「きょ、恭クン! 何考えてるん!?」
「そ、そうだよ! 恭!」
「仮にもあたしに包丁を突き付けてきた人を警察にも通報せず雇うだなんて信じらんない!」
はい、どうも皆さん。灰賀恭です。知っての通り私は現在飛鳥、東城先生、由香の年齢が異なる女性から迫られております。原因? そんなの俺が強盗犯の男を雇うと宣言したからに決まってるじゃないですか。って言うか、他の方含めお三方は俺の現状での立場を聞かないんですね
「必要だと思ったから雇う事にした。意見は求めん」
俺はどこぞの一般人を無理矢理怪人にする冷酷な男よろしく飛鳥達から質問の機会を奪う
「意見は求めんじゃないっしょ! ちゃんと説明してもらわなきゃみんな納得しねーべ! なぁ? みんな!」
飛鳥の意見に同意と言わんばかりの勢いでこの場にいる全員が頷く。もちろん、その中には強盗の男の姿もある
「ちゃんと説明って俺は自分の素性を明かすの嫌なんだけど?」
飛鳥や東城先生、由香、センター長は俺の祖父が灰賀不動産の会長だと知っている唯一の人間。武装集団は爺さんの部下だから知ってて当然。だが、他の教師や生徒は別だ。同じクラスの連中は名前を知ってる程度で他のクラスは入学式に大勢の母と一緒に出ていた人程度の認識だ
「恭、嫌だとか言ってるけど、強盗の話とその手に持っている物の説明もしないといけないんだよ? それ解ってる?」
東城先生の言う通り俺は強盗を雇うと言った理由の他に自分の手に持っている物────ハート柄のエアガンの事も説明しなきゃいけない。
「解ってるよ。ついでに武装集団の説明もしなきゃならんだろ?」
「そうだよ。私達はすごく怖い思いをした。恭にはそれを説明する義務がある。後、強盗を雇うと言った理由についても」
今ほど爺さんが恋しく思える時はない。さて、何て説明したものか……って、よくよく考えたら武装集団についての説明はセンター長に任せればよくないか?一枚噛んでてもおかしくないんだし
「あー、強盗に雇うって言った理由については後日説明するって事じゃダメ? つか、俺としては面倒だからこのまま永久に知らなくてもいいくらいなんだけど?」
俺の悪いクセ。面倒な事は後回し
「「「ダメに決まってるでしょ!!」」」
はい、女性三人からのお叱りが出ました。説明しないとダメなようです
「はぁ……めんどくせぇ……」
これから強盗の名前や家族の事を聞かなきゃいけないってのに関係ない連中に爺さんの事とか諸々を説明するのはマジでめんどくせぇ……
「面倒でもちゃんと説明してよね!」
由香、俺に追い打ちをかけて楽しいか?
「分かった分かった。ちゃんと説明するって! その前にトイレに行きたいから武装集団と強盗。手を貸せ」
俺は有無を言わさず武装集団と強盗の男を連れ、職員室を出た。特に武装集団は余計な事を言いかねない。強盗の方はちゃんと説明してやらなきゃならんし家族がいるなら家へ連れてかなきゃならない。トイレに行くと出てきたが、本当にトイレへ行くとは一言も言ってないけどな!
