バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
さまー

Case.9「深刻な問題ほど下まで降ろしてはくれない」

公開日時: 2020年10月11日(日) 22:00
更新日時: 2021年1月24日(日) 03:13
文字数:6,291

 週刊ダイナマイツのオフィスに、高虎エマはいた。向かい合って立っているのは、生井ダイト――ここ、週刊ダイナマイツの記者である。

 

「これが記事?」

「はい。写真はこれです」

 

 エマが送信ボタンを押すと、生井の携帯にファイルが共有された。

 

「ふーん……」

 

 指で画面をフリックし、目をさらっと通す生井。

 

「いいじゃん。悪魔狩りの存在にも言及されているし、僕の記事とも親和性が高い! これを僕がみんなの興味を惹くようにエッセンスを加えて……」

「ちょっと待ってください! 改稿するんですか!?」

「……当たり前でしょ。オカルト誌なんて、エンタメみたいなもんなんだから。でも、君の記事は抜群だよ……こんなに臨場感あふれる証拠まで撮って、ちゃんと誘拐された子の親からの言質もある。さては、現場いた?」

 

 生井の言葉に、エマは言葉を詰まらせる。

 

「ってなるくらい凄いよ! って意味ね! 現場居合わせてたら生きてないでしょ今頃」

 

 笑えない冗談だ。

 

「とにかく、君は才能あるよ。歩合制の上乗せ分交渉しておくから!」

「……あ、ありがとうございます」

 

 才能あるよ……か。言われてうれしいはずの言葉なのだが、どうもエマは素直に喜べない。

 

「はい、これ……二時間分ってところかな」

 

 封筒を渡され、それを受け取る。中には見覚えのあるお札が一枚。

 

「ユキチではないのかー」

「ヒデヨじゃないだけマシでしょ! 時給換算2500円だよ!」

 

「ええ、わかってます。ありがとうございます! 生井さん」

 

 エマは頭をぺこりと下げて生井に礼を言う。そのまま立ち去り、封筒を肩にかけたウエストポーチの中に入れる。ふと、携帯のロック画面を開き、時刻を確認する。

 

「18時……か。何しようかな」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇


 

 

 ゆったりとしていたエマとは裏腹に、慌ただしい者も、当然いた。

 

「ミツハ! 今からエマちゃんとこ行くよ」

 

 ここは蜂野姉妹の住む、住宅地の中の一件家。両親と同居しているが、今は不在のようだ。慌ただしく仕事着に着替える姉スズメに対し、さきほどまで昼寝をしていた妹ミツハは寝ぼけまなこをこすっている。

 

「……姉さん、今、なんと言いましたか?」

 

 寝ぼけ声でゆっくりと聞いてくるミツハに構っている余裕のないスズメ。ため息さえも嫌がる彼女は早口で言った。

 

「高虎エマのとこにいく。緊急で仕事よ」

 

 ミツハの顔が、やや明るくなる。わかりやすいやつだな、とスズメは笑った。車のキーを玄関にあったキーケース棚から取り出し、ドアを開ける。ミツハもその数歩後ろを寝間着姿のままついてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、行くよ」

 

 ボーナスをコツコツ貯めて買った軽自動車のエンジンをかける。助手席に当たり前のように座る妹。姉はエンジンボタンを押し、シフトレバーを「D」の文字に入れた。優しくアクセルを踏み、車を走らせる――

 

 

 蜂野スズメは当然、コウマから連絡があり、高虎エマの保護を求められたということを、上司である釘塚に連絡している。釘塚の言ってくることなど検討もつかないが、良い予感はしていない。

 

――できれば、ミツハは権力争いに巻き込みたくない。

 

 愚魔狩である前に、1人の姉としての意見だった。故にミツハとエマの仲を知ってしまっているスズメからすると、エマをどうこうしてやろうなどという気は到底起きない。

 

「姉さん、今回はどういった仕事なんですか? 緊急? 釘塚さんからですか?」

「いや……それよりもっとイカレた奴からの依頼だ。けど……ずっとずっとイージーな役回りだよ、私たちは」

 

 主要な道――国道に左折で入り、週刊ダイナマイツのオフィスビルを目指す。

 

「ミツハ、エマちゃんに連絡とってくんない?」

「はーい」

 

 ミツハはポケットから携帯電話を取り出し、エマに電話をかける。妹が連絡先を交換していてよかった……と、心の底から思う。

 

 

「もしもし? エマちゃん?」

 

 連絡はつながったらしい。

 

「うん、あ、そうなんだ! ちょっとさ……今から」

 

