ここは風呂場。俺こと灰賀恭は現在、同級生の内田飛鳥と入浴中だったりする
「闇華達に見つかったらなんて言われるか……」
俺が怖いのは闇華を筆頭に零、東城先生、琴音だ。彼女らに見つかったら俺は間違いなくボコボコにされるだろう。精神的に
「恭クン、私がいるのに他の子の名前を出さないでくれるかな? 今は私だけ見て?」
ジト目を向けてくるのは先程紹介した同級生、内田飛鳥。コイツは学校では男子を装っているが実は女子。それを知っているのは俺と教師陣だけだと思う。
「何で恋人みたいな感じで接してくるんですかねぇ……」
しつこいと思うが俺に恋人はいない。闇華と東城先生は俺に好意を寄せてきているらしいのだが、その理由だってちゃんと聞いた事なんてない
「だって今は恭クンと私の二人だけなんだよ? 見る人が見れば恋人同士だと思う人だっているでしょ」
飛鳥の言う通り恋人同士に間違えられても仕方ない。普通に考えて恋人同士でもない男女が二人きりで風呂に入るだなんてあり得ないからな
「否定はしない。でも実際は俺と飛鳥は付き合ってないだろ」
客観的に見て恋人同士のように見えるかもしれない。しかし、実際俺と飛鳥はただの友達。恋人という域には達していない
「そうだけど恭クンのお爺さんは私達全員がお嫁さんになる事を推奨してくれたよ?」
「バカ言え、日本は一夫一妻制だ。男は一人の女性と、女は一人の男性としか結婚出来ないんだよ」
ジジイが余計な爆弾を落としてくれたおかげで飛鳥も闇華も東城先生も心なしか何かが漲ってきているように見える。好意を寄せられて悪い気はしない。戸惑いはするけどな
「恭クン! 法律という壁はぶち破るためにあるんだよ! それを破った先に本当の幸せがあるとは思わないのかな?」
勢いよく立ち上がった飛鳥はトチ狂った事を力説しているが、俺には何を言ってるのか全く理解出来ない
「飛鳥が何を言ってるのか全く理解出来ないが、とりあえず言えるのは法律というのは人に付けられた首輪だ。法律がなくなったら人は好き勝手に犯罪を犯すって事だけだ」
とは言ったものの、法律が人を守ってくれるのかってのは知らん
「ぶー! 恭クン固いー!」
「固くない。普通だ」
「いや、恭クンは普通じゃないでしょ。目の前に年上の女の子が裸でいるのに襲おうとしないし」
「誤解を招く言い方すんな! 俺も飛鳥もタオル巻いてるだろ! つか! それが条件だったろ!」
ゲームコーナーで飛鳥から一緒に風呂に入れと言われた時の事だ─────。
「うん、そのまさか。今から一緒に入ろうっか?」
約束が合った手前、俺は飛鳥の提案を断れる立場になかった。が、恋人でも何でもない年頃の男女が一緒に入浴はマズイ。一計を案じた俺はとある条件を突きつけた
「一緒に入ると言った手前俺に拒否権はねーからそれはいい。が、条件を出させてもらう」
「条件?」
「ああ。約束したとはいえお互い生まれたままの状態ってのはマズイからな。入る風呂は二番スクリーンの男湯。俺と飛鳥はタオルを巻いて入る。これが条件だ」
「えー! 私は別に裸同士でもいいのにー!」
「飛鳥がよくても俺がよくないんだよ! 闇華はともかく、東城先生に見つかって学校で睨まれたくないだろ?」
闇華だけに見つかったら家にいる時の気まずさで済む。が、東城先生に見つかったら家で睨まれ、学校で睨まれる。そうなったら俺の安息の地はない
「確かに恭クンの言う通りだけど……」
さすがの飛鳥も東城先生の名前は効果抜群だったようで剥れてはいるがそれ以上の反論はしてこなかった
「じゃあ、決まりだな」
「うん……」
というやり取りをした後でゲームコーナーを出た
で、現在
「こんな事ならみんなが寝静まった後コッソリ抜け出してきた方がよかった……」
飛鳥が分かりやすく落ち込んでいた
「飛鳥はともかく、俺の行動はどうも読まれやすいみたいでな。抜け出したら闇華達はすぐに気づく」
「そうなの……?」
「ああ。入学した日には一人星を見に行こうとして琴音に見つかったし東城先生が来た日には琴音だけじゃなく、住まいにいる全員に見つかった」
「Oh……」
何で外人になる?
