深夜のアホ集団侵入事件から一週間が経った今日、俺はいつも通り家でグダグダ……
「ちょっと! 恭! 早くしなさいよね!」
「そうです! このままでは入学式に遅れてしまいます!」
出来なかった。今日は零と闇華の入学式。それを知ったのはあの騒動の翌日。ゲームをしようとスマホを開いた時にメールの確認をした時だ。そのメールも二件あって一件が親父からの『その年上女性の写真寄越せ! あっ、出来ればバニーコスで頼む!』という大変気持ち悪いもの、もう一件が婆さんからで『零ちゃんと闇華ちゃんの入学式は一週間後、場所は女将駅から徒歩五分のホテルだよ』という事務的なもの
「わーってるよ! 今行くから部屋の外で待ってろ! ったく、何で俺が零達の入学式に行かにゃならんのやら……」
幼稚園や保育所、小学校の入園式、入学式ならともかく、高校の入学式に付き添いがいるかねと思う。そもそもの始まりは深夜のアホ集団侵入事件の翌日まで遡る
アホ集団侵入事件の翌日────。
「昨日……というか今日か。アホ集団のせいで寝ても疲労感が抜けねぇ……」
この日はいつもより起きるのが遅かった。主な原因としては寝るのが遅かった。結論を言えばこれに尽きるのだが、寝るのが遅くなった原因は深夜に建物内でバイクレースをしていたアホ集団のせいであり、俺がゲームしてて寝るのが遅かったとかじゃない。俺は疲れが抜け切れてない程度で済んだが、零達はというと……
「「「………………」」」
起きてはいた。ただ、その顔は例えるなら生気が抜けきったもの。寝起きだから当たり前なのだが、目は虚ろで髪はボサボサ。ホラー映画なら次に何を仕出かすか分かったものじゃない奴か死ぬ瀬戸際くらいの奴だが、相手は女性だ。そんな事言えるわけがなく
「とりあえず三人とも顔洗って寝癖直してこい」
俺の言葉に零達は無言でコクリと頷き、そのまま洗面所へ向かって行った
「アホ集団の事があったとしてもありゃねーよ。っつーか、零達って寝起きの顔あんなだったか?」
俺の記憶じゃ零も闇華も琴音も寝起きの顔はよかったと記憶している。少なくともホラー映画と見紛う感じではなかった
「女ってこえー……」
騒動はあったが、それで寝起きの顔がガラリと変わってしまうから女って怖い。そんな事を思いながら眠気覚ましのゲームとしゃれ込む為、俺はスマホを開いた。すると……
「メールが二件か……」
メールアイコンに②と印が付いていた。俺にメールしてくる人間は限られているので誰がメールしてきたかなんて考えるまでもなかった
「一件は親父で一件は婆さんだろうな……」
俺はこの日の前日、婆さんと親父にそれぞれメールを一件ずつ出していたから用件はすぐに分かった。内容は別として
「とりあえず確認だけして親父にはアホ集団にドア壊された事を言っとくか」
最初に言った通り親父からのメールは大変気持ち悪いもので婆さんからは事務的な内容のメールだったので割愛。とりあえず親父がマジでキモイと思った事を言っておくとして、それとは別に『アホ集団によって玄関のドアを壊された。後、もしかしたら床にブレーキ痕が残ってるかも』とメールを出し、俺はスマホを閉じた
「零達の入学式は一週間後か……」
婆さんから学校を作ったとは聞いたが、どんな学校なのかや男女共学かを聞いてない。俺が通うわけじゃないから別に男女共学なのか女子高なのかはどうでもいいとして、お気づきだろうか?零と闇華は入試を受けてない事を、入試を受けてないという事は当たり前だが合格通知すら手元に届いてない。
「零も闇華も勉強についていけるのか?」
通信制の高校を選んだ俺でさえ心配になったのは零と闇華の学力だ。何しろ彼女達が入試を受けるとか、受けに行くとかの話は全くなく、俺と一緒になって毎日家でダラダラしてたんだ。不安にならないわけがない
「まぁ、勉強を教えるのが教師の役目だからその辺は大丈夫か」
勉強を教えるのが教師の役目だ。とりあえず安心していい。
「恭君、何が大丈夫なんですか?」
一人考え事をしていると顔を洗い終わって戻って来た闇華が立っていた
「別に何でもない。それより、零と闇華の入学式の日取りだが、一週間後で場所は女将駅から徒歩五分のホテルだって婆さんからメールがあった」
零本人にも闇華本人にも『お前、勉強出来んのか?』だなんて口が裂けても言えない俺は話題を二人が通う高校の入学式に切り替えた
「そうですか……それは楽しみです」
入学式の日取りと場所が分かったというのに闇華は嬉しそうじゃない。むしろ切なげだった
「どうした? 入学式の日取りと場所が分かったのに嬉しそうじゃないな」
「そ、そんな事ないですよ! 嬉しいです! はい!」
取り繕ったように嬉しさをアピールする闇華
「闇華、嬉しいって何かいい事でもあったの?」
「あっ! 零ちゃん! 私達の入学式の日取りと場所が分かったそうですよ! ね! 恭君!」
追及されたくない事でもあったのか闇華は話を戻って来た零に振る
「あ、ああ、一週間後、場所は女将駅から徒歩五分のホテルだそうだ」
