理解し難い話、信じ難い話ではあったが、疑うと話が前に進まないからスルー。でも言う事は言っとくか
「万が一を考えて注意してくれんのは嬉しいが、この事は早織に言うぞ?」
霊圧とかオカルト関係の話は俺よりも母・早織の方が詳しい。霊圧が意志を持ったって話も聞いた事あるかもしれない。言っておいて損はないだろ
『別にお袋に言ってもいいが、ぜってぇ信じねぇぞ』
「どうしてそう言い切れる?」
『霊圧で自我を持ったのは俺が初めてだからだ。ハッキリ言うが、お前がお袋に俺の話をしたところで信じちゃもらえねぇよ』
「理由を聞いていいか? そう言い切るって事は何か理由があんだよな?」
自分の事は自分が一番解ってる。俺は理由もなしに相手の意見を否定しない。絶対に何かの理由があるはず
『俺の自我が芽生えたのは姉ちゃんが亡くなったと知らされた時だって言ったよな?』
「ああ」
『その時俺が最初にしたのはお袋の霊圧に話し掛ける事だ。お前が幼かったって事は俺だって幼かった。自分と同じような人がいるかもしれないと思ってお袋の霊圧、親父の霊圧とお前に近しい人間の霊圧に片っ端から話掛けた。だが……』
もう一人の俺は苦虫を噛み潰したような顔で俯いた。聞かされている話は完全に中二病かヤバい奴が好みそうな内容だ。霊圧が自我を持ち、人の霊圧に話掛ける。信じられねぇ。アニメやラノベじゃあるまいしと切り捨てるのは簡単だが、早織が神矢想子の一件以来霊圧が安定してないと言われてるんだ、コイツの話を最後まで聞く価値はあると思う
「…………誰も答えてはくれなかったのか?」
『その通りだ。よく分かったな』
「何となくそんな気がしただけだ」
“お前がお袋に俺の話をしたところで信じちゃもらえねぇよ”この言葉だけで大体の事は察せる。霊圧だからややこしい話になるが、これが例えば犬とか猫だったとしよう。自分の飼い犬や飼い猫が突然喋りだしたと言ったところで信じる大人は誰一人としていない。いても子供の頃の夢を捨てきれないとか、純粋な人だけだ。つまりだ、俺が目を覚まし、早織や神矢想花に夢で自分の霊圧が自我を持ち、会いに来たといったところで信じはしないだろう
『さすが俺。察しがよくて助かる』
「俺がお前の立場だったらって考えた結果だ。察しはよくねぇぞ」
相手の立場になってものを考えろ。これは昔爺さんに教わった事だ。相手の立場になってものを考え、交渉する。そうしたら自然とWINーWINな結果になるらしい。爺さんの過去を詳しくは知らない。だが、相手の立場になってものを考えるだけが全てじゃないと俺は思う。例えば、自業自得で悲惨な状態になってる奴がいたとしよう。ソイツの立場に立って考えた時、助けてほしいと思うのは当たり前だ。じゃあ、第三者から見てそれが正しい行動なのかと聞かれればそうじゃない。転んでケガしてみないと分からない事もある
『普段はスケベなジジイの教えもたまには役に立つんだな』
「そうだな。スケベジジイの教えがなかったら話が長引くところだった」
『全くだ』
俺達は二人揃って頷いた。こんなところでスケベジジイの教えが役に立つとは思わなかった。爺さんの存在は俺にとって非常に有難いものだ。内田父の職問題や星野川高校の新校舎問題など、助けられた部分が多い。あの人がいなかったらと思うとゾっとする。普段はどうしようもないスケベだけど
「話が終わりならもう目覚めてもいいか? 零達が騒いでたらめんどくさい」
俺が眠ってから何時間経ったかは分からない。だが、前とは違い、今回は零達の行動に制限がないから絶対に面倒な事になっているとは思う
『零達が騒いでたら面倒なのは同意だが、まだ話してねぇ事がある』
「何だよ?」
この期に及んでまだ何かあんのかよ……
『お袋が言ってた霊圧が不安定だっつー話だけどな』
「ああ」
『アレは特に気にする必要ないが、俺もお前も過去に二度大切な人を失ってる。命や幽霊に関係する騒動にはなるべく関わるな。極力加減はするが、マジでブチギレた時は……分かってるよな?』
そう言ってもう一人の俺は胸倉を掴んできた。カツアゲされてる気分だ
「分かってる。ゴールデンウィークの二の舞になるんだろ?」
『その通りだ。下手すりゃもっと酷い事になるだろうな』
「うわぁ……それだけは避けてぇ……」
ゴールデンウィークの時だって蒼と殴り合いの喧嘩をしてあの後面倒だったんだ。あの時以上に悲惨な状況とか考えたくねぇ。是が非でも回避したいところではある
『だろ? だったら命や幽霊に関係する騒動にはなるべく関わるな。どうしても必要だって言うなら仕方ねぇが、自分から首突っ込んでいく必要はねぇ』
もう一人の俺が言ってる事は正しい。必要なら仕方ない部分が大きい。だが、自分から首突っ込む必要は全くない
「分かった。それはそれとして、いい機会だから聞いておきたい事があるんだが、いいか?」
