茜の頼みで生活苦の声優陣を拾ってから一夜明けた。ダメ元で爺さんに生活苦の声優を拾ったと伝えたら二つ返事で了承を得られた。ついでに光熱費の事を尋ねるとこのデパートの親会社が全て賄っているから心配するなとの事。なんでも新しく不動産業を始めたらしいのだが、空き店舗を改造してマンションにしたり、一軒家にしたりして売り出すという変わった事業だそうだ
「恭クン! ちゃんと手伝ってよね!」
「はいはい……はぁ……」
昨日は茜。あいうえお順で今日は飛鳥の日。俺は文化祭の準備で学校に来ているのだが……いるのは自分のクラスではなく、飛鳥のクラス。本来なら俺は自分のクラスに行くべきなのだが、この俺当番制にはちょっとした決まり事がある。その一つが担当の者からトイレ、風呂以外で離れてはならないというものだ。これを決めたのは当然もう一人の俺。曰く『ちゃんと見張っておかないとお前は絶対に逃げ出すだろ』との事。さすが俺自身。誰よりも俺を理解している
「溜息吐かない! はいは一回!」
「はーい……」
「伸ばさない!」
「はい……」
「よろしい!」
母親と出来の悪い息子のようなやり取りを苦笑交じりに見守る飛鳥のクラスメイト達と担任教師。この学年唯一の男性教師である彼は俺がここへ来た時も苦笑を浮かべていた。その目は強気な女に捕まって君も大変だなと言ってるような気がしてならなかったのは気のせいと信じたい。なんでも飛鳥のクラスは文化祭で焼き鳥屋をやるらしい。今は店になる予定である教室の装飾をしている
「こんな事なら仮病使うんだった……」
元はと言えば文化祭の準備が嫌になって逃げた。逃げた結果が……このザマだ。俺のクラスはリサイクルショップだからやる事と言えば商品の運び入れと教室内の装飾。今思えば楽なモンだ。機材を借りる必要もなければ家庭科教師に立ち会ってもらい、最終確認をする必要もない。調味料の買い出しをする必要もないから下校時間になったらすぐに帰れる。はぁ……どうして俺は仮病を使わなかったんだか……
「恭クン! そういうプレイがしたいなら後でたくさんしてあげるから我慢して!」
「どうしてそうなるんだよ……」
仮病=そういうプレイになる飛鳥の思考回路が全く理解できない。他の連中も俺と同じ事を思っているだろうと思い、目を向けるとバツが悪そうに目を逸らし、そそくさと自分の作業に戻った。どうやら俺と飛鳥のやり取りに聞き耳を立てていただけらしい
「恭クンそういうの好きでしょ?」
「好きじゃねぇよ……」
「嘘だ! 前にボーイッシュな女の子のナースコス見たいって言ってたじゃん!」
「言ってないんだが……」
「恭クンのお爺さんが嘘吐いてるって言うの!?」
「明らかにそうだろ……」
我が祖父のデマカセを簡単に信じるなよな……言う方も言う方だが、信じる方も信じる方だ。俺関係のデマカセを簡単に信じる飛鳥に若干の危機感を覚えた。アレだ。俺の洋服にキャバクラの名刺でも入ってた時には……想像したくねぇ……絶対に面倒な事になる予感しかしない
「嘘だッ!!」
目をカッと見開く飛鳥が怖いと感じるのは俺だけじゃないはず。その証拠にクラスメイトと担任はさっきから俺の方を見ようとしない。いつも飛鳥と一緒にいる連中なんて汗ダラダラだ。オイコラ、いつも一緒にいるなら止めろ。俺を助けろ
「嘘じゃねぇよ。はぁ……」
どうして自分の性癖で嘘を吐かなきゃならんのやら……ここで暴露するのは非常に恥ずかしいので言わんが、俺に女性をコスプレさせる趣味はないとだけ言っておこう
『きょうはお母さんが好きなんだよね~?』
『そういう事なら私もお母さんになれば恭様の好みになるわよね?』
『恭っちガンバ!』
幽霊二人組。余計な事を言うな。紗李さんは応援じゃなく救助をしてください。限られた人間にしか見えないとはいえ、誤解を生むだろ。ニヤケ面が余計腹立つ
「恭クン……もしかして……」
「違う。断じて違う」
「ホントぉ~?」
「本当だ。俺に相応しいのはヤンデレ女子なんだよ」
「なら私だね」
いやいや、飛鳥はヤンデレって言うより男装女子だろ。いや、男装系ヤンデレ女子か。ヤンデレじゃねーか!
