「はぁ……ストレスって恐ろしいな……」
人の精神は脆く儚い。俺は今、それを実感している。薄暗い閉所に閉じ込められたくらいで……と思うかもしれないが、閉所恐怖症、暗所恐怖症って言葉があるくらいだ。三日だろうと一時間だろうと自分が怖いと思っている場所に閉じ込められたらストレスで精神的におかしくなる奴はいる。怠いめんどいとしか思ってなかったこのスクーリングも人の精神は脆いという事を境遇を得たから無意味ではなかったようだ
「にしても脆すぎだろ……」
未だ寝息を立ててる零達。俺はどうにかスマホを取り出して時間を確認すると時刻は十三時半。彼女達を含め、星野川高校、灰賀女学院の生徒や教員達の精神が脆すぎる事へ毒づくも半ば仕方のない事だと諦める。元ネタとなったゲーム内でも閉所恐怖症から着いて間もなく貧乏ゆすりしていたキャラはいたし、何も起こってないのに狂い気味だったキャラもいた。俺個人の物差しで他人様の精神を推し量ろうだなんて傲慢もいいところだ。もちろん、俺の精神が強靭だとも言わない
『人の精神はその人によって違うものなんだよ?きょうがこれくらいって思っても他の人からすると耐え難いものって事もある。個人の価値観だけで脆いか強いか決めるのはエゴってものだよ』
「分かってるよ。言ってみただけだ」
個人の価値観でものを語るのがエゴだなんて事くらい早織に注意されなくても分かっている。分かってはいるが、零達の狂いようを見ると適当に流しそうになってしまいそうだ。長い付き合いだから慣れてしまっているのか、他人に興味がないからなのかは分からない。
『ならいいけど~』
早織は柔らかく微笑むと視線を俺から眠りこけている零達へ移した。寝姿を見ながら微笑む彼女の姿は聖母とまではいかないが、人の親なんだと思わされる。言動が言動なだけに普段は母親というよりも幼馴染とかスキンシップの激しい同級生と錯覚してしまいそうになる。
「爺さんにかくれんぼ再開の打診は無理そうだって連絡しないといけねぇから早く起きてくれねぇかなぁ……」
俺は眠る零達を見ながら今後の事を考えるのだった。スクーリング中の面倒事はかくれんぼ再開の打診オンリーだが、帰ってからの面倒事は……正直、考えたくない。茜の時とは別のベクトル荷が重い。
「どうして面倒事が舞い込んでくるかねぇ……」
高校に入学し、一人暮らしを命じられてからというもの、面倒事が増えたような気がしてならない。偏に環境の変化と言ってしまえばそれまでだ。今まで引き籠っていたツケが回ってきたと言われてしまったら返す言葉もない。騒動のレベルが高校生の領分を遥かに上回ってるのは遺憾だけどな
『それだけみんなに信頼されてるって事よ。恭様は面倒だと言いながらも何だかんだで困ってる人を放っては置かないでしょ?』
神矢想子の言ってる事は所詮結果論。困ってる人間に手を差し伸べているように見えるのは何かしらのトラブルを抱えた人間が俺と出会った時には手遅れか寸前。絶望的な状態だからだ。そのまま見捨てる選択もないわけじゃない。ただ、断り切れない場合が多いだけで
「どの騒動を指して言ってんのか知らねぇが、俺を優しい人間だと思ってんなら考えを改めろ。俺が優しいんじゃなくて騒動を持ってくる奴が出会った時にゃ手遅れか一歩手前でそのまま放っておくと目覚めが悪く、こちらにまで火の粉が飛んできそうだから仕方なく浅知恵を貸してるだけだ」
『素直じゃないのね、恭様』
微笑みながらこちらを見る神矢想花に一瞬、妹の神矢想子を重ねてしまう。直接聞いちゃいないが、妹に手を出したら殺す的な事言ってたから神矢想子が妹だってのは聞かなくても解かる。苗字が同じだけだといまいち説得力に欠けるがな
「素直だろ。自分のやりたい事を正直に言ってんだからな」
『ふふっ、そうね。恭様はいつだって素直ね』
軽くあしらわれた感が拭えない。柔和な笑みを浮かべる神矢想花を見て思う。彼女は大人で俺が子供だからか?ムッとしてしまう自分がいるのは何でだ?