と、俺は闇華に伝えた事と同じ事を零にも伝える。ここまではよかった。伝えるだけだから。しかし、零の口から俺にとっては信じられない発言が飛び出した
「そう。じゃあ、恭と琴音はアタシ達の入学式に来なさい!」
「あっ、いいですね! それ!」
「はい?」
零は俺と琴音に自分達の入学式に出ろと言い出したのだ。
「はい? じゃなくて! アタシ達の入学式に出ろって言ってんのよ! 恭!」
「いや、それは聞こえたから! そうじゃなくて! 俺が零達の入学式に行く意味は?」
俺だって鬼や悪魔じゃないから零達の入学式を無意味だとは言わない。ただ、高校生になって親でも何でもない奴に入学式に来い言う意味が理解出来ないだけで
「そんなのアタシと闇華には家族がいないからに決まってるじゃない! 恭、アンタ、アタシ達がここに来た経緯忘れてないわよね?」
「当たり前だろ。俺が拾ったんだから」
零も闇華も琴音も俺が拾った。琴音はともかくとして、零と闇華は言い方を変えるなら家族に捨てられたようなもんだ。だから、家族に飢えているのかもしれない。俺の考えすぎかもしれないけど
「じゃあ、来てくれるわよね?」
ここに来た経緯を知っている以上、断れないのは明白。オマケに零と闇華の上目遣いというある意味で最強のコンボを叩きこまれた俺は抗えるわけもなく……
「分かった」
OKを出すしかなかった。
「「やった!」」
俺の答えを聞いて嬉しそうにはしゃぐ零と闇華。その後、戻って来た琴音に俺は同じ話をし、零と闇華は同じ事を聞いたのだが、快くOKが出た。
そんなわけで俺は現在、スーツに身を包み、大絶賛ネクタイと格闘中なのだ
「こんな事ならネクタイ結ぶ練習くらいしとくんだっだ……」
中学の制服はブレザーだった。だから、ネクタイを締める事もあるにはあったのだが、ほとんど学校に行ってなかった俺は学校で行われる式と名の付いた行事には全く参加してない。よって、ネクタイを締めるなんて事をした事がないのだ
「恭君! 置いてっちゃいますよ?」
部屋の外で待っていろと言ったはずなのに何故か背中の方から闇華の声が
「わ、悪い、ネクタイがどうしても結べなくて……」
こんな事ならネクタイを結ぶ練習くらいしとくんだったと後悔しても後の祭り。出来ないのは俺が悪い
「はぁ……、それならそうと早く言ってください。やってあげたのに」
闇華は呆れたように溜息を吐いた。ネクタイを結べない俺が悪いから怒れた立場じゃない。それより、今なんて言った?やってあげる?
「え? 闇華ってネクタイ結べんの?」
「当たり前です! あまり過去の話はしたくないので省きますが、前は毎日結んであげてましたから。誰のとは言いませんが」
「さ、さいですか……」
「はい。それより、こっち向いてください」
「わ、分かった」
過去の話をしたくない、誰のとは言いたくないけど毎日やっていた。この二つから察するに多分、叔父のネクタイを毎日結んでいたんだとは思う。で、闇華の扱いを考えると新婚夫婦っつーよりマジで家政婦かメイドみてーだな。
「全く、ネクタイの一つも結べないようでは将来困りますよ?」
「返す言葉もない」
ネクタイを結びながら小言を言う闇華。んで、闇華がネクタイを結んでくれている間大人しくしているしかない俺。客観的に見れば姉弟、母と息子、恋人同士と見え方はいろいろだ。今出した三つ以外に挙げるとしたら……新婚夫婦?
「これからは一人で結べるように練習してくださいね?」
「あ、ああ、そうする」
闇華がネクタイを結んでくれたおかげで準備は完了。俺達は部屋を出た
「おっそい! 何分待たせるのよ!」
部屋の外ではお怒りの零とその傍らで苦笑いを浮かべている琴音が待ち構えていた
「わ、悪い……手間取った」
待たせたのは俺だ。責められても文句は言えない
「ふん! 何に手間取ったかは道中で聞くわ! 早くしなさい!」
零はズンズンとエレベーターの方へ向かって歩き出し、俺達はその後に続いた。
「恭、どうして準備に手間取ったのかしら?」
エレベーターに乗り込んだ途端に零が準備に手間取った理由を聞いて来た
「え?言わなきゃダメ?俺的には言いたくないんだけど……」
ネクタイが結べずに手間取ってましたとか絶対に言えない
「言いたくないじゃないわよ! アタシ達は待たされた方なのよ?待たされた理由を聞く権利があるわ! それに、恭! アンタだって立場が逆なら同じ事してるでしょ!」
零の言う通り立場が逆なら俺だって待たされた理由を聞いている。だから強く否定できない
「そ、そりゃそうだけどよ、で、出来れば言いたくないかなー……なんて思うんだよ」
ネクタイが結べずに苦戦してましたとか琴音や闇華ならともかく、零に行った暁にはどうなる事やら
「そうですね。恭君からしてみればネクタイが結べずに手間取ってましただなんて絶対に言いたくない事ですもんね!」
闇華さん? どうして貴女は人の黙っててほしい事を簡単に言ってしまうんですかね?
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