林の川ぞい。
馬に乗った夜糸と春桃は、細い川にそって進む。
あれから十数日、二人は馬車をすて、馬で移動していた。二人とも傷だらけ、よごれまみれでつかれはてていた。
空腹はそのあたりの木の実や草などでしのいだ。さいわいあたたかい季節だったので、林の中の植物は多かった。
「どこまでいくんですか?」
「水のあるところにはかならず人が住んでるわ。どこかの街につくはずよ」
「うう」
「とりあえずは馬を売って宿にとまりましょう。戸籍も手元にあることだし」
春桃のふところには、戸籍の巻物が二つあった。
「お嬢さま、なんだかたくましいですね」
「そう?」
「おやしきにいたときとみちがえるようです」
「ふふ。行動するっていいものね」
いつしか林の木々がどんどんすくなくなっていき、とうとう街が見えた。宿屋や市場が集まっている。
春桃は明るくなった。
「街にでましたよ」
「ええ。さっそく馬を売りましょう」
二人は馬からおりた。
路上には、物ごいや、ボロボロの姿で寝ている者がうようよしていた。
夜糸と春桃は物ごいにかこまれた。
「めぐんでくれ」
「三日前からなにも食べてないんだ」
「土地は税でとりたてられちまった」
物ごいたちは口々になにか言いながら、手を出して夜糸と春桃に懇願する。
夜糸はぞっとおそろしくなった。春桃も怖くなる。
「はやくいきましょう」
二人は馬をひき、早足で歩いた。
街の市場には露天がならび、にぎわっていた。服や装飾品、武器や小物類、肉や野菜などの食べ物が売られている。
その中に、馬や牛を売っている店があった。店番をしているのは中年の女。けわいしい表情をしている。馬をひいた夜糸と春桃がおずおずと店の前に来た。
女はぎろりと、二人を頭からつまさきまでながめた。二人はふるえあがる。
夜糸は馬をみあげた。
「あ、あの、この子をひきとってもらえませんか?」
女はぶっきらぼうに一言、
「八銭」
それ以上なにも言わない。
夜糸と春桃は途方にくれ、ひそひそと話した。
「馬一頭に八銭は高いの? 安いの?」
「わかりません。とりあえず売ってしまいますか?」
「でも安く買いたたこうとされていたらどうしよう」
そこへ、腰をまげたこぎたない男が、泣きながら近づいてきた。
「すみません。馬をゆずってくれませんか」
「え?」
「子どもが危篤なもので、薬を持っていますぐ帰らないといけないんです。でも馬車に乗るにもお金がなくて」
「ええ?」
「はやく子どもに薬をとどけなきゃなりません。どうかその馬をゆずってください」
男はおいおい泣いた。
夜糸はぼんやりつったっているのがもうしわけなくなってきた。
「わかりました。どうぞ行ってください」
夜糸は手綱を男にわたした。
男は泣くのをやめ、ひらりと馬に乗った。二人があっと言うまもなく、馬ごと去る。
感謝の言葉一つのこさなかった。
「……お嬢さま、あれ多分うそですよ」
「ちがうわよ」
「お嬢さまったら」
「はやく行くわよ」
日がしずみ、宿屋にはあかりがつきはじめた。
夜糸と春桃はそれをながめ、途方にくれていた。
「めぐんでくれ」
物ごいの男が夜糸の服のすそをひっぱった。
男はやせこけ皮膚はぼろぼろ、全身があかまみれで片目はつぶれていた。それにひどいにおいだった。
「ひっ」
夜糸と春桃は逃げ、人ごみにまぎれた。
歩いているうちに、二人はさっきの馬の店の前までもどってきた。夜糸と春桃は、店を見てあっと声をあげた。
夜糸たちのひいてきた馬が売られていた。
夜糸は店番の女に声をかける。
「その馬、どうしたんですか?」
女は夜糸を無視し、なにも答えなかった。
春桃はぼうぜんとしてつぶやく。
「さっきの人が売りにきたにちがいありませんよ」
「そんな。かえしてください」
「十銭」
女は冷たく言った。
「だからうそだって言ったじゃないですか!」
春桃は声をあらげ泣きだした。女はつんとしたまま。
夜糸は後悔と罪悪感でいっぱいになった。
「ごめんなさい」
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