日のしずんだ街を、二人の娘はうろうろした。行くあてはない。
とうとう春桃が路上でうずくまった。
「もういやです。お金もないし、もうあてがないじゃないですか。お腹もすきました」
「そんなこと言わないでよ」
夜糸は春桃の腕をひきあげようとするが、彼女は動こうとしない。
「ごめんね。私のめしつかいだったばかりに」
春桃がまた泣きだした。夜糸は春桃にもうしわけない気持ちになるが、同時にすこしいらいらとする。
自分のせいとはいえ、夜糸だって本当は春桃のように泣いてあきらめたいのに。
でもそうしたら、自分をおとしいれた日利や永達、両親やおじに負けた気がする。
あんなやつらが笑って勝つのは許せない。
涙はぐっとのみこみ、なんとか生きのびる方法を見つけなければ。行動しなければ。
「私の上着を売るから。厚着をしてきたし、絹織物だから値がつくはずよ」
「上着を?」
当座は春桃をなだめなければ。せめてなにかまともなものを食べ、宿くらいにはとまらなければ。
「それで食べ物を買ってくるわ。私もお腹がすいてきたから。ここで待っていて」
夜糸は春桃からはなれた。
ひとりになってからも、春桃はずっと泣きじゃくっていた。
すると男がが近づいてきた。
「そこのお嬢さん」
春桃はびくりとしてあとじさった。
男はにたにたとして、見るからにずるがしそうな顔をしている。
「怖がらないで。困ってるなら話をきくよ。助けになれるかもしれない」
春桃は鼻をすすった。
夜糸は暗い街をうろつき、質屋の看板をみつけた。
「あった。よかった」
質屋で、夜糸は店の主人にぬいだ上着をわたした。主人は上着をじっくりと鑑定する。
「よごれているから値がつけられないな」
「なんとかできませんか?上等なものですよ」
夜糸がくいさがっても、主人はしぶったような表情をうかべている。
なんとか買わせなければ。
どうする?
どうする?
夜糸は必死で考え、やがて笑いだした。
「旦那さん、蜱蛄族をごぞんじ?」
「蜱蛄族? 北方の異民族か?」
「ええ。私の先祖は蜱蛄族出身なんです」
「ふうん」
「蜱蛄族のそだてた蚕から作ったこの布の絹糸は、晋国でも貴重な種類のものです。福をもたらすことで有名で。知りませんか?」
「そんな話きいたことないぞ」
夜糸だってきいたことがない。いまでっちあげだのだから。
しかしでっちあげでもだめでもともと、おしとおしてみよう。行動するのだ。
「この上着も蜱蛄から苦労してこの街まで運んだからよごれているのです。そういうことにすれば高くお売りになれますよ」
主人は頭をかいた。
「そんなに言うんなら、そうだな、かつら用にする髪も一緒に売ってくれよ」
「ええ? 髪もですか?」
「そしたら五銭でひきとるよ。貴重な糸がとれる貴重な蜱蛄の髪ってことで、かつらにして売るから」
「……わかりました。でも髪を切るのはあとにして、先にお金をもらってもいいですか? すぐ食べ物を買わきゃいけないんです」
夜糸は質屋から出て、春桃のいた場所にもどった。手には大きな饅頭を持っている。
上着を失った夜糸は、夜風の寒さにふるえた。
春桃はもとの場所にいなかった。
「あら? 春桃はどこにいったのかしら? せっかく食べ物を買ったのに」
夜糸はあたりをぐるぐる歩き、春桃をさがした。
春桃は見つからない。もう金ももらってしまった。あまり質屋を待たせたままにはできない。
「そのうち戻ってくるわよね」
そう思ってみるが、夜糸は心がざわざわするのをとめられなかった。
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