「今何時だよ……」
飛鳥とお袋の文句をBGMにし、眠りに就いたはいい。そこまではよかったのだが、暑さのせいで目が覚めてしまい、とりあえず現時刻を確認すべくベッド脇の時計に目をやった
「マジかよ……」
時刻を確認すると四時で普段なら寝ている時間。カーテンのせいで外の様子は分からないけど、隙間から太陽の光が差し込んでいないところを見ると時間帯は分からずとも夜が明けてない事くらいは分かる。夜が明けてないとは言ったものの、夏の午前四時は若干明るく、完全に真っ暗というわけではないから寝ぼけてたら時間を間違えそうだ
「こんな時間に起きたってやる事ねぇよなぁ……飛鳥は爆睡してるよ」
隣を見ると幸せそうな笑みを浮かべて寝息を立てる飛鳥の姿が。飛鳥で思い出したけど、お袋は睡眠を取る必要がないから除外するとして、飛鳥はモニターの電源を落としたのかな?
「疲れてたはずなんだけどな……」
昨日はいろいろあった。寝起きでいきなり拉致される形で車に放り込まれたと思ったらリゾートホテルにいた。女っ気どころか友達すらおらず、引きこもっていた俺が誰かと大勢で食事を摂り、女子とプールで遊ぶ。傍から見りゃリア充の典型とも言えるイベントで楽しくはあった。その後の事は……正直思い出したくない。特に親父の女装姿はな
「はぁ……腹減った……」
いつもなら起きて空腹に襲われるだなんて事はほぼなく、朝食を摂らずとも平気なのに今日に限って腹が減る。自分のいる環境が違うからなのか、それとも変な時間に目覚めたからなのか……
「朝飯までかなり時間あるよなぁ……」
朝飯の時間を正確に把握しておらず、具体的な時間は分からない。けど、朝飯までかなり時間があるのだけは分かる。午前四時に朝飯を食うだなんて年寄りか早朝仕事のある人間あるいは深夜に仕事が終わった人間くらいだ。そんな人間が宿泊しているのか?と聞かれると答えは否。仕事をしてないからここにいる
「腹が減った上に暇だ……」
現状の俺は空腹と暇を持て余すという二重苦に見舞われ、これからどうしようかといったところだ。さて、どうしよう……。
『暇ならお母さんとお話でもする~?』
頭上から声がし、そちらを見るとお袋が嬉しそうな顔をしていた。逆さまなせいか嬉しそうに笑みを浮かべていても怖い
「お話って改まって話す事なんて特にないだろ?」
お袋は常に俺と一緒にいるから学校の話や零達との共同生活について話す必要はなく、普通の親子がするような会話は俺達には無駄。学校に関して言えば俺は毎日が参観日みたいなものだからな
『そうだねぇ~、お母さんはきょうといつも一緒だから聞きたい事とか特にないねぇ~』
一般的な息子と母親がどんな話をするのかは分からない。俺の頭で思い付く息子と母の会話は学校はどうだとか、彼女または好きな人いるのかとかそういう話でそれ以外は時期にもよるとしか言いようがない
「お袋と話をしたくないとは言わねぇけど、どれもこれも今更過ぎて話題性に欠けるものしかないんだよなぁ……」
加えて言うならお袋は亡くなってからずっと俺の側にいたわけだからここに至る経緯なんて話さなくても分かるだろうから改めて俺の口から話す事など何一つない
『じゃあ! 灰賀君の好みの女性の話をしようよ!』
どこからともなく現れた紗李さんは俺にとって最悪とも取れる話題を出してきやがった
『それはいいね! グッジョブ! 紗李ちゃん!』
恋バナに関係なく女性関係の話は俺にとって爆弾でしかないのだが、お袋にとってはそうじゃないらしく、スッゲー喜んでる
「俺にとってはグッジョブじゃないんですけど……」
『え?何で?』
紗李さんはキョトンとした顔で俺を見る。その顔は自分は何かマズイ事を言ったのか?といった顔であり、悪意はなさそうだ
「何でって同居人とお袋を見てれば分かるでしょ?」
『何となくは察しているけど、ここらで灰賀君が付き合いたい、一緒にいたいと思える女性のタイプを話すのもいいんじゃないの?見たところキミは今まで飛鳥ちゃん達にも早織さんにもそんな話した事なさそうだしさ』
どこにそんな根拠があるのかは知らんけど完全に図星を突かれたな……。別に避けてきたわけじゃないが、俺は今まで恋バナの類をせずに過ごしてきた。まぁ、恋愛の話をする機会が単になかっただけなんだけどな
「確かに紗李さんの言う通り今まで飛鳥達にもお袋にも俺が求める好みの女性の話なんてした事ありませんけど……」
『でしょ?だったら今がチャンスだよ?』
紗李さんの言う通り俺の好みとする女性の話をするには今を置いて他にない。あれ?俺の好みのタイプってそこまで重要か?