「きょ、恭様?」
武装集団の男が声を掛けてきた。コイツは確か声高らかに撃ち殺すと宣言して来た奴だったな
「何だよ?」
「いえ、大した事じゃないのですが……トイレとは別の方向に歩いてませんか?」
「そうだが? それがどうかしたのか?」
「いえ、トイレに行くと言って出てきたのにいいのかと思いまして……」
演技とはいえ俺や俺の通う学校の人間に撃ち殺すと脅してきたのに今はやけに心配性だな
「いいんだよ。どの道強盗に家族がいるなら拾って家に行かなきゃならない。それに俺は不特定多数の人間に自分の身内に関する話をするつもりはない」
俺の祖父が灰賀不動産の会長って話は親しい人間と学校のトップが知っていればいい事で他の人間は知る必要なんてない
「で、ですが……」
「いいんだよ。その他の連中には関係のない話だし金目当てで近寄ってこられても困るしな」
爺さんの事を知って改めて思う。金目当ての連中なんて俺の周囲にはいらないと
「恭様がそう仰るのなら私はこれ以上言いません」
「そうしろ。ところで強盗」
「何だよ? クソガキ?」
ちょっと雇い主様に向かってクソガキはないんじゃないんですかねぇ……
「名を名乗れ。フルネームでな」
「は? 名乗れってならお前が先に名乗れや! クソガキ!」
言ってる事は正しいんだけど口悪いなぁ~
「おい! 貴様! さっきから恭様に向かって何だ! その口の利き方は!!」
強盗の口があまりにも悪いので怒った武装集団の男。確かコイツはとっとと歩け! って言ってた奴だ
「はっ! 恭様だか何だか知らねぇけど名前を聞くなら自分から名乗るのが筋だろ? 違うか?」
強盗の言ってる事は正論だ。だからこそ武装集団の男は苦虫を噛み潰したような顔をしている。高校生の前で喧嘩すんなよな……
「確かにアンタの言う通りだ。俺の名前は灰賀恭。アンタの雇い主だ」
「お前みたいなクソガキが雇い主だなんて信じられねぇ……」
「信じられないかもしれないが、事実だ。で? 名前は?」
「俺は加賀竜二だ」
強盗の名前は加賀竜二というのか……だから何だ?いや、自分で名前聞いといてアレだけど
「そうか。加賀。アンタ、家族は?」
「よ、嫁が一人と小学生の娘が二人」
「なるほど。で? その嫁と娘二人はどこにいる?」
「よ、嫁は今パートに出てて娘二人は学校だ」
この男……嫁が健気に働いてる上に娘二人が学校に行って勉強してるっつーのに当の本人は学校に強盗かよ……もしかしなくてもバカだな
「はぁ……とりあえずアンタの今住んでる場所に行った後で嫁さんのパート先と娘の小学校に乗り込むか」
「の、乗り込むって……恭様、強盗じゃないんですから……」
武装集団リーダーの男が言った通りだ。今の発言だけ聞けば俺の方が強盗だな
学校の外へ出た俺達は武装集団が乗って来たマイクロバスに乗り込んだ。人数と装備の割に移動手段デカくないっすか?
「さて、まずは俺の家に行くか」
バスに乗り込んだ俺が最初の目的地にしたのは俺の現在住んでる家。加賀に俺を信用させるにはまず家に連れ込むに限る
「「「「いやいや!」」」」
家を最初の目的地に決めたところに突っ込みが四つ。文句でもあんのか?
「何だよ? 文句でもあんのか? 加賀を雇う以上俺が雇い主だって思い知らせる必要があるだろ? だったら家に連れ込んだ方が早いだろ?」
零と闇華、琴音と東城先生はともかく、飛鳥はそうしたぞ?何が問題なんだ?
「恭様、まずは加賀の奥さんが働いてらっしゃるパート先に出向くのが先決かと……」
俺の意見に異を唱えてきたのは撃ち殺す宣言をした武装集団の男。面倒だから男Aと呼ぼう
「それでもいいけどよ、いつ終わるか分からねーし、そもそも、どこで働いてんのかすら俺は知らないんだけど?」
今のところ加賀竜二って名前と家族構成しか分かってないのが現状だ
「だったら聞きましょうよ! 名前聞けたでしょ!」
今度はさっさと歩け宣言をした武装集団の男か……面倒だ。男Bと呼ぼう
「それもそうだな。加賀、アンタの嫁さんが勤めるパート先と終わる時間を教えろ」
「雑だな。まぁいい。俺の嫁さんは本屋で働いてる。で、後一時間もすれば終わりだ」
スマホで時間を確認したところ現在時刻は十四時。つまり、十五時上がりか
「よし、加賀の嫁さんには今日付けでパートを辞めてもらおう」
「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」
「うるさい黙れさっさとバスを出せ」
俺は有無を言わさずにバスを出させ、加賀ナビゲーションの下、加賀の嫁が働くパート先へと向かった。ちなみに運転しているのは武装集団のリーダー、男Cだ
加賀の嫁が働くパート先の本屋に到着した。したのだが……
「何でみんなして俺を押さえつけてるかな?」
バスを降りようとした俺は武装集団と加賀に押さえつけられていた
「「「「な、何となく嫌な予感がしたから……」」」」
声を合わせて言わないでもらえませんかねぇ……
「嫌な予感がしたって俺は何もするつもりはないんだけど? ただ乗り込んでアンタの夫が大変だって言いに行くだけで」
「「「「いやいやいやいや!」」」」
いやが二つ増えたな
「何だよ? 言っとくが今の俺は加賀を雇うって決めたのはもちろん、帰ったら飛鳥と東城先生に追及されるのが怖くて若干テンション高いから何するか分からないぞ?」
飛鳥と東城先生は怒るよりも追及の方が怖い。それを考えると家に帰りたくない
「だったらちゃんと強盗だった加賀を雇う理由を説明すればいいでしょ……」
何だ? 男B? 文句あんのか?
