「恭、さっさと吐いて楽になりなさい」
ひょんな事から零達に囲まれ、普段と寸分違わぬ反応を返すも逆に彼女達を怒らせる結果となってしまった。俺が正直に感想を言わないのは日常茶飯事だから彼女達も深く追求する事はせず、なぁなぁな感じで流れ、そんな折、我が担任である東城藍が泣きそうな顔してとんでもない爆弾を投下、今に至るのだが、俺に彼女なんていた事はなく、正直に吐けと言われても困る
「楽になるも何も俺に彼女なんていた事なんてない!」
プールという場所で水着姿の女性六人に囲まれる。男なら誰もが羨むであろうこの状況は傍目からしたらハーレム状態で鼻の下が伸びっぱなしになる事受け合いだろう。当事者たる俺からしてみれば誰かに変わってほしいくらいだ
「キョウクン、ウソハイケマセンヨ?ホントウハカノジョイタンデショ?」
ヤンデレ化している闇華はなぜかカタコト。暗い部屋なら恐怖でしかなく、軽くトラウマになっても何ら不思議じゃない。俺は明るく大勢の人がいるプールでも怖いぞ……
「本当に彼女なんていなかったんだけどなぁ……」
自慢じゃないけど中学の頃は学校にも行かず引きこもってるかお袋が生きていた時は日々看病に追われていて外に出て遊ぶ暇などないに等しく、家にいる事の方が多かった俺に彼女なんて出来るはずなどない。彼女はおろか同性の友達すらいなかったというのに
「恭くん、私達に気を使わなくていいんだよ?もし恭くんに付き合ってた人がいたとしても私達は気にしないから」
慈愛の表情を浮かべ、言い聞かせるかのように言ってくる琴音はまるで聖母のように見える。何で俺に彼女がいた前提で話を進めようとしているのかは知らんけど
「何で俺に彼女がいた前提で話を進めるんですかねぇ……」
零と闇華にも言える事だけど、何で彼女がいた前提で話を進めるんだ?
「それは恭ちゃんが優しいからだよ。見ず知らずで初対面の零達を拾ったり、いきなり押しかける形で来た私を嫌な顔一つせずに受け入れてくれたり……。普通はそんな事出来ないよ?」
東城先生、それは暗に俺が普通じゃないって言ってません?気のせいでしょうか?
「それについては毎度毎度言ってるだろ?同居人達を受け入れたのは単に部屋が広すぎて余ってたからだって」
これを言うのは何度目になる?最近は外の暑さや学校に通学しているというのもあってか俺が誰かを拾ってくるだなんて事はめっきり減り、これを言う機会があまりなくなったが、東城先生達を受け入れたのは単に部屋が広く余っていたからでそれ以上でもそれ以下でもない
「それでも恭クンは優しいよ。私に至ってはお父さんの仕事をお世話してくれたんだから」
飛鳥、それも偶然なんだよ。爺さんが何を思ったかトラックのドライバーを探していたところに飛鳥の親父達が職を失っていただけなんだ
「俺は飛鳥の親父の仕事を世話した覚えはないんだがなぁ……」
よく言えば職を失った飛鳥の親父達に仕事を紹介した。でも、悪く言うのなら無職の連中をまとめて爺さんに押し付けた。捉えようによっては俺のした事というのは最悪だとも言える。というか、飛鳥達が毎回始めた会った時の事や家に入居する事になった時の話をするのは何でだ?
「灰賀君からしてみればそうかもしれないけど、内田さんからしたら君がお世話をしたも同然に見えるんだよ。先生なんて付き合ってた人に夜逃げされた挙句お金まで盗られ、聞く人が聞いたら笑うだろうし、厳しい親が聞いたら勘当か実家に引き戻されても不思議じゃないくらい情けない先生を拾ってくれたんだから相当優しいと思うよ?」
「は、はあ、ありがとうございます」
俺が優しい人間なのかなんてのは自分が決めるのではなく、人が決める事だ。飛鳥やセンター長がそういうならそうなのかもしれない。実際はどうなんだろうな?
