「恭殿、拙者ってこんな感じでござろう」
送迎バスに揺られながら景色を堪能していると真央から何で茜は呼び捨てタメ口なのかを問われ、本人がそうしろと言うからと答えると真央は自分も呼び捨てタメ口にしろと言い出した。で、打ち解けたまではいいとして、彼女のござる口調について前々から気になっていたから理由を聞き、この答え。こんな感じでござろうと言われても全く分からない
「こんな感じでござろうとか言われても全く分かんねぇから」
何がどうなってこんな感じなのか言ってくれないと言われた方はチンプンカンプン。リアクションのしようがない
「す、済まぬ、自慢ではござらんが、拙者は昔から可愛い部類としてカウントされていたでござる。で、口調こそ江戸時代の侍みたいだが、拙者ってこんな感じでござろう」
こんな感じ。つまり、自分はどちらかと言えば可愛い部類に入るでしょ?って事か。自分で可愛いとか言うか?
「まぁ、口調こそアレだけど、見てくれは悪くないな」
真央の容姿は美人系というよりどちらかと言うと可愛い系。自分で自分を可愛いと言う女って大抵は本人が思ってるよりも可愛くないパターンか言うだけあってマジで可愛いパターンの二通り。真央の場合は後者だ
「うむ! それで、小学生時代は男子からの告白が後を絶たなかったでござる。その頃の拙者はまだ普通に自分を拙者とは言わず、私と言っておったし口調もどこにでもいる女の子と同じだった」
小学生で告白した男子共は相当マセてたんだな……。俺が真央と同年代で同じ小学校だったら……告白はしないんだろうなぁ……
「ああ。で?それがなんだって一人称が拙者でござる口調になるんだ?」
告白された男子の人数は置いといて、小学校時代にモテていたのと現状の一人称、口調になる意味が理解できない……事もないか。俺は容姿でどうのはなかったけど、真央はきっと……
「虐めでござるよ。先程も申した通り拙者は小学生時代、男子からの告白が後を絶たなかった。当然、当時は学年でかなり人気の高い男子からも告白をされたでござる……。その後の事は恭殿ならお察しであろう?」
お察しであろうと言われましても……。アニメやドラマだと学年で人気の男子から告白され、断ったら次の日には女子からの陰湿な虐めを受ける。なーんて展開が王道だ。人気のある男子からの告白なんてその前兆。あくまでもアニメやドラマでの話だけどな
「アニメやドラマなんかじゃ学年で人気のある男子から告白され、断ったら次の日には女子達から陰湿な虐めを受け、不登校になる展開が王道だってのは分かるけど、真央が告白を断った次の日に何をされたかなんて分からねぇよ。今話したのはあくまでもアニメやドラマによくある展開で実際俺は異性に告白した事もなければされた事もないんでね」
仮に真央が小学生時代に受けた仕打ちがベタなもので俺からすると鼻で笑ってバカにするような展開だったとしても本人からすると辛い経験だっただろう。彼女に辛い思いをさせた女子は結局憧れた男子、当時好きだった男子に告白された真央を妬むばかりで自分を磨こうとはしなかったってなら滑稽だ
「恭殿が言った通り告白を断った次の日にはアニメやドラマでお馴染みの展開。拙者は虐めを受けた。上靴は隠され、机や黒板は謂れのない誹謗中傷塗れでござった」
話が見えない。真央が小学校時代に虐めを受けたのは今の話で解かった。一人称が拙者でござる口調である事と何の関係があるんだ?
