一つの事に拘るのは非常に良い事だ。職人業だと肯定的に取られ、感心すらされる。だが、他の職業────特に教育とか臨機応変な対応を求められる職種だとどうだろう? 子供というのは時代によって違い、教師の対応というのも時代によって変えなければならない。例えば、昔は何も言われなかっただろう児童・生徒への体罰。今の時代にやったら大問題だ。加減する事を知らないバカな教師が増えたせいか、それとも、体罰に関しての不祥事が増え、保護者が体罰を与える事に敏感になっているのかは知らん。今、言えるのはただ一つ────
「根に持ちすぎだろ……」
神矢想子。かつて星野川高校にパートで勤務していた教師。彼女が現在、瀧口達を正座させ、説教をしている最中。帰宅準備やこの後の予定を考えると説教に割いてる時間はないように思える。だが、彼女は……
「教師にイタズラを仕掛けるだなんて言語同断です!」
まだ説教をしていた。東城先生の部屋にいて彼女の話をほとんど聞いちゃいなかったが、瀧口達の様子を窺うにこの言葉は何回か出たのだろう。彼らはゲンナリしていた。他の教師も例に漏れずだ。自業自得だとはいえ、可哀そうに見えてくるのは気のせいではない
「はぁ……」
瀧口達はバカだなぁとしか思わねぇけど、アイツ────メインの灰賀恭には同情を禁じ得ない。想子の本心はともかく、アレに依存される事ほど災難な事はない。俺ですら疲れるんだ、アイツの精神的疲労は計り知れないだろう
「恭ちゃん……本当は嫌だけど、私にした事と同じ事してもらえないかな……? このままじゃ予定狂っちゃうよ……」
『恭様、お願いできないかしら? 妹は昔から一度暴走すると止まらなくなるの』
『お母さんからもいっちょ頼むよ~』
女性三人からのお願いのポーズで頼まれたら断れない。その辺の男子ならコロっと落とされるだろう。だが、俺は違う。自分が苦労する頼み事など報酬ナシで引き受けはしない。アイツとは違うんだ、働いた分の報酬は何かの形でキッチリ払ってもらう
「教師並びに零達を絶対に止めきると約束できるなら何とかしてやろう。それが出来ないのならそうだな……帰った後改めて報酬を貰う。この条件で神矢想子の暴走を止めてやるがどうする?」
金を要求してないから彼女達にとっては返答に困る条件だ。俺ならそうだな……報酬の中身が不明確だから簡単に呑まない。さて、彼女達はどうする?
「お願い。お金でも何でもあげるから神矢先生を止めて」
『お母さんからもお願い。きょうの為ならなんだってするからさ~』
『恭様、頼めるかしら?』
俺の要求するものが彼女達の中で金一辺倒なのは気になるが、対価よりも現状の改善を望んだか……
「了解」
金にガメツイ人間だと思われるのは非常に癪だが、頼まれた以上は仕方ない。俺は神矢想子の元へ歩き出した。彼女の止め方は想花から聞いてて知ってる。模索する必要がないだけ楽というものだ
「そもそも、貴方達は────」
この言葉も何度目かになるんだろうな。瀧口達がうへぇって顔してる。同じ事をループしてるだろうこの女を俺は止められるのか?
「不安しかねぇ……」
想花から聞いた方法を実行できる気がしない。説教中の想子が俺の話を聞くとはとても思えないのだ
「元はと言えば自業自得だ。瀧口達は捨てて帰るか」
俺は踵を返し、東城先生の元へ戻った。説教モードの人間は放っておくのが吉。触らぬ神に祟りなしだ
「恭ちゃん?」
『きょう?』
『恭様?』
どうして戻ってきたんだ? 彼女達の目がそう言っていた。頼んだ事を遂行してこなかったんだ、咎められたところで言い訳はできない。俺は怒られてもしょうがない事をしたんだから。一応、言っておくが、東城先生達に怒られるのも計算のうちだ
「ありゃ無理だ。もういっその事アイツら置いて帰ろうぜ? 今の俺には東城先生以外何もいらねぇしよ」
「きょ、恭ちゃん!?」
『きょう何言ってるの!?』
『恭様!?』
「驚くのはよく解かる。けどよ、めんどくせぇんだわ。自業自得な連中助けんのも、たかがガキのショボいイタズラに目くじら立ててる大人の暴走を止めんのも、それを黙って見てる大人の尻拭いすんのも疲れた。つーわけで、俺は帰る」
言うだけ言って食堂を出た。教師達や琴音、瀧口達が何か言ってたが、そんなの無視だ。俺はアイツほど優しくねぇし、優しくしてやるつもりもない
部屋に戻り、着替えと身支度を手早く済ませると俺は館を出た。どうにでもなれだ
「あの家出るか……」
館を出て少し歩いたところで灰賀恭が直面していた問題、これから直面する問題の重さを考えると……
「アイツは零達と一緒にいるべきじゃねぇよな……」
俺とアイツは違うと言ったが、実は同じ部分もある。想子にお袋がいない事を言われた時がそうだ。アイツが怒りを感じたように俺も怒りを感じた。本気で向き合う気すらない奴に家庭事情の深いところまで突っ込まれる筋合いはないからだ。だからこそ怒り────いや、殺意が湧いた。零達を疫病神とは言わねぇけど、彼女達が面倒事を持ってくるのも事実
「ジジイに電話して迎えに来てもらうとするか」
東城先生達に追い付かれでもしたら連れ戻され、強制的にスクーリングに参加させられるに決まってる。そうと決まれば爺さんに電話────
『きょう! 勝手な事しちゃダメだよ! それと、零ちゃん達を捨てるだなんて絶対にしないでよね!』
『恭様! 今すぐ館に戻りなさい!』
する前にこの二人を黙らせるところから始めないといけないようだ
