李夜伝

恋して、愛して、裏切られて散っていく。復讐、愛憎、悲恋の中華ダークロマンス
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三 東園の春桃

公開日時: 2022年12月12日(月) 00:43
文字数:1,361

 『王宮』の前。あばれまわる家畜と混乱した農民たちが、おおさわぎしていた。

 西園せいえん監荘人かんそうにんおう益序えきじょと、その手下たちが、ぞくぞくと出てくる。

 

「おまえたち、犬や家畜をはやく捕まえろ。……ぎゃっ!」

 

 益序たちは犬にかみつかれた。

 

「痛い! 痛い!」

 

 尻をかまれた益序は、泣きながら逃げまわる。農民たちは大笑いした。

 

「ざまあみろ」

 

 そこへ大柄な男がやってきて、益序にかみつく犬をつかみ、地面に投げつける。

 

「兄上、おけがはないですか?」

「むむ、元序げんじょ

 

 農民たちがひそひそ話した。

 

東園とうえんの監荘人の王元序だ」

「益序とはえらいちがいだなぁ」

「さすが一番大きい東園をまかされるだけある」

 

 益序ににらまれ、農民たちはそっぽをむく。

 元序は犬たちをけちらしながら、益序に、

「犬がおきらいだったとは知りませんでした。わたしがおぶってさしあげましょう」

「ふん、だれが……」

 言いかけたが、まわりの犬がうなりながらにらんでくるのを見て、

「あ、ああ。たすけてくれ」


 益序は元序におんぶされた。

 農民たちが嘲笑ちょうしょうする。

 

「こしぬけめ」

「まぬけなやつ」

「いつもふんぞりかえってるくせに」

 

 益序は顔を真っ赤にさせ、わなわなとふるえた。

 元序げんじょは優越感にひたる。

 たすけるそぶりを見せ、益序のメンツをつぶしてやった。

 


 

 馬に乗った夜糸やし夏桑かそうは、東園とうえんへむかっていた。

 

「夏桑は先に例の場所へ行って」

「おう」


 


 東園の長屋ながやの近く。

 ねぼけたみはりの農民が、西園せいえんのほうをながめていた。なにやらさわがしい。犬のほえ声や人の悲鳴がきこえる。

 あちこちの長屋からも、農民たちがようすを見にでてくる。

 

「なんだぁ?」

 

 そこへ夜糸の馬が走ってきた。

 

「ねえ、ちょう春桃しゅんとうはここにいる? むこうの長屋の人にここに住んでいるときいたわ」

「は?」

「私は西園の者よ。さっきから東園中の長屋を探しているんだけど」

「なんだおまえ」

「それが大変なの。じつは……」


 

 

 ある東園の長屋では、へとへとの農民たちがざこねしていた。

 春桃しゅんとうも寝ていた。戸籍こせきの巻物をふところにしっかりかかえている。

 外から、男が血相けっそうをかえて長屋に入った。


ちょう春桃しゅんとう!」

 

 農民たちはねぼけまなこでおきあがった。

 

「なに?」

 

 春桃も目がさめた。だが、なんとなくめんどうそうなので、寝たふりをしたまま起きあがらない。

 以前つかえていた主人のもとで起こったような、へんなめんどうにまきこまれたくない。

 

「張春桃! はやく来い! でないと俺たちみんな南園なんえんにつれていかれる」

「ええ?」

 

 農民たちはおそれ、そわそわしだした。まわりの農民たちが春桃をゆさぶる。

 

「おきて! 張春桃ってあんただろ」

「南園なんて行きたかないよ」

「……はあ」

 

 春桃はしぶしぶ起きあがった。




 男につれられ長屋から出た春桃は、はっとして言葉をうしない、わなないた。

 目の前に、馬をつれた夜糸が立っている。

 夜糸は春桃の腕をつかんだ。

 

「痛」


 強い力。

 夜糸はにっこりと、男に顔をむける。

 

「ありがとう。次はみんなにはやく西園に行くように伝えて。さっき言ったとおり、王さんが東園の連中はまだかと怒ってたわ。ほかの長屋の人にもはやく伝えて」

「わかった」


 男はうなずき、長屋に入る。中から、その男が農民たちになにかよびかける声がきこえた。

 夜糸は無言のまま、春桃の腕を力まかせにひっぱり馬に乗せた。春桃はおそろしくてされるがままだった。

 

 

 東園とうえんの農民たちが、列をなして西園せいえんに移動していった。

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