李夜伝

恋して、愛して、裏切られて散っていく。復讐、愛憎、悲恋の中華ダークロマンス
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五 おじの魔の手

公開日時: 2022年11月29日(火) 00:43
文字数:1,537

 質屋しちや

 夜糸やしは主人に切った髪をさしだした。

 そこへみるからにずるがしこそうな男が入った。男は小さな巻物をひとつ、質屋の主人にわたす。

 

「これはいくらになる?」

「身分によるな」

 

 主人は巻物をひらき、書かれた文字を読んだ。

 

慧鎮郡けいちんぐん鄧夜糸とうやし貴人きじんか」

「ええ? ちょっと。それを見せてください」

「わ。なんだ」

 

 夜糸は首をのばし、主人がひらいた巻物を強引にのぞきこんだ。

 夜糸の名前が書かれた、夜糸の戸籍にまちがいない。

 夜糸は青ざめ、男にたずねた。

 

「これをどこで手にいれたんですか?」

「さっき女の子から買ったけど」

 

 夜糸は愕然がくぜんとした。

 春桃が夜糸をうらぎったのだ。いや、それより問題なのは、戸籍がなければこの国での身分がなくなる。

 

「それは私のです。かえして」

「おれのだよ」

 

 主人はさっさと巻物をしまい、そろばんをはじきだした。夜糸のことは一切無視する。

 夜糸やしはほうほうのていで店から出ていくほかなかった。

 うしろからずるがしこそうな男が、にたにたとして手をのばした。

 

「どうしたの? こまってるの?」

 

 男が大きな手を夜糸の肩にぽんと乗せる。

 夜糸は怖くなり、走って逃げだした。


 

 質屋から夜糸が出ると、街のあかりにいろどられた道で、兵士たちがうろうろしているのを見かけた。かれらはなにか話している。

 

「見つかったか?」

「いいや。だが十四、五歳の盧人ろじん令嬢れいじょうとめしつかいの二人だろ。そんなめだつ連中すぐ見つかるさ」

「ならはやく見つけろよ。メンツが立たないと廷尉ていい立腹りっぷくだぜ」

 

 夜糸はあせった。

 廷尉ていいはおじのことだ。この街におじの手がまわっている。

 兵士たちがどんどん夜糸の方に近づいてくる。

 夜糸は横に走ろうとした。だが、右の道からも左の道からも兵士がやってきている。

 つかまったらまずい。今度こそ人料理の店に売られる。

 どうしよう。

 ふと、路上の建物の壁のわきにねそべっている、物ごいたちに気づいた。とっさに夜糸は彼らのあいだに座りこんだ。ひざをかかえ、頭をしずめ、できるだけめだたないようにする。

 道の前方と左右から、ざっざっと足音をたて、兵士たちが合流した。よりによって座りこんだ夜糸の前でだ。

 

「そちらの首尾はどうだ?」

 

 ある兵士が夜糸の真ん前に立ちはだかった。兵士はじっと夜糸を見おろす。

 座りこみ、ひざをかかえた夜糸からは、まっすぐ立った兵士の足だけが見えた。ちっとも動く気配はない。

 夜糸は緊張で息があらくなり、口をおさえた。肋骨をたたきわりそうなほど心臓がばくばくとし、冷や汗がふきでる。

 見つかった?

 

「……ちっ。どうにもならねえ連中が。めざわりだ」

 

 兵士が夜糸につばをはきかけた。

 

「どうだ? ご令嬢たちは見つかったか?」

「いいや」

 

 兵士たちは行ってしまった。

 夜糸はほっとした。ひざをかかえたまま、横目で兵士たちを見送る。

 長い移動のあいだによごれた姿になり、絹の上着を売って髪を切った。おかげで名家めいかの令嬢と思われずにすんだのかもしれない。

 夜糸はふところをさぐった。

 助かったのはいいが、手持ちの金は質屋で換金した金から、饅頭代まんじゅうだいをさしひいたぶん、三銭だけ。

 

「これからどうしよう」

 

 どうするべきか、空腹で頭もよくまわらずわからない。

 ただ、自分を追いこんだおじや、うらぎった春桃へのはげしい怒りだけがふつふつとわき、憎しみになっていった。

 

「どうしたんだべ」

 

 となりから弱々しい声があがった。

 夜糸が首を横にやると、ボロをまとった小さなこどもが寝ていた。ざんばらの短髪に浅黒い肌。人のよさそうな大きく丸い目鼻。盧人ろじんではなさそうだった。身長は夜糸の半分くらい。やせこけているが腹だけが出ている。

 弱っているのか、息もたえだえで、いまにも死にそうだった。

 

「おらはもうすぐ死ぬべ。その前にさみしいから少し話をしてくれねえか?」

 

 こどもの言葉には、異民族のなまりがあった。

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