「うっせぇなぁ……。あんまり騒ぐと二人共消し飛ばすぞ?」
俺は二人を睨む
『『ヒッ……!』』
二人は短く悲鳴を上げるとそのまま黙る。灰賀恭の霊圧である俺が軽く睨むだけでこれだ。黙るくらいなら意見なんて出さないでほしい
「チッ、黙るくらいなら俺のする事に口出ししてくんなよ。ここんとこバカな大人連中のせいでストレスがマッハなんだ。解かるよな?」
『『はい……』』
「じゃあ、俺が誰を切り捨てようと文句言わないよな?」
『『は、はい……』』
よしよし、幽霊二人が従順なようで何よりだ。ついでに霊圧に関する制約もつけないようにしとくか
「分かってくれたようで何よりだ。ついでだからもう一つ言っとくが、アンタら大人がしっかりしてれば霊圧は暴走しねぇ。これからは高校生の身に余る騒動から全力で逃げ出すが、文句言う事は許さねぇ。いいな?」
『『わ、分かりました……』』
「ならいい。じゃあ、これから俺がする事に対しても一切口出しすんなよ?」
『『はい……』』
幽霊二人を黙らせ、俺はポケットからスマホを取り出すと爺さんに電話を掛けた。東城先生達を館に残し、一人帰る事、今港へ向かって歩いてる事を話すとすぐに迎えに行くと返事が返ってきた。明日は雪か? まあいいや……
「一時間後か……」
通話を終え、時間を確認すると“10:00”と表示されていた。一時間後というと十一時。何もない山道で待ち続けるとなるとかなり時間がある。港に着いたらとりあえずアイツと入れ替わろう。グレたと勘違いされても困るしな
港に到着すると俺はその場に腰を下ろした。聞こえるのは波の音とカモメの鳴き声のみ。ここへ来る途中、東城先生や零達から電話があったが、全て無視。俺に彼女達からの電話を取ってやる義理も義務もない
「ふぅ……」
煩わしい連中から解放され、一息つく。アイツの心の広さや人の好さに感心してしまう。どうして人の面倒事まで引き受けられる? 俺には到底真似できない
「ドイツもコイツもバカ過ぎるだろ……」
俺は灰賀恭の理解不能な行動に苦悩しながら目を閉じた
「…………」
『…………』
目を開けると俺がアイツと会ってる何もない部屋だった。目の前には無言で俺を見る灰賀恭。何を言いたいかは手に取るように分かる
「俺が言いたい事は分かってるよな?」
『全然全くこれっぽっちも』
「…………」
『…………』
沈黙。本当は何が言いたいか分かる。分かっているが、その……何だ? 東城先生にキスした事を言われるのは分かりきってるからあえて分からないフリをする。ライオンがいるって分かってる檻に飛び込むバカはいないだろ?
「もう一度聞く。俺が言いたい事は分かってるよな?」
『もう一度言う。全然全くこれっぽっちも分からん』
「そうか、ならバカなお前にも分かるように聞くぞ。藍にキスしたよな?」
『したな。日頃の迷惑料としてあの人のファーストキスは俺が貰った。それがどうかしたか?』
俺達は揃って息を吐く。コイツはどう思ってるか分かんねぇが、俺からすると迷惑を掛けられたんだ、相応の報酬────迷惑料を貰うのは当たり前の事だ。弁護士だって依頼人を守るが、報酬あっての事。タダじゃない
「俺、ファーストキスだったんだが?」
『それは知ってる。俺だってファーストキスだったんだからな』
コイツがファーストキスだったなら俺だってファーストキスだ。だからどうした? 恋に恋する乙女じゃあるまいし、ファーストキスは好きな人とって考えなんて古すぎるだろ
「俺ファーストキスは結構大事にする派なんだが?」
『そうか。俺はファーストキスがどうのってのはあんまり気にしない派だぞ?』
「…………」
『…………』
再び沈黙。価値観の差が出たから仕方ない。恭はファーストキスを大事にするが、霊圧はそうでもない。同性じゃない限りファーストキスをどこで誰としようと気にしない。所詮は唇を合わせるだけの行為。気にするだけ時間の無駄だ
「俺、まだ誰が好きとか自分でもハッキリ分かってないんだけど?」
『そうだな』
「…………」
『…………』
また沈黙。本日三度目の沈黙だ。俺としては話す事がないのであればとっとと入れ替わりたい
『話す事ねぇなら早く変わってくれ。正直、あの連中の相手は疲れる』
「あのなぁ……人のファーストキス散らしといて謝罪の一つもねぇのかよ……」
『ないな。いつまでも恋愛は面倒だとか言って逃げてるお前とヤンデレのクセに一歩踏み込めないでいる東城先生達が悪い。恨むなら自分の逃げ癖と彼女達の臆病な性格を恨んでくれ』
俺はコイツらの宙ぶらりんな関係を後押ししたに過ぎない。恋愛が面倒だと言って逃げてる灰賀恭と闇華に毒されつつある東城先生達。彼らの関係は事情を知らない人間が見れば恋人未満友達以上に見えなくもないが、俺からすると友達の延長線上。キスをしたら恋人ってわけじゃねぇが、関係を進展させようって気概が感じられない
「はぁ……、後者はともかく、前者はその通りだから何も言えねぇよ」
『だろ? つか、早く変われ。アイツらの相手で疲れてるんだ』
「分かったよ」
俺達は最初に入れ替わった時と同じく手を合わせた
『これで関係が少しでも進展してくれるといいんだがなぁ……』
アイツが去り、一人残された俺は上を見ながら呟いた。灰賀恭がどんな選択をしても俺は咎めたりしない。だが、後悔だけはしないでほしいとは思っている
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