修羅場を何とか切り抜け、数時間が経過。気が付けば午後十時。子供はお眠の時間。そんな中……
『いい時間だから幽体離脱始めよっか~』
「「「「「「「わくわく、わくわく」」」」」
今まさに幽体離脱が行われようとしていた。その前に……
『するのはいいんだけどよ、布団とか敷かなくていいのか?どんな体勢でするのかは知らんけど』
体勢はともかく、布団を敷くのが先じゃね?
『あっ、そうだね! これ寝た状態でやるから布団敷くの先だね!』
幽体離脱って寝た状態でやるのな。俺初めて知ったよ。布団敷いた方がいいんじゃないか?って言っといてなんだけど
『お袋……』
おいおい、しっかりしてくれよ……
『てへっ! お母さんウッカリ☆』
頭を小突き下を出すお袋だが、いい歳した大人がそれをしても全く可愛いとは思わない
『可愛い子ぶるな。ったく……』
自分の母親が可愛い子ぶったところで全然ときめかない。むしろ痛い人だとしか思えない
『む~! ちょっとはときめいてよ~!』
『何が悲しくて自分の母親にときめかにゃならんのだ! つか! そういうのはドジっ子や天然系女子がやって初めて可愛いと思えるんだよ!』
別にドジっ子や天然系女子が好みというわけじゃない。ただ、やって絵になるのはそう言った女子だと思ってるだけで。で、零達は零達で『ドジっ子になろうかな……』とか『天然系女子になろうかな……』とか言うの止めてね?
『むぅ~……』
『剥れてもダメだ』
零達の発言をガン無視し、俺は剥れるお袋を軽く往なす。
『ちぇっ! きょうのバカ……』
何だ?主人公に片思いしてる的ヒロインみたいな反応は。
『バカで結構。そういうわけで各自準備に取り掛かるように』
俺は指示だけ出し、部屋を後にした。幽体離脱を教えるのはお袋だ。俺がいる必要はない。さて、どこに行くかな
恭ちゃんが部屋から出てすぐ私達は各自で自分の布団を敷く作業に取り掛かった。
『むっすぅぅぅぅ~! きょうのバカ……。本当にバカ……』
作業中、早織さんはずっと不機嫌オーラ全開。溺愛してる人から軽く往なされたら私だってああなるから気持ちは解かる。でも、同性の私から見ても早織さんは人妻で子持ちとは思えないほど可愛いと思う
「早織さん……」
私は自分の布団を敷き終え、次の指示を仰ごうと早織さんに声を掛けた
『あっ、布団敷き終わった?』
「はい。私は敷き終わりました。次は何をすればいいでしょうか?」
『次はね~────────』
「アタシ達も終わったわよ」
早織さんが指示を出そうとしたところで零達が来た。布団を敷くだけだから大した時間は取られないか
『おおっ! ナイスタイミング! 全員終わったようで何よりだよ!』
さっきの不機嫌オーラはどこへやら。早織さんは満面の笑みを浮かべる
「それで、次は何をすればいいですか?」
『じゃあ、各自自分の布団に入って』
「「「「「「「分かりました」」」」」」」
私達は早織さんの指示に従い、各々の布団に入る。今のところ単に布団に入って寝ようとしているだけにしか思えない。こんな事で本当に恭ちゃんと同じ状態になれるのかと不安が頭をよぎる
『全員布団に入ったところで、自分の身体から意識だけを抜き出すイメージをしながら目を閉じて』
意識だけを身体から抜き出す……言葉だけじゃピンと来ない
「えっと、言葉だけじゃピンと来ないので具体的にどんな感じでやればいいのか教えてもらっていいでしょうか?」
『えっと……具体的にって言われたら困るんだけど……気持ち的には意識が遠のくっていうの?ジュースだったらストローでジュースだけを吸い出すイメージっていうのかな?とりあえずそんな感じ!』
そんな感じって……、説明が雑……。ストローでジュースだけを吸い出す……つまり、私の身体をコップに置き換えて……、そこから魂だけを吸い出す……。
「よく解からないけど、やるしかないよね……恭ちゃんに触れるためにも」
目を閉じて早織さんに教えられた通りストローでジュースだけを吸い出すイメージをする。
『ん……何か浮いてる……』
謎の浮遊感に襲われ目を開けると身体が浮いていた。
『藍ちゃん! 上手くいったね!』
『え?』
上手くいった。早織さんは褒めてくれているようだけど、何がどうなっているのかサッパリ分からない
『あっ、そっか、まだ自分が幽体だって分からなかったか……藍ちゃん、下見て』
早織さんに言われるがまま下を見る。すると……
『え?私の身体?』
下にあったのは自分の身体だった
『うん! そうだよ! 今の藍ちゃんはきょうと同じ幽体だもん!』
『え?じゃ、じゃあ……』
『幽体離脱成功だよ!』
幽体離脱成功という事は恭ちゃんに触れられるって事?
