李夜伝

恋して、愛して、裏切られて散っていく。復讐、愛憎、悲恋の中華ダークロマンス
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十 危機の予兆

公開日時: 2022年12月5日(月) 00:44
文字数:1,037

 西園せいえん夜糸やし夏桑かそうがもどってきたのは夕方だった。二人とも足がふらふらだ。

 監荘人かんそうにんの手下の呉起ごきが、二人を待ちかまえていた。猟犬りょうけんをつれている。

 

「ようやく終わったか。おそすぎる。あと一刻おそければ南園なんえんに送っていたぞ」

「すみません。あの、このあと東園とうえんに行ってもいいですか?」

 

 呉起は夜糸をにらみつけ、むちでおもいきりたたいた。夜糸は痛みですくむ。

 

「勝手をしようとするんじゃない」

「夜糸、もどろうぜ」

 

 夏桑につれられ、夜糸はすごすごと呉起の前から去った。

 そこへ、西園せいえん監荘人かんそうにん王益序おうえきじょがやってきた。


「呉起、せいが出るな」

「これはこれはご主人さま」

 

 呉起は拱手きょうしゅし、へつらうように笑った。

 益序えきじょ監荘人かんそうにんの王きょうだいの長男だった。中年の男で、いつもりっぱな口ひげをなでながら、上体をそらしふんぞりかえっている。

 猟犬が尻尾をふり、益序にすりよった。益序は猟犬をなでる。

 

「おお、かわいいかわいい。ところできさま、この荘園の旦那だんなさまへの『税』はどうした? まだおさめた記録がないが」

「それがですね、私めもたくわえがないと」

「わしをだれだと思っている」

 

 益序はふんぞりかえったまま、呉起をにらみつけた。

 しかたなく呉起はヘコヘコとして、


「少ないですが」


 と、益序のふところに小金のつまった袋を入れた。

 益序はせきばらいをして、


「旦那さまにはうまくごまかしておこう」

「ありがとうございます」

「それより二月後、旦那さまのはからいにより皇帝陛下のおきさき杜夫人とふじん(夫人は皇宮での妃の位の一つ)が遊びにいらっしゃる」

「ひえ! 夫人さまが?」

「ああ。先日夫人さまのご子息の太子たいしさまがご結婚された。ゆえに太子さまと太子妃さまもつれてくるやもしれぬ」

「なんと。やんごとなき方々がそんなにもいらっしゃるのですか」

「いつもどおり南園で『狩り』をされたいらしい。そこでわしは弟や妹たちに差をつけたい。そして一番広い東園を旦那さまからいただきたいのだ」

「なるほど」

「西園からいい『獲物』を用意したいのだが、使えそうなのはいるか? 夫人さまは若い女がおのぞみだそうだ。それと病の者、身体が虚弱きょじゃくな者はいけない」

「でしたらちょうどやつらのようなのが」

 

 益序と呉起は、夜糸と夏桑のうしろ姿をじっとながめた。とって食おうとするような、ぎらぎらした目で。

 

「理想的だ」

「かしこまりました。西園のほかの者にも検討をつけておきます。東園からもこっそり若い女をつれだし、西園から送ったことにしましょう」

「うむ。まかせるぞ。東園の元序げんじょや北園の婉序えんじょにはくれぐれもけどられるなよ」

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