李夜伝

恋して、愛して、裏切られて散っていく。復讐、愛憎、悲恋の中華ダークロマンス
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おまけ 男たちの休日

公開日時: 2022年11月24日(木) 00:42
更新日時: 2022年12月5日(月) 23:18
文字数:1,398

 皇宮こうきゅう

 韓季沖かんきちゅう丞相じょうしょう陸頌雅りくしょうが廷尉府ていいふ鄧通閔とうつうびん季沖きちゅうの上司の李遠りえんが話していた。

 季沖が言うには、

「お三方、今度の休息日きゅうそくび太師たいしさま(高い位の名誉職のこと)から花見のおさそいがきました。参加されますよね」


 陸頌雅は気まずそうに下をむいた。

 

「すみません。その日私は大事な用事が……」

「そうですか」

 

 丞相のことだ。きっと国政にかかわる大事な用にちがいない。


 鄧通閔がしきりにわざとらしいせきをした。

 

「おほん。私もその日は郊外まで足をはこぶのだ。内々の仕事をしにな」

「廷尉も?」

 

 いや、内々の仕事というからには、重大な犯罪人をさがしているのやも。


 李遠も腕をくみながら大まじめに言った。

 

「俺もその日はいそがしい。どうしても必要な書き物をせねばならぬ。丸一日時間が必要だ」

「必要な書き物?」

 

 故国ここくの部族に晋国しんこくでの生活を報告するのか?

 へたをすると国どうしの関係にまで影響がでる。丸一日必要なのも当然だ。

 

「……わかりました。みなさま、どうか死力をつくしてください。この季沖、ご健闘をいのります」

 

 季沖は胸の前で、右のこぶしを左手のひらでがしっとつつんだ。

 

「?」

 

 三人は首をかしげた。


 

 みやこ

 ある庭園。梅や桃の花がさきみだれている。

 貴族や高官の老人たちがあつまり、ほのぼの雑談をしていた。のんびりお菓子を食べる。

 地面の敷物の上で、季沖きちゅうはぴんと背中をはって正座をしていた。

 真っ白なひげの太師が穏和おんわに話しかけた。

 

「韓どの。若い方で来てくれたのはあなただけです。休息日ですし、そんなにかしこまらず。楽しんでくださいませ」

「いえ。私だけ楽しむわけにはまいりません。休息日でもみな国のために死力をつくしています」

「……? おや、見てごらんなさい。風がふき、梅の花がうすべにの雪のようですよ。ほほほ。一つ詩文しぶんができました。韓どのも詩をお作りなさい」

「……」


 

 竹林ちくりん

 滝や川のせせらぎがひびく。人気ひとけはない。

 陸頌雅が地面にあぐらをかいて座っていた。目をとじ、ここちよさそうに瞑想めいそうしている。

 

「太師のあつまりなどつかれるだけです。休息日くらいは人とのかかわりをたち、心おだやかでいるべきだ」


 

 郊外の鄧通閔とうつうびん荘園しょうえん(私的な所有地のこと)。

 通閔は木製の大きな桶の中の湯に入り、沐浴もくよくをしていた。

 めしつかいが通閔の髪をあらい、桶に香料を入れていく。

 

「休息日くらいは身体からだを清潔にせねば。廷尉としてのメンツがたたん。髪のくさい高官こうかんなどいるものか。……ふう。そのほう、湯をもっとあつくせい」

「ははあ」


 

 夜もふけてきたころ。

 都の李遠のやしき。

 李遠が筆をとり、紙に字を書いていた。

 

「……大河は昼夜問わず流れ、旅人の心にはかなしみがつきない……。うむ、われながらよい情景だ。盧人ろじん風の詩文は孤独に文をねってこそしあがる。今日はよい日だった」

 

 卓の上には李遠の書いた詩の紙がたまっている。

 

「休息日とは自分のために使うもの。季沖はものずきにもほどがある。老人たちのつきあいで消費するとは」


 李遠は想像した。

 大河が地上にあれば、てんにもあまかわがあるとよい。中洲なかすが夜のくろい闇にしずむのだ。


「……ん?」

 

 李遠は以前庭で出会った、夜と玄の名を持つ娘のことを思いだした。


「夜とくろ


 いまだけではない。詩文を書いているとき。仕事で間者かんじゃを追いかけ、まちで似た姿の女を見かけたとき。しばしば思いだすようになった。

 あの憎しみにみちたはげしい目にひかれた。

 つぎに会うことがあれば、どんな目で李遠を見てくれるのだろう。

 

「たのしみだ」

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