「そういう事で俺が夜中に抜け出そうもんならもんなら高確率で闇華達も付いてくる」
「恭クンの足音が大きいからか、それとも、闇華ちゃん達の耳が良過ぎるのか……あるいは恭クンの行動が分かりやすいからか……いずれにしろ恭クンに抜け駆けは似合わないって事だね」
俺は抜け駆けする気なんて全くないんだけどなぁ……
「俺は抜け駆けするつもりなんて全くない!」
「恭クンはそうかもしれないけど、闇華ちゃん達はそう思ってないかもよ? 私も闇華ちゃん達と同じ事を恭クンに思ってるし」
「飛鳥と闇華達は俺にどんな印象を持ってるんだよ……夜中トイレ行くだけでも書置き残すとかしたくないんだけど?」
家の外……強いては住まいの外へ出るならまだしも夜中住まいの中にあるトイレへ行く時も書置きを残さなきゃならないとか俺にとっては手間でしかないぞ……
「恭クンにとっては外へ出る毎に書置きを残すだなんて面倒だと思う。でもね、私からしたら恭クンってそういう存在なんだよ」
「そういう存在?」
「繋ぎとめておかなきゃどっか行っちゃいそうな存在。闇華ちゃん達もそう思ってると思うよ?」
「意味が分からないな。俺には行く宛てがない。自分のクラスで言えば遊びに誘えるような友達もいない。そんな俺がどこに行くってんだよ?」
行く宛てがないと言うよりもどこかへ行こうとは思わない。そう言った方が正しい。それに、自分のクラスだけで言うとボッチの集まりと言っても過言じゃない連中だ。ちょっと遊びに出かけるとか、泊りがけで旅行っていう発想には至らない
「そんなの私に聞かれても分からないよ。そんな気がするってだけで」
「さいですか。まぁ、事故で死なない限り俺は飛鳥達の前から消えるだなんて事はしないさ」
「期待してるよ」
期待してる……か。繋ぎとめておかなきゃ消えてしまう存在だっていうのは飛鳥達の勝手なイメージだ。イメージを押し付けるのは止めてほしいものだとは思う。それでも、イメージを持ってしまうのが人間だ
「過度な期待されても困るんだが、されてしまった以上は頑張る」
「うん。ところで恭クン」
「何だよ?」
「背中借りたいから後ろ向いてくれない?」
「了解」
俺が後ろを向いてすぐ、背中に柔らかい感触が。言うまでもなく飛鳥の胸の感触だ
「女の子に抱き着かれてるのに動揺しないとか恭クン酷くないかな?」
「後ろ向けって言われたら次に何されるかくらい見当が付く。抱き着かれるかその場で泣かれるかってな。んで、飛鳥は前者だったわけだが……どうしたんだ? いきなり抱き着いて」
後ろを向けから始まるシチュエーションは抱き着かれるか背中越しに泣かれるか。あるいはその両方だなんて事はギャルゲーで知り尽くしている。だからなのか、焦る気持ちが全く持って湧いてこないのは
「別に! ちょっと男の子の背中にくっ付いてみたいなって思っただけ! 深い意味はないよ!」
飛鳥、明るく振る舞っているつもりでも声が涙声だぞ
「そうかい」
「うん……ねぇ、恭クン」
「何だ?」
「少し泣いていいかな?ちょっと泣いたらいつもの私に戻るから……」
俺は内田飛鳥という人間をよく知らない。だから『内田飛鳥はこうあるべきだ』と具体的な事なんて何一つ言えない。今の俺に言えるのは泣きたい時には泣けばいい。これだけだ
「好きにしろ。泣きたい時は思いっきり泣けばいいだろ」
「うん。そうさせてもらうよ」
飛鳥は堰を切ったように泣き出した。この女の子が何に苦しみ、何を抱えていたのか?それを知る術を俺は持っていない。今はただ、自分を頼ってくれる女の子の望むままにしてあげよう。そうするしかなかった
