質屋。
夜糸は主人に切った髪をさしだした。
そこへみるからにずるがしこそうな男が入った。男は小さな巻物をひとつ、質屋の主人にわたす。
「これはいくらになる?」
「身分によるな」
主人は巻物をひらき、書かれた文字を読んだ。
「慧鎮郡、鄧夜糸、貴人か」
「ええ? ちょっと。それを見せてください」
「わ。なんだ」
夜糸は首をのばし、主人がひらいた巻物を強引にのぞきこんだ。
夜糸の名前が書かれた、夜糸の戸籍にまちがいない。
夜糸は青ざめ、男にたずねた。
「これをどこで手にいれたんですか?」
「さっき女の子から買ったけど」
夜糸は愕然とした。
春桃が夜糸をうらぎったのだ。いや、それより問題なのは、戸籍がなければこの国での身分がなくなる。
「それは私のです。かえして」
「おれのだよ」
主人はさっさと巻物をしまい、そろばんをはじきだした。夜糸のことは一切無視する。
夜糸はほうほうのていで店から出ていくほかなかった。
うしろからずるがしこそうな男が、にたにたとして手をのばした。
「どうしたの? こまってるの?」
男が大きな手を夜糸の肩にぽんと乗せる。
夜糸は怖くなり、走って逃げだした。
質屋から夜糸が出ると、街のあかりにいろどられた道で、兵士たちがうろうろしているのを見かけた。かれらはなにか話している。
「見つかったか?」
「いいや。だが十四、五歳の盧人の令嬢とめしつかいの二人だろ。そんなめだつ連中すぐ見つかるさ」
「ならはやく見つけろよ。メンツが立たないと廷尉は立腹だぜ」
夜糸はあせった。
廷尉はおじのことだ。この街におじの手がまわっている。
兵士たちがどんどん夜糸の方に近づいてくる。
夜糸は横に走ろうとした。だが、右の道からも左の道からも兵士がやってきている。
つかまったらまずい。今度こそ人料理の店に売られる。
どうしよう。
ふと、路上の建物の壁のわきにねそべっている、物ごいたちに気づいた。とっさに夜糸は彼らのあいだに座りこんだ。ひざをかかえ、頭をしずめ、できるだけめだたないようにする。
道の前方と左右から、ざっざっと足音をたて、兵士たちが合流した。よりによって座りこんだ夜糸の前でだ。
「そちらの首尾はどうだ?」
ある兵士が夜糸の真ん前に立ちはだかった。兵士はじっと夜糸を見おろす。
座りこみ、ひざをかかえた夜糸からは、まっすぐ立った兵士の足だけが見えた。ちっとも動く気配はない。
夜糸は緊張で息があらくなり、口をおさえた。肋骨をたたきわりそうなほど心臓がばくばくとし、冷や汗がふきでる。
見つかった?
「……ちっ。どうにもならねえ連中が。めざわりだ」
兵士が夜糸につばをはきかけた。
「どうだ? ご令嬢たちは見つかったか?」
「いいや」
兵士たちは行ってしまった。
夜糸はほっとした。ひざをかかえたまま、横目で兵士たちを見送る。
長い移動のあいだによごれた姿になり、絹の上着を売って髪を切った。おかげで名家の令嬢と思われずにすんだのかもしれない。
夜糸はふところをさぐった。
助かったのはいいが、手持ちの金は質屋で換金した金から、饅頭代をさしひいたぶん、三銭だけ。
「これからどうしよう」
どうするべきか、空腹で頭もよくまわらずわからない。
ただ、自分を追いこんだおじや、うらぎった春桃へのはげしい怒りだけがふつふつとわき、憎しみになっていった。
「どうしたんだべ」
となりから弱々しい声があがった。
夜糸が首を横にやると、ボロをまとった小さなこどもが寝ていた。ざんばらの短髪に浅黒い肌。人のよさそうな大きく丸い目鼻。盧人ではなさそうだった。身長は夜糸の半分くらい。やせこけているが腹だけが出ている。
弱っているのか、息もたえだえで、いまにも死にそうだった。
「おらはもうすぐ死ぬべ。その前にさみしいから少し話をしてくれねえか?」
こどもの言葉には、異民族のなまりがあった。
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