「雇う理由説明したら俺が誰の孫でとか一般生徒と一般教師に説明しなきゃならないでしょ」
必要な説明ならともかく、必要ない説明させないでよねっ!
「ちゃんと説明しましょうよ……」
男Aの呆れた声が車内に響く。さっきも言ったが、必要ない説明させないでよねっ! アタシはそんなに暇じゃないのよっ! うん、俺が零の真似してもキモイだけだな
「それはアレだ。センター長に任せよう」
「「「「いやいや……」」」」
俺が乗り込もうとして加賀達が止める。このやり取りは一時間も続き、加賀の嫁のパートが終わった頃……
「加賀、とりあえず嫁さん連れてきてくんね?その足で小学校乗り込むから」
俺の提案に口をアングリと開け、無言の加賀達。俺は何か変な事を言っただろうか?
「しょ、小学校へ乗り込むとかは置いとくとして、嫁にはちゃんと説明しなきゃいけないだろうから行ってくる」
バスを降り、嫁の元へ向かう加賀の背中はリストラされたサラリーマンのようだった。新しい仕事が決まったというのに変な奴だな
「さて、加賀が嫁を連れてくるまで暇だな」
本当は雇い主である俺が直接行って連れてくるべきなんだろう。高校生である俺がいきなり現れてアンタの旦那を運転手として雇ったと言われて素直に信用するかと言われれば信用は出来ない。それどころか話が拗れる可能性だって出てくる
「「「そ、そうですね……」」」
武装集団達の溜息が混じった声だけが車内に響く。加賀が強盗として学校を襲撃してこなかったら爺さんの部下による防犯訓練という軽い説明で終わっていたものの、加賀という本物の強盗が襲撃。それを雇った事で話がややこしくなる。全く、通信制高校は面倒だぜ!
じりりりりん! じりりりりん!
暇を持て余していたところにスマホが鳴る。爺さんかと思って着信画面を確認すると……
「知らない番号だ」
表示されていた番号は祖父母や親父でも零や闇華、琴音でもなく知らない番号。こういう番号は……
「シカトに限る」
応答拒否をタップし、スマホを戻した。これで加賀の嫁を待つだけ……
じりりりりん! じりりりりん!
だと思っていたところで再びスマホが鳴る。さっきと同じように確認してみると『飛鳥』と表示されていた
「んだよ?」
面倒だと思いはしたが、重要な事かもしれないと思い応答をタップ
『んだよ? じゃないっしょ。きょ~う~ク~ン? トイレに行くっつって何分待たせるのかなぁ~?』
電話口の飛鳥はそれはもうお怒りだった
「あー、ごめん。実はトイレに行くフリして学校抜け出したんだわ」
『はぁ!? ふざけんな! え? 何? トイレに行っても恭クンいないカンジ?』
飛鳥の怒鳴り声が耳に響き、一瞬電話を離す。電話口で怒鳴らないでもらえませんかねぇ……
「あ、ああ。別に飛鳥や東城先生、センター長にだったら諸々説明してもいいんだけど、一般生徒と一般教師に説明してやる必要なんてねーかなぁと思って抜け出しちゃった☆」
『恭クン! お茶目に言ってもダメっしょ!』
「やっぱり?」
『当たり前!! それより! 今東城先生に代わるから!』
面倒な事が増えた……
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