泥を被ってでも償わせたい事がある。犯人の男が言いたい事は理解出来る。何年経とうと許せない事は人間誰しもあるからそれを否定しない。俺が気になっているのはコイツらは千才さんに何をされたのか?だ
「そうかい。まぁ、頑張れ。草場と電信柱の影から応援してっから」
気にはなったものの、本人が来て記憶を覗いたら全てハッキリすると自分に言い聞かせ、俺はあえて何も聞かなかった。
「お前、それはストーカーだろ……」
溜息交じりに言う犯人。社交辞令にしちゃ言い過ぎたかもしれないけどよ、誰がお前なんかストーキングすると思う?覆面の代わりにパンツ被るような大人だぞ?知り合いにすらなりたくねーよ
「社交辞令だ。覆面の代用品としてパンツをチョイスする大人なんてプライベートだったら絶対に知り合いにすらなりたくねーから」
俺は自分が変だってのは自覚している。じゃなかったら零達を住まわせたりしない。でもなぁ……さすがに頭にパンツを被ろうかという発想にはならないんだよなぁ……。
「おまっ……普通そこまで言うか?」
「当たり前だ。ニュースの報道とかで海外の間抜けな犯人を時々見るけどよ、さすがに頭にパンツ被って病院に立てこもったバカはアンタが初めてだ。それも集団で」
目の前にいるバカな大人を見ていると俺も大人になったら発想力が貧困になってしまうのかと不安になる。通信制高校を見下したりはしたくないが、俺の通っている学校にいる生徒は下手したら知識が小学校高学年程度で止まっている奴もいるらしい。それに対して目の前の大人は普通高校に通っていたと思われる。結論を言うと俺よりも学力は上のはずなのに考え方がアホすぎるって事だ
「…………それ以上何も言うな。なんか自分達が惨めに思えてきた」
犯罪に走ってる時点で惨めだ。事情を知らなかったらそう言って一蹴しているところだった
「そう思うなら実行に移す前に気づけよ……。ところで千才って警察官はここに来るのか?」
犯人に辛辣な意見をぶつけている俺だが、立場的には人質だ。生かすも殺すも犯人の気分次第という状況には変わりない。だからこそ警察側が犯人の要求を飲んだのか否かは気になる
「ああ。でも、万が一って事があり得ないわけじゃない。念のために約束を違えたら人質全員を殺すと脅してある」
「マジかよ……」
人質全員を殺す。警察が約束を破ったらもれなく俺達は皆殺になる。犯人達の目的は千才さんただ一人。それに対して警察側は人質の救出と犯人確保を最優先にして動いているのは明白で誰の命も失わせないし、犯人達も無傷で捕まえると謳っているに違いない。どっちかを犠牲にしなきゃ今回の事件は終わらないと俺は思う
「ああ、マジだ。警察の連中が約束を破ったらお前達を殺す」
冷静に振る舞っているように見えはするものの、今の犯人は完全に狂っている。それだけ千才さんに復讐する事が大事というわけか……
「俺達を殺そうと何しようと勝手だけどよ、その後はどうするんだ?まさかこのまま逃げおおせるとは思ってねーだろ?」
「お前、死ぬのが怖くないのかよ……」
死ぬのが怖くないわけがない。俺だって人間だからな
「死ぬのは怖い。が、俺としてはアンタ達のその後どうするのかの方が重要なんだよ」
俺の場合は死んだ後は多分、お袋と一緒に家に同居している誰かに守護霊として憑くだろう。それに対して他の連中はというと死んだ後どうなるかは俺にも分からない。
「お前の言う通り人質全員を殺して逃げ切れるとは思ってない。他の奴はどうするのか知らないけど俺はお前達を殺した後で自らの命を絶とうと思っている」
「俺達と心中しようって腹か」
「その通りだ。千才に復讐できなくなったら俺に生きてる意味なんてないからな」
復讐の為だけに生きてきた。アニメとかだと名言になる事間違いなしの言葉だ。あくまでもアニメだけだけどな!現実は違う。死んで満足するのは本人だけで死んだ後で色んな人に迷惑が掛かる。例えば親や兄弟。例えば会社の同僚や長い付き合いのある友人。その辺りをコイツは理解してるのか?