「まぁ、確かに紗李さんの言う通りですけど……」
『だったら言っちゃいなよ! 灰賀君が好きな女の子のタイプをさ!』
『紗李ちゃんの言う通りだよ! お母さんもきょうの好きな女の子のタイプ知りたい!』
「は、はあ……」
紗李さん達の勢いに負けてしまい、完全に話さなきゃいけない感じになってしまったけど、俺はどんな人と付き合いたいとかを考えた事がない。どんな女が好きなんだと聞かれてもすぐに答えは出ないぞ……
『ズバリ! 灰賀君はどんな女の子とお付き合いしたいのかな?』
『お母さんも気になる!』
ひと昔前の新聞記者かインタビュアーを彷彿とさせる口調で訪ねてくる紗李さんと目を輝かせながらこちらを見るお袋に俺は────
「どんな女って聞かれてもなぁ……、パッと思い付かねぇよ」
と一言言うだけだった。普段から理想の女性像を持って生活している奴ならこんな女性とすぐに答えられるんだろうけど、生憎俺には理想の女性像などない
『思い付かなくても何となくこんな女の子がいいとかないの?』
こんな女の子がいいとかないの?と言われても思い付かないものは思い付かない。仮に理想の女と付き合えたとしても嫌な部分というのは出てくる。それも込みで付き合い、やがては結婚するんだろうけど、それに耐えかねて別れる、離婚するだなんてケースはザラだ。要するに相手の嫌な部分が許容範囲かどうかって話だ
「そうだなぁ……具体的にこれってのは思い付かないけど強いて言うなら会社や友達付き合いとか社交辞令とかが解るような女かなぁ……」
パッと理想の女性は浮かばなかった。当たり前だ、俺にはこういう女と付き合いたいって具体的な願望がないんだから
『それってアレだよね?飛鳥ちゃん達はアウトって言ってるんだよね?』
『きょうの理想が高い事にお母さんショックを隠し切れないよ……』
理想の女性について語れと言われたから語ったのに何で紗李さんにはジト目で見られ、お袋は落ち込んでる。俺は普通の事しか言ってないぞ?モデルやアイドル、声優といった一般人からすると雲の上にいる人間と付き合いたいともアニメやゲームのキャラみたいに画面から絶対に出てこない奴を指定してもいないのに……
「普通の事しか言ってないのにこの反応はあんまりだろ……」
ジト目で見られたり落ち込むって事は何か?紗李さんとお袋には社交辞令や人間関係における必要最低限の付き合いに理解がないって事か?
『普通が一番難しいんだよ、灰賀君』
『そうだよ。それに、お母さんはたとえ社交辞令とかそういった人間関係における必要最低限の付き合いだったとしてもきょうが自分以外の女の人と話してるのは堪らなく嫌なんだよ?』
紗李さんが言うように普通というのが一番難しいのはよく解かる。普通の基準は人によって違うからな。だけど、お袋の言う事は理解に苦しむ。彼女の言い分だと事務的な話でも女子と話せなくなってしまう
「はぁ……」
紗李さんに突きつけられた現実の重さとお袋の理解不能な言い分のせいでドッと疲れ、溜息を漏らした。俺の理想ってそんなに難しいのか?
盛り上がるかと思われた恋バナはあっという間に終わり、俺達は再び暇を持て余す羽目に。あっという間と言っても恋愛について語ったのはほんの十分程度で本当に触り程度と言ったところだ
「暇だし腹減ったぁ……」
お菓子の類があればそれで空腹を誤魔化せるけど、この部屋にはコーラしかなく、お菓子類は一切ない
『そんなに暇ならシャワーでも浴びてきたら~?』
特別汗ばんで気持ち悪いとか眠気が残っているとかはないけど、時間潰しにはちょうどいい。お袋の言う通りシャワーでも浴びるか
「そうだな、シャワーでも浴びてくるか」
ベッドから立ち上がり、荷物の中から適当な下着とTシャツを取り出すとそのままバスルームへ直行した
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