「朝か……」
朝、爽やかな朝日に照らされて俺、灰賀恭は目を……覚まさなかった。理由?そんなの決まってるだろ?俺が今住んでるのはデパートの空き店舗。その最上階であるシネマコンプレックスの十四番スクリーン。一番奥の部屋だ。場所の事はこの際気にしないとして、問題なのは隣で俺の腕に抱きついて能天気に寝息を立ててる奴にあった
「すぅ、すぅ……」
現在俺の隣で寝ているのは昨日拾ったツンデレ系女子・津野田零。どうしてコイツが俺の隣で寝ているのかは昨日の夜に遡る────────────────
昨日の夜。風呂に入った後の事だった
「とりあえず、風呂にお湯が張ってあった理由やガウンがあった理由は後で聞くとして、夕飯どうする?」
大浴場で一風呂浴びた俺達は部屋に戻ると冷蔵庫がないという現実に直面した。
「そうよね。冷蔵庫がない以上コンビニで適当に買ってくるのが無難でしょうね」
零の意見は至極当然のものだった。冷蔵庫の一つもない以上食材を買っても使わなかった分は無駄にしてしまう。ならばコンビニかスーパーで出来合いの惣菜や弁当を買ってきた方がまだマシというもの。それにも大きな問題がある
「零の言う通りコンビニで適当に買うのはいいとしてだ。ここにはゴミ箱すらないんだぞ? 出たゴミはどうする?」
そう、この部屋には文字通り何もない。テーブルもなければコップもない。当然ながらゴミ箱の一つすらも。そんな場所でゴミが出ても捨てる場所がない
「そんなの! 袋に詰めれば────あっ、この部屋ってゴミ箱すらなかったのよね」
「その通りだ。この部屋には何もない。だからコンビニで弁当を買ってきて食い終わったのは買った時の袋に詰めたとしても捨てる場所がないんだよ」
「困ったわね」
「ああ、困ったな」
二人顔を見合わせ夕飯をどうしたものかと考えた。何もない部屋で飯を食べるというのはこの上なく不便だ。テーブルの一つもないから買ってきた弁当は床に置くしかない上に万が一零したら拭かなきゃならない。しかし、拭くための雑巾すらない
食べた後に出たゴミの処理等の事を考え面倒になった俺達は結局外食にした。無一文の零は金を持ってるわけがないから当然、俺の奢りだ。と、夕飯の事はいいとして、話は寝る少し前にまで飛ぶ
夕飯を外食で済ませ、コンビニで500ミリリットルのジュースを買って戻ってきた俺達は就寝の準備をした。問題に入る前に布団の事と寝床の事について
「零、これからリネン室行くんだけどよ、手伝ってくれないか?」
テーブル等の家具はないものの、リネン室に布団があるのは風呂に入る前に確認済みだった。布団を用意してるなら家具の一つや二つ用意しておけって話なんだけどな!
