「なぁ、零」
「何かしら?恭」
「何でこうなったんだろうな?」
「アタシが知るわけないでしょ」
「だよなぁ……」
はい、どうも灰賀恭です。現在、私は目の前に正座する女性を見てどうしたらよいかと悩んでおります。
「え、えっと、せ、拙者は場違いでござるか?」
このラノベでは和風の町出身あるいは典型的なオタク設定を付けられそうなござる口調の女性。普通の女性ならば俺だって悩んだりしない。口調から普通の女性とは程遠いから一般人だったとしても悩むか……。あれ?結局悩んでね?
「場違いって事はないんですけど……、その……何て言うか……、もう一度貴女の御職業など拝聴してもよろしいでしょうか?」
場違いって事はないのは事実。目の前の女性が場違いと言うなら俺達はどうなる?って話だし
「うむ! 拙者の名は盃屋真央! 声優を生業としているでござる!」
目の前にいるのは本来ならば俺と関わる事のないであろう声優の盃屋真央。こんな口調をしているけど、名の知れた女性声優。そんな彼女が目の前で正座しているんだ。戸惑わない方が無理だ
「そ、そうっすか……」
盃屋真央をネットで検索すると出演作品が出るわ出るわ。彼女が人気声優なのは間違いないのだが、そんな人が何で家にいるんだ?と疑問を持たない方がおかしい
「うむ! それで灰賀殿! 拙者をこの家に置いてほしいでござる!」
そう言って彼女は勢いよく頭を下げる。別に部屋の広さ的には一人増えたところで何ら問題はないから住まわせるという意味では構わない。それよりもこんなところにいる理由を知りたい
「そ、それは構わないんですけど、何だって家に?」
今回は俺が拾ってきたわけじゃなく、闇華達が拾ってきた。曰く買い物の途中で今にも倒れそうな彼女と偶然ぶつかってしまい、ただ事じゃないと感じた闇華達がファミレスに連れ込んで飯を奢る。聞いた話によると熱烈なファン(ストーカー)の被害に遭い、引っ越すも何故か家バレし、耐え切れなくなって事務所の仮眠室で過ごすもさすがに罪悪感からホテルを転々とし、気が付けば金が底をついて彷徨っていたとの事。俺からすると理解に苦しむ状況だ
「拙者はここ近年悪質なファンのストーカー被害に遭ってるでござる。それは闇華殿から聞いているとは思うが、それが一人二人ではなく、複数だった……。さすがにこのままでは他の住人やマンション側に迷惑が掛かると思い、警察にも相談して対処してはもらったのだが……」
「ストーカー被害が減る事はなかった」
「うむ、いよいよもって危機感を感じた拙者はその場所から引っ越し、新しい住居に住むも再びストーカー被害に遭った。それを繰り返し、一時は事務所の仮眠室に寝泊りしておった。それもつい半月前に止めた。原因はもちろんストーカー被害でござる」
動画やテレビで見る声優や芸能人というのはただ愛想振りまいてればいい。そう思ってたけど実際は悪質なファンの対処とか大変な仕事なんだな
「事務所がダメならネカフェとかビジネスホテルとかやり様はあるだろうに……」
現代においてネカフェに住んでますとか、住所を持たない生活……アドレスホッパーなんてのは珍しくない。短絡的な発想で申し訳ないけど独り身ならそれもいいのではないかと思う
「拙者もそれは考えたが、そうなってくるとファンレターの受け取りが面倒なんでござるよ」
「あー……」
口調のせいか彼女が人気声優だというのを忘れてた……。アドレスホッパーになれば家の問題は解決するが別の問題が出てくる。そう、ファンレターの問題だ
「それに、問題はファンレターだけに留まらず、その時に出てるアニメの台本を持ち歩くのもしんどいのでござる」
「あぁ、そういえば」
ファンレター問題に引き続き台本問題もあった。塵も積もれば山となるだ。台本一冊一冊が大した事なくてもそれが何十冊、何百冊と数が増えれば持ち歩くのはしんどいのを忘れてた
