朝食を終え、部屋に戻ってきた俺達は昨日同様、一日をどう過ごすかを話し合う。今回の旅行の発端は夏休み前に由香と飛鳥の意見が割れ、俺が海と山の両方行ける場所があるなら考えてやると言った事にある。昨日は海に行ったから流れ的に今日は山に行くと言い出したところで何の不思議もない
「で?今日は何をするんだ?山登りか?それとも、昨日みたいに海で遊ぶのか?」
何度も言うが、俺一人なら一日部屋で怠け、気が向いたら部屋を出てゲーセンで遊ぶなり何なりする。というか、部屋から出ない。一人じゃないからこうして一日どうするか確認してるんだけどな
「今日は各自どう過ごそうと自由だよ、恭ちゃん」
「はい?」
てっきり今日も今日とて連れまわされると思っていたところでまさかの今日一日は自由。普段ならこれほど喜ばしい事はないだが、今日に限って何か裏があるのではないか?と勘ぐってしまう
「だから、今日一日は恭ちゃんの好きに過ごしていいんだよ」
聞こえなかったのかと思ったのか東城先生はさっきと同じ事を言う。聞こえなかったのではなく、信じられなかったんだけどな
「罰ゲームは?」
俺はクイズに答えられなかった罰ゲームで行動する時は零達の誰かを連れて行かなきゃならない。面倒だとは思っても自分がそれでいいと言ってしまった手前、今更罰ゲームなど知るか!とは言えないのが現状だ。そういった面も考慮して集団で動くのならまだしも自由にしていいと言われたら困る
「続行中だよ。今日一日は自由に過ごしていいとは言ったけど、恭ちゃんがどこか行く時は私達の中の誰かと一緒。これは変わらないよ」
こんな事なら罰ゲームの内容を変えてもらえばよかったと後悔しても後の祭り。一緒に動く人によってはお袋と話をする事すらままならず、何かしらの誤魔化しが必要となる。とはいえ、零、闇華、琴音、東城先生、飛鳥といったイツメンなら特に気を遣う事はない
「さいですか」
「うん。じゃあ、私はちょっとお土産コーナーに行くから」
そう言って部屋を出た東城先生を皮切りに零達はパソコンを開いたり、雑誌を広げたりとそれぞれが自由に過ごし始めた。対して俺はというと……
「自由に過ごせと言われたら逆に何していいのか分からなくなるんだよなぁ……」
これといってやりたい事がなく、ただポツンと突っ立ってるだけ。こんな事なら東城先生に付いていけばよかったと後悔するも今や叶わない
「周囲の散策をしようにも付き添いが必要だしなぁ……」
自由にしていいと言われた今になって思う。罰ゲームを受けると軽々しく言うんじゃなかったと
「灰賀殿! 散策に行くのでござるか?」
東城先生に付いていけばよかったと後悔していたところに盃屋さんから声が掛かった
「行こうとは思いましたけど、付き添いを連れて行かなきゃならない事を思い出して諦めようとしていたところです」
いつも執事やボディガードを連れている不憫なお嬢様、お坊ちゃまの気持ちが今なら少しだけ解かる。四六時中何をするにも見張られてたんじゃ逃げ出したくなるのも頷ける
「ふむ、ならばその散策、拙者がお付き合いするでござる! 他の皆様はゲームに夢中故、書置きさえして出れば問題なかろう?」
盃屋さんの言う通り零達はゲームに夢中。書置きさえ残せば勝手に出て行ったのがバレたとしてもお咎めなし。しかし、彼女はそれでいいのだろうか?
「それはそうですけど、灰屋さんはいいんですか?」
「何がでござる?」
「事務所の合宿に合流しなくていいんですか?」
茜もだけど、盃屋さんも人気声優だ。とはいえ、ベテラン声優からすると演技の幅はまだまだ狭い。それは操原さんだって感じているに違いない。あの徘徊イベントが演技力向上につながったのかは分からないけど、多分、演技者として滅多にしないだろう経験をしたのではないかと思う
「あ~、いいんでござるよ! 拙者は灰賀殿の家に住む者としてこの旅行に参加しているのだから」
よく分らんけど、とりあえず盃屋さんは事務所の合宿に参加しなくて良さそうなのは分かった
「はあ、盃屋さんがそう仰るのならいいんですけど……」
「うむ! 拙者がいいと言ったらいいんでござる!」
という事で俺達は書置きを残し、部屋を出た
「どこに行きますか?」
「どこに行こうか?」
書置きを残し、部屋を出たまではよかった。しかし、どこに行くか決めずに部屋を出てきてしまい、行き先を迷う羽目に
「決めてなかったんですか……」
「灰賀殿こそ……」
「「はぁ……」」
俺達は互いにどこに行くか相手が決めているものと思っていたらしい。それが具体的に決まっておらず、結果、溜息を付くしかできなかった
「とりあえず、こんな格好ですけど、山の方へ行ってみます?」
「うむぅ……、こんな格好で山でござるか……」
俺達の恰好はとてもじゃないが山登りする恰好ではない。というのも俺は靴はスニーカー、ズボンはジーパン、上はTシャツにジャケット。盃屋さんは靴はレディースのサンダルでズボンはレディースのジーパン。上はレディースのTシャツと山登りには不向きな服装。
「ですよねぇ……」
