玄関ロビーからエレベーターで高多さんの部屋がある階に来た俺はここでも妙な偶然に見舞われる羽目になった。いやね?今までスペースウォーをプレイしてきたheightが人気声優の高田茜だったってのはかなり驚いたさ。今の驚きはそれとは別のベクトル。だって────────
「まさか俺の部屋の隣だったとは……」
高多さんに案内されやって来たのは俺が宿泊している部屋があるホテル西側。同じフロアの違う階だったらこんな事もあるよなと気にも留めなかったのだが、いるのは九階。面倒になったから端的に説明すると高多さんの部屋の前にいて、その隣が俺の部屋なんだ。こんな偶然ってあるか?普通ないよな?
「にゃ、にゃはは……、偶然って恐ろしいね……」
苦笑いを浮かべる高多さんだが、俺からすると全く持って笑えない。誰だ!部屋の割り振り決めた奴!出て来い!
「そ、そうだな……」
マジで冗談だとしても笑えないけど、部屋が隣になったのは彼女のせいじゃなく、悪いのはホテル側だ。昨日は別に隣の部屋が誰だろうと関係ないと無関心でいたものの、今はそう言えなくなってしまった
「とりあえず中へ入ってから話そうか?」
「ああ」
高多さんはロックを解除し、ドアを開けた
「どうぞ」
「お、お邪魔します……」
部屋へ通された第一印象は普通のリゾートホテルの部屋。室内は広々とし、置かれているテーブルの上には高多さんの私物と思われるノートパソコンのみ。警備室を彷彿とさせるモニターもなく、至って普通の部屋で俺の部屋とは大違いだ。なんて思いながら室内を見回していると高多さんから声が掛かった
「とりあえず何か飲む?」
「何があるんだ?」
「えっと、ちょっと待って今何があるか見てみるから」
そう言って高多さんは冷蔵庫を開け何があるかを確認する。え?もしかしなくてもこの部屋の飲み物はバリエーション豊富なの?コーラで埋め尽くされてたのは俺の部屋だけなの?
「コーラとオレンジジュースと緑茶とレモンティーがあるけど、グレーは何飲む?」
アホな事を考えているうちに確認が終わったのか、高多さんはこちらを振り向く事なく言う。俺のところはコーラしかなかったのにこの部屋は飲み物のバリエーションが豊富な事。とりあえず頭をスッキリさせるべく俺が選んだのは────
「コーラ」
コーラだった。さっき散々コーラに対してゴチャゴチャ言ってたのに結局選んだのはコーラかよと自分に突っ込みを入れたい……。いいだろ?好きなんだから!
「了解」
それから一分と経たないうちに彼女は二人分の500mlコーラを一旦テーブルに置くと────────
「うわっ!?」
いきなり俺に抱き着いてきた。幸いな事に勢いは大した事なかったから倒れずに済み、どこかを痛める事はなかったからいいものの……。ここへ通された時にどこかに座って待ってろって言わなかったのはこれを狙っての事か?
「グレー……、ずっと会いたかった……」
何がどうなってるんだ?ずっと会いたかった?意味が解からない……
「会いたかったって、ゲーム内でたくさん会ってただろ?」
高多さんの言う会いたかったというのは俺が言ってるそれとは別なんだというのは解っている。解っていても彼女の精神状態や置かれている状況を全く把握してない俺はゲームの話を持ち出すしかない
「私が言ってるのはリアルでって意味だよ。今まで言い出せなかったけど、本当はずっとリアルで会いたいと思ってた……」
マジで何言ってんの?俺は会いたいと思われるような事をした覚えも言った覚えもないぞ?
