「寝てた……」
ちょっと目を閉じただけのつもりだったが、どうやら寝てしまってたらしい。いつの間にか寝てしまうほど俺は疲れているのかと聞かれると答えに困る。最近警察が出てきてもおかしくない騒動に巻き込まれた覚えはもちろん、幽霊が絡む騒動に巻き込まれた覚えもない。無論、家なき子を拾った覚えも。だというのに身体が妙に怠い
「風邪引いたか?」
一人暮らし……と呼べるかは微妙だが、ここに放り込まれてから今まで風邪を引いた事は一度もない。夏バテで食欲がなかった事はあったが、アレを風邪とは呼ばない。起き上がって隣を見ると琴音が目に薄っすら涙を溜めながら寝息を立てていた
「恭……くん……」
俺がいなくなる夢でも見てるのだろうか、彼女が切なげな声で俺の名を呼ぶ。家から出たくないを地で行く奴がいなくなるわけがないのだが、夜な夜な何も言わずに一人で星を見に行ったり、一人の時間が欲しくて唐突に姿消したりと前科があり過ぎて絶対にいなくなったりしないとは言い切れない
「どうして俺の周りに寄り付く女は依存心が強いのかねぇ……」
自分の周りに集まる女────いや、好意を寄せてくれる女が軒並み依存心が強い事実に溜息が零れる。俺は人に依存するようなタイプの人間じゃないと自負しているだけに好意を寄せくれる女が高確率で依存心の強い奴らだともしかして俺も? と錯覚してしまいそうだ。自分はどうだったかと小一時間程自問自答したくなる
「恭くん……いっちゃやだ……」
いっちゃやだって……俺はどこに行くのやら……
「俺が家から出たくない人間なの知ってるだろうに……」
零、闇華、琴音の三人はそこそこ長い付き合いなんだから俺が基本家から出たくない人間だという事をそろそろ理解してくれてもいいはずなんだが……まさか灰賀恭という人間をまだ理解してないのか?
『きょうのスタンスと行動が一致してないから琴音ちゃんを始め、ここにいる多くの人が不安になるんだよ』
『私達だって幽霊じゃなければ彼女と同じ事を言うわよ。恭様どこにも行かないでって』
呆れたような顔で俺を見る幽霊二人組。彼女達が何を言ってるのか全く理解できんのだが……
「あのなぁ……」
俺が夜な夜な一人で星を見に行くのは単に星が見たいから。単独行動は何だかんだで効率がいいから。片方は俺の意志だが、もう片方は俺の本意ではない。不満に満ちた視線を早織達に向けるが、彼女達は気にした様子はない
『事実でしょ~』
『恭様は少し周りの人達へ目を向けるべきよ』
理不尽だ……事実だから言い返せないけどよ……
「周りの人達ねぇ……」
自己中心的な考えは持ってないが、周りの人間へ目を向けろと言われても困る。今まで周りの人間はハッキリ言ってゴミみたいな連中ばかりで目を向ける価値なんてなかった。周りから目を逸らし続けただけだろと言われたら何も言い返せないのが悔しい
『そうだよ~きょうがいなくなったら悲しむ人がいっぱいいるんだから~』
『私達を含めてね』
「そう言われてもなぁ……」
引き籠り精神がガッツリ身体に染み込んでる俺が何も言わずにどこかへ行くとしたらこの家にあるゲーセンか駐車場くらいだ。どんなに嫌われていようともソイツがいなくなったら悲しむ人間の一人や二人いると思う。だから悲しむ人がいるんだよと言われてもいまいちピンとこない
『だよね~、まだ実感湧かないよね~』
『高校生に解れと言うのは酷ね。とりあえず責任取って琴音さんを抱きしめなさい』
「そうだよ。抱きしめてよ」
「はいは────って今本人混じってなかったか?」
『気のせいだよ~』
『そうよ』
「そうだよ。気のせいだよ」
明らかに気のせいじゃないんだよなぁ……思い切り本人混じってるんだよなぁ……
「明らかに本人いるんだが……」
『きょう~、細かい事を気にしてると禿げるよ~?』
『そうよ。私達は禿げた恭様でも愛せるからいいけれど、恭様的には禿げたくはないでしょ?』
「恭くん、私を抱きしめるの嫌……なの……?」
何も細かくないし、嫌だなんて一言も言ってないんだが……
「細かくないし、嫌だとも言ってないんだが……」
誤解のないように言っとくが、俺は女の頼みだったら何でもOKじゃない。当然、女だったら誰でもOKでもない。単に断る理由がないから拒否しないだけでな。だからよ、上目遣いでこっち見ないでくれ……
「でも、態度が嫌そう……」
「俺はこれがデフォなんだが……」
俺は愛想のいい方じゃない。態度が嫌そうと言われてもこれがデフォルトだから困る
『きょうはもうちょっと愛想よくした方がいいよ~』
『クールな恭様は素敵だけれど、私達にくらい愛想よくても罰は当たらないと思うわ』
『その通り! お兄ちゃんはもっと笑った方がいいと思う!』
