李夜伝

恋して、愛して、裏切られて散っていく。復讐、愛憎、悲恋の中華ダークロマンス
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三 街

公開日時: 2022年11月27日(日) 00:41
文字数:1,574

 林の川ぞい。

 馬に乗った夜糸やし春桃しゅんとうは、細い川にそって進む。

 あれから十数日、二人は馬車をすて、馬で移動していた。二人とも傷だらけ、よごれまみれでつかれはてていた。

 空腹はそのあたりの木の実や草などでしのいだ。さいわいあたたかい季節だったので、林の中の植物は多かった。

 

「どこまでいくんですか?」

「水のあるところにはかならず人が住んでるわ。どこかのまちにつくはずよ」

「うう」

「とりあえずは馬を売って宿やどにとまりましょう。戸籍こせきも手元にあることだし」

 

 春桃のふところには、戸籍の巻物まきものが二つあった。

 

「お嬢さま、なんだかたくましいですね」

「そう?」

「おやしきにいたときとみちがえるようです」

「ふふ。行動するっていいものね」



 いつしか林の木々がどんどんすくなくなっていき、とうとう街が見えた。宿屋やどや市場いちばが集まっている。

 春桃は明るくなった。

 

「街にでましたよ」

「ええ。さっそく馬を売りましょう」

 

 二人は馬からおりた。

 路上には、物ごいや、ボロボロの姿で寝ている者がうようよしていた。

 夜糸と春桃は物ごいにかこまれた。

 

「めぐんでくれ」

「三日前からなにも食べてないんだ」

「土地は税でとりたてられちまった」

 

 物ごいたちは口々になにか言いながら、手を出して夜糸と春桃に懇願こんがんする。

 夜糸はぞっとおそろしくなった。春桃も怖くなる。

 

「はやくいきましょう」

 

 二人は馬をひき、早足で歩いた。


 

 街の市場には露天がならび、にぎわっていた。服や装飾品、武器や小物類、肉や野菜などの食べ物が売られている。

 その中に、馬や牛を売っている店があった。店番をしているのは中年の女。けわいしい表情をしている。馬をひいた夜糸と春桃がおずおずと店の前に来た。

 女はぎろりと、二人を頭からつまさきまでながめた。二人はふるえあがる。

 夜糸は馬をみあげた。

 

「あ、あの、この子をひきとってもらえませんか?」

 

 女はぶっきらぼうに一言、

八銭はっせん

 

 それ以上なにも言わない。

 夜糸と春桃は途方にくれ、ひそひそと話した。

 

「馬一頭に八銭は高いの? 安いの?」

「わかりません。とりあえず売ってしまいますか?」

「でも安く買いたたこうとされていたらどうしよう」

 

 そこへ、腰をまげたこぎたない男が、泣きながら近づいてきた。

 

「すみません。馬をゆずってくれませんか」

「え?」

「子どもが危篤きとくなもので、薬を持っていますぐ帰らないといけないんです。でも馬車に乗るにもお金がなくて」

「ええ?」

「はやく子どもに薬をとどけなきゃなりません。どうかその馬をゆずってください」

 

 男はおいおい泣いた。

 夜糸はぼんやりつったっているのがもうしわけなくなってきた。

 

「わかりました。どうぞ行ってください」

 

 夜糸は手綱たづなを男にわたした。

 男は泣くのをやめ、ひらりと馬に乗った。二人があっと言うまもなく、馬ごと去る。

 感謝の言葉一つのこさなかった。

 

「……お嬢さま、あれ多分うそですよ」

「ちがうわよ」

「お嬢さまったら」

「はやく行くわよ」

 

 

 日がしずみ、宿屋にはあかりがつきはじめた。

 夜糸と春桃はそれをながめ、途方にくれていた。

 

「めぐんでくれ」

 

 物ごいの男が夜糸の服のすそをひっぱった。

 男はやせこけ皮膚はぼろぼろ、全身があかまみれで片目はつぶれていた。それにひどいにおいだった。

 

「ひっ」

 

 夜糸と春桃は逃げ、人ごみにまぎれた。


 歩いているうちに、二人はさっきの馬の店の前までもどってきた。夜糸と春桃は、店を見てあっと声をあげた。

 夜糸たちのひいてきた馬が売られていた。

 夜糸は店番の女に声をかける。

 

「その馬、どうしたんですか?」

 

 女は夜糸を無視し、なにも答えなかった。

 春桃はぼうぜんとしてつぶやく。

 

「さっきの人が売りにきたにちがいありませんよ」

「そんな。かえしてください」

十銭じっせん

 

 女は冷たく言った。

 

「だからうそだって言ったじゃないですか!」

 

 春桃は声をあらげ泣きだした。女はつんとしたまま。

 夜糸は後悔と罪悪感でいっぱいになった。

 

「ごめんなさい」

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