バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
さまー

Case.11「上司同士の喧嘩が一番厄介」

公開日時: 2020年11月3日(火) 23:00
更新日時: 2020年12月14日(月) 00:18
文字数:6,183

何をしていたのか、思い出せない。それぐらい疲れていたのだ。コウマが目覚めた時、そこは――マンションの自室だった。


「……嘘だろ」


 あたりを見渡す。部屋は少しも片付いていないが、デジタル時計の表示は23:30だった。


「……寝てたのか……けど。鬼型は倒した……」


 思い出している。ヒバナの顔を。彼が遺した仕事は、これで全て片付けた。しかし、片付いていない件が一つ。真愚魔上位種。電撃の真愚魔だ。


「……しかしだな、なんでお前さんがここにおるんや? スズメ」


 部屋の隅で不快をわかりやすく顔に表す女性――蜂野スズメがそこにいた。


「……コウマ、いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」


 コウマは身体を起こし、スズメの顔を見る。


「いいニュースから」

「……あなたが浅葱閻魔あさぎえんま――鬼型の愚魔を倒したっていうのは夢じゃない。現実に……あなたが討伐したという“討伐情報”が更新されていたわ」


 スズメがスマートフォンの画面を見せてきた。たしかに、そこには討伐情報が書かれている。『鬼型の愚魔、降磨竜護(8段)によって討伐』と。


「……悪いニュースってなんだ?」


 コウマの問いに、スズメは視線を落とした。


「……エマちゃんが、釘塚サンに攫われた」


 そのスズメの言葉に、舌打ちを一つ。ベッドに拳を叩きつける。


「あの野郎……助けは寄こさへんくせに。つくづく約束を守らへん男やな」



 深呼吸を一つ。窓の外を二秒ほど眺め、もう一度スズメの方を向いた。


「……釘塚さんの目的は?」

「……おそらくだけど、良い使われ方はしないわきっと」


 スズメは彼の表情を探りながらでしか語れない。


「それは、高虎エマとしてか? それとも……“餌魔えま”としてか?」

「どっちにしても、よ」


 二度、頷いた。一つはスズメの言葉に納得したという合図。そしてもう一つは、彼自身の決意の頷き。


「……電撃の真愚魔討伐隊を、きっと釘塚さんは組んでいる。そのメンバーの中にあなたが入るかはわからない。けど……エマちゃんがその中に組まれて、まともじゃない働き方をさせられる。きっと釘塚は、電撃の真愚魔討伐の成果を欲してる」

「……ってことは、俺は入れてもらえへんやないか」


「そういうことに……なるのかもしれないわ」

「……俺は黙って指くわえるべきやと思うか?」


 スズメは、同意はしない。


「方法は二つある。正直、二つともおススメできないけど」

「教えてくれへんか?」


「一つは……釘塚さんの本拠地に乗り込んで、エマちゃんを奪還しに行く。ただ、これは……愚魔連大常盤派を敵に回しかねない大事件になるわ」

「お前の立つ瀬無くなるやろ。二つ目は?」


「……私たちが、その討伐隊よりも早く、電撃の真愚魔を見つける」

「……そっちの方が、まだ……現実的やな」



 スズメは玄関へと向かう。


「行くわよ……」

「妹はつれていくのか?」

「連れて行くわけないでしょ。妹は、権力争いに巻き込みたくないの」


 コウマもそれについていく。


「俺とお前の二人で、ヒバナさんを一方的に殺すような真愚魔を倒せってか? エマなしに?」


 ここではっとする。コウマ自身、真愚魔探しに関しては、どこかエマを頼っていた部分があった。餌魔の能力も、堅海大生に紛れているという可能性も、それらを考慮すればエマは助けになると思っていたのだ。


――つくづく要らへんことしてくれよるわ。


 釘塚に対する文句を頭の中で述べたところで、スズメがコウマの質問の答えを出す。


「……協力者はいるわ。エマちゃんから聞いてたの。週刊ダイナマイツのマスコミ少年くん」


 さらに、玄関のドアを開けたところで、携帯の画面を見せてきた。


「……しかも、連絡先まで教えてもらっちゃった」


 スズメの不敵な笑みに、コウマは苦笑いを浮かべ、部屋を出た2人。



◇ ◆ ◇ ◆



 小さな会議室と思われる部屋。電気はついていないが、日当たりが良く白い壁でできた部屋のため、ブラインドで日光を隠していても明るい。高虎エマはこの小さな部屋で朝を迎えていた。


