李夜伝

恋して、愛して、裏切られて散っていく。復讐、愛憎、悲恋の中華ダークロマンス
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二 開始

公開日時: 2022年12月11日(日) 00:46
文字数:2,005

 翌日の真昼。

 東園とうえんまで来た夜糸やし夏桑かそうは、畑に肥桶こえおけ牛糞ぎゅうふんをまいていた。しゃがんで、監荘人かんそうにんの手下たちの目をぬすみ、あるものをからになったおけにいれる。


「これだけあれば十分ね」

「だな」


 


 翌々日の真夜中。

 西園せいえんにわとり小屋ごやの前で、番をしている農民の少年がいた。孫隻胡そんせきこという。最近荘園しょうえんに来たばかりだ。

 えた農民が家畜を盗んで食わないよう、一晩中小屋をみはっていなければいけない。

 隻胡はあくびをした。毎晩眠れず頭がぼんやりしている。

 すると、馬に乗った夜糸が、あかりのちょうちんをぶらさげやってきた。

 

玄鎖げんささん? どうしたの? その馬」

 

 隻胡と夜糸は年が近いので、それなりに気安い。

 夜糸はあせったようすで、


「たいへんなの隻胡くん。監荘人かんそうにんの王さんがいますぐ西園中の家畜を集めろって」

「どうして?」

「出荷した子の中に疫病にかかったのが見つかったんですって。鶏だけじゃなくて牛や豚にも」

「ええ?」

「王さんはいまから家畜を『王宮』に集めて調べるとお怒りよ。みんなに知らせるために馬をかりて知らせてまわっているの」

 『王宮』は荘園の各園の長、監荘人かんそうにんのすまい。

「わかった。すぐいくよ」

 

 眠気のせいで頭がぼんやりしていた隻胡は、夜糸の言葉をうたがいもせず、うのみにした。

 

「私もたなからおろすのを手伝うわ」

 

 隻胡と夜糸は鶏小屋にはいり、棚にぎっしりとつめこまれた鶏を、つぎつぎおろした。



 夜糸はにわとりの棚の中に、卵があるのをみつける。かなしくなった。

 自分は普通の女とちがい、子どもをうむことができない。鶏にだってうめるのに。

 視線を感じた。隻胡が手を動かしつつ、夜糸をじっと見ている。

 

「なに?」

「いや、かわいいなと思って」

「なに言ってんのよ」

 

 夜糸がてれると、隻胡は笑った。


 

 

 外では、家畜たちのなき声がそこらじゅうからあがっていた。荘園の猟犬も、のどがかれんばかりにほえる。

 西園の者たちが、家畜をつれ、『王宮』をめざしていた。

 夜糸はあかりのちょうちんをぶらさげたまま、かれらを横目に馬を走らせる。

 そこへ、前から夏桑かそうが馬をとめた。夜糸と同じようにちょうちんをぶらさげている。小柄な夏桑は、彼女自身より三倍は大きい袋をせおっていた。

 夜糸も馬をとめる。

 猟犬がよだれをたらし、彼女たちの馬のまわりでうなった。いまにもかみつきそうだ。

 

「夏桑、首尾はどう?」

「うまくいったべ。家畜小屋の連中はみんなあっさりだませた。眠気で頭がぼんやりしてたからか。夜糸の言ったとおりだ」

「よかった。王さんたちに気づかれる前にすませましょう」

「ああ。まかせとけ」

 

 夏桑は背中の大きな袋から竹の筒をとりだした。林でひろった竹を、ふしごとに細かくしたのだ。

 筒には乾燥させた牛糞がつめられている。東園の畑から集めたもの。においはほとんどしない。

 牛糞ぎゅうふんにはわらがつめられ、先端がとびでていた。家畜のえさだ。

 夏桑はちょうちんの中の火に、藁の先端をあてた。じりじりと火がつく。

 彼女はぽいっと、筒をまわりでうなる犬になげあてた。あたると同時に、ぱんっ、と、はれつするような音をたてて爆発した。

 犬たちはひるみ、きゃんきゃんなきだす。のみならず、混乱してあちこちにちり、あばれまわりはじめた。

 夜糸も夏桑から竹の筒をうけとる。藁の先がとびでた、乾燥牛糞の筒。藁の先にちょうちんの火をつけ、犬になげつけた。つぶやく。

 

「隻胡くんはべつに好みじゃないのよね」

 

 竹の筒が、ぱんっとはじけ、はれつした。犬はさらにあわて、あばれた。

 

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもないわ。犬さんたち。たくさんあばれてちょうだいな」


 

 

 深夜の長屋ながや

 うすよごれ、つかれはてた農民たちが雑魚寝ざこねしていた。いつぞや、夜糸と夏桑に家畜のふんをかけた阿几あきも寝ている。

 外では、ぱんぱん、ぱんぱんと破裂音。家畜のなき声。きゃんきゃんと犬のほえ声。

 あまりにうるさいので、農民たちが起きあがりだした。

 

「うるさいね」

「なんなんだ?」

 

 阿几も起きあがる。

 

「ん?」

 

 そばに夜糸がしゃがみこんでいた。北園ほくえんで農民の服をつくろうときに使う、針と糸を手にしている。

 

「あ、おきちゃった」

 

 夜糸は針と糸をすて、さっと外にでていった。

 阿几がぽかんとしていると、腰の方からいやなにおいがする。手をあててみた。

 はきものの腰のあたりに、ちいさなくさい袋がぬいつけてある。えらくざつなぬいかた。ひきちぎろうとする。

 

「あいつ、なにをつけやがった」

 

 外では動物の声がどんどん大きくなる。長屋の農民たちはおっくうそうに出た。



 外では西園中の猟犬が興奮し、ほえていた。あちこち走ったりはねまわり、木や人にかみつく。

 猟犬はさらに、豚だの、牛だの、鶏だの、馬だのをおいまわしていた。家畜小屋からつれだされた連中。いななき声をあげ、いやがり、逃げまわる。

 農民たちは混乱した。阿几もぼうぜんとする。

 

「こりゃいったい……」

 

 猟犬が阿几に突進し、腰のくさい袋めがけてかぶりついた。

 

「うわ!」

 

 阿几は犬から逃げようとする。だが犬たちは執拗に追いかけまわす。

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