「灰賀殿、拙者に関しては住む場所だけではなく、命まで救って頂いたでござる……。大元は拙者が過去に載せたプリクラだったというのに灰賀殿はそれに関して一切何も言わず、守ってくれた上に住む場所までくれた、感謝してもしきれないでござる……、そんな貴方様が優しくないわけがないでござろう!」
盃屋さんの一件は確かに彼女にも非はあった。声優という人に夢を与える職業に就いてる人間が軽率にプライベート────それも異性とのプリクラをブログにアップしたらどうなるかだなんて火を見るよりも明らかだ。そんな彼女を何で責めなかったか?それは盃屋さんだって人間だ、恋愛をする権利も異性と遊びに行く権利もあり、年頃の女性だからだ。って、東城先生とタメであろう盃屋さんにこんな事言うのは失礼か
「お前達がそう言うなら俺が優しいって事でいいけどよ、そんな俺は自慢じゃないが、中学時代は部屋に引きこもってばかりだった。まぁ、ちょっとした事情はあったにしろ外に出る機会なんてほとんどなく、異性どころか同性の友達すらいなかった俺にどうやったら彼女が出来るってんだよ」
盃屋さんの前だからお袋が亡くなった事は伏せ、中学時代の状況を話す。俺は中学時代に友達がいなかった事を嘆いた事はなく、別にいなくてもいいとすら思っていたから哀れまれる謂れはない。むしろ中学の友達なんて邪魔なだけだ
「恭が引きこもったのってあたしのせいでもあるんだよね?」
中学時代の俺は由香に興味がなく、彼女の認識などその辺の石ころ。たまーに絡んできた時はハエか蚊程度にしか思っておらず、瀧口と結託し、お袋の形見を奪った時は殺意が沸いた。そんな由香が過去の事を気にしている。今更だろ……、だって俺はこれ以上クラスの連中から得られるものなどないと思ったから学校に行くのを止めたんだから
「違うんだけど……」
「え?違うの?」
「うん、違うよ?俺が学校に行かなくなった理由は家庭の事情とクラスの連中に飽きたからだぞ?」
「え?」
「え?」
由香の口ぶりから俺が引きこもりになったのは自分のせいだと思っていた節があるのは明白だ。詳しい事は覚えてないけど、俺が学校に行かなくなった時期がちょうどお袋の形見を盗られた時期と重なってたとしたらタイミング的には由香のせいで学校に来なくなったという構図になってたんだろ
「だ、だって、あたしと祐介が結託してネックレスを盗った次の日から恭は学校に来なくなったじゃない?」
そんな事言われましても……学校に行かなくなったのは認めるとして、その時期がいつからかだなんて覚えてるわけないだろ……
「学校に行かなくなった時期なんていちいち覚えてねーから。つか、この際だから中学時代に俺が由香をどう思ってたか言うけどよ……」
「う、うん……」
固唾を飲む由香と神妙な面持ちで構える零達の顔は真剣そのもの。中学時代の俺が由香をどう思っていたかって重要な事なのか?
「中学時代の俺は由香を何もなければその辺の石ころ、絡まれた時だって周りにハエが群がってるなぁ程度にしか思ってなかった。さすがに所持品を盗られた時は殺意しか湧かなかったけどな」
中学時代の認識を話すと由香だけじゃなく、零達まで無言になる。無言になったところで中学の頃はそう認識してたからしょうがない
「恭、アンタ酷い男ね」
「仕方ないだろ。当時のクラスメイトは普段人を邪険に扱うクセに行事となると仲間や友達だなんて戯言ほざいてくる連中しかいなかったんだからよ。特に合唱コンクールの時は学園ドラマみたいな展開を妄想したのか、俺に必ず来るって信じてるとかぬかしてきたんだぜ?めんどくさくなって切り捨てない方がおかしいだろ」
あの頃のクラスメイト達は揃いも揃って学園ドラマの見過ぎだろ……。日頃邪険に扱われて学校行事で協力すると何で思えるのか未だに謎だ
「もしかしなくても恭はあたしに興味なかったの?」
由香は悲しそうな顔で訪ねる
「そう言ってるだろ。由香に限らず瀧口にもその他の連中にも全く興味なかった」
由香は同じ学校、義理の姉という事で現状を知ろうと思えば知れる。夏希さんからでも親父からでも。瀧口は……今何をしてるんだろうか?学校が同じだとはいえ関わる機会が少ないから彼の現状など知る由もない
「そ、そんな……」
興味がなかったとハッキリ言われたショックからなのか由香はガックリと肩を落とした
「興味なかったものはなかったんだからしょうがないだろ?」
オーバーキル。俺が由香にした事を一言で表現するならこれが一番最適な言葉だろう。別の言い方をすると死体蹴りだな
「今回ばかりは由香ちゃんに同情します」
闇華の意見に無言で頷く零達。え?俺が悪いの?何はともあれ、俺に彼女がいたって話を長引かせるといなかったと嘘吐くなの応酬になるからここらで終いにしよう
「まぁ、何だ?俺は生まれてから一度も彼女なんていた事ねーから」
俺はそれだけ伝えると零達の包囲網を抜け出して更衣室へと向かった
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