早織と神矢想花だけじゃなく、いつの間にか起きていた凛音さんまで何を言っているんだか……
「俺が突然お前らに笑顔振り撒いてたら気持ち悪いだろ」
俺だって楽しい時は笑うし笑顔にだってなる。ただ、楽しいと思える事がないだけで
「気持ち悪くないよ。むしろ私は……ううん、私達は恭くんの笑顔が見たいかな……」
『お母さんもきょうの笑顔見たい~』
『私も恭様の笑顔見てみたいわね』
『私も! お兄ちゃんの笑った顔見たい!』
見たいと言われても困るんだが……楽しくもないのに笑えるかよ。だから俺は……
「そのうちな」
お茶を濁すしかなかった。今のところ面倒事はあったが、楽しいと思える事は……何もないとは言わないが……うん。これ以上は思い出を否定しかねないから止めよう
抱きしめろという要求を叶えた俺は────
「何で膝枕?」
琴音に膝枕されていた
「抱きしめてくれたお礼だよ」
「さいですか……」
抱きしめろって言われたらそうしただけであって礼を言われるような事じゃないんだよなぁ……
『きょう~、後でちゃんとお母さん達も抱きしめてね~』
『じゃないと酷いわよ?』
『琴音お姉ちゃんばっかりズルい!』
この幽霊達は何を言っているのやら……不満そうな顔をされても困る。琴音の抱きしめろ発言に賛同してたクセにバカな事を……
「はいはい、日付が変わった時にな」
今日は琴音の日。幽霊だとはいえ、他の女を相手にするのは筋違いだ。ちなみに日付が変わると想子の日なのだが、一般人の活動時間外でやるならノーカンだろ。本人が知らないところで俺が勝手にやるんだからな
『絶対だよ?』
『裏切ったら……分かってるわよね?』
『約束だよ!』
不安と期待に満ちた目を向ける幽霊達。ダメ人間に抱きしめられたいと思うんだから琴音も早織達もどうかしてるぜ☆
「分かってるって」
日付が変わったら抱きしめる約束を取り付け、事なきを得たところでホッと一息────
「恭くん! 今日は私の日なんだから私だけ見てよ!」
とはならず。琴音が頬を膨らませそっぽ向いてしまった
「わ、悪かった……」
「ふんだ! 恭くんなんて知らない!」
今度は琴音が拗ねた……今日は厄日か?
「ったく……」
面倒な事になったと思いつつ身体を起す。独占欲が強い奴はこれだから困るんだ
「溜息吐かなくたっていいじゃん! 私だって面倒な女だって自覚してるんだから!」
目元に薄っすら涙を溜めながらこちらを睨む琴音。自分が面倒な女だと自覚があるだなんて意外だ
「めんどくせぇって言ってないだろ。今日は琴音の日だから他の連中には絶対にしない事をしようと思っただけだ」
今からする事は他の連中にバラされたら絶対に面倒な事になる。なんだって自分の信念曲げるんだからな
「特別な事? 何それ?」
「それはだな……」
「それは? それは────!?」
『『『────!?』』』
俺は琴音がこちらを向いた一瞬の隙を突き、彼女の唇を奪った。幽霊達が目を丸くしてるが気にしない。拗ねられてる方が面倒だ
「きょ、恭……くん?」
「他の連中には言うなよ?」
「う、うん……」
唇が離れ、トロンとした目でこちらを見る琴音に一言言い放つと俺はキッチンへ逃げ込んだ
「バレたらヤバいよな……」
キッチンに逃げ込んで初めて自分が何をしたか嫌でも自覚させられてしまう。俺は付き合ってすらいない女のファーストキスを奪った。いくら相手から好意を寄せられてるとはいえしちゃいけない事をしてしまったんだよな……
『ヤバいで済めばいいけどね~』
『これは私達にも同じ事してくれなきゃ許さないわよ?』
『琴音お姉ちゃんだけズルい! ズルすぎる!』
早織達の方へ目を向けると案の定嫉妬に満ちた目で俺を睨んでいた
「ズルいって……お前ら言ってる事ズレてね?」
見た目と呼び方はともかく、幽霊達は年上。本来なら俺を叱る立場にいる連中なのだが、その連中の口からズルいって言葉が出るとは思わなかった
『ズレてないよ。琴音ちゃんはきょうが好きなんだから。その好きな人から不意討ちとはいえキスされて喜ばない女の子はいないよ~』
『早織さんの言う通りよ。不意討ちとはいえ、恭様にキスされて彼女嬉しかったと思うわよ?』
『お兄ちゃんは考えが後ろ向き過ぎだよ。早織ちゃん達もだけど、琴音お姉ちゃん達はお兄ちゃんを好きなんだから手を出されて嬉しくないわけない』
女というものはよく分らん。ロマンのカケラもない状況でキスされても嬉しくないと思うのは俺だけか?
「そんなものか?」
『『『そんなもの』』』
俺は今日何度目かになる溜息を吐くと眉間に手をやった
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