李夜伝

恋して、愛して、裏切られて散っていく。復讐、愛憎、悲恋の中華ダークロマンス
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五 北園の『王』

公開日時: 2022年12月17日(土) 00:42
文字数:1,463

 西園せいえん。家畜があらしまわった畑や長屋ながやを、農民たちがかたづける。

 当の家畜かちくたちは、西園中の草地をうろうろとしていた。いつもとじこめられていたので、のびのびと外を歩くのが気にいっているようだ。

 西園の監荘人かんそうにん王益序おうえきじょと、その手下たちが、農民たちにふんぞりかえって命令する。

 

「はやくかたづけろ」

 

 農民たちはくすくすとあざわらった。

 

「犬におじけずいてたくせに」

「義弟に負けてたのにな。なさけねえ」

 

 益序は真っ赤になった。

 農民の少年、孫隻胡そんせきこは、かれらをしりめに、牛をなだめて手綱たづなをつける。

 

「よしよし。うちへ帰ろうな」

 

 そこへ、いかつい女がやってきた。

 ひどく陰険いんけんな女だ。瞳は暗く、目元にはしわがより、かげがある。

 その陰険な目とちらりと視線があい、隻胡はびくりとした。

 女は右のこぶしを左手でつつみ、益序に拱手きょうしゅする。

 

「兄上。ごきげんうるわしゅう」

「む、婉序えんじょ

 

 彼女は北園の監荘人かんそうにん王婉序おうえんじょだった。

 

荘園しょうえんを混乱させた連中をとらえたそうだな」

 

 隻胡は耳をすませた。

 女は低い声で、

「ええ。北園の作業場で『謀反むほん』の話をしていましたからね。普段は顔をださず、農民連中にまぎれて働くといいことがありますよ」

「すぐにひきわたせ。やつざきにしてやる」

 

 益序は息まいた。婉序はふっと口角をあげる。

 

「それより兄上ともあろう方が、私に相談もなくぬけがけとはひどいですよ」

 

 とたんに益序は青くなり、いやそうな表情になった。

 

「なんのことだ?」

「おきさき夫人ふじんさまの『狩り』のことです」

「おまえ、なぜそれを」

「だれでもわかります。近ごろ西園や東園から、夜、北園の作業場に来る若い女が少しずつへっていました」

「む……」

「すぐ察しがつきます。このあいだ夫人さまが来たとき、南園なんえん裂序れつじょの考えた、若い娘を使った『遊び』に夢中になっておられましたから」

「きさま」

「私も準備にかかわらせてください。でないと『あのこと』を裂序に言いますよ」

「それはやめてくれ!」

「私だって旦那さまにほめていただき、東園をいただきたいんです」

「ぬぬ」

「なあに。ひとりじめはしません。益序兄上と半分、なかよくわけあいましょう」

「わかった」

「ふふふ。昨晩つかまえたのは若い女二、三人でした。少し仕事に使ったあと南園に送ります」

「仕事? なんの仕事だ?」

「それはどうでもいいこと。それより『獲物』を用意したのは私の功績ということにしてください」

「なんだと?」

「ついでに益序兄上によばれ、東園から西園に行った娘たちは北園に来たんですよね」

「ぬぬぬ、きさま」

「北園からそのまま南園に送ったんですよね」

「ぬぬぬぬぬぬぬ」

「あのことを言いますよ」

「……くっ、そうだ」

「確認できてよかったです。夫人さまや旦那さまのお気にめしていただけるよう、一緒にがんばりましょう」

 

 婉序は高笑いしながら、益序の前から去った。益序は小さく地団駄じだんだをふむ。

 

「くそお! わしが先に目をつけていたのに! 娘たちは全員わしが南園に送りこみ『用意』の功績にするつもりだったのに!」

 

 きき耳をたてていた隻胡は、婉序のあとを追った。

 

「北園の王さん」

 

 婉序がふりむく。

 

玄鎖げんささんや夏桑かそうはどうしてますか?」

「……心配か?」

「ええ、まあ」

 

 婉序は陰険な目でじっと隻胡を見すえた。隻胡はこわくて目をそらす。

 

「おまえの名前は?」

孫隻胡そんせきこです」

 

 言ってから、しまったと思った。

 適当な偽名を言っておけばよかった。今後も目をつけられてしまう。

 婉序はぶっきらぼうに、

「ついてこい」

 

 隻胡は婉序と少し距離をおきながら、彼女についていく。はやく名をわすれてほしかった。

 


 婉序は歩きながらつぶやいた。

 

「孫隻胡。孫隻胡……」

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