「なので灰賀殿! 迷惑を承知で頼みたい! 拙者をここに置いてくだされ!!」
そう言って彼女は再び頭を下げる
「住まわせるのは構いませんから頭を上げてくれませんか?」
住まわせるのは構わない。もう慣れっ子だからな
「その言葉本当でござるか!?」
勢いよく頭を上げた盃屋真央は希望に満ち溢れた視線をこちらへ向けてきた。もちろん、住まわせると言う言葉に嘘はない
「本当です。俺は貴女のストーカーが何をしてこようと出てけとか言いませんからその辺もご安心を」
「本当に本当でござるか!? 悪質な拙者のファンが迷惑を掛けるかもしれないでござるよ?」
迷惑を掛ける?そんなの俺にとっては今更だ。意図してない形で警察出動あるいは保護者会を開くレベルの騒動に巻き込まれてきた俺にとってストーカーの一匹や二匹どうって事ないむしろ本人には悪いけどその程度なら可愛いものだ
「これまでの騒動に比べたらストーカーくらい屁でもないです」
「へ、屁でもないって……灰賀殿は今までどんな人生を歩んできたんでござろうか……?」
それは語りたくない。俺が巻き込まれた災難で俺自身がちゃんと解決したものなど何一つないのだから
「ま、まぁ、いろいろあったんですよ……」
これまでの騒動を思い出すだけで胃が痛くなる事はなくとも精神的に疲れるので適当に誤魔化しておく。つか、思い出したくない
「さ、左様でござるか」
「ええ、左様でございます」
「と、ところで灰賀殿?」
「何ですか?」
「や、家賃はどれくらいでござろうか?」
社会人ともなれば家賃は気になるよな……。琴音や母娘達、東城先生や加賀達は気にしなかったけど、センター長は気にしてたし
「あー、無料ですけど……」
「た、タダでござるか!?」
タダと聞いて驚くのは無理もない。俺だってタダで住まわせてやると言われたら驚くし裏があるのではないかと疑う。
「ええ。闇華達から何て言われたか知りませんけど、元々ここは俺が一人暮らしする為の場所として提供されました。ですが、今は御覧の通りです。人それぞれここに来る事になった経緯や立場は違うんですけど、その人達から金は一切取ってないんですよ」
そもそもが俺はアパートの経営者じゃない。いくら家賃を払うと言われたところで金額を設定してないので金を出されても困るのだ
「そ、そうでござったか……、ちなみにその事情とやらは拙者が聞いても?」
俺は拾ってきた連中の事情は全て把握している。だからといって勝手に話していいわけじゃない
「それは俺が説明するよりも本人達から直接聞いた方がよいかと。それより、盃屋さんは何で俺の名前知ってるんですか?」
闇華達と共にここに来てから俺は自己紹介をしていない。なのに何で俺の名前を知っている?
「あ、それなら蒼殿から聞いたのでござるよ」
「蒼から?」
「左様。街で闇華殿にぶつかり、ファミレスにてご飯を奢ってもらった時に灰賀殿の話を聞いたでござる」
蒼から聞いた。嫌な予感しかしない
「そ、そうでしたか……、ちなみに何て聞いたんです?」
「うむ! 灰賀殿は女子とあらば誰でも連れ込むタラシだと」
何?その嘘情報……。ちゃんと男子……と言っていいか分からんけど!女子以外にも拾ってるよね?君も俺に拾われた一人だよね?アレですか?実は女子でしたってか?あ?
「事実無根のデマです! 騙されないでください!」
「し、しかし……、これだけ女子が多いと説得力に欠けると思うのでござるが……」
確かに同居人の割合が男子よりも女子が多いと説得力がない。それは認める。認めるけどよ……、蒼は立派な男子なんだよなぁ……
「同居人の割合が男子より女子が多い時点で女を連れ込んでいるという部分は否定出来ませんけど、蒼は男子ですよ?」
同居人には女子が多いけど、ちゃんと男子もいる。蒼が同居人唯一の男子だ
「そうだったでござるか!?」
何で驚く?
