「おまえにはやはり黒がよくにあう。俺がやったその玉佩も」
古びた城の中の広い寝室。
夜糸はあとずさりして彼からゆっくり逃げた。髪にはいく本ものかんざしをつけられ、体には絹ごろもが何枚もかさなった黒の皇后の服を着せられている。
腰の帯ひもには、玉佩(玉で作られたドーナツ状のかざりのこと)をたらしている。玉佩は円環の中心を境に、半分が純白、半分が黒色だった。
大きな身体の彼は、じりじりと夜糸を部屋の壁まで追いつめた。冕冠をかぶり、そでが太く、すそが地面につくほど長い、黒の皇帝の衣装をまとっている。
「なぜ逃げる?」
「だれか。助けて」
よびかけてもだれもこない。
「俺はおまえの夫だ。逃げる必要などない」
「どういうこと?」
「おまえはこの盧皇帝の皇后になった。国もおまえも俺のものだ」
「盧はもうほろんだ国よ。晋国の領土をうばったの?」
「そうだ。そのうち立派な宮殿も建てよう。いまからわが国の兵や民に俺の皇后の姿を見せみとめさせる」
「私言ったじゃない。権勢なんていらないって」
「ほかにやれるものがなかった」
「私は不妊よ。あなたの一族のために子どもも作れないのよ」
「べつにかまわない」
彼は夜糸の手をつつんだ。
「皇帝としてあたえられるものはすべてあたえる。今度という今度は約束を守れよ。ほうびも毎日くれ」
彼は夜糸の赤い唇に口づけした。
なにもかもまちがいだった。
そう思いながら、夜糸はいままでのことを回想した。
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