「良い夢は見られたかな? 高虎エマ」


会議室の扉が開き、中へと入ってくるのは、銀色のワゴンに2人分の朝食を乗せて運んできた男、釘塚だ。顔を見せないためか、サングラスをかけている。


「知ってます? 夢って眠ってるときの脳内によって変わるんですよ?」


 目の下に薄暗いクマを作ったエマが不機嫌そうに答える。鎖つきの手錠で壁と繋がれている彼女は、この会議室と、横に備え付けられているトイレのある小部屋へしか行けず、昨晩から外どころか、廊下にすら出ていない。


「知ってるとも。君を助手として雇ってる男――コウマの無事が知りたいんだろう? あ、ところで朝食はパンかライスか、どっちがいい?」


 釘塚の薄ら笑いに鳥肌が立つ思いのエマ。意地を張っても腹は鳴る。


「……そこの2人分、どっちも食べる」

「おっと悪いね、片方は俺のなんだ」


 コイツ、飯運んで出ていかねえのかよ、と舌打ちを一つ。


「じゃあ、ライス……和食の方で」


 鎖の伸びが届く範囲に、ワゴンが運ばれ、釘塚は自分の分の朝食を少し離れたテーブルの上に置く。エマはその間にワゴンの上に置かれたお盆――ご飯と味噌汁と焼鮭の乗せられたお盆を手に取る。


 彼女自身、自分が何らかの理由で攫われたことは理解していた。そして、その理由の中に、自身が愚魔を引き寄せやすい体質であること、つまり、餌魔であることが入っていることにも勘づいていた。


――コウマさんが無事だってことは信じられる。スズメさんもミツハちゃんもいたし、それより、このサングラス男の目的を探ることと、私がここから抜け出す方法を考えないと。


 そう、エマはまだこの男が、釘塚くぎづか=クリストフ=天智てんじであるということには、気づいていない。ただ、釘塚という男が自分たちを追っていたことは、なんとなくではあるが思い出していた。


「こんなところに私を軟禁してるってことは、何か目的があってですよね?」

「……うん、そうなんだけど、高虎エマ、君えらく落ち着いているね」


 感心の態度さえも見せる釘塚の言葉を聞いたせいか、おいしいはずの味噌汁が泥水に見えてしまう。


「それとも、あれか……あの降磨竜護ろくでなしといつもこんなプレイを楽しんでいるのか?」

「……最低」


 細く長く、白い脚でワゴンを蹴り飛ばす。釘塚の膝下まであと数センチというところまで車輪が回った。ここでまた舌打ちを一つ。


「見かけによらず野蛮だねえ」

「誰のせいよ」


 優雅にパンをちぎり、バターナイフにつけたジャムを塗る。あくまで余裕の姿勢を貫き通す彼の鼻を明かしたい。エマは考えた。


――何か言ってこいつを驚かせてやりたい。まあきっと愚魔狩の関係者だし……。


「コウマさんとは、敵対してるんですか?」


 エマの問い。これに対し、釘塚はサングラスを外してエマと目を合わせた。目力の強いぱっちり二重まぶたが意外で、逆にエマが驚かされている。


「味方だよ。俺もこれでも一応愚魔狩さ」

「じ、じゃあ……この前ヒバナさんが死んだ件も知ってますよね?」

「まあね」


視線を真っ白な天井へと上げた釘塚。


「君よりは付き合いが長いと自負している」


 見た目はヒバナくらいか、それより少し若いくらいを想像させる。服装がフランクな私服のせいか、30代前半に見えた。


「……電撃の真愚魔、ご存知ですよね?」

「ああ。当然さ。今愚魔狩連合を一番悩ませる存在さ」

「私、あいつの情報持ってますよ。解放を条件に教えてあげても――」


 テーブルの上にバターナイフを乱雑に置く音がした。金属のカランという音が静寂を招く。


「甘く見ないでくれるかな? 5級ごときが、7段の釘塚に交換条件を出そうなんて随分と見くびられたもんだ」


――7段……釘塚……こいつが!?


