目を輝かせるナオコに対し、岩城は落ち着いていた。

 

「しゃあねえ。今日はじゃあビリヤードでも行くか!」

「ええ、私ビリヤードなんかできないよお」

「大丈夫。ヨウスケめちゃくちゃうまいから、教えてもらいなよ」

 

 楠山の言葉に乗せられ、ビリヤードをすることになった3人。すぐにアミューズメントパークへと向かった。

 

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

「本当にここなんでしょうね」

 

 蜂野スズメが生井ダイトに話しかける。コウマを含め、3人は……電撃の真愚魔を捜索するためある書店に来ていた。

 

「はい。俺が掴んだ情報では、あの悪魔は図書館に出てくるのが、3度目なんです。一度目はここ、Bookonブック・オン堅海店。二度目はこの横、アミューズメントパークAround20アラウンドトゥエンティ

「……一体何を根拠に」

 

 コウマは懐疑的だ。

 

「以前から俺は……こういう悪魔がらみの取材を続けていて、今あげた場所で、だいたい人ひとりが失踪しているんです。いなくなった現場は、いずれも……今あげた書店、アミューズメントパークの男子トイレ。不自然な焦げ跡も見つかっている。焼殺にしては死体や証拠が出なさすぎる点、遺留品がトイレに全く流された後がない点など、不自然なことが多くて……悪魔、というか……あなたたちの言うところの“愚魔”に襲われたと考えるのが自然だと……思ったんです。そして、図書館にも同じ焦げ跡が見つかった」

「殺し慣れしてるやん」

「手練れね」

 

 生井の言葉は、コウマもスズメも信じざるを得ない。信じるだけの材料が、彼らにはありすぎる。

 

「これらのことをヒントにすると、犯人は生活圏の狭い堅海大学生で間違いないんです。近辺に実家か下宿がある」

「妙だわ。普通、だいたいの真愚魔は特定を恐れて“捕食”の現場は生活圏から外すと思うんだけど」

 

 スズメが疑問を呈する。頷くコウマ。二人の方が圧倒的に愚魔の生態に詳しいので、生井は反論の余地がない。

 

「図書館で出会ったとき、奴の方から魔力を出していた。せやから俺らは駆り出された。多分、愚魔狩との戦闘はあのときが初めてやったんちゃうやろか」

「特定を恐れる愚魔が、愚魔連に検知されるような高魔力を出すなんて、さらに妙ね」

 

「あ、あの……」

 

 息詰まる二人に、生井が話しかける。

 

「その、魔力を出す瞬間って、どんなときですか? 例えば、力を使うときとか、おなかがすいてとか、いろいろあると思うんですけど……」

「おなかがすく……か」

 

 コウマが思案を始めた。1分ほど。短いようで、長くも見えた、この時間。彼なりに答えを出したのか、二人に問う。

 

「生井ダイト、真愚魔は堅海大学生だって、言ってたやんな?」

「え、まあ……はい」

「それやったら、スズメ。餌魔えまであるエマの存在を、認知していないわけがあるか?」

 

「……同じ大学内にいたら、嫌でも気づくでしょうね。ご馳走だもの」

 

 スズメの答えに何度も頷くコウマ。

 

「例えばよ、焼き肉焼いてるときにな、特上カルビを大事に大事に育てているとするで」

 

「は、はあ……?」

 

 いきなりのたとえ話に首をかしげる生井とスズメ。

 

「まだ焼けてへんそれを食べようとする、食に無理解な阿呆あほうがおったら、お前らはその肉をどうする?」

「守る」

「自分の皿に移してでも……守るかしら」

 

「そう、おそらく真愚魔も同じことをしようとすると思うんや」

「ってことは……」

 

 スズメが勘付いた。コウマの推理に。

 

「エマちゃんの近くにいた人物ってこと?」

「せや」

 

 顔は思い浮かんでいるコウマ。図書館であったあの三人。あの日、エマと会う約束をしていた、あの三人の誰か。

 

「特上の餌魔を前に、テンションが思わず上がってしまった真愚魔は、高い魔力を出してしまった。故に俺らに気づかれた」

「それが、三度目の登場、図書館での出来事ってことなんですね」

 

 生井もここで理解する。そしてコウマは頷き、続けた。

 

「……エマがおったら一瞬でコンタクト取れるんやが、畜生、これも釘塚のねらいか?」

 

 頭を使ったせいか、今の一瞬で急に溜まったイライラのせいか、外の空気を吸いたくなったコウマ。生井とスズメに一声かけ、自動扉を開いた。ふうっと息を吸い、吐く。脳内に酸素が巡りわたる感じがし、少し落ち着いた。空を見上げ、道の方を見渡す――と、三人の大学生を見つけた。