『んだよ?』
「どうして姉ちゃんが亡くなったと知らされた日を最後に幽霊が見えなくなり、神矢想子の一件で再び見えるようになったんだ? 俺が小二の時の担任にした取り返しのつかない事って霊圧を使ってやった事だろ? 早織や曾婆さんの話じゃ俺の霊圧────いや、お前は街一つ破壊できるらしいじゃねぇか。それが何だって一時的にとはいえ、急に鳴りを潜めたんだよ?」
早織は自分が抑えてきたと事ある事に言っている。だが、よく考えるとおかしい。聞いた話じゃ俺は街一つ壊せる程の霊圧を持っているらしい。だったら俺自身はもちろん、それを抑えてる側にもかなりの負担がかかるはず。しかし、早織が負担を感じている様子はなく、俺も俺で違和感すら感じてない
『あのままだったら面倒だと思ったからだよ』
「面倒?」
『ああ────』
ここで俺の意識は夢から現実へ戻された。正直、もう一人の俺が何を言ったのか、言いたかったのかは分からない。話の内容も信じられないものだった。だが、分かった事もある。もう一人の俺は由香や神矢想子と言った俺に昔何かの形で因縁があった奴の同居するあるいは急接近したら出てくる。今回の収穫はこのくらいだ
「あれは結局夢だったのか?」
琴音の部屋の寝室。夢じゃないらしいが、自分がいる部屋に誰もいないと俺はまだ夢を見ているんじゃないか? と錯覚してしまいそうだ
『きょう、おっは~』
『おはよう、恭様』
前言撤回。早織と神矢想花に左右陣取られてたから夢じゃねぇわ
「あ、ああ、おはよう。いつの間にか寝てたみてぇだ」
夢の中でもう一人の俺に会った事、そこでした話を彼女達にすると確実に面倒な事が起こると踏んだ俺はとりあえず気が付かないうちに寝落ちしてた体を装った。
『うん~、お母さん達が入ったら寝てたよ~』
『本当、よく寝るわね』
早織は柔和な笑みを浮かべ、神矢想花は呆れたような顔でこちらを見る。俺だって寝たくて寝たわけじゃねぇんだが……。言い訳をしたところで寝ていたのには変わりない。甘んじて小言の一つでも受け入れるとしよう
「まぁな。ちょっと疲れてたみたいだ」
疲れていたのは事実。これは言い訳じゃない
『そっか~、疲れてたなら仕方ないね~』
『事情を知ってるだけに何も言えないわね』
早織はともかく、神矢想花がチョロい。小言言われないからチョロいのは大いに助かるんだけどよ
「色々あったからな。たまには泥のように眠りこけるのもいいだろ。いつも怠いとかめんどいとか言ってっけど、今回はマジでしんどい事が多かったからな」
かくれんぼの事、かくれんぼ再開の事、神矢想子同居決定の事と四日間しかないスクーリングで俺にとって楽しくも何ともないイベントが目白押しだった。みんなで協力してだったらともかく、負担が全部俺一人とかブラック企業も真っ青だ
『そう……だね……』
『恭様には休息が必要なのかもしれないわね……』
いつもは笑みを浮かべる二人が今回に限っては複雑そうな顔をした
「何だよ? いつもは笑顔で同意するのに今回に限って」
『う、うん……、ちょっと……ね』
『私達にも思うところはあるのよ』
「何だよ? それ」
俺は二人の言ってる意味が分からず頭に疑問符を浮かべるしかなかった。もう一人の俺といい、幽霊二人といい……シリアスな感じを出さないでくれよ……
「何なんだ……?」
俺は彼女達がどうしてそんな顔をするのか意味が分からず、ただ見つめるしか出来なかった。それにしても……
「姉ちゃんが亡くなってもう八年か……」
姉ちゃんの不幸を知ってから八年。手紙は貰ったが、未だに彼女が死んだという事実が受け入れられそうにない。口では受け入れたと言っても本心じゃ受け入れられてない。実際にその現場を見てないから。姉ちゃんの友達だっていう女性三人組から手紙を貰っただけなんだ、信じられないのも当然と言えば当然か
「俺が誰かを好きになってもいいのかねぇ……」
もう一人の俺はお前だって誰かを好きになっていいんだって言ってた。恋をするのが怖いわけじゃない。ただ、自分が誰を好きなのかが分からないだけだ。高校に入ってから異性と出会う確率が高くなった。同時に一緒に住む確立も。目まぐるしく異性と出会い、同居する。環境の変化について行けない……
「一度零達から距離をとって考えた方がいいのかもしれないな」
茜騒動の時は一人の時間が欲しくて早織を拒絶した。だが、次は零達と真剣に向き合うために一人になった方が良さそうだ。
「恋ってこんな難しかったか?」
俺は天井を見つめながら恋愛について考えたが、答えは出なかった。零達の中からいずれ誰か一人を選ばなきゃいけない時が来たらズバッと選べるのか? 先行きを考えると不安しかなかった
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