互いの恰好は登山をするには不向き。おまけに虫除けスプレーもしてない。こんな格好で山登りをするだなんて自殺行為にも等しい
「うむ、こんな格好で山になんか登ったら蚊に刺され放題でケガをしかないでござるよ」
リゾートホテルだから登山ロープウェイの類はあると思う。だとしてもケガをしたり蚊に刺される可能性はある
「仰る通り……。観光バスの類でも出てればいいんですけどね」
怠け者の発想だが、頂上まで車が出てればケガをしたり蚊に刺される可能性というのは格段に減り、ラフな格好でも頂上まで行ける。まぁ、それを登山と言っていいのかは……人それぞれだ
「そうでござるな。何はともあれ、とりあえずフロントに行くとしようぞ!」
「そうですね、登山をするかどうかは別として、フロントに行ったら何か分かるかもしれませんし」
意見が一致したところで俺達はフロントを目指した。
フロントへ着くとダメ元でラフな格好で登山ができないものかと尋ねてみた。すると意外や意外、登山用ロープウェイ、観光用のバスはないものの、頂上までの送迎バスがあるではないか。もちろん、歩いて山に登りたいという客用に装備一式も貸し出している。水着にレンタルがあるからと言って登山用装備や山関係のサービスがあるとは思ってなかった俺だが、案外聞いてみるものだな。送迎バスがあると知った俺達は迷わずそれに乗る事を決め、現在─────
「いやぁ、聞いてみるものでござるなぁ~」
「ですね」
送迎バスに揺られながら景色を堪能していた。
「それはそうと灰賀殿」
「何ですか?」
「茜の事は呼び捨ての敬語なしなのに何故拙者には苗字呼びの敬語なのでござる?」
茜は昔からのゲーム仲間、本人から敬語なしの呼び捨てでと言われているからそうしているだけ。盃屋さんは年上で社会人。敬うのは当たり前だ。年上で社会人という面では茜も同じだから何て答えたらいいものかと回答に迷う
「高多さんから敬語なしの呼び捨てでと言われているので」
シンプルイズベスト! 盃屋さんは年上で社会人で~って言うよりも本人からそうしろと言われているとだけ言えば灰屋さんだって深くは突っ込んでこないだろう
「そうでござるか。では、拙者の事も敬語なしの真央で」
言うと思った。何で俺に関わる年上の女性というのはクソガキの俺に敬語なし、呼び捨てを要求するんだ?普通なら年上にはさん付け、敬語で話すように! とか言ってもおかしくないのに
「は、はあ、盃屋さん─────いや、真央がそうしろと言うならそうするけど……」
このままだと俺はダメになる。何て言うか、社会に出た時、今までのクセが抜け切らず、初対面の年上にいきなり呼び捨てタメ口で接してしまうのではないかと不安だ
「よろしいでござる! 同じ家に住む者同士これからよろしく頼むでござるよ! 恭殿!」
「あ、ああ……」
今まで俺は盃屋さん……いや、真央に対して敬語さん付けで接してきた。それに対して真央は俺を灰賀殿と呼んでいた。ござる口調は抜けないまでも下の名前で殿と付けられるとむず痒い
「どうしたでござる?恭殿?どこか具合でも悪いのか?」
「いや、体調は悪くない。ただ、真央はいつからござる口調になったのかって思っただけだ」
幼い頃なら多少一人称や口調が変だったとしても可愛げがあり、許されてしまう。だが、成長し、大人になったらどうだろうか?私という一人称は男女関係なく使われるので問題はない。僕という一人称は男ならアリだが、女が使うと単に痛い子と認識されかねない。俺という一人称も同様。これらは一般的な一人称だけど、拙者というのはどうだろう?現代においてはオタクが使うイメージが強く、会社とかでやると白い目で見られそうだ
「恭殿も気になるでござるか?」
「まぁな。真央の場合はイベントとかでは普通の喋り方な分、余計に気になる」
彼女が出演していたアニメのネットラジオを聞き、イベント動画を見た時はどちらとも一人称は私で口調も普通。初体面を果たした時はござる口調で一人称は拙者。気にするなと言う方に無理がある
「意外でござるな、恭殿が拙者の出てたイベントに足を運んでいたとは……」
「足を運んだというか、動画で見たというか……。とにかく、真央はいつからござる口調なんだよ?話したくないなら話さなくてもいいけどよ、同じ家に住む者としては話してほしい」
相手の事を全部知りたいとは言わない。言いたくない事だってある。真央の口調や一人称に関して言えば治せと言うつもりなんて全くなく、純粋な好奇心だ。本人が話したくないと言うのなら無理に聞き出すだなんて野暮な真似はせず、話したいと思う日が来るのをジッと待つだけだしな
「いつかは知られる事。恭殿には何故、拙者がこのような口調になったか話しておかなければならぬな」
真央が何でこんな口調になったのか?それは分からない。もしかすると壮絶な過去が?何はともあれ、話を聞こう
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!
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