茜にモンスターファイターのやり方を教えてくれと頼まれた日から一週間が経過。デッキも無事に完成し、彼女は意気揚々と家を出て現在、イベントに臨んでる……と思う。一方、俺は────。
『きょう~、退屈~』
「直接触れないとはいえあんまりくっつくなよ……早織」
自室にて茜とお袋から叩きつけられた罰ゲームを零達に睨まれながら執行中だ。俺対茜&お袋の対戦は状況を見てもらって分かる通り俺が大敗し……って、まずは経緯の説明が先か。話は一週間前、二度目の対戦が始まる前に遡る
一週間前────。互いの使うデッキを交換し、二度目の対戦をしないかと持ち掛けた後、茜はお袋を連れ、一旦退出。俺は部屋に一人残された
「茜からすると好条件なのに何を話し合う必要があるんだ?」
広い部屋に残された俺は茜とお袋がする話し合いの内容を気にしつつ、一人自分が使うデッキの中身をチェックしていた。そんな時だ
「────!?」
背中にふとゾクッと背筋が凍りそうなくらいの悪寒を感じたのは
「な、何かスッゲー嫌な予感」
部屋にいるんだから騒動に巻き込まれるなんてあり得ない。この日は茜にモンスターファイターを教えてくれと頼まれただけで特別何かに悩んでいるといった話は聞いてない。なのにどうして悪寒がするんだと、この時はそう思った
茜とお袋が部屋を出て少し経った頃────
「ただいま、グレー」
『今戻ったよ~』
話し合いを終えた茜とお袋が戻り、神妙な面持ちでテーブルへ。二人して何があったんだ?
「お、おう、おかえり」
茜とお袋が戻ってきて嫌な予感が倍増。彼女達が何も企んでない事を祈るばかりだ
「うん……それでさ、さっきのデッキを交換して対戦って話なんだけど……」
「おう」
「グレーの出した条件に追加で私達からも条件を出していいかな?」
「それは構わねぇけど、俺の出した条件に不満か不備があったのか?」
自分ではかなり好条件を出したと自負している。何の不満も不備もないはず
「不満も不備もないんだけどさ、対戦ゲームをするからには罰ゲームがあった方がお互いに燃えるでしょ?私達からは負けた方が勝った方の言う事を聞くって条件を出したいんだけど……」
負けた方が勝った方の言う事を聞く……ねぇ……。確かに罰ゲームとしては妥当なところだ。金や命に関わらず、実行可能なものという制約を付ければそれも悪くない
「いいんじゃねぇの?金や命に関わらず実行可能なものって制約を設けるなら俺はその条件で勝負する」
嫌な予感はした。しかし、最初に勝負を挑んだ手前、ここで嫌とは言えず、制約は設けつつ俺は茜の出した条件を呑んだ。
「『やった!』」
妖艶な笑みを浮かべながら喜ぶ茜とお袋。その姿は二人をよく知らない人達が見たら一目惚れ間違いなしだと思う。二人をよく知る俺が見ると嫌な予感しかしない
「俺に何させようとしてんのかは知らねぇけど、これだけは言っとくぞ。対戦中にお袋が俺の手札を覗いたら勝負は即終了だからな」
『分かってるよ~。きょうはお母さんが不正行為をするように見える?』
「不正行為をするようには見えねぇけど、欲望に忠実な人には見える」
『ひどい!』
そう思うなら日頃の行動を改めろ
「酷くて結構。それより、さっさと始めようぜ。時間もねぇし他の連中が帰って来たら面倒だ」
「『そうだね!』」
というわけで若干の不信感を覚えながらも対戦開始。結果は────
「分かってはいたが、やっぱり勝てなかったか……」
俺の惨敗。自分で組んだデッキだ。攻略法はもちろん分かっている。分かっていてなぜ負けたか?答えは簡単で単にダメージ量の需要と供給が反比例したから。
「『やった!勝った!』」
やっぱ負けたかと納得している俺を余所に勝利の余韻に浸る茜とお袋
「俺の負けだ。罰ゲームの内容を言ってくれ」
死人に口なしならぬ敗者に口なしだ。甘んじて罰ゲームを受けるとしよう
「『あ、忘れてた……』」
「そうか。なら、罰ゲームの話はなかった事に」
忘れててくれたのは俺にとって好都合だ。外出組が戻って来る前に片づけをしようと立ち上が────
「『待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』」
れなかった。立ち上がろうとしたところで茜に腕を掴まれ阻止された
「何だよ?」
「忘れてない! 忘れてないから罰ゲーム受けて! お願い!」
『お母さんからもお願い! 罰ゲーム受けてよ!』
そう言って頭を下げる茜とお袋。罰ゲームってお願いして受けるものだったか?
「分かった! 分かったから離せ!」
「『うん……』」
茜達の勢いに負けた俺はとりあえずもう一度その場に座る。罰ゲームをなかった事にしようとしただけなのに大人二人が半べそ……ラノベでもこんなキャラいねぇぞ?
「罰ゲームの内容を言うなら外出組がいない今を置いて他にない。さっさと言ってくれ」
外出している零達にバレると後が面倒だ。『アタシ達とも勝負しなさい!』とか言い出すに決まってる
「じゃあ、遠慮なく。まずは私からだよ」
ん?今なんつった?まずは私から?罰ゲームって一つじゃなかったのか?