「もう誤解が解ければ何でもいいよ」
俺は否定するのを止めた。もう面倒だ
あの騒動擬きは俺の好み=飛鳥という事で片が付き、その後はずっと飛鳥がベッタリだった。トイレ以外何をするにも常に一緒。お前はくっつき虫かって言うくらいだった。別に動きづらいとかなかったからいいけどよ。そんなこんなで昼飯になったのだが……
「恭クン……」
「はいはい」
俺はなぜか飛鳥を抱きしめていた。クラスメイト達に助けを求めるも目を逸らされ、担任教師にも見捨てられた。飛鳥が睨んだら逃げるように教室を去って行ったから実際は追い払われたと言った方が正しいのかもしれない。せめてもの報酬として胸の感触といい匂いを楽しむとしよう
「えへへぇ~」
こんなダメ人間に抱きしめられて何が嬉しいのやら……
『飛鳥ちゃんズルい……』
『私を差し置いていい度胸ね……』
『面白くなってきたね! 恭っち!』
早織達はなぜか嫉妬心剥き出しだしよぉ……紗李さんは止める気ねぇしよぉ……どうなってんだよ
「……ふっ」
『むっきぃ~!』
『殺すわ』
嫉妬心剥き出しの幽霊組にドヤ顔でニヒルな笑みを浮かべる飛鳥。煽ってるようにしか見えない。挑発する方もする方だが、乗る方も乗る方だ。この時ばかりはさすがの紗李さんも苦笑を浮かべていた
「俺の平和な昼飯の時間が……」
俺にとって昼飯の時間は学業を営む事において最も重要な時間だ。前半で蓄積された疲労をこの時間である程度消費し、後半に備える。これが俺流の正しい学校での過ごし方なのだが……飛鳥と幽霊二人組にぶち壊された
「恭ク~ン!」
『むぅぅぅぅぅ~!』
『後で覚えてなさいよ』
満面の笑みで抱き着く飛鳥と嫉妬心剥き出しの早織と神矢想花。そして間に挟まれる俺。で、さっきから放置気味なクラスメイトなのだが、完全に俺と飛鳥はいないものとし、楽しそうに弁当突きながら雑談してやがる。注意するくらいしろよ
平和だったはずの昼休みはクラスメイト達に村八分にされた挙句、飛鳥に抱き着かれて終わった。昼飯は一応食べたのだが、全部飛鳥のあーんで食った事は蛇足として言っておこう
昼休みが終わり、後半突入。常に飛鳥がベッタリなのは前半と同じ。これを機に日頃の行いを改めようと思う。嫌ではないんだが、クラスメイト達からの村八分は精神的にキツイ。さて、気合入れて文化祭準備に取り組むとしよう
「とは言ったものの……やる事なくないか?」
「教室の飾りつけは終わっちゃったもんね」
俺にしては珍しく気合を入れたのだが、教室の装飾は全て終わっていてやる事がない。調理の面じゃ別クラスの俺は役に立たない。というか、調理は前日までできないって話らしい。残るのは機材の運び入れなのだが、焼き鳥を焼く機材はレンタル。手元にない物を運び入れるのは無理。という事で俺達は暇を持て余していた。担任が不在で残された俺達は何をしていいのか分からない
「クラスが違う俺はいいが、飛鳥達は出し物の練習しなくていいのか?」
「どうなんだろうね?」
「俺に聞かれても困るんだが……」
このクラスの担任がいない理由は何でも文化祭に向けた緊急の職員会議があるとかなんとか。会議なんて放課後か朝やれよって思う。教師にも教師なりの事情があるだろうけど
『きょう~暇ぁ~』
『何か面白い事はないものなのかしら?』
『恭っち、遊んで!』
暇してるのは飛鳥達だけじゃなく、早織達幽霊組もだったらしい。紗李さん、アンタは子供か?
「だよね~」
「当たり前だ。俺は教師じゃねぇんだよ」
「「はぁ……」」
暇過ぎて溜息が出る。緊急会議で教師がいなくならずとも暇を持て余すという状況は変わらなかったんだろう。教師がいるのといないとのじゃ生徒達の気の持ちようが違ったとは思うけどな。にしても……
「朝でもなく、放課後でもない時に入る緊急会議か……」
「気になる?」
「まぁな」
「私も……」
内容を担任に聞いたところで教えてはくれないだろう。家で藍かセンター長に聞いても教えてくれないのは目に見えている。結局は大人の話だ。俺達生徒が口を挟むべき事じゃない
「恭! 協力して!」
なんて思ってた時期もありました。藍が慌てた様子で入ってくるまでは
「「はい?」」
慌てた様子の藍に俺と飛鳥だけじゃなく、その場にいた生徒全員が頭に疑問符を浮かべる。緊急の会議でこのクラスの担任は席を外してんだよな? なんだって俺に協力を仰ぐ?
「えーっと……」
「二人共ちょっと来て!」
何がなんだか分からないまま俺と飛鳥は藍に手を引かれる形で教室を後にした。面倒な事に巻き込まれる予感しかいないぞ……
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