「生きてる意味がないか……」
「ああ、ないね」
断言する犯人に何も言えず、俺は口を閉ざす。今のコイツは完全に復讐心に憑りつかれているだけなのだが、それを指摘したところで変化はない。復讐を止めようとも思わないだろう。
気まずい沈黙が俺と犯人の間に流れ、息が詰まりかけていたその時だった。
『きょう~、今帰ったよ~』
外にいる幽霊達を呼びに出てたお袋が帰って来た。一人じゃないから返事を返す事は出来ず、お袋の方へ視線を向ける。すると────────
『ウガァァァァァァ!!!! コロス、チトセ、コロス!!』
『ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないちとせゆるさない』
『ちとせ……ちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせ……ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!!』
人としての言語能力を失った幽霊の集団がいた。え?何?このホラゲに出てきそうな集団
『この人達は千才って警察官の虐めで死んじゃったか自殺した人達だよ。復讐心が強すぎて最早人としての理性は吹っ飛んでるからこっちの言葉は理解出来ても人としての言語を話すのは不可能なんだよ』
マジで何したんだよ……千才さん……
「はぁ……」
本当に事情を知らなかったら千才さんに同情してたし、お袋に縋りついてでもなんとかしてもらおうと思っていた。しかし、耐え切れなくなった人達の姿を見るとそんな気が失せた
あれから五分くらい経ち、俺達人質はエントランスに集められた。それから数分と経たないうちに千才さんが入って来た。ただし、警察の人間数人を引き連れて
「約束が違うぞ!! 俺達の目的は千才だけだ!! そんなに人質ぶっ殺されてぇのか!! 警察は!!」
犯人の要求は千才さん一人だけが病院内に入って来る事。それが蓋を開けてみたら他の警官を複数人連れてきました。怒るのも無理はない。警官の数はざっと数えて五人程度か……
「黙りなさい。貴方達のような下劣な人間の言う事を大人しく聞くと思ったの?この場における私達の仕事は人質の救出と犯人確保よ。それに、私一人が潜入し、万が一の事があったら困るでしょ?」
千才さんの言い分は警察官なら誰でも言いそうだ。俺には『犯罪者との約束なんて素直に守るわけないでしょ。バカじゃないの?』と言ってるようにも聞こえる
「万が一って……お前は俺達との約束を守る気なんて最初から……」
「ないわよ。私達が優先させるべきは人質の命と犯人の確保よ」
「お前ッ!!」
約束を反故にした事に対して悪びれる様子のない千才さん。そんな彼女にリーダーらしき男が掴みかかろうとした時だった
「犯人を確保しなさいッ!! 一人残らずよ!!」
無情にも千才さんは部下に犯人確保を命じたのだ。それはもう、鮮やかでしたよ。犯人グループは抵抗する間もなくアッサリとお縄になったんだから。でだ、犯人逮捕されてよかったね~、めでたしめでたしと普通ならこうなるだろう。現に千才さんは……
「連れて行きなさい」
自分を睨みつけている犯人に目もくれずに外へ出ようとした。ここでおかしいのが千才さんの行動だ。普通人質がいる状況で何の策もなしに犯人確保を命じるだろうか?万が一銃が誤射でもしたら?包丁だったら最後の抵抗に人質の誰かに傷を負わせていたかもしれない。そうは思わなかったのか?
「待ってください」
考えが纏まってないのに俺は千才さんに待ったをかけた
「あら、灰賀君、何?事件は解決したのよ?事情調書は後日行うとして、早く自分の病室に戻りなさい。他の方々もです!」
千才さんが人質達に病室へ戻るよう促すも誰一人として動こうとしない。それに加えて外では犯人が抵抗しているだろう声が聞こえる
「千才さん、貴女の中では事件解決かもしれませんが、俺の中ではまだこの事件は終わってないんですよ。他の方々はどう思っているのかは分かりませんけど」
今回の事に関して言えば立てこもり事件は解決しても根本的な問題は何も解決してない。その証拠にお袋が連れてきた幽霊達は今にも千才さんに掴みかからんばかりの勢いだ。お袋が抑えてるから特に変化はないにしろ、実際問題、死者からも恨まれているのは大問題だ
「何を言ってるの?事件は解決よ。犯人達を逮捕したんだから当然でしょ」
「いえ、まだです。貴女が過去に起こした問題が残ってます」
「問題?私は今も昔も問題なんて起こしてないわ。灰賀君、犯人達に何を吹き込まれたか知らないけれどダメよ?犯罪者の言う事を真に受けちゃ」
俺の肩に手を置き、柔らかな笑みを浮かべる千才さん。警察官としては当たり前の注意だと思う。でもなぁ……幽霊達がカタコトでコロス宣言してる以上、犯人達の言った事が嘘とは限らないんだよなぁ……
「あくまでも自分は潔癖だと、そう言いたいんですか?」
「ええ。だって私は何も問題を起こしてないもの。今も昔も」
このままじゃ話が前に進まないと感じた俺はお袋に視線をやる。目が合ったお袋は分かったという顔で頷き、千才さんの額に自分の額を当てた。
「本当にそうですか?自分の過去には一つも疚しい事なんてないと言い切れますか?」
「わ、私だって人間なんだから間違いの一つや二つ犯す事や嘘を吐いてしまう事だってあるわ。だから自分の過去に疚しい事なんて一つもないとは言わないけれど、人様の人生を左右するような過ちを犯した事なんてないわよ」
この人の言っている事が本当か……それとも嘘か……。それはすぐに解るだろう
『きょう、この人の記憶見終わったよ……』
記憶を覗き終えたお袋から声が掛かる。すぐに千才さんの記憶を見たかった俺はアイコンタクトですぐに見せてくれと伝え、それが伝わったのかお袋は俺の額に自分の額を当ててきた。さて、この人は本当に嘘を吐いてないのかどうか見ものだな
「────────!?」
千才さんの記憶を見終えた俺は驚きのあまり声が出なかった。同時に彼女の言う事が信じられなくなった
「どうしたの?顔が真っ青よ?」
自分の記憶を見られたとは露知らずの千才さんは俺の顔を覗き込んできたのだが……
「近寄るんじゃねぇ!!」
俺はそれを拒絶した
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