「アンタ! 女の子に布団持たす気?信じらんない!」
零は何故自分が布団を持つ事前提で話を進めるのか理解に苦しむ。
「どうして零が布団を持つ前提で話をするんだよ!」
「だって! アタシは住まわせてもらってる身なのよ!? だったら恭が枕やシーツ等の軽いものを持ってアタシが布団を押し付けられると思うじゃない!」
自分の立場を弁えているのはいい事なんだけど、だからと言って自分が扱き使われる前提で話をするのは止めてほしい
「俺はたとえ居候だとしても自分より立場が下の奴に理不尽な要求や無理難題を押し付けたりしないっつーの! ただ、ここは広いし布団と枕二人分を持ってくるのはキツイから手伝ってもらおうと思って声掛けただけだ!」
「なら最初からそう言えばいいじゃない!」
「手伝ってくれって言っただろ!」
と、まぁ、布団を部屋まで運び入れる前にこんなやり取りがあった。問題は布団を運び終えた後のになる
布団を運び終えた後、俺達は布団を敷く前に話し合う事があった。それは────────
「恭、部屋が八つあるけどアンタはどこで寝るの?」
寝る場所についてだ。しつこいとは思うが聞いてほしい。この部屋は元は映画を観る為のスクリーン。それを改装し、人が住めるようにした。部屋数の基準は知らんけど、ここには部屋が八つある。問題はどの部屋で寝るかだ
「あ? んなモン個室に決まってるだろ? ここは何もなく広いとはいえリビングだしな。それに、せっかく個室があるんだ、使わない手はないだろ?」
あるものは使う。俺はそういう男だ
「その意見にはアタシも賛成よ。でも、せっかく広いんだからここで寝ようとは思わないわけ?」
部屋が八つもあるのにどうしてリビングで寝にゃならんのだ?合宿じゃあるまいし
「思わないな。部屋数が足りないならともかく、今は俺と零の二人しかいない。なのにリビングで寝る意味なんてないだろ?」
「ぐっ! そ、それもそうね……」
俺の言葉に零は苦虫を噛み潰したような顔をした。こりゃ何かあるな……例えばそう! 夜一人になるのが怖いとか。
「だろ?俺は右下の部屋で寝る。じゃあな」
何かあるとは思いつつ俺は自分の布団セットを持って右下の部屋へ行こうとした
「ま、待ちなさい!」
右下の部屋に行こうとした俺を引き留めたのは他でもない零だった
「何だよ?俺寝たいんだけど?」
「は、春になって暖かくなったとはいえ、よ、夜はまだ冷えるじゃない?」
「ああ、そうだな。でも、掛布団被って寝るから大丈夫だ」
「そ、そうじゃなくて……」
「何だよ?」
「だ、だから! その……、えっと……」
ここにきて妙に歯切れが悪い零。一体何だと言うんだ?
「何だよ? もしかして一人じゃ怖くて寝られないのか?」
「………………」
てっきりこれまでのように『は、はぁ!? そ、そんなわけないじゃない! バカじゃないの!?』と反論されるものだとばかり思っていた。が、そんな俺の予想に反して零は無言でコクリと頷いた
「マジか……」
「わ、悪い!? 母親が蒸発し、父親がアタシに借金を押し付け失踪した今じゃ一人になるのが不安なのよ! 笑いたければ笑えばいいわ! いい歳して笑っちゃうわよね! 親がいなくなったくらいで一人になるのが怖いだなんて!」
ヤケクソとはこの時の零みたいな状態の奴を言うんだろう。しかし、両親が自分の身勝手な都合でいなくなった零からしてみれば一人になる事や孤独になる事が怖いという気持ちも理解出来なくはない
「別に笑いはしねーよ。ただ、今日会ったばかりの男を簡単に信用するんだなと思ってな」
普通ならその日に会ったばかりの人間を信用なんてしない
「そういうアンタこそ名前しか知らない女を簡単に家に上げたじゃない! 物を盗まれるとか思わなかったの?」
住み始めてからそれなりに時間が経過しているのなら俺だって警戒する
「住み始めてからそれなりに時間が経過してるのなら俺だって多少なりとも警戒はする。だが、今日初めて来た場所だと知っていて警戒する必要がどこにある?盗むモンなんて財布くらいしかないだろうけど、その中に入ってる金だって使えばなくなるだろ」
俺にとって……いや、人にとって金は大切なものだ。ただ、その金だって無限にあるわけじゃない。使えばなくなるし稼がなきゃ増えない。これは当たり前だな
「そ、そりゃそうだけど! アタシがアンタの財布を盗むとか思わなかったわけ?」
零が財布を盗む事を考えなかったわけではない。ただ、俺の財布を盗んで生活出来たとして三日が限界だ。もちろん、これはネカフェ等の施設を利用した場合に限るけどな
「考えなかったわけじゃねーよ。ただ、零は俺の財布を盗んでその金を何に使うんだ?」
「そ、そんなの! お父さんの借金を返すのに充てるに決まってるでしょ!」
自分の生活よりも親父の借金返済を優先させる。そうは言ってもなぁ……たかが十五のガキから盗んだ財布に借金を完済出来る程の金が入ってるかと聞かれれれば否だ。金利の事はよく知らんけど、多分、規定の金額にすら到達しないんじゃないか?
