『そう。じゃあもう用は済んだわよね?』
お袋の冷たい声が病室内に響く。その声を聞いたからなのか千才さん達は隅っこの方でガタガタ震え、冷たい声と視線に晒されてる親父は……
「はい、用事は済みました」
正座していた
『じゃあもう帰っていいよ。これから私はきょうとイチャつくから』
そんな予定俺にはないのだが、今のお袋に逆らうと何をされるか分かったものじゃないので黙っておく。親父から見たお袋が血みどろに見えたのは単にお袋が嫌がらせでそう見えるようにしていたというだけでしつこいようだが、紗李さん達の言語が元に戻ったのは千才さんへの恨みを晴らしたから。そんでもってその千才さんと仲良くなれたのは彼女が紗李さん達に忠誠を誓ったからというアホみたいなオチだったから何も言うまい
「りょ、了解致しました……」
自分の行いの悪さを再確認した親父はゆっくりと立ち上がり、肩を落として出て行った。その背中がリストラされたサラリーマンみたいになっていたのは言うまでもない
『きょう~、お母さん頑張ったよね~?褒めて褒めて~』
親父が出て行ってすぐお袋が豹変。さっきまでの冷たい声と視線から一変し、猫撫で声で俺にすり寄ってくるからビックリ。女ってのはよく分からない
「頑張ったな。偉いぞお袋」
『うん~、お母さん頑張ったよぉ~』
本当にこの人はさっきまでの人と同じ人物なのか?
『はぁ~、本当に恭弥の相手をするのは疲れる~』
お袋、親父がいないからいいようなものの、いたら確実に泣いてるぞ……
「お袋、それ親父の前では言うなよ?」
『大丈夫だよ~、恭弥を泣かせてきょうに嫌われたくないから言わないよ~』
何が大丈夫なんだ?親父を泣かせて俺がお袋を嫌いになるわけないだろ?めんどくさいとは思うけど
「ならいい」
俺はそれだけ返すとテレビを点けた。流れるのは千才さんと二人だった時同様、しょうもないバラエティー番組。俺が見たいのはそんなものではなく、とあるニュースだ
『灰賀君、今テレビを点けても面白くない番組しかやってないわ。消しなさい』
隅っこで震えていたはずの千才さんがいつの間にか俺の隣にいてブツブツと文句を言い始める
「平日昼間のバラエティー番組が面白くないのは百も承知です。俺が観たいのはニュースですよ」
『『『『『ニュース?』』』』』
意外そうな顔で見ないでもらえません?俺だってニュースくらい観るんですよ?
「ええ、昨日の立てこもり事件と千才さんの事がどう報道されてるのかを確認するんです」
『立てこもり事件?それなら昨日のニュースで十分だったでしょ?灰賀君、昨日のニュース見てないのかしら?私は見てないけど』
「そりゃ千才さん昨日殺されたんだから当たり前じゃないですか」
『そうだったわね。あまりにも過去過ぎて忘れてたわ』
この人は自分の命が絶たれた事を過去の事にするの早すぎやしねーか?それはいいとしてだ。俺が観たいのは立てこもり事件のニュースではなく、千才さんが殺された事件のニュースだ。
「アンタ、いい性格してるよな」
『まぁね』
千才さんは褒められた事で気をよくしたのかドヤ顔で胸を張る。皮肉を言われたとは考えないのかこの人は
「話が逸れましたが、俺は立てこもり事件のニュースじゃなくて千才さんが殺された事がニュースになってるかどうかを確認するんですよ」
何も知らない体で昨日の件を振り返ると千才さんは理解不能な何かによって空中に浮き、そのまま吹っ飛ばされた。で、病院から数メートルだか数キロ先にある何かに叩きつけられ即死。彼女が叩きつけられたのが木なのか、塀なのか、電柱なのかそれは分からない。言えるのは千才さんに関しては普通の事件ではないという事だ
『あー、わたし達がちーちゃんを吹っ飛ばした事件かぁ……わたし達って今は恭っちと恭っちのお父さんにしか見えないからぱっと見だと迷宮入りの事件だよね』
紗李さんの言う通りあの場にいた人間では俺と親父にしか紗李さん達の姿は見えない。だから普通なら迷宮入りだろう。しかし、警察というのは身の程を弁えない人間が多い。昨日の千才さんもだが、警察官になるなら自分の身の丈と人生経験と相談してなれって話で結論を言うと捜査の手が俺に及ぶのは疚しい事がなくてもめんどくさい
「そうなんですよね、だからこそ面倒なんですよ。捜査の手が俺に及ぶと面倒ですし、平穏な生活が脅かされる」
『確かに、灰賀君の言う通り私の一件は紗李達の仕業でも一応、捜査はするわね。殺人事件に該当するわけだし』
さすが元警察官。その辺の事になると強いな
「でしょ?本当にめんどくさくなったら霊圧当てて黙らせればいいんですけど、そうしたら俺が重要参考人として連行されかねませんし。とりあえずテレビがどう報じているのかだけでもチェックしておかないと」
死というのは誰だって平等にやって来る。だから人の命を軽んじてはいないまでも警察というのはしつこい。例えるならカレーのシミ。一般人の粘着はダメで警察の粘着が許されるのだから日本の法律は腐っていると思わなくもないけど、それを言ったところでどうしようもないから言わないでおこう
『きょうは相変わらずマメだね~』
「マメなんじゃなくて面倒な事を回避したいだけだ」