神矢想花との話に華を咲かせていたら不意にスマホが振動し、確認すると相手は爺さんだった
「悪い、ちょっと出てくる」
『ええ、行ってらっしゃい』
『いってら~』
しがみ付いてる零と闇華をそっと引きはがし、起さないようにベッドから抜け出してリビングへ。
リビングへ出てすぐさま通話をタップ。スマホを耳に付ける
「もしもし……」
『あ、もっし~?恭~?お爺ちゃんじゃよ☆』
朝もハイテンションだったのに昼もハイテンション。このジジイは一日中ハイテンションで疲れないのか?
「着信画面に表示されてたから知ってる。それより何の用だ?今取り込み中……じゃねぇが、色々と面倒な事になってんだ。かくれんぼ再開の打診が出来そうにないくらいにな」
『あ、うん。じゃろうな。かくれんぼなど再開せんでも儂は構わん。ちと言い忘れた事があって電話しただけじゃからのう』
「は?今なんつった?」
爺さんの一言に身体が硬直した。かくれんぼは再開しなくてもいい?ふざけてんのか?俺が思い悩んだ時間はなんだったんだ?
『言い忘れた事があって電話したと言うたのじゃ』
「いや、その前。かくれんぼがどうだって?」
『かくれんぼは再開せんでも儂は構わん。というか、そもそもかくれんぼ自体せんでもよい。星野川高校と灰賀女学院のスクーリング会場にその館を提供したのは儂じゃ。じゃが、あくまでも友人に泊まり心地を確認さえして報告してくれればそれでよいって話じゃったしのう』
「えーっと、つまり何だ?かくれんぼは藍達教師が勝手にした事であり、爺さんは無関係だって事でいいのか?」
俺は湧き上がる怒りを抑えながら尋ねる。早織曰く霊圧が安定してないとの事だからつまんねぇ事で怒り狂って館をぶっ壊しでもしたら事情を知らぬ同級生及び教師から化け物呼ばわりされんのは明らか。高二に進級する前に高校生活が終わる。っつっても実感はない
『かくれんぼを提案したのは儂じゃ。生徒さん方には悪いと思うたが、協力して何かを何かを成し遂げてほしいという思いもあった。じゃが、恭達には悪い事をしたと反省しとる。済まんのう』
真面目なトーンで謝られると責めるに責められない。しょうもないジジイでも俺にとっては実の祖父には変わりない。自分の為を思ってしてくれた行為を誰が責められようか?
「済んだ話だ。気にすんな。それより、言い忘れた事って何だ?最終日にこの館が崩れ落ちるとかじゃねぇだろうな?」
ゲームじゃ事件解決後に館は崩壊した。地震や津波といった自然災害じゃなく、犯人が仕掛けを作動させ、館と主人公達もろとも最後に残った復讐対象を抹殺しようとした。だが、主人公の説得により思い止まり、全員生還してハッピーエンド。元ネタがゲームだったとしても館が崩壊する仕掛けなんてあるはずがない。と思う
『仕掛けの話ではないわい』
「じゃあ、何の話だよ?言っとくが、こっちは今零達が暴走して大変なんだ。手短に頼むぞ」
神矢想花の話じゃ零達以外にも他の生徒が暴走してるって話だが、審議の程は不明だ。この目で見てないから確証がなく、暴走と言っても普段根暗な奴がスクーリングで堰を切ったように喋り倒したり、剽軽なキャラになったりといった具合だろう。早織は長い間閉所に閉じ込められたのが原因と言ってたがな
『なら単刀直入に言わせてもらうが、スクーリングが終わったら想子ちゃん恭の家に住むぞい』
俺は爺さんが何を言ってるのか一瞬理解出来なかった。神矢想子が家に住む?何の冗談だ?