『や、やった!』
普段泣く事のない私だけど、この時は本気で泣いた。それほどまでに恭ちゃんと触れ合いたかったから。それから零達も幽体離脱に成功したようで感激で涙を流したり、大声で喜んだりしていた
『さてさて、感激するのはこれくらいにして、きょう探そっか』
感激に浸っていたところで早織さんから恭ちゃん捜索の指示が
『『『『『『『はい!』』』』』』』
私達は早織さんの指示に二つ返事で返し、部屋を出た。ちなみに、幽体だからドアを開ける必要なんてなく、幽体離脱している最中、身体に対して命にかかわるような危害がなければ彷徨う事はほとんどないという話は部屋から出た後でされた
部屋を出た俺が最初に向かったのはゲームコーナーだった。
『っつっても……触れないんじゃなぁ……』
ゲーム機から流れる爆音は聞こえど触れられないんじゃプレイする事が出来ない。目の前にあるのに触れないというのは何とももどかしい
『お袋もこんな気持ちだったんだろうな……』
お袋の場合は神矢の一件で再開するまでずっと俺を見ているだけだった。触れないだけじゃなく、話しかけられすら出来なかった。もしかしたらしなかったのかもしれない。でも、目の前にあるのに触れないもどかしさを味わってきたんだろうと俺は思う
『寂しい思い……させちまったかな……』
中学の頃、お袋がまだ生きていた頃の話だ。当時のお袋は親父がいるにも関わらず寂しいと言っては俺の部屋へやって来た。挙句の果てには部屋にあったゲームを勝手に始めたんだからビックリ! 病で床に伏した頃からは俺がお袋の部屋に入り浸るようになったが、今思えばお袋はもしかして寂しかったのかもしれない
『寂しい思いなんてしてないよ~?』
感傷に浸っているところで背後からお袋の声がし、振り返る
『お袋……それに零達も……』
振り返るとお袋と零達の姿があった
『なーに感傷に浸ってるのよ!』
『そうですよ! 恭君! せっかく人とは違う体験をしているのに楽しまなきゃ損ですよ!』
『零……、闇華……』
『恭クン! 一人になった時にネガティブ思考になるのはキミの悪いクセだよ?』
『飛鳥……』
俺を励まそうと零達は明るく声を掛けてくれた。確かに彼女達の言うように人とは違う体験をしているのだから楽しまなきゃ損だし一人の時にネカティブ思考になるのは俺の悪いクセだ。
『恭ちゃん、私が言いたい事は零達に言われた。だから担任である私からは一言だけ』
『東城先生……』
ほんの数時間前まで酔っぱらっていた人と同一人物だとは思えないくらい真剣な表情の東城先生。この人、教師だったな。しかも、俺の担任。きっといい事を言ってくれるに違いない
『小学生の頃、早織さんに唇を奪われたという話を詳しく聞かせて』
前言撤回。場の空気が凍った挙句、全てが台無しになった
『それについては話終わったよな?』
俺が言えるのはこの一言が精一杯だ。
『うん。寝てる時にされても身に覚えがないって言われたね』
『だったら蒸し返さなくてもよくない?実際、俺だってお袋にキスされたって認識はないわけだしよ』
寝ている時に何かをされたという認識があるって言う奴がいたら連れて来てほしい
『恭ちゃん本人がそう言っても私や零達は納得してないよ?』
何を言ってるのやら……そう思い、零達の方を向くと────
