「いやぁ! 絶景かな絶景かな!」
バスを降り、景色が見れるスポットへ移動した俺達が目にしたのは豊かな自然と太陽の光に照らされ、輝く海。本当に絶景である
「本当に絶景だな。こんな事なら零達も連れて来ればよかった」
今日は特にどこに行くとかは決まってなく、ここへ来たのだって言うならば偶然。目の前の絶景だって偶然見つけたに過ぎない。行き当たりばったりな散策なんだけど、これは零達にも見せてやりたい。そう思う
「恭殿! 拙者といるのに他の女の名前を出さないでくだされ!」
「わ、悪い……」
プクっと頬を膨らませ、こちらを睨む真央。女性と二人で出かけているのに他の女の名前を出すのは野暮だったか
「全く、今は拙者と二人きりなのでござるよ?ならば! 恭殿は拙者の事だけを考えるのが筋というものでは?」
真央、それじゃあ俺達がデートしているみたいな言い方だぞ?
「その言い分だとまるで独占したいと言っているように聞こえるぞ?」
我ながら自意識過剰とも取れる言い方だ。ダメ人間街道を突き進む俺が零達から好きと言われただけで世の中の女性が自分に好意を持っている前提で話を進めようとしている。そう捉えられても仕方ない
「そう言ってるのでござる! 初対面で身を挺して守ってくれた恭殿を好きだから独占したいのでござる!」
真央の言ってるのってもしかしなくても初めて家に来た時の事……だよな?確かにあの時の俺は客観的に見れば身体を張って真央を助けたように映るかもしれない。実際は家に乗り込んできた迷惑野郎を大人しくさせただけで好かれるような事は何一つしてない
「身を挺して守ったと言われても俺は家に乗り込んできた迷惑な奴を撃退しただけでそれが偶然にも真央のストーカーだっただけで好かれるような事をした覚えなんてねーぞ?」
身体張って他人を守り、結果、好かれるというのなら消防士や警察官、自衛隊にお勤めの方々は今頃モテモテだぞ
「した! 恭殿、普通の人はいくら有名人でも手放しで初対面の人間なんて守らないのでござるよ?大抵は見て見ぬフリ。自分は関係ないフリをし、目を逸らす。そんな輩とは違い、恭殿は拙者を守ってくれたではないか……」
あれは別に身を挺して真央を守ったんじゃなくて毎度お馴染みの手を使えなかったからそうしただけなんだよなぁ……
「真央の視点だとそう見えたかもしれねぇけど、俺からするとあん時はああするしかなかった。ただそれだけだ」
今になって振り返れば切り札が使えないというのは厄介だと思う。ぶっつけ本番で他に手がなかったとはいえ、一歩間違えれば死ぬとまではいかないものの、大ケガをしていた可能性だってあったんだからな
「恭殿からするとそうかもしれぬ! それでも、拙者は嬉しかった……。身を挺して守ってくれたのは貴方が初めてだったから……」
バスの中で真央の小学生時代の話を聞いた。話の中で彼女は両親に助けてもらった、担任の先生に助けてもらったというエピソードは出てない。助けてくれた友達の話も。中学、高校、養成所の時はどう過ごしていたかは分からない。今の言い方だと真央はこれまで心の底から助けてほしいと願った時に助けてくれた人が側にいなかったのだろう
「俺は自分の家に不法侵入して来た連中を追い出しただけなんだけどなぁ……」
「そうだったとしても拙者は恭殿が好きでござる」
真央の言う好きが恋愛的な意味でのものなのか、それとも、憧れ的な意味でのものなのか分からない。好きの意味は分からないってのは事実でもその思いを否定しちゃいけないよな
「好きになるのは勝手だ。俺がどうこう言えるモンじゃねーから好きにしろ」
「うむ! 好きにするでござる!」
真央には好きにしろとは言ったものの……、このままだとマズいと思うのは気のせいだろうか?今は真央が笑顔になったからいいんだけどよ
景色を堪能した俺達は絶景スポットを後にし、バスを降りた場所まで戻った
「戻ってきたのはいい。けどなぁ……」
「迎えのバスが何時か分からないでござる……」
バスを降りた場所へ戻ってきたまではよかった。問題は迎えのバスが何時か分からないという一点。探せば休憩所みたいなところがあるとは思う。人がいるかどうか、バスの時刻表があるかは別として
「とりあえず休憩所らしき建物を探すとするか」
ここでボケっとしてるのは時間を無駄にしてると思った俺は建物の探索を提案する。真央が履いてるのはレディースのサンダル。彼女が歩きたくないと言うのであれば探索は諦めよう
