西園に夜糸と夏桑がもどってきたのは夕方だった。二人とも足がふらふらだ。
監荘人の手下の呉起が、二人を待ちかまえていた。猟犬をつれている。
「ようやく終わったか。おそすぎる。あと一刻おそければ南園に送っていたぞ」
「すみません。あの、このあと東園に行ってもいいですか?」
呉起は夜糸をにらみつけ、鞭でおもいきりたたいた。夜糸は痛みですくむ。
「勝手をしようとするんじゃない」
「夜糸、もどろうぜ」
夏桑につれられ、夜糸はすごすごと呉起の前から去った。
そこへ、西園の監荘人、王益序がやってきた。
「呉起、せいが出るな」
「これはこれはご主人さま」
呉起は拱手し、へつらうように笑った。
益序は監荘人の王きょうだいの長男だった。中年の男で、いつもりっぱな口ひげをなでながら、上体をそらしふんぞりかえっている。
猟犬が尻尾をふり、益序にすりよった。益序は猟犬をなでる。
「おお、かわいいかわいい。ところできさま、この荘園の旦那さまへの『税』はどうした? まだおさめた記録がないが」
「それがですね、私めもたくわえがないと」
「わしをだれだと思っている」
益序はふんぞりかえったまま、呉起をにらみつけた。
しかたなく呉起はヘコヘコとして、
「少ないですが」
と、益序のふところに小金のつまった袋を入れた。
益序はせきばらいをして、
「旦那さまにはうまくごまかしておこう」
「ありがとうございます」
「それより二月後、旦那さまのはからいにより皇帝陛下のお妃の杜夫人(夫人は皇宮での妃の位の一つ)が遊びにいらっしゃる」
「ひえ! 夫人さまが?」
「ああ。先日夫人さまのご子息の太子さまがご結婚された。ゆえに太子さまと太子妃さまもつれてくるやもしれぬ」
「なんと。やんごとなき方々がそんなにもいらっしゃるのですか」
「いつもどおり南園で『狩り』をされたいらしい。そこでわしは弟や妹たちに差をつけたい。そして一番広い東園を旦那さまからいただきたいのだ」
「なるほど」
「西園からいい『獲物』を用意したいのだが、使えそうなのはいるか? 夫人さまは若い女がおのぞみだそうだ。それと病の者、身体が虚弱な者はいけない」
「でしたらちょうどやつらのようなのが」
益序と呉起は、夜糸と夏桑のうしろ姿をじっとながめた。とって食おうとするような、ぎらぎらした目で。
「理想的だ」
「かしこまりました。西園のほかの者にも検討をつけておきます。東園からもこっそり若い女をつれだし、西園から送ったことにしましょう」
「うむ。まかせるぞ。東園の元序や北園の婉序にはくれぐれもけどられるなよ」
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