 視線を送るミツハ。スズメは会話が止まったのを感じ、口実を探す。

 

「……ちょっと遠くのフタバコーヒーいこ、って言いな。ドライブすんぞ」

「ちょっと遠くのフタバコーヒーいこうよ。姉さんが運転してくれるし、どうです?」

 

 赤信号。ブレーキを踏んで停止する。ハンドルにかけた両手の人差し指を、ドラムスティックのようにトントンとリズムよく叩く。

 

「……姉さん、エマちゃん、暇してるそうです」

 

 親指をぐっと立てる妹の顔を見て、スズメも笑った。信号が青に変わる。アクセルを踏む右足は――強い。

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆


 

 

 ――着信音が鳴り響く。郊外の河川敷。だだっぴろい川と、住宅までをさえぎる堤防。橋は左右のどちらを見渡してもしばらくは見つからなさそう。コウマの目的の完遂かんすいの場として、ここが最適だった。

 

「もしもし」

 

 非通知設定に対しては名乗らないのが信条のコウマ。電話の向こうの声に、聞き覚えがある。

 

『やあ、元気かな降磨竜護くん』

「……釘塚さん、アンタ俺なんかと話してるような暇人ちゃうやろ」

 

 電話の向こうにいるのは、釘塚――釘塚くぎづか=クリストフ=天智てんじ。日本愚魔狩連盟の幹部にして、7段の階級を持つ男。

 

『心外だなあ。これも大事な仕事の一環さ。要件だけまとめて言うね。3点。一点目、人形型の愚魔、討伐してくれてありがとう』

「どうも」

『二点目、鬼型とやり合う気なんだね。どこでやろうとしているの?』

「……答えかねます」

『三点目、餌魔えまについて。情報をくれないか?』

「あげられませんわ」

 

 ぶっきらぼうにしか答えないコウマ。釘塚の声色は一切変わらない。

 

『どのようにして鬼型の愚魔を引き寄せる気なのか、だけでも教えてくれないか? これでも派遣部長としてね、1級愚魔と戦う以上、人員の斡旋あっせんは欠かせない』

「降磨竜護が戦うと言ってもですか?」

 

 コウマの強気の言葉にも釘塚は声色を変えない。

 

『ああ。それでも人員の斡旋あっせんは欠かせない』

 

「なるほど、それなら方法は言います。俺の持ってる紅蓮閻魔ぐれねんま……鬼型の相方やった愚魔の魂を呼び起こします。4月に埼玉に目撃情報があった以上、近くに相方の強い魔力反応あったら引き寄せられるんちゃうかな思いましてね」

『……都内の埼玉寄り……ってことだね』

「さすがにそれはヒントですら無いですわ」

 

『……そのためには、餌魔である君の助手を遠ざける必要があった……ってわけか』

「どこやと思います?」

 

 電話の向こうの釘塚は、黙り込む。おそらく電話をしながらスズメに指示でも出しているのだろう。そんなことも、想定内だ。

 

『都内から、遠ざけた?』

「当たりです。まあ……そろそろ来ると思うんですけどね」

 

 実は、コウマは降魔術を20分ほど発動させ、紅蓮閻魔の魂を、降魔の剣にではなく、河原の小石に降ろしてきていた。

 

「俺の持ってる降魔の剣は特殊すぎましてね。普通に戦いの中で降ろしてきた魂には浅葱閻魔あさぎえんまは一切引っかからへんのです」

『……別の媒体でも使ったということか?』

「さすが釘塚さん、話が早いですわ」

 

 

 静かに流れる下流の川。確かこの川の源流は北関東の方にあった気がする――などと思案しているうちに、上流のほうから物騒な物音がする。

 

『その音……川か』

 

 釘塚が気づいたところで、コウマは慌てて電話を切った。

 

「あかん、ヒント与えすぎてもうたか……?」

 

 しかし、おそらく釘塚はエマを追うだろう。その方が、釘塚にとって都合がいい――とコウマは勝手に思っている。川は揺れる。小石も揺れる。静かな河川敷が……揺れる。

 

「……さあ、相方のお出ましやで、かれこれ8年ぶりか。懐かしいな、紅蓮閻魔」

 

 紅蓮閻魔を宿した小石は、溶岩かとでも言わんばかりに朱に染まっている。そして、コウマは背負ってきていたリュックから上着を取り出し、リュックを芝生の方に投げた。

 

「……来たな、浅葱閻魔」

 

 上着を着たコウマ。川の上流が……凍て付き始めている。北側から流れ込む風が、やたらと冷たい。上着を着ていても、肌を突き刺すようにその冷風が当たる。空も薄暗くなる18時25分――空と同じ薄い藍色をした鬼が――初夏の静かな河川敷に……冬をもたらした。

