西園。家畜があらしまわった畑や長屋を、農民たちがかたづける。
当の家畜たちは、西園中の草地をうろうろとしていた。いつもとじこめられていたので、のびのびと外を歩くのが気にいっているようだ。
西園の監荘人の王益序と、その手下たちが、農民たちにふんぞりかえって命令する。
「はやくかたづけろ」
農民たちはくすくすとあざわらった。
「犬におじけずいてたくせに」
「義弟に負けてたのにな。なさけねえ」
益序は真っ赤になった。
農民の少年、孫隻胡は、かれらをしりめに、牛をなだめて手綱をつける。
「よしよし。うちへ帰ろうな」
そこへ、いかつい女がやってきた。
ひどく陰険な女だ。瞳は暗く、目元にはしわがより、かげがある。
その陰険な目とちらりと視線があい、隻胡はびくりとした。
女は右のこぶしを左手でつつみ、益序に拱手する。
「兄上。ごきげんうるわしゅう」
「む、婉序」
彼女は北園の監荘人、王婉序だった。
「荘園を混乱させた連中をとらえたそうだな」
隻胡は耳をすませた。
女は低い声で、
「ええ。北園の作業場で『謀反』の話をしていましたからね。普段は顔をださず、農民連中にまぎれて働くといいことがありますよ」
「すぐにひきわたせ。やつざきにしてやる」
益序は息まいた。婉序はふっと口角をあげる。
「それより兄上ともあろう方が、私に相談もなくぬけがけとはひどいですよ」
とたんに益序は青くなり、いやそうな表情になった。
「なんのことだ?」
「お妃の夫人さまの『狩り』のことです」
「おまえ、なぜそれを」
「だれでもわかります。近ごろ西園や東園から、夜、北園の作業場に来る若い女が少しずつへっていました」
「む……」
「すぐ察しがつきます。このあいだ夫人さまが来たとき、南園の裂序の考えた、若い娘を使った『遊び』に夢中になっておられましたから」
「きさま」
「私も準備にかかわらせてください。でないと『あのこと』を裂序に言いますよ」
「それはやめてくれ!」
「私だって旦那さまにほめていただき、東園をいただきたいんです」
「ぬぬ」
「なあに。ひとりじめはしません。益序兄上と半分、なかよくわけあいましょう」
「わかった」
「ふふふ。昨晩つかまえたのは若い女二、三人でした。少し仕事に使ったあと南園に送ります」
「仕事? なんの仕事だ?」
「それはどうでもいいこと。それより『獲物』を用意したのは私の功績ということにしてください」
「なんだと?」
「ついでに益序兄上によばれ、東園から西園に行った娘たちは北園に来たんですよね」
「ぬぬぬ、きさま」
「北園からそのまま南園に送ったんですよね」
「ぬぬぬぬぬぬぬ」
「あのことを言いますよ」
「……くっ、そうだ」
「確認できてよかったです。夫人さまや旦那さまのお気にめしていただけるよう、一緒にがんばりましょう」
婉序は高笑いしながら、益序の前から去った。益序は小さく地団駄をふむ。
「くそお! わしが先に目をつけていたのに! 娘たちは全員わしが南園に送りこみ『用意』の功績にするつもりだったのに!」
きき耳をたてていた隻胡は、婉序のあとを追った。
「北園の王さん」
婉序がふりむく。
「玄鎖さんや夏桑はどうしてますか?」
「……心配か?」
「ええ、まあ」
婉序は陰険な目でじっと隻胡を見すえた。隻胡はこわくて目をそらす。
「おまえの名前は?」
「孫隻胡です」
言ってから、しまったと思った。
適当な偽名を言っておけばよかった。今後も目をつけられてしまう。
婉序はぶっきらぼうに、
「ついてこい」
隻胡は婉序と少し距離をおきながら、彼女についていく。はやく名をわすれてほしかった。
婉序は歩きながらつぶやいた。
「孫隻胡。孫隻胡……」
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