 

「……あれは」

 

 三人の談笑する大学生。エマの友人である、鷹津奈緒子、楠山担、岩城陽介の三人である。

 

「おっ、あれ……」

 

 楠山が呟いて指を差す。それにつられて鷹津奈緒子と岩城陽介も指の先を見る。コウマと目が合う。

 

「あ、エマちゃんの……」

 

 鷹津が口を開くのをそっと抑える岩城。

 

「ナオコ、皆まで言うな」

「そ、そうだね……」

 

 そのまま隣のアミューズメントパークへと入っていく3人に、視線を外さぬまま息を吐くコウマ。

 

――あの三人のうち、誰かが真愚魔。ヒバナさんを殺した奴がいる。

 

 

 単独で追うのは、気が引けた。己が身一つで、電撃の真愚魔に勝つ自信は、準備無しには出てこない。しかし、それでも、一歩……隣の店舗へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

――奴はきっと俺を知っている。だから、俺が仕掛ければ相手は応えるはずや。

 

 受付を通り過ぎ、そのまま二階の男子トイレへと向かう。二階は、ボウリングとビリヤードをするところがある。

 

「来てそうそう捕食するとは思えない……が」

 

 男子トイレの扉を開くと、空気が変わった。圧が、これでもかと押し寄せてくる。手洗い場をなんとか通り抜け、奥の方へと歩いていくと、“そいつ”は“いた”。

 

「やあ……“一応”初めましてと言っておこう。“この姿”を見せるのは初めてだ」

 

 そこだけが闇かとでもいうほど、真っ黒な身体。消炭よりも黒いそれは、あらゆる光を吸収して、黒く、黒くなっている。間違いない。ここにいるのは、図書館の真愚魔――ヒバナを殺した、電撃の真愚魔だ。

 

「声は聞いたことあんねんで」

「図書館の時だろ。あの愚魔狩が無線で話していた相手か」

 

「せや」

 

 くくく、と引き笑いする声。コウマは身が引き締まる。

 

「やんのか?」

 

 降魔の剣を手にかけ、臨戦態勢に入るコウマ。電撃の真愚魔は首を横に振る。

 

「……俺は戦うつもりでここにいるんじゃない。君と話がしたかったんだ。これでもおしゃべりは好きだからね」

「……俺は嫌いだ」

 

 不機嫌そうにため息をつく真愚魔。目が赤いからか、表情は読み取れる。

 

「……なら手短に言うよ。僕は、君たち愚魔狩に提案をされたんだ。『13日後の6月13日。堅海大学にて、電撃の真愚魔を待つ。お前たちにとっての特上の餌、餌魔をかけて、俺たち愚魔狩と戦おう』というメールが来てね」

 

 驚いた。メールの内容にもだが、何者かがメールを送ったという事実に。

 

――日愚連はとっくにこいつを特定できているのか?

 

「残念だけど、君の予想は“はずれ”だ。このメールは一斉送信。おそらく大学の事務局をハッキングして送信したんだろう。魔力を流し込まないと開封できないメールだったから一発でわかったよ。俺の正体に、喉元まで来ているって」

 

――一体、だれが? 少なくとも堅海大生という情報を手に入れていた? メールに魔力の細工ができる愚魔狩なんていたか?

 

 もし釘塚が根回ししたのだとすれば、自分たちよりもとっくにこの真愚魔の情報を多く掴んでいる。二週間後に、作戦決行できるだけの準備は整っている。エマはそこで、戦わされ、危険な目に遭う。

 

「……なら、俺は今ここで、お前を倒さなきゃいけねえ」

 

 コウマは刀を抜いた。釘塚よりも早く、この真愚魔を倒さなければならない。至上の命題だ。

 

「はあ……話のわからない脳筋は好きじゃない」

 

 真愚魔は左手を挙げた。

 

「……罵詈罵詈散荼雷球」

 

 電撃をまとった光の球が左手の先に出来上がっている。

 

――一瞬で攻撃する光の球ッ!!