飛鳥が泣き止み、風呂から出て住まいに戻ると爺さんを始め、闇華や零、琴音や使用人達は騒ぎ疲れたのかすでに寝ていた。現在時刻は寝るには少しばかり早い時間だと思う。そんな中、俺と飛鳥はというと……
「みんな寝てるな」
「そうだね」
リビングに佇んで現状を確認していた。
「寝るにはまだ早くないか?」
「時間確認してないから何とも言えない……」
「だな。念のため時間確認しとくか」
「うん」
俺はスマホを取り出し、現在時刻を確認する
「げっ! まだ二十時過ぎじゃねーかよ!」
スマホの時計は二十時十分と表示していて大人が寝るには大分早い時間。いや、年寄りとか子供が寝る時間と言った方が正しいくらいだ
「嘘でしょ? そんな時間なのにみんなもう寝てるの?」
飛鳥も呆気にとられたようでポカンとしている。
「そうだよ。寝てるんだよ」
「何でだろう?」
「零と闇華、東城先生は騒ぎ過ぎで飛鳥の家族は緊張の糸が切れたか不安がなくなって安心したってところだろ。んで爺さんは知らん」
零と闇華が寝てるのは確実に騒ぎ過ぎだと断言できる。んで、東城先生は騒ぎすぎたってのもあるだろうけど、学校の処理とかで疲れたってところだ。飛鳥の家族を始めとするホームレス達は緊張の糸が切れたか不安がなくなったから。爺さんはマジで知らん
「あ、あはは……恭クンの言ってる事強ち間違ってないかも……お爺さんは分からないから何とも言えないけど」
「だろ?で、俺らはどうする? このまま寝るか? それとも、ゲームコーナーに行って少し遊ぶか?」
「私は寝るよ。今日は疲れたし」
「そうかい」
「うん」
飛鳥は家族の元へ行き、母親の隣に寝転がった
「さて、俺はどこで寝るかな」
飛鳥が家族の元へ行った後、俺は一人どこで寝るかを考えていた。闇華の隣で寝ても東城先生、零、琴音の隣で寝ても翌朝面倒な事になるのは火を見るよりも明らかだ
「仕方ねぇ、爺さんの隣で寝るか」
零達の隣で寝たら面倒な事になりそうだと思った俺は大人しく爺さんの隣に行き、そのまま寝ころんだ
「爺さん起きてるだろ?」
「気づいておったか」
「いや、何となく起きてるんじゃないかと思っただけだ」
「そうか、何となくか……」
「ああ。それで? 爺さんは俺に何か話でもあるのか?」
「まぁのう。恭、少し外へ出ないか?」
「別に構わねーけど、ここじゃ出来ない話なのか?」
「そうじゃ。お前が先程しておった事に関する話じゃ」
「分かったよ」
先程していた事。つまり、飛鳥と風呂に入っていた事に関する話はこの部屋では絶対にされたくない俺は爺さんの提案に大人しく従う事にした
話をするだけなら住まいの前でもよかった。しかし、それだと万が一聞かれた時に面倒だと思った俺は爺さんを駐車場へと連れ出す事に
「ううっ……四月ももう終わりとはいえ夜はまだまだ冷えるのう……恭、年寄りをこんな寒空の下に連れ出してどういうつもりじゃ!」
「仕方ねーだろ。飛鳥と風呂に入ってた話を住まいの前でして万が一聞かれたら俺に災難が降りかかるんだからよ」
「儂はそれが見たかった! 恭の修羅場が見たかったぞ!」
「喧しい! 人の修羅場見て面白がんな!」
この人は本当に年寄りか?と時々疑いたくなる
「年寄りの僅かな楽しみなんじゃ! いいじゃろ!」
「よくねーよ! つか! 話って何だよ?」
「うむ! 話というのは儂がここに来たわけと失業者達の仕事内容、飛鳥ちゃん達の住む場所についてじゃ」
爺さんの話は俺が知りたいと思っていたものばかりだった
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