「俺は会いたいと思われる事をした覚えも言った覚えもないぞ?」
スペースウォーで高多さん─────heightとした話はただの世間話かゲーム攻略に関する話でした事もファンタジーゲームで言うところのクエストである任務の攻略。それ以外は何もしていない
「ううん、グレーは私をいつも励ましてくれたじゃん」
高多さんの抱き着く力がさらに強くなると同時に声も涙声になる。励ました事あったかなぁ……
「俺が励ました?そんな事あったか?」
ゲームのチャットはすぐに消えてしまう。ログを見れば過去の会話を辿るのなんて簡単だけど、それだって一時間前まで遡れるかと聞かれれば答えは否。遡れたとしても精々五分前、十分前程度が限界だ。それを踏まえて、俺がheightを励ましたとしてもそれを覚えているわけがない
「あったよ。まぁ、グレーが覚えてないのも無理はないか……ちょっと待ってて」
高多さんは俺から離れるとパソコンを起動させ、何かのフォルダを開いた。そのフォルダが何なのか、何が入っているのかは分からない
「はい、これ」
励ました事あったかなと記憶を掘り返していると彼女はパソコンを突き出してきた。画面に表示されているのはスペースウォーのチャットログ。そのスクリーンショットで名前を変更せず、拡張子を指定してなかったのかファイル名が2019-03-19 .png。ちょうど一年前のチャットログでこの時の会話の内容がheightが声優の卵時代に陰湿な先輩にいびられてて困ったという旨の話だ
「一年前のチャットログのスクショか。それがどうかしたのか?」
heightがいびられてて困ってたというのは画面を見れば明白でそれに対する俺の回答もバッチリ画面に表示されているから嫌でも当時の事を思い出す。正直な話、一年前の俺は何もかもがどうでもよく、他人が悩んでたとしてもそれを真面目に聞く気もアドバイスする気もなかった。だからなのか、heightにこんな事を言ってしまったのは……
《いびられるのが辛いならいつでもここで吐き出せ。俺が全て受け止めてやる》
何を思ったか俺は当時見ず知らずの奴に対して歯の浮くような台詞を言っていた。アレだ、ネトゲだから気が大きくなった勢いで書いたんだ
「グレーからすれば何でもない事でも私はこの言葉に救われたんだよ?それに、この時のグレーは私に何かあったらいつでも俺が守るって言ってくれたよね」
俺のクサい台詞の後でheightが『私に何かあったら守ってくれる?』と尋ね、その問いに俺が『当たり前だ。いつでも守る』と返している。これを見せられたら言い訳なんて出来ない
「確かにそうは言ったけどよ……」
チャットのログを見る限りじゃ俺はheightを守ると言っている。証拠がある以上、覚えてない、言ってないは通用せず、やれと言われたら吝かではない
「じゃあ、守ってよ……」
守ってよと言われてもなぁ……、ゲーム内で言った事を本気にすんなよというのは酷だしなぁ……、どうしたものか……
「守ってって言われても高多さんが今現在どんな状況なのか分からない以上、やり様がない」
零を拾ってからというもの、事情を抱えた人を拾う事に対して抵抗がなくなった。それと同じで盃屋さんのストーカーを撃退した今なら声優の騒動に巻き込まれたとしても抵抗はない
「状況を話したら守ってくれるの?」
目に涙を貯めながら聞く彼女の身体は心なしか震えていた。こりゃアレだ……。盃屋さんと同じ感じだ
「何があったのかは大体察したからパソコン置いてくれ」
パソコンを置いた高多さんは再び俺に抱き着き、事の顛末をポツリポツリと話し始めた。案の定、俺の予想通り彼女も盃屋さん同様ストーカー被害に苦しんでいたようで展開的には同じ。違うところと言えば盃屋さんみたいに不祥事に繋がるものをアップしたとかではなく、あるラブコメアニメのイベント内で理想の男性について語り、それが自分だと思い込んだ奴から被害を受けていたという一点のみ
「ねぇ、私はどうしたらいいかな?グレー」
話し終えた彼女は涙ながらに尋ねてくる。自分はどうしたらいいと
「どうしたらも何も警察と事務所には相談したのか?」
盃屋さん然り、高多さん然り、高校生の俺に相談する前にまずは警察へ行き、被害届を提出するなり事務所に相談する方が先。どちらかがちゃんとした対応をしてくれるのなら俺が動くだなんて事態にはならない
「したよ……。でも、ダメだった……」
ダメだった?一人の人が精神的に追い込まれるまでの大事なのにダメだったとはどういう事だ?
「ダメだったって、こうして精神的に追い込まれてるってのに事務所も警察も動かなかったってのか?」
「うん……」
俺には警察が動く基準も声優の事務所が動く基準も分からないから具体的なアドバイスをする事は出来ない。だけど、どちらも動かないというのはさすがに変だ
「ストーカー被害なら警察は動くし事務所だってそれ相応の対応をするだろうに……」
盃屋さんの時はある意味で自業自得だったとはいえ事務所はちゃんと動いた。なのに高多さんの時はダメだったってどう考えたっておかしい。何がどうなっているんだ?
「現物は帰ってからじゃないと見せられないけど、事務所には人気声優ならよくある事だって言われたし、警察も警察でこれだとストーカー被害として扱うにはちょっと難しいって言われた……ねぇ、グレー……私、どうしたらいいかなぁ……?」
そう言って彼女は静かに泣き出した。事務所が対応せず、警察が動かない。でも、ストーカーだと思われるもの……。それだけが俺の頭の中をグルグルと回っていた
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