 点と点が線で繋がった。エマは彼なりの思惑を、必死で思考する。今までの、コウマやスズメとのやり取りを思い出す。


「釘塚さんって、スズメさんたちの上司ですよね?」

「なぜこんなことを? って思ってるの? だとしたら脳内お花畑通り越してフラワーガーデンだね」


 全くもって意味がわからない。


「コウマさんに手柄取られたくないってことですか?」

「そんな単純じゃないよ、とにもかくにも、たったそれだけの理由で君をこんなところに軟禁しない。俺が見てるのは、よっと先……人類の未来と愚魔連の未来さ」


 スケールの大きな話は基本胡散うさん臭い、というのはエマにとっては死んだ祖母の教えにあったことだった。鼻で笑いたい思いをぐっと堪え、眠たい目で睨みつける。


「私を軟禁することが、どう人類の未来に繋がるんですか?」


「君は察しが悪いね」



 先程から脳内の血管を膨らませられている気がする。



「君を使って電撃の真愚魔を誘き寄せる。君を、電撃の真愚魔討伐隊の特別補助員として任命する」




 手荒だな、というのがエマの第一印象だ。


「これはお願いではない。命令だ。君に拒否権はない。君が気を失っている間に拇印ぼいんも押してもらっている」

「そんな手口、闇金業者ぐらいでしょ。借金延滞したことなんかないってのに」


 あくまでエマの言葉に耳を傾けるつもりはないらしい。釘塚は続ける。


「特別補助員に任命する以上、規約があってね。君は3級に飛び級してもらうことになった。感謝して欲しい」

「こっちのセリフだバーカ」


 幼稚な煽り文句にも眉一つ動かさないどころか、その揺るぎない目をずっとこちらに向けている。


 私が餌魔であることなど、既に承知済みか、とエマは全てをあきらめるように笑った。


「当然、私や、私を助手として雇うコウマさんにも手柄は渡りますよね?」

「まあ、君にしかできないことだからね」


 私にしかできない。本来なら言われて嬉しいはずの言葉だが、状況と相手が悪すぎる。


 呑み込んだ、と捉えた釘塚。手錠の鍵を外す――瞬間、エマは彼のこめかみめがけてハイキックを仕掛けた。


「やっぱり手荒だ。でも君は戦い慣れていない」


 長い脚から放たれたハイキックは、釘塚の左腕に阻まれる。エマは眉尻をピクピクと動かしながら舌打ちを一つ。相当イライラが溜まっていたようだ。


「当然君のことは鍛える。そのための人員も用意している。ついてこい」


 苛立ちの収めどころもわからぬまま、釘塚についていって会議室を後にしたエマ。


◇ ◆ ◇ ◆






 大会議室と書かれた部屋に入る2人。扉を開けると、そこには7人の男女が円形テーブルに座っていた。


「電撃の真愚魔討伐隊、全9名が揃ったね」


 釘塚が口火を切る。


「説得遅すぎー。たかが5級相手に何やってるんですかー?」


 スズメよりも明るい金髪――もはやホワイトブリーチでもかけているのかと言わんばかりの長髪をなびかせる美人が釘塚に文句を垂れる。


美濃みの、お前、釘塚さんにその態度が許されるとでも思っているのか?」

「マジうっさいんですけどこのカタブツ」


 カタブツと言われた男は口をへの字に曲げて黙り込んでしまう。


「まあまあ美濃くん、風見山かざみやまくんが概ね正しいよ」


 釘塚は美濃という女性に釘を刺しつつ、風見山という男性にフォローを入れた。


「このパツキンレディが2段、そしてダンディカタブツが4段さ」


 それ以外にも濃いメンバーが集まっている。ずっとゲームを触る学生服の少年、緊張してもじもじしている恰幅のいい男性、巫女服を着た黒髪ショートの清楚な少女、タバコの箱をくるくる回しながら白目を剥く男性。スーツの長い脚を組んでコーヒーを嗜む紳士的な男性。


