翌日の真昼。
東園まで来た夜糸と夏桑は、畑に肥桶の牛糞をまいていた。しゃがんで、監荘人の手下たちの目をぬすみ、あるものをからになった桶にいれる。
「これだけあれば十分ね」
「だな」
翌々日の真夜中。
西園の鶏小屋の前で、番をしている農民の少年がいた。孫隻胡という。最近荘園に来たばかりだ。
飢えた農民が家畜を盗んで食わないよう、一晩中小屋をみはっていなければいけない。
隻胡はあくびをした。毎晩眠れず頭がぼんやりしている。
すると、馬に乗った夜糸が、あかりのちょうちんをぶらさげやってきた。
「玄鎖さん? どうしたの? その馬」
隻胡と夜糸は年が近いので、それなりに気安い。
夜糸はあせったようすで、
「たいへんなの隻胡くん。監荘人の王さんがいますぐ西園中の家畜を集めろって」
「どうして?」
「出荷した子の中に疫病にかかったのが見つかったんですって。鶏だけじゃなくて牛や豚にも」
「ええ?」
「王さんはいまから家畜を『王宮』に集めて調べるとお怒りよ。みんなに知らせるために馬をかりて知らせてまわっているの」
『王宮』は荘園の各園の長、監荘人のすまい。
「わかった。すぐいくよ」
眠気のせいで頭がぼんやりしていた隻胡は、夜糸の言葉をうたがいもせず、うのみにした。
「私も棚からおろすのを手伝うわ」
隻胡と夜糸は鶏小屋にはいり、棚にぎっしりとつめこまれた鶏を、つぎつぎおろした。
夜糸は鶏の棚の中に、卵があるのをみつける。かなしくなった。
自分は普通の女とちがい、子どもをうむことができない。鶏にだってうめるのに。
視線を感じた。隻胡が手を動かしつつ、夜糸をじっと見ている。
「なに?」
「いや、かわいいなと思って」
「なに言ってんのよ」
夜糸がてれると、隻胡は笑った。
外では、家畜たちのなき声がそこらじゅうからあがっていた。荘園の猟犬も、のどがかれんばかりにほえる。
西園の者たちが、家畜をつれ、『王宮』をめざしていた。
夜糸はあかりのちょうちんをぶらさげたまま、かれらを横目に馬を走らせる。
そこへ、前から夏桑が馬をとめた。夜糸と同じようにちょうちんをぶらさげている。小柄な夏桑は、彼女自身より三倍は大きい袋をせおっていた。
夜糸も馬をとめる。
猟犬がよだれをたらし、彼女たちの馬のまわりでうなった。いまにもかみつきそうだ。
「夏桑、首尾はどう?」
「うまくいったべ。家畜小屋の連中はみんなあっさりだませた。眠気で頭がぼんやりしてたからか。夜糸の言ったとおりだ」
「よかった。王さんたちに気づかれる前にすませましょう」
「ああ。まかせとけ」
夏桑は背中の大きな袋から竹の筒をとりだした。林でひろった竹を、節ごとに細かくしたのだ。
筒には乾燥させた牛糞がつめられている。東園の畑から集めたもの。においはほとんどしない。
牛糞には藁がつめられ、先端がとびでていた。家畜のえさだ。
夏桑はちょうちんの中の火に、藁の先端をあてた。じりじりと火がつく。
彼女はぽいっと、筒をまわりでうなる犬になげあてた。あたると同時に、ぱんっ、と、はれつするような音をたてて爆発した。
犬たちはひるみ、きゃんきゃんなきだす。のみならず、混乱してあちこちにちり、あばれまわりはじめた。
夜糸も夏桑から竹の筒をうけとる。藁の先がとびでた、乾燥牛糞の筒。藁の先にちょうちんの火をつけ、犬になげつけた。つぶやく。
「隻胡くんはべつに好みじゃないのよね」
竹の筒が、ぱんっとはじけ、はれつした。犬はさらにあわて、あばれた。
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないわ。犬さんたち。たくさんあばれてちょうだいな」
深夜の長屋。
うすよごれ、つかれはてた農民たちが雑魚寝していた。いつぞや、夜糸と夏桑に家畜の糞をかけた阿几も寝ている。
外では、ぱんぱん、ぱんぱんと破裂音。家畜のなき声。きゃんきゃんと犬のほえ声。
あまりにうるさいので、農民たちが起きあがりだした。
「うるさいね」
「なんなんだ?」
阿几も起きあがる。
「ん?」
そばに夜糸がしゃがみこんでいた。北園で農民の服をつくろうときに使う、針と糸を手にしている。
「あ、おきちゃった」
夜糸は針と糸をすて、さっと外にでていった。
阿几がぽかんとしていると、腰の方からいやなにおいがする。手をあててみた。
はきものの腰のあたりに、ちいさなくさい袋がぬいつけてある。えらくざつなぬいかた。ひきちぎろうとする。
「あいつ、なにをつけやがった」
外では動物の声がどんどん大きくなる。長屋の農民たちはおっくうそうに出た。
外では西園中の猟犬が興奮し、ほえていた。あちこち走ったりはねまわり、木や人にかみつく。
猟犬はさらに、豚だの、牛だの、鶏だの、馬だのをおいまわしていた。家畜小屋からつれだされた連中。いななき声をあげ、いやがり、逃げまわる。
農民たちは混乱した。阿几もぼうぜんとする。
「こりゃいったい……」
猟犬が阿几に突進し、腰のくさい袋めがけてかぶりついた。
「うわ!」
阿几は犬から逃げようとする。だが犬たちは執拗に追いかけまわす。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!