李夜伝

恋して、愛して、裏切られて散っていく。復讐、愛憎、悲恋の中華ダークロマンス
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九 すてられた夜糸

公開日時: 2022年11月23日(水) 00:32
更新日時: 2022年12月4日(日) 21:35
文字数:1,445

 鄧家とうけのやしき。

 自室で、寝台しんだいによこたわったまま、白い寝巻きの夜糸やしは動かない。

 あの日から、頭の中に日利ひり永達えいたつがうかび、夜糸をせめたてる。

 

『お姉さまと結婚したい男の人なんていないわよ。お姉さまより私のほうが美人だもの』

『おまえのような女はかんべんだ』

『しかも、不妊なんて』

 

 目のあたりが痛くなり、じわりと涙がにじんだ。

 自分はなぜ生まれてきたのだろう。

 生まれてこないほうがよかった。

 夜糸は左手首をなでた。赤黒い切り傷がいくつも横ぎっている。

 手首は毎日切るようになった。自分の身体からだがどんどんみにくくなる。

 めしつかいの春桃しゅんとうが、心配そうに声をかけた。

 

「お嬢さま。外にでませんか。気分転換に。いつまでもそんな調子じゃだれでもめいります」

「なにもする気がおきないの。身体からだがなまりのように重い。だれのせいかしら?」

「すみませんってば。でも白環びゃくかんお嬢さまにはさからえなかったんですよ」

「はあ。わかってるわよ。あなたの言うとおりね。散歩でもしようかしら」

 

 夜糸がゆっくり起きあがり、寝巻きをぬぎだした。春桃はほっとする。

 

「そうしましょう。最近は春でもさむいですから厚着をしましょうね」

 

 春桃は何枚もの絹の服を用意した。夜糸は緩慢かんまんにそれらを着こむ。


「そういえば白環お嬢さまへのふみ、言われたとおりに書きましたけど……ろう、ええっと、あの読めなかった字、あれはなんですか?」

「べつに」

「なにかまぜたそうですが。それに奥さまがたのんだというのも……」

「あなたはなにも気にしなくていいの。ただ日利あての荷物にお母さまが『気まぐれ』に文をそえただけ。第一だれもなにもまぜていないわ」

「そうですね。そうですよね」

 

 春桃はそれ以上なにもきかない。

 世の中万事平穏ぶじでいることが一番だ。波風をたてないよう、よけいなことをきいてはいけない。

 夜糸は服を着ながらひとりごちた。

 

「『行動しろ』って、どうしたらいいのかしら。考えても全然思いつかない。くだらないいやがらせをするくらいしかできないわ」

 

 外から、ドタドタと足音がした。

 夜糸と春桃はどうしたのかと顔をみあわせた。


 

 鄧家のやしきの中に、男たちが次々入った。かれらの先頭にいるのは、夜糸のおじの鄧通閔とうつうびんだった。

 夜糸の父と母は家に侵入した男たちにおどろく。

 

「なにごとだ?」

「兄上。ごきげんうるわしゅう。非人ひにんの女をつれだしにきました」

 

 父と母の前に、男たちに腕をつかまれた夜糸と春桃がひきずられた。

 

「はなして!」

「ひい。私はただのめしつかいですよ」


 通閔つうびんは冷たく夜糸をみくだした。


「一族にもメンツがある。不妊の女など鄧家にはおらず、兄上の娘は白環だけだった。そうでしょう」

 

 父はうつむいて考えこみ、母は顔をそむけた。

 夜糸は目に涙をため、両親をすがるような目で見つめた。

 

「お父さま。お母さま。日利みたいにお役にたてなくてごめんなさい。でも私、いままで必死だったのよ。二人のためにお役にたちたかったのよ」

「私は関係ないんですってば」

「この非人は売りはらってきます。兄上はなんの手をかける必要もありません」

「お父さま。お母さま。助けて。すてないで」

 

 夜糸と春桃はずるずるとひきずられていく。

 父が口をひらいた。

 

「夜糸。皇族になるという、子どものころからの夢がかなえられず、つらい思いをしただろう。もう楽になってよいぞ」

 

 夢? それはだれの夢?

 

「どうかお助けください。でなければ私、金輪際こんりんざいあなた方のことを父母だと思いません」

 

 父も母も無言だった。

 

「旦那さま! 奥さま! 助けて!」

 

 春桃のさけびがむなしくこだまし、やがてきこえなくなった。

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