「何言ってんの?神矢想子が家に住む?飛鳥はアイツのせいで大変な事になったんだが?」
神矢想子のせいで飛鳥は大変な事になった。危害を加えた者と加えられた者を同じ部屋に住まわせるだなんて正気の沙汰とは思えない。今は仲が良さそうに見えるが、短い期間だからと我慢してる可能性は捨てきれない。一緒に住むという事はだ、常に我慢を強いる事になり、飛鳥の精神衛生上非常によろしくない
『百も承知じゃ。じゃがのう……想子ちゃんの現状を思うと一人暮らしをさせたままなのは危険なんじゃよ』
神矢想子が堅物キャラから甘えん坊にクラスチェンジしたのは知ってる。否定され、勘当されて孤独なのも聞いた。だからと言って一緒に住まわせるわけにはいかないと俺は思う
「危険って言われても何がどう危険なのか分からねぇから俺はダメだともいいとも言えねぇよ。否定された上に勘当食らって寂しいのは知ってっけど、家に住まわせるのとは話が別だ。あの様子だとアイツが生活するのは俺の部屋だろ?被害者と加害者を同じ部屋に住まわせるのは危険だ」
神矢想子は人を殺したわけじゃないから命の危機はない。飛鳥にとっては危険かもしれねぇがな
『恭の言う事も解かる。想子ちゃん本人と話をした時、飛鳥ちゃんにはスクーリングで謝るとも言うておった。実行したかは別としてじゃ、何とか住まわせてもらえぬかのう?』
「住まわせるのは構わねぇ。神矢想子と飛鳥が納得してるなら俺はそれでいいしな」
『そうか……。確認じゃが、スクーリングが終わったら想子ちゃんは恭の家に住む。それでいいんじゃな?』
「いいよ。何がどう危険なのかは知らねぇけど、和解してるなら俺は何も聞かねぇ。ただ、零達や同級生連中が暴走した原因は話せ。じゃなかったら同居の話はナシだ」
我ながら意地が悪いと思う。人の弱みに付け込んで自分の要求を通そうとしてるんだからな
『暴走?何の事じゃ?』
「え?爺さんが仕組んだ事じゃないのか?」
『いくら儂の顔が広くとも人の精神を破壊してしまおうだなんて猟奇的な知り合いはおらんぞ?』
「で、でも、聞いた話じゃ他の生徒が暴走してるって……」
神矢想子の話じゃ他の生徒が暴走してるって……早織曰く長時間薄暗い閉所に閉じ込められたせいでストレスが爆発したって……この目で確認したわけじゃねぇから断言は出来ねぇけど
『暴走してるなら今頃恭は儂と呑気に電話など出来ておらんじゃろうて……。タガが外れたと言う意味では暴走してると言うても過言ではなかろう。要するにじゃ、これまで互いに手探り状態じゃった者達が徐々に打ち解け合い、はっちゃけた結果じゃろ』
爺さんの言っている事は解からんでもない。星野川高校だけの話をすると同級生同士の年齢差は大なり小なりある。飛鳥がいい例だ。彼女の年齢は俺より一つ年上。学年的に言えば高校二年生で俺の先輩だっただろう。事情があって前の学校中退して星野川で一年生としてやり直してるから同級生だけどな
「はっちゃけた結果ねぇ……」
はっちゃけるのも暴走と言えば暴走だ。一概に違うとは言い切れない。神矢想花が嘘を吐いたと言うつもりはねぇが、爺さんが言っている事が間違っていると言うつもりもねぇ。面白ければそれでいい
『うむ。恭が通う学校には何やら事情を抱えた子が多いじゃろ?中には自分の殻に閉じこもり、他者と接そうとしない子もいるじゃろうて。そういう子が自分を曝け出し、今までとは違う一面を見せるのも暴走じゃ。なんてクサい事を言うたが、想子ちゃんの事、よろしく頼むぞい』
「分かったよ」
電話を切った俺は零達のいるベッドルームへ戻ると早織達幽霊組は寝てる組の寝顔を観察中でこちらには目もくれない。ゆっくり考えるにはちょうどいい。これまでの事で思うところはある。自分の通っている学校にも神矢想子が家に住む事に対しても。同級生達の暴走は放置でいい。考えるべきは神矢想子の同居だ。言っちゃ悪いが、俺は教師を信用してない。連中の発言は軽すぎる。神矢想子が飛鳥へ謝罪したとしても所詮、その場を取り繕って謝罪したのではないか?と、どうしても疑いたくなる
「どうしたもんかねぇ……」
未だ起きない零達と寝顔観察してる幽霊達を前に俺は深い溜息を吐くしか出来なかった。
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