俺はお袋の言葉を受け流し、視線をテレビに移す。しばらくはしょうもないバラエティー番組が流れていたが、それも終わり、ニュース番組へと切り替わる。最初はやはりというか案の定昨日の立てこもり事件のニュース。場所はともかく、あれだけ大騒ぎしたんだ。報道されない方がおかしい。
「まぁ、当然と言えば当然か……」
目的のニュースを確認した俺はテレビを消した。結論から言うと立てこもり事件のニュースは報道されていたものの、千才さんの事は報道されなかった。いや、されなかったと言うと語弊が生まれるから言い方を変えよう。一般人にとって不可解な事件は報道されるにはされた。しかし、立てこもり事件が起き、警察官が一人殉職したという形で発表された
『紗李ちゃん達幽霊がした事だからね~、一般人から不可解な事この上ないからちゃんと報道したくても出来ないよ~』
お袋の口調は危機感を微塵も感じさせないものだ。口調とは裏腹に言っている事は正しい。科学が発展した現代で幽霊を信じる人などまずいない。信じるとしたら見えるかそれに準ずる何を持っている人だけだ
「だよなぁ……」
俺は自分に捜査の手が及び、面倒な展開にならない事を祈りながらまったりとした時間を過ごした
千才さん達が乗り込んできた翌日の朝────────
「灰賀君、君は今日付けで退院だ」
いきなり病室に入ってきた担当医である鉄仮面からいきなり退院を言い渡された
「早くないっすか?つか、いきなり退院って……俺入院費払えないんですけど……」
昨日のうちに言われるのならまだしも当日になって言われても一高校生たる俺は病院の入院費を払える金なんて持っていない。それに、入院に関する書類には何一つ提出していない。それどころかリハビリはどうした?親父と二人になりたくはないものの、その辺はちゃんとしてもらいたい
「それなら安心したまえ。必要な書類は君のお父上が書いてくれた。それに、入院費は君のお爺様が出してくれるそうだ。何、一昨日の事件で皮肉にも歩くのには問題ないと分かった以上君だって入院していても退屈だろう」
鉄仮面の言う通り一昨日の事件は皮肉にも俺の歩行に何の問題もない事を証明してしまった。癪な話、鉄仮面の言う通り歩く事に関して何の問題もない以上入院していても退屈なのもまた事実。そうなってくると俺の選択は一つ
「分かりました。短い間でしたが世話になりました」
「うん。だけど、走るのは一週間程度控えなさい。歩くのには問題なくても走る事に関して言えば不安要素があり過ぎるからね」
だったら入院させとけや!! 歩くのに問題なくとも走るのに問題あるかもしれないだろ!!
「わ、分かりました……」
俺は顔を引きつらせ、心にもない礼を言う。眠っていた時はともかく、目が覚めてから世話になった記憶などない。恩着せがましく世話してやったと言われたところで身に覚えなんてない
「また何かあったら来るといい」
「そうします」
「では、失礼するよ」
鉄仮面は踵を返し、病室を後に。急遽退院を言い渡された俺はとりあえず着替えを……
『『『『『……………』』』』』
「着替えるから出てってくれない?」
『『『『『お構いなく』』』』』
「出て行け!!」
『『『『『ケチ!!』』』』』
する前に不満を漏らす幽霊五人を病室から叩き出した
「はぁ……俺の着替えなんて見てもしゃーないだろうに」
幽霊五人を叩き出した俺は彼女達に愚痴を吐きながら着替えを始める。俺の着替えを見て誰が得をするというんだ?お袋に至っては生着替えをいつも見てるだろ。今まで気にした事なんて一回もないけど
「全く……、それにしてもどうしたものか……」
俺の中で琴音と加賀に連絡を入れるのは確定事項として、問題が一つあった。言うまでもなく千才さん達の事だ。東城先生は千才さんの親友でそれが死んだと知った時のショックは相当なものだと思う。で、そんな人が幽霊になりましただなんてどう説明したものか……
「はぁ、警察に絡まれるよりかはマシか……」
中坊の時、私服で買い出しをして職質してきた警察官に比べたら東城先生に説明をする事など面倒の内に入らないと考えを前向きに切り替えた。
「さて、着替えも終わったし出るか」
琴音と加賀への連絡は病院を出てからする事にし、病室を出てそのまま玄関へ向かう。病室から出てお袋達に不満を言われたけど、それは聞き流した
「やっぱり……」
玄関へとやって来た俺の目には予想通りの光景が飛び込んできた。
『やっぱりあったね』
『当然よ。吹っ飛ばされた私が言うのもなんだけどね』
『ちーちゃんを吹っ飛ばしたのはわたし達だけど、この光景を見ると改めて罪悪感が……』
『あ、あの時のお姉さん達は加減が出来なかったから仕方ないよ』
『そうだねぇ~、あの時の紗枝ちゃん達は怨念に憑りつかれたから仕方ないよ~』
目の前の光景に言葉が出ない俺に対して井戸端会議感覚で話しているお袋達。アンタらマジで呑気だな……
「ドアがぶっ壊れてるのを仕方ないで片付けられないんだよなぁ……」
深い溜息を吐いた俺は玄関を後にし、受付へと向かった
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