婆さんからの打診で急遽星野川・灰賀の両校合同文化祭の開催が決定した翌日。飛鳥達学生組は今日も元気に学校。藍達仕事組も不在。平和な平日の昼下がり俺と琴音は優雅なティータイムを過ごしていた
「何もないって素晴らしい……」
「そうだね。私も恭くんと二人きりで過ごせて嬉しいよ」
か、可愛い……。ふ、不覚にもときめいてしまった……最近の俺って女に対する耐性脆くなってねぇか? こんな事でときめいて顔が熱くなるだなんて絶対変だ
「あ、そう。良かったな」
「むぅ~、素っ気ない」
「素っ気なくない。普通だ」
「もうっ……」
今のはちょっと……いや、かなり素っ気なかったな。そっぽ向かれちまった。だが、解ってほしい。俺だって年頃の男子なんだよ。難しい年頃なんだ
「俺だって年頃の男子なんだ。年上の……それも美人な女と二人きりでどうしていいか分からないんだ」
「え!? 私美人?」
「ああ。美人だ」
「本当?」
「本当だ」
「そっか……そっかぁ……私美人かぁ……」
現金な奴。美人って言われて一気にだらしねぇ顔になりやがった。本当の事だからいいんだけどよ。嘘は吐いてねぇし。さて、ここらで弁解の一つでもしとくか
「ああ。美人な女と二人きりでこれでも緊張してるんだ。素っ気なくしてないと理性が持たないんだよ」
「私ってそんなに美人?」
「ああ。美人だ」
「そっかそっかぁ……えへへぇ~、美人かぁ……」
マジでだらしねぇ顔だな……
「ああ。すっげぇ美人だ」
だらしない顔の琴音を横目に俺は残りのお茶を一気に飲み干した
だらしない顔の琴音とティータイムを終え、次は……
「恭くん……」
琴音と添い寝タイムである。当然、これは俺のリクエストではない。というか……
「何で下着?」
俺はバッチリ服を着ているのに琴音は下着姿。わけが分からん。ティータイムが終わった途端に脱ぎだしたのにはさすがの俺もビビった。いつも一緒に風呂入ってるから彼女の柔肌は見慣れてるが、それとこれとは話が別だ。つーかよぉ……
「早織と神矢想花も何で下着姿なんだよ……」
『きょうを誘惑するため?』
『恭様に意識してもらうためよ』
片方は実の母親なんだよなぁ……生きてたら四十───何も言うまい。幽霊だからこそ若々しい姿だが、実年齢を考えると悲しくなる
『お兄ちゃん! 私の下着どう?』
凛音さん、貴女もですか……本来なら子供の教育に悪いから止めろと咎めるところなんだろうが、早織達曰く彼女の年齢は二人より上。子供の姿だから後ろめたい何かを感じるが、実年齢の話をすると率先して琴音達を止める立場だろ……
「どうって言われましても……可愛いとしか言いようが……」
『本当!?』
「ええ。とても可愛いですよ」
『えへへ、私可愛いんだ……』
「ええ。凛音さんは最高に可愛いです」
『やったぁ~』
喜んでる姿は年相応の子供だ。子供が下着姿で男子高校生に迫ってるって状況はヤバいの一言なんだがな。それより、琴音達が静かなのは珍しいな……
「琴音達が大人しいなんて珍しいな」
俺は凛音さんから琴音達の方へ視線を移す。どうせ嫉妬で怒り狂って睨みつけてるに違いない。そう思っていた
「早織さんと想花さんがどう思っているのか分からないけど、私に限って言えばいつも見られてるから今更褒めてほしいって思わないんだよね」
『いつも騒動に巻き込まれて疲れてるきょうに誉め言葉を強要するほどお母さんはバカじゃないよ~』
『下着もお洋服も布なのには変わらないでしょ。身にまとっている布が違うだけで褒めてほしいとは思わないわよ』
「い、意外だ……」
予想と違う琴音達の反応に驚きを隠せない。てっきり嫉妬して自分も褒めろと言ってくるものかとばかり思っていたんだが……俺の中で何かが変わり始めているように彼女達も変わり始めているって事か?