『『『『……………』』』』
ハイライトの消えた目で俺を見つめ、微笑んでいた
『えっと……俺、当時小一、寝てた。キス、身に覚えない。お袋が言ってるだけで証拠がない』
カタコトの言い訳にしか聞こえないのは承知で弁解と証拠がない事を主張してみた
『お母さんがきょうにキスしてる写真だったら捨ててなければだけど、家にあるよ~』
『『『『『見たい!!』』』』』
だが、お袋が投下した爆弾により状況は悪化した。
『アルバムは一応、家に持ってきたぞ?』
親父をぶん殴った日にアルバムの類は持ってきた。だから今更実家に行ってもアルバムの類はないはずだ。
『それはきょうの持てる範囲ででしょ~?まだあるよ~』
『マジかよ……』
『うん。マジ~。という事で今から実家に行こうと思うんだけど、異論ある人挙手~』
異論がある人の挙手を募ったが、抵抗しても無駄だと知ってる俺は手を挙げず、俺の修羅場という面白イベントが大好きな双子も当然挙手はしない。零達は見たいと言ってるので言わずもがな。センター長は『昔の灰賀君……』と言ってトリップしている
『はい、じゃあ、全員賛成という事で~』
満場一致で俺の実家、もとい由香の家へ行く事が決定。ただし、幽体離脱したまま。一応、終電はまだある。夜分にアポなしで訪問するという事、幽体離脱した状態での長距離移動の練習という事でこのままの移動ってだけなんだけどな
ゲームコーナーを出てからは早かった。信号待ちをする必要がなく、さらに言うと移動が徒歩や車、公共の交通機関ではなく浮遊。普段なら待ち時間込みで三十分は掛かるところ、ほんの五分足らずで実家へ着いた
『着くの早くね?』
実家を前に俺は一言呟く。
『当たり前だよ~、歩きや車じゃないんだから~』
この中で幽霊歴が長いお袋が言うと妙に説得力がある。当然の事と言えば当然なんだけどよ。釈然としない
『その通りだが、それにしても早すぎるだろ……』
浮いてるからと言われてしまえばそれまでだが、それを考慮しても早すぎる
『そう~?浮遊での移動だとこんなものだよ~?』
『さいですか』
俺に憑いてた時はどうしてたんだよ?という言葉をグッと飲み込む。それを聞いたら話が長くなるような気がしてならない
『灰賀君! 早くお家入ろ?先生、灰賀君の小さい頃見たい!』
『そうですよ! 早く恭さんがおねしょした時の写真を見せてください!』
『ヘタレが干された布団を前に泣く姿……俄然興味が湧いて来た』
センター長はいいとして、蒼と碧。何で俺の幼少期の写真がじゃなくておねしょ写真限定なんだよ?そんなのあるわけねーだろ!え?ないよね?
『センター長はともかく、双子。何でおねしょ写真に的を絞った?ん?』
『『面白そうだから!!』』
この双子は性格が悪い。しみじみと思う。
『『『『おねしょ写真……ポッ……』』』』
零達は零達で何想像してんだよ……?おねしょ写真で顔を赤らめるな
『恭ちゃんのおねしょ……懐かしい……』
東城先生?昔を懐かしむのは構いませんが、何でおねしょという単語と懐かしいという単語を一緒にしたんですか?
『はぁ……』
俺の溜息は夜の闇へと消えた。
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