「え?知らなかったんですか?」
「う、うむ、出会った当初蒼殿から自分は女子だと言われまして……」
「ま、マジかよ……」
恨みを込めた視線を蒼に向けるとそれに気が付いた蒼がいい笑顔でサムズアップ。それを見てコイツは俺を弄る為に男子である事を捨てたのだとすぐに理解した
「そ、それで灰賀殿?家賃の話に戻るでござるが金額は如何に?」
家賃の設定などしておらず、回答に困った俺は
「タダでいいです」
と答えた
「さ、左様でござるか!? それだと悪い気が……」
普通の人ならタダと言われて喜ぶ場面だ。しかし、盃屋さんは根が真面目のようで納得がいかないご様子
「家主である俺がいいって言ってるんですからタダでいいです」
「う、うむ……、納得はいかないでござるが灰賀殿がそれでいいと言うならここは拙者が折れよう」
折れるとか言っておきながら納得がいってない様子の盃屋さんだが、こちらの事情も理解してほしい。元々他人を住まわせる予定なんてなかったところに零を拾い、その後は運命の悪戯で闇華を拾った。それからなし崩し的に琴音、母娘達と続いた。その過程で家賃の設定などしてなかったんだ。今更家賃など取れるはずもない
「そう言ってくれると助かります。話が一段落付いたところで俺は電話してきますので盃屋さんは遠慮なくくつろいでてください」
俺は盃屋さんの返事を待たず、スマホを持って部屋を出た
部屋を出てすぐ、電話帳から爺さんの番号を呼び出す。しばらく人を拾うなんてなかったからこれも久々のような気がするし、女子なら一人くらい増えたところで怒る我が祖父ではない。むしろ喜ぶ姿が目に浮かぶ。それでも連絡は入れるのが筋だ
『どうした?恭。嫁でも決まったか?』
電話に出たと思ったら開口一番がこれかい!
「暑さで頭やられたか?ジジイ。嫁が決まるどころか彼女すらいねーから」
『つまらんのう。それで?今日は何の用じゃ?新しく女子でも拾ったか?』
妙なところで鼻が利くジジイだな……。俺としては話が早くて助かるけど
「まぁな」
『ふむ、そうか。して恭』
「何だよ?」
『今度は何系女子じゃ?』
何系女子かと聞かれても……
「何系って女子に系統なんてあんのかよ?」
『当たり前じゃ! 零ちゃんならツンデレ系、闇華ちゃんならヤンデレ系と女子にも系統があるのじゃ! お主バカか?』
女子の系統を知らないだけでバカなら世の中の人間全てがバカという事になるんですけど?
「女子の系統知らないだけでバカ呼ばわりかよ……。系統はともかく、今度同居する女子の名前と職業だけ伝えっから後は自分で調べるなり何なりしてくれ」
零達の時は写真を送るという面倒な作業があった。一般人だからだ。でも今回は零達と勝手が違い、女性声優だからその必要はない。っつっても拾ってきたのは俺じゃないし彼女が本当に声優なのか怪しいところではある
『ふむ。して、名前は?』
「盃屋真央」
『職業は?』
「本人曰く声優」
『恭、本当に盃屋真央を拾ったんじゃな?』
「ああ。って言っても拾ったのは俺じゃなくて闇華達だけど」
一瞬盃屋真央の名前を出した時に爺さんの声色がいつものふざけ調子から真面目なものに変わったような気がしたが……どうせいつもの病気だろう
『そうか。恭、その盃屋真央という娘っ子は何としてでも守り抜け』
「は?いきなり何を言ってんだ?」
有名人だから諸々の配慮は必要だというのは理解している。しかし、何としてでも守り抜けってそれじゃまるで殺し屋に命でも狙われているみたいじゃないか
『実はのう、その盃屋真央をちょいと調べてみて所属が儂の友人が社長をやってる事務所じゃった。で、そう言えば盃屋真央という女性声優がストーカーと脅迫被害に遭っていたという事をたった今思い出したのじゃ。電話じゃなんじゃ、これからその社長を連れてそっちに行くわい』
「待て! ちゃん────────」
説明を要求する前に電話が切られた。俺もさっき盃屋さんに同じ事をしたから爺さんにとやかく言えた立場ではない。そんな俺が思う事はただ一つ
「爺さん顔広くね?」
これだけだった
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