「そうでござるな、ここでただ待ってるのも時間の無駄でござろう。ならば休憩所を探した方がまだ有意義だ」
自分の履物がサンダルなのは気にしてないのか探索に乗り気な真央。下駄じゃないから鼻緒が切れる事はないだろう。靴擦れを起こした時は俺が負んぶすればいいだけだしな
「そうと決まれば行くとするか」
「うむ! と、言いたいのでござるが……」
「何だ?靴擦れでも起こしたか?」
「そうではない。あの建物はなんでござろうか?」
真央が指さした方向を見るとコンクリートで作られたであろう古びた建物があった
「遠くて大きさがハッキリしねぇけど、ここから見てもかなり古く見えるな」
遠目からでも建物が古く見える。実際は汚いだけなのかもしれず、明確に廃墟と断言はできない。ただ、人の気配というのは感じられない
「遠くから見てるせいなのか薄気味悪く感じるのは拙者だけか?」
薄気味悪い。言われてみればそう見えなくもないな
「俺からすると単に怪しくしか見えねぇな」
「そうでござるか?拙者、あの建物がなんだか怖い……」
真央の顔は若干青ざめ、身体は震えていた。ここからあの建物まで結構な距離があるから薄気味悪いとか怪しいとかは感じ取れる。でも、顔色が悪くなるほどの恐怖を感じるかと言われるとそうではないと俺は思う
「怖い?何がどう怖いんだ?」
「う、上手くは言えぬが……、何て言うかこう……、一度入ったら二度と出てこれない感じがするでござる……」
一度入ったら二度と出てこれないか……。ダメだ、俺が考えたところで何がどうなってるのか全く分からない……。こういうのはお袋に聞こう。そこんとこどうなんだ?
『う~ん、ちょっと分からないかな~』
専門家のお袋でも分からない事ってあるのな
『そりゃあるよ~。お母さんは全知全能の神様じゃないんだから。きょうの女神ではいたいけど~』
息子が母親を女神として崇めたらマザコン野郎とっこしてヤバい奴だろ
『そんな事ないよ~、お母さんはとっても嬉しいよ~』
さいですか……
『うん! それより、今はこの場から離れる方が得策かな~』
了解。真央にもそう伝えるわ
「真央、今はここから離れようぜ?部屋でゆっくり休んだ方がいい」
「そ、そうするでござるな……。拙者、少し疲れているのかもしれぬ」
さっきよりも更に顔色が悪い真央を背負い、バスルートを使って下山した
山を下りた後、ホテルに着いた頃には真央の顔色は元通りに戻っていた。あの廃墟にも似た建物関係なしに高低差による変化が真央の体調をおかしくし、そんな状態で不気味な廃墟を見たから精神的が不安定になってしまったのだろう。そう自分に言い聞かせた
「自分で歩けるか?」
頂上からホテルに戻るまで真央を背負っていて疲れたわけではないし甘えるなとも零達に見つかったら面倒な事になるとも言うつもりはなく、頂上で廃墟らしき建物を見つけた時に比べて顔色が良くなったように見え、自分で歩けそうだから聞いただけだ。もちろん、歩けないようなら背負ったまま部屋まで運ぶ所存だ
「す、すまぬ……、ま、まだ具合が悪い。恭殿、部屋まで運んでは下さらんか?」
「あ、ああ、それは構わねぇけど、あんまり具合悪いようだったら医務室行った方がいいんじゃねぇのか?」
ホテルを出てバスに乗り、頂上で景色を眺めていた時までは真央が身体の不調を訴える事はなかった。顔色が悪くなったのはあの廃墟らしき建物を見つけた後からだ。一体どうなっているんだ?
『きょう、お部屋に戻ったらお話があるから』
あの建物について考えているとお袋が真剣な表情で話があると告げてきた。やはりあの建物には何かあるのか?俺の予想を超えた何かが
「へ、平気でござるよ。部屋で少し休めばよくなるでござる」
「本当かよ……?」
平気だと言ってのける真央。その声は弱々しい。休めばよくなると言ってはいるけど俺には本当かどうか疑わしいところだ
「本当でござるよ。あの建物が遠ざかってからというもの、少しづつではござるが体調もよくなりつつある。部屋に戻る頃には全快すると思う」
「ならいいんだけどな」
俺は真央の言葉を信じ、そのまま部屋へ向かった。道中、彼女は『頂上からここまでずっと拙者を負ぶってきて今更ではあるが、重くないか?』なんて聞いていたから俺は『全く重くない』と返した事を言っておこう。
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