「意外じゃないよ。私個人の意見だけど、恭くんにいつも可愛い、美人だって言われたいわけじゃない。私────ううん、私達だけ見ていてほしいとは思うけどね」
『お母さんも琴音ちゃんに同意~』
『私もよ。恭様には私達だけを見ていてほしいわ』
そういう事を言われるとなんか恥ずかしいな……琴音達だけを見る……か。現状、俺に寄り付く女なんて彼女達をおいて他にいないから目移りしようがない。好きな人には自分だけを見ていてほしいという気持ちは理解できん事もないが、寄り付く女がいないんだよなぁ……
「心配しなくても俺に寄り付く女なんて琴音達くらいだ。目移りしようがない」
「ならいいけど。恭くん優しいから女の子が放っておかないでしょ?」
『お母さんだったら絶対に好きになってるよ~』
『私も一目惚れする自信があるわ』
何だろう……例えが例えになってない。琴音はいいが、早織と神矢想花。お前らは事ある事に好きだとか言ってるだろ? 今の言い方じゃもしも俺達が別の形で出会っていたらっていう風に聞こえるぞ?
「さいですか」
Ifの話をするとキリがないので俺は強引に話を切った。このままだと誘導尋問されかねん
「さいですよ。ところで恭くん」
「何だ?」
「下着姿の私達を見て何かこう来るものない?」
「来るもの?」
「うん。例えばムラムラするとか」
ムラムラか……確かに下着姿の琴音は魅力的だし、誘惑されてるんだという事はアホでも解かる。解かるんだけどなぁ……まぁ……うん
「ムラムラというかこう……抱きしめたくなりはする」
「それだけ?」
「ああ。今はそれだけだ」
「なら抱きしめて……そして離さないで……」
「あ、ああ……」
俺は要求通り琴音を抱きしめた。彼女の恰好と表情が妙な気分にさせてるだなんてのは分かりきってるし、抗えない自分がいるのも理解している。ヤンデレに毒されているというのならそれでも構わない。零や闇華もだが、出会った当初、琴音には居場所がなく、俺が拾わなければ路頭に迷っていただろう。ところどころ違いはするが、今の琴音────いや、琴音達は昔の俺と似通ったものを感じてならない
「離さないで……独りぼっちは怖いよ……」
そう言って琴音は静かに泣き出した。独りぼっちは怖い……か。俺は独りぼっちが怖いと思った事はなかった。中学時代、趣味を否定された時、自分の居場所────自分が自分らしく在れる場所が欲しいと思った事はある。独りぼっちが怖い。俺はその気持ちが解からない
「そうか……独りは怖いか……」
自分には理解し難い感情に言葉が出ず、琴音を抱きしめる事しかできない。温もりを与える事で彼女を安心させられるのなら……
「怖いよ……誰から見向きされないんだから」
「そうか……」
「うん」
他人に見向きされない事が怖い。今まで思った事なかった。他人に無頓着だった弊害だな。だからなんだろうな……俺はこんなとき何を言ったらいいか分からないのは。俺にも親兄弟以外で失いたくない人ができたら独りになるのが怖いって思えるようになるんだろうか……
「失いたくない人……か」
琴音の言う事が理解できないまま俺は目を閉じた
きょうの心境を始めて聞いた……それは想花ちゃんも同じだったようでどこか悲しそうな顔をしていた
『きょう……』
『意外でした……恭様はてっきり独りぼっちの辛さを知ってるのかとばかり思ってましたから』
きょうと琴音ちゃん、凛音さんが眠りに就き、今起きてるのは私と想花ちゃんのみ。幽霊に睡眠の概念はない。実体がないから寝る必要がないというのが大きいんだけどね。だからと言って寝れないわけじゃない。寝ようと思えば寝れる。多分凛音さんは二人の雰囲気を察して眠りに就いたんだと思う
『きょうは昔から独りぼっちだったからね』
『え?』
目を丸くする想花ちゃんの顔にはハッキリと「早織さんがいたんじゃ……」と書かれている。彼女の言いたい事は分かるけど、それは私がきょうに憑いてからの話であってあの子が幼かった頃は違う。いつも側にいたわけじゃない。お婆ちゃんが憑いてたけど、幽霊なんていていないようなもの。きょうが独りぼっちだったのには変わりない
『私やお婆ちゃんがいたから独りぼっちじゃないと思ってるならその考えは捨てた方がいいよ。幽霊なんていていないようなものだから』
『お、お見通しですか……』
『お見通しというわけじゃないよ。何となく考えてる事が分かっただけ』
『そ、そうですか……ちなみに恭様の幼い頃の話は……』
『う~ん、してもいいけど、今は聞かない方がいいよ。重い過去ってわけじゃないけど、本人の許可なしに話す事でもないし。知りたいなら本人に直接聞いて』
『わ、分かりました……』
想花ちゃんに言った通りきょうの過去は別に重いものじゃない。ただ、苗字と名前のせいで同級生から揶揄われ続けたってだけ。だけど、人の過去を私が勝手に話すわけにもいかない。きょうにとっては思い出したくないものかもしれないから。私達はただきょう達の寝顔を見つめるしかできなかった
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