李夜伝

恋して、愛して、裏切られて散っていく。復讐、愛憎、悲恋の中華ダークロマンス
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第三章

一 計画

公開日時: 2022年12月9日(金) 00:37
文字数:2,522

 荘園しょうえん北園ほくえん

 大きな長屋をぶちぬいた、大きな作業場があった。

 建物の周囲は、くわの木をそだてるための桑畑でかこまれていた。育てているかいこに食べさせるのだ。それから綿わた畑、麻畑あさばたけなど、糸や布の生産にかかせない植物が育てられている。

 作業場には、蚕をゆがくための鍋や、糸まき機、機織り機がところせましと並べられていた。


 北園の手下は、西園せいえん東園とうえんにくらべると少数だった。

 畑の手伝いや糸、布作りは、夜にやってくる西園、東園の者にやらせていた。

 



 今晩も、北園の作業場では、農作業でつかれはてた農民たちが、糸つむぎをしたり、布をおっていた。

 夜糸やし夏桑かそうも、鍋にかいこまゆを放りこみ、ゆがく。こうして繭の糸を採集しやすくするのだ。

 

 夏桑は鍋の中の蚕に、

「ごめんな。ごめん」

 と、しきりに謝った。夜糸はほほえむ。

 夏桑はやさしい子だ。

 

「絹はこんなに残酷な方法で作るのね」

 

 ゆがいた蚕の死骸しがいは、家畜のえさや、作物の肥料にする。それからまだ行ったことのない南園にあるらしい、池の魚のえさにもなるとか。

 作業場の入り口には、監荘人かんそうにんの王きょうだいの手下が立ち、農民をみはっていた。だが、うとうとしてほとんど寝ている。


「あの手下がさあ……」


 農民たちはおもいもいにおしゃべりをはじめ、不満をたれた。

 夜糸もまた、夏桑に話しかける。

 

「ねえ夏桑」

「ん?」

「ここから出たい?」

「べつに」

「じゃあ明日から友だちをやめましょう」

「やだ」

「どうして? すべてはてんのことわりと自然のままなんじゃないの?」

「そうなったらそうだが、おらはいやだ」

「……でもね、私とのかかわりのせいであなたがばつを受けないでほしいの」

「ここを出るのか?」

「そうよ」

「ここの連中が憎いからか?」

「それもないと言ったらうそになるけど」

「ならおらは反対だ」

「ううん。ちがうの。それ以上に私、どうしてもしなきゃいけないことがあるの」

 

 妹や自分をすてた永達えいたつに復讐したい。

 

「ここにいたらその前にこきつかわれて死んでしまうわ。たしかに食べ物や寝る場所はあるけど、苦痛のうちに安住するより、私は前に進みたい。外に出てけもののようなくらしをしてでもね」

「そうか。そんならおらも協力する。夜糸についていく。命の恩人の夜糸が前にすすむたすけになるなら、おらの命もはるべ」

「ありがとう。あなた、あぶみなしで馬には乗れる?」

「ああ。故郷じゃガキのころから馬に乗って羊を育ててた。夜糸は?」

「私も乗れるわ。祖先が蜱蛄ひせん族だったから乗馬の訓練もさせられたの」

 

 二人はこそこそと、ある計画について話した。

 

 夜糸たちは気づかない。すこしはなれた場所でもくもくと蚕のまゆをゆがきながら、夜糸たちの会話にきき耳をたてている女のことに。

 女はがっしりした身体に、ひどく陰険な目つきをしていた。


 

 

 木や竹がうっそうとはえた林の中。

 背の高い竹であまれた柵の前には、いつも凶暴な猟犬がうろうろしている。だがこの日はめずらしく、犬は腹をうわむけ、地面にころがっていた。

 

「よしよし」

 

 夏桑はころころころがる犬をかわいがる。背には大きな麻袋をせおい、おれて小さくなった竹を地面からひろっては入れていた。

 

「ほんとにこりゃあよくきくなあ」

 

 夏桑はそでにいれた袋をとりだす。

 夜糸はといえば、夏桑と同じように背中に大きな麻袋を背負い、小さくなった竹をほおりこんでいた。あいまに柵のすきまから、外のようすをのぞこうとする。

 わずかなすきまから、柵の近くの地面が、草におおわれているのが見えた。

 

「一見なにもない。でもみんな脱走に失敗しているはずだし、なにかわながあるはず」

 

 夜糸は大きめの石をひろい、柵のむこうに投げておとした。

 かすかに鈴の音がする。

 

「もしかして」

 

 柵にそって歩きながら、小中大の石をつぎつぎむこうに投げた。石が大きいほど鈴の音が大きくなる。

 

「なるほどね」

 

 ガサッとうしろから枝葉をふむ音がしたので、夜糸と夏桑はとびあがった。

 ふりむくと、奇妙な男がいた。

 背が二つおりの紙のようにまがった男で、真っ白なぼさぼさの髪とヒゲにより、全身がかくれている。まるで仙人のようだ。まがりきった背中には、よごれた布でつつまれ大きな荷物がせおわれていた。

 夜糸と夏桑はあぜんとする。

 

「まだ来ないのかのお。……ん」

 

 老人は夜糸に気づいた。髪のしらみをつぶしながら、まじまじと夜糸を見る。

 夜糸は鼻をつまんだ。

 ひどいにおい。

 老人は背中の荷物からほそながい筒をとりだし、先端を夜糸のほうにかまえた。筒の先端には、表面が湾曲した玻璃はりがうめこまれている。望遠鏡のようだ。

 

「な、なに?」

「……おしい。そなたでもよいが、そなたではない。わしの背中の岩がおちない」

「は?」

「そなたは赤いわにを退治する者ではない」

 

 老人は突然はっとふりむき、冷や汗をかいてあとじさった。

 

「いまいましい赤い鰐め。また来たか。しっ。しっ。やめろ。あっちへいけ」

 

 老人が見ている先にはなにもなかった。なのにさけんでとんで逃げていく。

 夏桑はぽかんとして、

「世の中にはああいうやつもときどきいるらしいな。おらはじめて見た」

「きっと荘園でつらい労働をしいられて気がおかしくなったのよ。かわいそうに」

 

 またしてもがさがさと人の足音がした。今度はみはりの農民たちだった。

 

「王さん。声がしたと思ったら、あそこにだれかいます」

「なんだ、きさまらは」

 

 『王』とばれた男が夜糸たちの前に立ちはだかった。大柄で筋骨隆々、堂々とした男。

 夜糸は考える。

 この人、王きょうだいの一人なのね。

 みはりの人たちをひきつれているから、東園の監荘人の王元序げんじょかしら。私兵を持っているらしいし。

 

「すみません。最近来たばかりで、命令されて竹をひろいに来たらまよってしまったんです」

 

 夜糸はあらかじめ考えておいたうそをついた。

 王元序は夜糸たちを上から下までながめてから、小馬鹿にしたように鼻をならす。

 

「負け犬が」

 

 夜糸はムッとしたが、つっかかりはしない。元序はいかにも強そうで、怒らせたら自分たちの身がどうなるかわからないからだ。

 

「ここには近づくな。もどれ」

「はーい」

 

 夜糸と夏桑はすなおに西園にもどった。


 道中こんな会話をした。

 

「夏桑、明後日でもいいかしら? 明日は準備したいの」

「えらくはやいな。おらはいいけど」

「行動するならはやい方がいいでしょ」

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