「あー……何つーか……当時真央を虐めていた女共は自分達と同じ場所に真央を落とす事ばかり考えていて自分を磨こうとは思わなかったんだな」
他人様の過去に口出し出来るほど俺は出来た人間じゃないし人生経験もない。おまけに口下手だから上手い慰めの言葉も出てこず、出来る事と言えば真央を虐めていた連中を嘲笑うだけだ
「恭殿は慰めてはくれないのでござるな……」
悲しそうな顔で笑みを浮かべる真央。過去を話した相手が俺じゃなければ慰めの言葉の一つでもかけてやったところなのかもしれない。慰めるってのも選択肢の中にはあった。そうしなかったのは下手な慰めはかえって余計な傷を増やすだけだと思ったからだ
「下手に慰めて真央を傷つけたくなかった。だったら慰めるよりも虐めてた連中を嘲笑ってやった方がマシだろ?当時真央の同級生で虐めを働いた連中がここにいないとはいえ、高校生のクソガキに嘲笑われる。これほど笑えるものはないとそう思わないか?ソイツらが目の前にいれば尚更笑えると俺は思うぞ」
真央は結婚もしてなきゃ子供もいない。彼氏については分からないから除外するとして、かつて真央と同じ小学校だった奴の中には結婚し子供がいるって奴もいるだろう。その中には虐めを行ってた奴が混じっていてもおかしくない。子供の前で真央が虐められていた事実を暴露し、俺が笑う。暴露された方は親としての威厳を失い、おまけに高校生から笑われる。本人にとってこれほど屈辱的な事はないだろう
「それは……そうでござるが……拙者的には慰めてほしかったでござる……」
「それは悪かった。俺が言えんのはよく頑張ったってのと今も辛いなら胸くらいは貸すぞって事だけだ」
安直だけど俺には労いの言葉をかけるのとこの傷ついた女の子をそっと抱きしめてやる事。それくらいしてやれない
「恭殿は女性なら誰にでも今みたいに言うのか?」
「言わねぇよ。こりゃ身内限定だ」
あっちに苦しんでる女性がいれば歯の浮くようなセリフを吐き、こっちに苦しんでる女性がいればそっと抱きしめるって俺はどこの女たらしだよ……
「身内でもマズいと思うのは拙者だけでござろうか……」
「うっせ。んで?真央の過去は分かったけどよ、肝心の拙者でござる口調になった理由は何なんだよ?」
分かったのは真央の過去だけで肝心かなめの一人称と口調については分かってない
「うむ、虐めを受けてからというもの、拙者は小学生ながらに如何にしたら好きでもない男子から告白されず、虐められる事もなくなるかと考えた。しかしながら所詮は小学生。いくら考えたところでいい案は浮かばず途方に暮れていたある日、母上が好んで見ていた時代劇が目に留まった。そこに出てきた侍はそれはもう強いの一言でござった~」
数年前に思いを馳せる真央。結論はまだだけど俺は何となく話のオチが見えたような気がした
「強いって言っても役の話だろ?」
「役でも当時の拙者からすると救いのヒーローだったのでござる!」
「そ、それは悪かった。話を続けてくれ」
役を貰ってなんぼの声優に役の話をして凄い剣幕で睨まれるとは……
「当然でござる! それで、その時代劇に出てくる侍の真似をすれば自分も強くなれると思った拙者は次の日、学校に赴き実行した。最初はバカにされたのだが、人間の適応能力とは凄いもので三日もすれば皆何も言わなくなったでござる。それが始まりでござったが、何て言うか、やりだしたら止まらなくなってしまい……」
「今に至ると」
「その通りでござる! だが拙者とてバカではござらん。中学に上がる頃には公の場でこのような喋り方はよくないと思い、口調を戻した。でも、一度付いてしまったクセはそう簡単に元には戻らず……」
「親しい人間や信用に足ると感じた人間の前ではつい出てしまうと」
「うむ!」
真央の一人称と口調は元を正せば自衛の為だった。虐めに遭ったのが小学何年の頃かは分からんけど、口振りからすると今の感じになり、虐めは止み一件落着。中学へ上がるにあたり、拙者とござるじゃヤバいと思った彼女は学校では元の感じになりはしたものの、プライベートや親しい人間、信用に値する人間の前じゃ拙者とござるが隠しきれない。まとめるとこんな感じか……。難儀な事で
「結論を言うと自衛の為の演技だったのがいつの間にかクセになって治らないって事でいいか?」
「病気扱いされるのは少々納得いかんが、大筋ではそうでござる」
「そうかい。ま、俺から言えるのは真央がどんな風になっても俺は見捨てたりしねぇって事だけだ」
一人称と口調が変だというだけで見捨ててたら零達を拾ったりしない。彼女達が聞いたらブチ切れそうだから黙ってたけど、初対面で金なし家なしの人間を何の疑いもなしに家へ上げるだなんてとても正気の沙汰じゃない。それに比べれば一人称と口調がおかしいのなんて可愛いものだ
「灰賀殿……今の言葉に嘘偽りはないか?」
「ないな。確固たる証拠が欲しいってなら真央の現状がその証拠になるだろ?」
「拙者の現状?」
「ああ。闇華達に何て言って拾われたのかは知らねぇけど、あの時俺にはふざけんな! って言って真央を拾わず家から追い出す事だって出来た。人気声優だから名前は知ってたが素の部分は何も知らなかった。そんな人間を二つ返事で家に置くだなんて普通の人間はしないだろ」
「た、確かに……」
「だろ?俺は零達も真央も見捨てたりしないから安心しろ」
「うむ! 何か困った事があれば遠慮なく恭殿を頼らせてもらうでござるよ!」
太陽のように輝かしい笑顔を浮かべる真央。どうやら俺はまた余計な事を言ってしまったらしい
その後、バスが頂上に着くまで真央と話し込み、気が付けば頂上。俺達は運転手に礼を言ってバスを降りた
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