鄧家では娘の結婚式の準備をしていた。
花嫁の赤い衣をまとった日利は、鏡の前で得意げにほほえんだ。
めしつかいがそろって日利をほめたたえた。
「おきれいですよ」
父親がおごそかにせきばらいをした。
「いいか。おまえはわが家の代表だ。つつましく永達さまにつかえなさい。皇族の妻はそう甘いものではない。都に行ってもつねに学び……」
「わかってます。お姉さまよりはうまくやれる自信がありますわ」
部屋のすみでは、質素な平服を着た夜糸が、まばたきもせず日利をにらんでいた。
日利は夜糸のおそろしい瞳を見てもさっぱり動じなかった。
都、洛都。
皇宮の見上げるほどの大きな門の前には、大勢の見物人が集まっていた。
豪華な馬車がとまり、はなやかな赤い服の日利がおりた。そのあとにつづく、べつの地味な馬車から両親と夜糸がおりた。
門の前で、人夫がかつぐ輿に乗った永達が、ほほえみを唇にはりつけ日利を待っていた。すまし顔の日利が永達の輿に乗ると、輿は門のはるか先にある儀式用の宮殿へ運ばれた。
ちょうど近くを永達の側近の李遠が通りがかった。今日は宮中の警備にかりだされていた。
李遠は遠まきに永達たちの結婚式をながめた。
「あんなやつのためにむだな税を使いおって」
ふと、彼は鄧家の面々を見つけた。夜糸の両親が夜糸にきびしい口調でなにか言っていた。
「夜糸。行くわよ」
夜糸は日利と永達が乗った輿を凝視したまま動かなかった。
「強情な子だね。一人で帰りなさい」
両親は夜糸を残してその場を去った。
李遠は夜糸に近づき、軽く拱手して声をかけた。
「妹どののご婚礼にお祝いもうしあげる」
夜糸はみじろぎもせず、李遠には反応しなかった。
大勢の人びと。楽の音。歓声。はなやかな輿。永達のとなりにいる、はれやかな妹の姿。
憎しみの目でそれらをながめ、夜糸はぼそりとつぶやいた。
「殺す」
李遠はみるみる笑顔になった。夜糸に近づき、彼女の耳元に顔をよせてささやいた。
「ならば行動しなさい」
夜糸がすこしおどろいて李遠を見たが、彼はすぐに歩み去っていった。
「あの人……、なに?」
夜糸は李遠の大きな背中を見送った。
歩きながら、李遠はうれしさのあまりしのび笑いがとまらず口をおさえた。
あの目。あの憎しみ。なぜ自分がひかれるのかわかった。まるでかつての自分の目のようだからだ。
なにか試練をあたえたい。育ててやりたい。もし自分とおなじ種類の人間なら、壁があれば成長できるはずだ。
育てあげられたら永達を殺す駒としても利用できるかもしれない。
日利をめとり、永達ら夫妻は宮中を出て郊外の豪邸に引っ越した。
日利はそこでぜいたくなくらしをしていると聞く。両親はかかさず仕送りをした。
夜糸は二人の結婚式以来、一歩も自室を出なかった。
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