 

 距離を取ろうと一歩引きさがるコウマ――の元へと投げられる光の球。閃光が瞬く。

 

 

 小窓を突き破る音――両腕を大火傷し、背中に窓ガラスが突き刺さった跡が残っているコウマは、そのまま外に投げ出された。

 

「ぐっ……ざけんなッ!! おいッ! すぐにおいかけてやるッ!!」

 

 叫ぶが、小窓の先はもう見えない。思えば、自分がギリギリ入れるサイズの窓だった。

 

「ちきしょうッ!!」

 

 追いかけようにもしびれて動けない。焦る気持ちと裏腹に、痛む背中と悔しさが、彼を苦しめていた。音に気付いてか、スズメと生井がやってくる。

 

「な、何事!?」

 

 二階から落ちたコウマは決して軽傷ではない。スズメは救急車を呼ぶしかなかった。

 

 

 

 

――これは宣戦布告。エマをかけて戦おう。降磨竜護。

 

 

 

 

 

 一方、その戦いの渦中にある高虎エマは、橘勇青と特訓をしていた。

 

「高虎エマに質問だ。対愚魔たいぐま7つ道具は何がある?」

「えっと……含魔銃ガンマガン不可視認結界ブラインド祓魔の札ふつまのふだ量産型短刀クイックソード魔爆弾ボマー緊急抗魔薬きんきゅうこうまやく圧力式助魔器あつりょくしきじょまき

「じゃあ、その中で使ったことがあるのは?」

 

「含魔銃と、不可視認結界だけです」

 

「この対愚魔7つ道具を使いこなせるだけで愚魔狩としての実力者にはなれる。なぜなら、俺は対魔力がほとんどないザコだが、この7つ道具の達人として……5段まで上り詰めたからだ」

「……す、すごい」

 

 そう、橘勇青5段は、対愚魔7つ道具の達人――己が身一つだけでのし上がってきた本物の実力者なのだ。

 

「まあ、俺が戦えているのはお前が最後に言ったこいつ、圧力式助魔器……アシストポンプって呼ばれてる道具のおかげだ」

 

 ピコピコハンマーの音がなる部分のような、安物の空気入れのような、そんな見た目をしている……とエマは感じた。何せ使うのは初めてである。当然、コウマが使っているところも見たことはない。

 

「こいつは、小さな魔力を圧縮して貯め込み、高い魔力を含魔の弾丸や短刀、祓魔の札に込めることで応用できる代物だ」

「む、難しいです!」

 

 エマには話が入ってこない。ややイメージがしづらいのだ。

 

「そうか……お前にはまず“対魔力のコントロール”からしねえといけねえか」

 

 対魔力――それは愚魔狩が愚魔と戦うために使う力。全人類多かれ少なかれ持っているが、それを生まれたときから扱える人間はほとんどいない。

 

「お前の場合、初めて会った愚魔狩が降磨竜護っていうイレギュラーみてえな奴だから、こういう基礎は教えてもらえねえわな」

「はい」

 

 改めてコウマの非常識さを思い知るエマ。どこかでくしゃみでもしておけ、と鼻で笑う。

 

「対魔力での戦い方は主に二通り。ヒバナが刀で戦ったり、含魔銃の弾丸に魔力が込められていたりするのは、対魔力を“道具に込める”ことで戦う方法。コウマが飼っている愚魔、紅蓮閻魔ぐれねんまの炎なんかは、あれは魔力を込め、具現化することによって発現した“能力”だ。蜂野スズメの“毒”や、妹の“目”なんかもそれだ。愚魔狩はだいたい、対魔力を道具に込めたり、能力として昇華させたりして戦っている」

「ほう……」

 

 含魔銃を見るエマ。

 

「でも、私は弾丸に対魔力を込めたことなんてないですよ?」

「ああ。含魔銃自体はただの銃だ。そいつが特別なのは弾丸の方だ。と、少し話はれたが」

 

 咳ばらいを一つする橘。

 

「お前には祓魔の札、短刀、魔爆弾の3種類を使いこなせるようになってもらう。対魔力のコントロールを覚え、圧力式助魔器アシストポンプで対魔力を増幅させ、道具を正しく巧く使うことで戦いのバリエーションを増やす。これができて初めて一人前だ」

「は、はい!」

 

 元気に返事をするエマを見て、考える橘。

 

――釘塚の話によれば、機転の利き方、状況判断の速さは素人離れしている。運動神経も悪くなさそうだし、鍛えればモノになる。となるとやはり……“圧力式助魔器アシストポンプ”を扱えるように特訓すべきだ。

 

 

 

「高虎エマ、このポンプに魔力を込める練習をしよう。これに魔力を込められるようになれば、短刀、札、魔爆弾を強い対魔力で扱うことができる」

「えっ……こうですか?」

 

 

 ポンプのようなものを使って、対魔力をため込むことに成功しているエマ。橘は咳払せきばらいを一つ。

 

「……うん、次のステップへはすぐに行けそうだな」


 多少困惑の色は隠せないが、どうやらエマは次のステップにいけるらしい。素直には喜べないが、一歩は進歩した。

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