 

 

 

「さて、ほなこっち来てもらわなな」

 

 コウマは、自身の持っていた刀を抜き、溶岩のように朱くなった小石にその切先を当てた。

 

「降魔術、『紅蓮閻魔』!」

 

 降魔の剣に宿った紅蓮閻魔の魂――そこから化身のように姿を現した紅蓮閻魔。浅葱閻魔とは瓜二つの――紅蓮の色をした鬼の姿だ。しかし――浅葱閻魔に比べると、幾回りも小さい身体。

 

「……勝てるか不安やな」

 

 1級の愚魔など、何度もほふってきている。しかし、浅葱閻魔は“餌魔”を捕食した経験を持つ。真愚魔上位種レベルの実力を持っている。真っ白な息を吐く。急に寒くなったせいか、さすがに血の巡りが悪いし、身体は震える。緊張のせいだと言い聞かせるが、刀を握る手にも力が入りづらい。

 

「ヴ……ゔぉあああああ!!」

 

 浅葱閻魔が慟哭どうこくを奏でた。相方の変わり果てた姿にか、それとも……晩飯が一人しかいないことにか。そのままの勢いで、息を吹きかける――摂氏マイナス273℃の息。この世の物質すべてが活動を止めるはずの万物を凍て付かせる息吹だ。

 

――地獄の炎で対抗するしかないッ!

 

「『獄烙浄土ごくらくじょうど』ッ!!」

 

 刀を一振りすれば、その勢いに炎が広がる。燃え盛る炎で、その吐息をガードするが、川面は一瞬にして凍り付き、河川敷の芝生には、一瞬にして霜が振り落ちていた。

 

「やっぱバケモンやな」

 

 でも、倒すしかない。刀を構え、凍て付く空気のする方へと一気に駆け上がるコウマ。

 

「ヴォあ! ヴォ!!」

 

 短く吐息を吐き出してくる――紅蓮閻魔の炎をばら撒いてガードするしか、コウマにはできない。

 

「くそ寒いねんアホッ!!」

 

 ジャンプする――浅葱閻魔のご尊顔でも拝んでやろう――そう意気込んで、推定3mは超えるであろう位置にある顔に刀を向けた。涙を――流しているが、その涙さえ凍っていた。

 

「ッ!?」

 

 刹那、右脾腹みぎひばらに何かを刺されたような強い衝撃――浅葱閻魔の攻撃を受けてしまったのである。完全に視界の外からだった。

 

「かはっ!!」

 

 高い位置までジャンプしていたコウマだが、なし崩しになったまま倒れ込む。右手で脇腹を抑えると、温かく、ねっとりとした血が流れているのがわかった。

 

「血液ドロドロやったわ……こりゃ健康診断行くんサボったツケが回ってきたな」

 

 何で貫かれたのか――その答えはすぐにわかった。浅葱閻魔は空気中の水蒸気さえも凍らせる。それをコントロールして、氷でできた槍のようなもの……ツララを作っていたのだ。

 

 しかし、コウマとてここでやられるようなザコではない。次の攻撃に備え、紅蓮閻魔の地獄の炎を浅葱閻魔に向けた。

 

「ヴォ……ヴぉおおおお!!」

 

 激昂したかのような咆哮ほうこうに、耳を塞ぐ。

 

「鼓膜破れるか思たわ……でも、その騒ぎよう、効きよるってことでええんやな!」

 

 攻撃は通じる――問題は、防御面だ。痛手を一発浴びている上に、身体は寒さでいつも以上に動かない。幸い、この環境のせいか、傷口も凍り始め、血は止まりつつある。

 

「頼りになるんは……こいつだけなんやけどな!」

 

 頼みの綱であるはずの紅蓮閻魔は、その性格上、短時間しか活動しない。すぐに寝てしまうのだ。いつも以上に働かせている彼の活動限界も近い。しかし、彼を引っ込めれば、絶対零度の環境下を戦える手駒は極端に頼りない。

 

「降魔術、『蜥蜴魔少女ウィッチィ・オブ・リザード』!」

 

 一旦眠らせてしまう前に、休ませることにした。紅蓮閻魔を引っ込め、代わりに違う愚魔を降ろしてきた。

 

「!!」

 

 浅葱閻魔の身体に一太刀浴びせる――すると、大きな爆発音と衝撃波が、その箇所から起きる。当然、高い熱エネルギーと光エネルギーがある分、何もしないよりは寒さも幾らかマシなのだ。とは言ってもジリ貧なのは間違いない。何度も攻撃を浴びせることはできても、コウマの身体も、徐々に凍りついて来ていた。