「罰ゲームは一つじゃなかったのかよ……」
『お母さんと茜ちゃんはチームだけど、きょうにしてほしい事は別なんだよ?一つなわけないじゃん』
「グレー、バカなの?」
コイツ何言ってんだ?と言わんばかりの目で俺を見るお袋と茜。敗者の俺が何を言っても負け犬の遠吠えになるから言及は避けるけど、そういうのって普通最初に言いません?
「バカだよ。んで?茜が俺にさせたい事ってなんだよ?」
反論するのすら面倒な俺は投げやりな感じで返す。バカなのは事実だからな!反論するだけ無駄だ
「何か投げやり……まぁいいや! 私からの罰ゲームはグレーが一週間、私をお姉ちゃんって呼ぶ事だよ!」
うわぁ……それ、由香の前でやったら確実に面倒な事になるやつじゃねぇか……
「マジで?」
「マジ!」
「それやらなきゃダメ?」
「ダメ!どこにいてもグレーは私をお姉ちゃんって呼ぶ事!いいね!?」
「せめて由香がいる前では止めない?」
「止めない! 敗者は黙って勝者の言う事を聞いていればいいんだよ!」
という茜の正論にぐうの音も出なかった俺は一週間、場所と時間を問わず彼女をお姉ちゃんと呼ぶ事に。次はお袋か……
「わ、分かった……。で?お袋は俺に何してほしいんだよ?」
大抵の罰ゲームは罰ゲームの対象者が滑稽な行動をさせられたり、苦役を課せられたりする場合が多いというのが一般的な考えだ。罰ゲームの対象となるものが心身に痛手を負ったり、場を白けさせるのはもはや罰ゲームに非ず。茜とお袋の場合は俺に滑稽な行動を取らせたり苦役を課すのが目的じゃなく、自分の願望を叶えたいだけだろう。だからこそ彼女達が言う罰ゲームはテレビでやる罰ゲームよりも遥かにキツイ場合があり、俺は内心、怯えながら尋ねた
『きょうに早織って呼び捨てで呼んでほしい。期限は……きょうが死ぬその時まで』
これを聞いた俺は言葉が出なかった。時間が止まったかのような錯覚に陥り、思考は停止。当たり前だ。自分の母親を下の名前で呼んだ挙句、呼び捨てだと?どこぞの嵐を呼ぶ五歳児なんて母親を呼び捨てにしたら拳骨かグリグリ攻撃を食らってたんだぞ?親なら確実に怒るような愚行を俺にしろと?
「罰重くね?」
『重くないよ~。零ちゃん達は呼び捨てで呼んでおいてお母さんは呼び捨てで呼べないの~?』
「当たり前だ! 実の母親を呼び捨てで呼ぶバカがどこの世界にいるってんだよ!?」
自分の親を呼び捨てで呼んで許されるのは小説の中だけだ。現実は違う
『ここにいるよ! きょうがそうだよ!』
「いやいや! 俺は違うよ?小さい頃はお母さん呼びだったし今はお袋呼びだろ!?」
『ごちゃごちゃうるさい! 敗者は勝者の言う事を聞くの!』
と、お袋にも勝者の特権を使われ、敗者の俺は抵抗虚しく茜を一週間お姉ちゃんと呼び、お袋は……この先ずっと早織と呼ぶ事が決定したのだった
時は戻り現在────。あの罰ゲームを実行したその日はそりゃもう大変だった。由香の前で茜をお姉ちゃんと呼んだら『あたしは呼んでくれないくせに茜さんだけズルい!』と猛反発。お袋を早織呼びすると零達から『え?マジで』みたいな目で見られ、気まずくなった。どちらも事情を説明して納得……させた。
『え~! いいじゃん! 母と息子のスキンシップなんだからさ~』
それが一週間前半永久的に自分を呼び捨てで呼べと言った母親の台詞か?こういう時だけ母親を強調するな
「俺の母親って自覚あるなら呼び捨てで呼ぶの止めていいですかねぇ……」
『それはダメ! 私はきょうの母親だけどその前に一人の女なんだから!』
「逆だ!逆! 一人の女である前に俺の母親だろ!? つか、自分の母親を呼び捨てにするだなんてどう見ても普通の親子じゃねぇだろ!」
普通の親子は息子を呼び捨てで呼んでも逆はない。あっても母を『~さん』『~ちゃん』って呼び、父を『~くん』って呼ぶ程度。後は渾名とか?何が言いたいかというとだ、渾名やさん、ちゃん、くん付けで呼ぶ家庭はあっても親を呼び捨てで呼ぶ家庭はないって事だよ
『普通だよ! きょうとお母さんの間じゃね! ねぇ?零ちゃん達もそう思うよね!?』
お袋は唐突に今まで無言で俺を睨んでいた零達に話を振る。頼むから俺の味方をしてくれよと願いを込め、こちらを睨んでいた彼女達を見つめるが……
「そうですね。アタシは普通だと思います。というか、早織さんはいい加減お兄ちゃんから離れてください」
「「「「零ちゃんに同意!!」」」」
現在進行形でこっちを睨み続ける零達。皆さん?お袋が俺に触れられないの解ってますよね?
『嫌だよ~。私ときょうは一心同体なんだから~』
お袋は零達へ向けてアカンベーをすると触れもしないのに俺に抱き着いてきた。その光景を見た零達は……
「「「「「ぐ、ぐぬぬ……」」」」」
悔しさを顔いっぱいに滲ませ、唸りながらお袋を睨む。女の争いに巻き込まれた俺は────
「こんな事になるなら罰ゲーム付けなきゃよかった……」
ぼんやりと天井を見つめ、一週間前の行動を後悔していた。
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