「明らかにやばそうな人いないですか?」

「言っておくけど、みんな段持ちだよ」


 強い愚魔狩はまともさを失っていくのだろうか、そう思うとヒバナやスズメはかなりまともだったんだな、と言うことに気づく。


「とりあえず、この9人で2週間後、作戦を決行する。算段としては、餌魔であるこの高虎エマくんが索敵及び誘導を担う。堅海大学を閉鎖し、不可視認結界ブラインドを張った上で大学関係者の避難と誘導を行う。そして、決戦の場は、大学の講義棟内、及び食堂だ」




 9人の携帯電話に着信が入る。


「会場の地図と写真を送った。皆の見解が聞きたい。誘導するならここが良いとか、ここの詳しい写真が欲しいとか」

「わ、私ここの学生なのである程度ならお答えできます」


 全員がエマの方を向く。思わず言葉を詰まらせてしまうが、息を吐いて7人全員を見渡す。


「それじゃあ、もし、ここに誘き寄せてしまったら、一網打尽にされてしまうところとかある?」


 まず釘塚が尋ねた。当然、彼がそんなこと把握していないわけはないのだが、エマを今まさに試そうとしていたのだ。


「あくまで私個人としての見解ですけど、屋内は全て鉄筋で出来ていますから、骨組みには絶対に触れちゃダメです。そして、それに確実に触れないようにするには」

「屋外で戦うしかありませんよねえ、釘塚さん」





 エマの言葉を遮るのは、先ほどまでコーヒーを飲んでいた男だ。彼は釘塚に視線を送りながら続ける。


「わかりきったことを罠のようにして聞くなんて、意地悪が過ぎませんか?」

「橘……お前には関係……」

「あるでしょ。俺、橘勇青たちばな いさおは、そこの餌魔の子の戦闘指導係でもあるんですから」


 釘塚に対し啖呵たんかを切った橘という男は、ここで初めてエマと目を合わせた。


「作戦実行まで2週間ある。その間に君を少なくとも戦闘においては一人前の愚魔狩として育てる。当日は副リーダーとして全体のサポートを担う。橘だ。よろしく」

「え? あ、はい! よろしくお願いします!」


 完全に釘塚の1人舞台だと思っていたエマにとっては、思わぬ助け舟かつ、心強すぎる味方だった。右手親指の爪を噛む釘塚を横目に、エマはどこか満足げであった。



◇ ◆ ◇ ◆



 椅子からひっくり返る音が部屋中に響いた。ここは週刊ダイナマイツのオフィス――の中の、応接間。生井ダイトが二人の客人と話をしているところだった。その相手は――降磨竜護と、蜂野雀の二人である。


「あ、アンタたちが……高虎エマちゃんの言っていた……ビッグニュースの正体って言うことなのか?」

「そや。俺らがその愚魔狩――お前の記事で言うところのエクソシストや」


 信じられない、と生井ダイトの顔に書いてあるので、コウマは不機嫌だった。当然、エマが攫われているが故の焦りもあるが、生井の話の理解の遅さへの苛立ちが主だった。


「……仕方ないわよ、コウマ。エマちゃんみたいに都合よく話わかってはくれないわ」


 スズメがなだめる声も、コウマには聞こえていない。


「なんならここで俺が飼ってる愚魔見せたってもええねんけどなあ」

「とりあえず、私たちの仕事、愚魔狩についての情報をあげる。いくらでも記事に書いていいから」


 スズメがコウマよりも前に出た。目をぐっと、生井に近づける。


「え、えっと……ってことは……」


 戸惑う生井。メガネがずれている。スズメはまくしたてるように続ける。


「あんたが持ってる、悪魔の記事に関する情報とその根拠、一旦全部よこしなさい」



 これは、命令である。そう言わんとばかりに視線の一切を逸らさない2人。


「わ、わかりました!」


 慌てて自分のデスクへと走っていく生井。コウマは机を人差し指で叩き続ける。


「大丈夫。殺されるわけじゃない」

「せやけど、作戦決行の結果死んじまったという知らせを平気で持ってくる男やぞ、大常盤派の釘塚という男は」

「電撃の真愚魔を倒すことが最優先のはず。無策では来ない」

「安心はしきれへん……」

「コウマの焦る気持ちもわかるけど……」


 この時間だけが、いたずらに過ぎてゆく。作戦決行まで2週間しかないということを、2人はまだ知らない。


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