 

「決定打に欠ける……くそったれ」

 

 

 

 決定打に欠けるとは言いつつも、ジリ貧の状況に持ち込めているだけ、コウマは強い。餌魔を捕食した1級の愚魔など、本来なら、ものの10分ほどで、愚魔狩を殺してしまうだろう。小一時間ほど戦えているのも、コウマが戦闘慣れしているが故である。

 

 かの壊れないことで有名な腕時計――コウマの右腕の手首についている時計は、19:20を表示していた。

 

「ヴォッ!!」

 

 また凍てつく息吹を吐いてくる。蜥蜴魔少女ウィッチィ・オブ・リザードの力を使って、爆風を起こし、その冷気をはじき返す。

 

――蜥蜴魔少女ウィッチィ・オブ・リザードも疲れてきたか……?

 

 刀身の色を元に戻すコウマ。この一瞬のスキを突かれては、どうしようもないので一旦距離を取る。しかし――そのスキを狙われた。

 

「グルォア!!」

 

 凍っていた川面の薄氷はくひょうを――こちらに向けて飛ばしてきた。

 

「あ、やばいッ!!」

 

 刀で受けるしかない。しかし、右肩に一つ、刺さる。

 

「うぐっ!!」

 

 血が飛び散る――浅葱閻魔は、コウマが怯んだ隙を見逃さず距離を詰めてくる。

 

「ほんま……さすが1級やで。一瞬の予断も許してくれへんのやからな!!」

 

 肩から血が流れる。その傷口も、すでに凍り始めていた。

 



 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 




 

「え、好きなタイプ……ですか?」

「うん、エマちゃんと一回そういう話してみたかったのよねえ。年も3つしか変わんないし」

「姉さん、私は二つしか変わりません」

 

 軽自動車の運転席に蜂野スズメ。助手席にエマを乗せ、後部座席に妹の蜂野ミツハが乗っている。フタバコーヒーというチェーン店のカフェのコーヒーをテイクアウトしたスズメは、チラチラと時計を確認しながらも、ストローから口を離す。

 

「というか、こんな時間からコーヒー飲んで大丈夫ですか?」

 

 そうスズメに尋ねるエマの手には、オレンジティーが添えられている。

 

「明日は非番だからね。というか非番じゃなかったら呪う」

「はは……ああ、そっか。そういう仕事ですもんね」

 

 スズメの冗談に笑いながらも、今のこの日常溢れる光景に、思わず自分たちが愚魔狩であることを忘れていたエマ。そんな彼女に向かって、後部座席からミツハが話しかける。

 

「ところで、好きなタイプの話ですよ。エマちゃん。どんな人がタイプなんですか?」

「私は……。うーん……」

 

 じっくり考えるが、ある人の顔が思い浮かぶ。

 

「意外と、自分にも弱さを見せてくれる人かな?」

 

――コウマさんかな。

――コウマね、きっと。

 

 蜂野姉妹は、さすがに姉妹というだけあって、ここの思考はシンクロした。一番の年長者である姉スズメはそれに対して一言。

 

「……エマちゃんって意外と大人よね」

「ええ、そうですか?」

「年の割に達観してるわぁ……」

 

 それはスズメさんも大概では、と言いたげなエマの表情を、バックミラー越しに確認したミツハが笑う。

 

「姉さん、ここは姉さんの経験値豊富な恋愛術を、エマちゃんに教えては?」

「確かにまあ……達観しつつも純情っちゃ純情だしね。ここはひとつ、私から大事なことを教えておかないと」

 

 二人の言葉に、首をかしげるエマ。時計は19:25を表示している。スズメは右折車線に入り、国道をUターンした。

 

 

「いい、簡単に弱みを見せる男は……やめときなさい」

「ええッ!?」

 

 真っ向から否定され、エマは驚く。さっきまであんなに大人だの達観してるだの褒めていたのに。

 

 スズメは、アクセルに右足をかけ、強く踏み込む。

 

「いいこと教えてあげる。本当にアナタのこと大事に思っている人ほど、カッコつけたがるもんなのよ」

 

 加速し始めた軽自動車。エマは尋ねる。

 

「じゃ、じゃあなんで弱みを見せるのはダメなんですか?」

「いい、隙を見せるってことは……それ即ち罠。誘っているってことなのよ」

 

 スズメの顔には、ある男の顔が浮かんでいる。その男の顔を、きっとエマも思い浮かべているのだろう、と笑いながら、国道を走らせた――

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