「親父さんの借金がいくらあるか知らねーけど、俺の財布に入ってる金じゃ規定の金額にすら届かないと思うぞ? ほら!」
俺は財布を取り、その中身を開いて零に見せた。自慢じゃないが俺は金を持っている方ではない!奢ってやれるくらいの金はあっても他人の借金返済の足しになる程は持ち合わせていない
「一万円が五枚に五千円が三枚、千円が六枚。合計が七万千円……借金全額返済は無理でも月々の支払には十分な額よ! どこが規定の金額にすら届かないのよ!! もういい! 寝る!」
「あっ! おい!」
零は布団を敷き、そのまま布団の中へ潜り込んでしまった。一人残された俺は個室に行ってもよかったが、実質両親に捨てられたと言ってもいい零を一人にする事は出来ず、仕方なく零の隣に布団を敷き寝る事にした。
そして現在。俺はこのある意味で寝相が悪い女を起こすべきかを悩んでいた
「むにゃ……むにゃ……あっ、ど、どこ触ってるのよ……」
そういうお前はどんな夢見てるんだよ?でもまぁ、起きてる時は素直じゃない零も寝てれば可愛いもんだな
「あっ、きょ、きょう、そ、そこはだめ! だめだったら!」
前言撤回。零、お前は俺にどんなイメージを持ってんだ!? アレか? 強姦魔とかそんなイメージか!? 俺は零をそっと引きはがすと────────────────────
「いつまで寝てんだ!! 起きろや!!」
自分の枕を思いっきり零の顔目掛けてシュート!! 決まったぁ! 灰賀選手! 見事ターゲットである津野田零の顔に枕をブチ込みましたぁ!!!!
「ふげぇ!!」
枕が顔に命中した零は女が上げるとは思えない声を上げた。
「ふ、ふげぇ! って……と、とても、お、女がだ、出す悲鳴じゃねー……ぞ……」
俺は思わず手で顔を覆い、必死に笑いを堪える。何かしらのリアクションを出すとは思っていた。そうは思っていても“ふげぇ!”はさすがに予想外だった。笑いを堪えるのに必死だったせいか忘れていた
「そうね。とても女の子が上げる声じゃないわね」
安眠を妨害された零がお怒りだという事を。顔を見ずとも解ってしまう。零はかなり怒っている
「…………」
「…………」
怒り心頭であろう零の顔をまともに見る事が出来ない俺は顔から手を退かす事が出来ない
「恭、アタシ怒ってないわよ?」
零の顔を見なくとも分かる。怒っている奴は大抵怒ってないって言うと相場が決まっている
「嘘だっ! 零は間違いなく怒ってる! 俺には分かる!」
「本当よ。アタシは全然怒ってないわ。だから、手を退けて顔を見せて?アタシは恭の顔が見たいの……ね? お願い」
女性に“貴方の顔が見たいの”と言われて嫌だと思う男はいないだろう。少なくとも俺は単純な男なので女性の方が不細工でも顔が見たいのと言われれば簡単に舞い上がってしまう。ただし! その女性に対して疚しい事をしてなければな!!
「ふっ、零。俺とお前に付き合いはまだ短い。だがな、そんな俺でも分かる事が一つだけある」
「分かる事? 何よ? アタシは純粋に恭の顔が見たいのよ。アタシは恭が顔を見せてくれないのがたまらなく不安なのよ」
零の言葉は一見俺に依存していると取れる。しかし、付き合いが短い俺でもそれが嘘だという事くらい簡単に解る
「そうか。零が怒りを収めてくれたら見せるわ。じゃあな!」
「あっ! 待て!」
顔を見せたら確実にボコボコにされると思った俺はダッシュで逃げた。もちろん、部屋から出る事はしない。扉を開けている間に捕まったら堪らんし。こうして俺と零の鬼ごっこが開始された
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