朝飯を零と二人で食うのは何か月ぶりだ?ふと隣でメニュー表と未だに睨めっこしている彼女を見て俺は久々に零と二人だけの朝食だなぁと感傷に浸っていた。それにしても零はさっきから何を迷ってんだ?
「さっきから何を迷っているんだ?」
ラーメン屋に来てるんだから当然、メインメニューはラーメンでサイドメニューは……止めておこう。サイドメニューについて語ると店によって違い、全てを語ると時間がいくらあっても足りない
「ラーメンは決まったんだけど、付け合わせに餃子を頼むかチャーハンを頼むかを決めあぐねているのよ。朝からヘビーだとは思うけど、ラーメンだけじゃ味気ないでしょ?」
味気ないでしょ?と言われても知らんがな。つか、コイツはラーメン屋に来たの初めてか?餃子かチャーハンで迷うくらいならセットを頼めばよかろうて
「味気ないかどうかは知らんけど、餃子とチャーハンの間で揺れるくらいなら両方付くセットを頼めばいいだろ。餃子とチャーハンの大きさは知らんけど、両方付いてくるんだしよ」
「恭、アンタ頭いいわね!」
「それ絶対褒めてないだろ?」
何か俺が新発見を見つけた感じの空気になってっけど、新発見でもなんでもねぇぞ?ラーメン屋だったら醤油ラーメンの次に王道だし
「褒めてるわよ! というか、恭はもう注文決まったの?」
「まぁな」
俺の中じゃ初めて入るラーメン屋で何を頼むかなんて決まりきっている。
「それじゃアタシも決めた事だし、店員さん呼ぶけどいいわね?」
「ああ、早く呼んでくれ。俺ァ腹が減りすぎて死にそうだ」
「アンタ……、起きた時に何か食べようとは思わなかったの?」
「思ったけど食欲を疲労感が上回ったんだよ」
「はぁ、その話は食べ終わった後で聞くわ」
「了解。それより、早く店員を呼んでくれ」
零は呆れたように『はいはい』と言いながらコップを二人分取り、水を入れ、差し出し、俺はそれを受け取る。それを確認した彼女は『すみませーん』と言いながら手を挙げると店員が『へい!』と元気に返事をして伝票を持ってこちらへやってきた
「えーっと、アタシは醤油ラーメンセット。で、恭は?」
「俺も同じの」
「じゃあ、醤油ラーメンセット二つ」
「へい! 醤油ラーメンセットお二つ! 少々お待ちください!」
注文を終えると店員は調理のため厨房へ引っ込み、再び零と二人になり、互いに無言。いつもなら話し掛けてもいないのにベラベラ喋るクセして今に限って黙られるとか変なモンでも拾い食いしたか?と思ってしまうのはそれだけ家の中や俺の周りが賑やかになったからなんだろう
「なぁ、零」
「何よ」
「こうして二人で飯食うのって何か月ぶりだ?」
「四か月ぶりよ」
零が視線をこちらへ向ける事なく答える。四か月……思い起こせば彼女を拾ってから俺の周りは賑やかになったんだよな……
「そうか、四か月か……」
四か月と言うだけなら短いものだ
「四か月って言葉にするだけなら短く感じるけど、実際に過ごしてみると長いものよね」
「だな。零を拾ってから俺の周りは劇的に変化したと言っても過言じゃねぇ。それくらい色々な出会いというか、色々な人を拾ってきたな」
「そのおかげで一気に家が賑やかになったわね」
「ああ。零から始まったんだよな……」
零達と共に過ごすに最初は違和感しかなかったこの生活。中学時代、同性でも異性でも親しくしている人間はおらず、部屋に引きこもってるのが当たり前の生活を送っていた。星野川高校に入学したとしても三年間ボッチで過ごし、親しい友達なんてできずに高校生活を終える気満々だったのだが、零を拾い、闇華を拾い、婆さんに母娘達を押し付けられた事で俺の華麗なる計画は始まる事なく終わった
「アタシが諸悪の根源とでも言いたげね?」
「そうは言ってないだろ?ただ、今の生活が零を拾ってから始まったんだなって思っただけだ」
彼女と二人きりだからか、これまでの事が感慨深く感じる
「あの時はいきなり父親が失踪して途方に暮れたわ。普通の父親なら娘に借金を押し付けるだなんて真似しないでしょ?」
「そうだな。つか、逃げなきゃいけなくなるくらいに膨れ上がるまで借金を放置しねーよ」
零の親父が彼女に押し付けた借金は婆さんが肩代わりしたから俺は具体的な金額を聞かされていないが、蒸発し、俺と同じ年の女の子が一人で逃げなきゃいけないくらい莫大だったのは解る
「アタシに言われても困るわよ。父親の借金なんだから」
「仰る通りで。ところで零」
「何よ」
「お前の親父さんは何で借金なんてしたんだ?」
借金をする理由は人によって違う。例えば、車の購入。例えば、家のローン。零の親父は何で借金したんだ?
「ギャンブルよ」
「ギャンブルねぇ……」
「ええ。最初に会った時に話したでしょ?アタシが小さい頃に母親が余所で男作って蒸発したって」
「ああ。聞いた」
零の母親が蒸発したのは最初に会った時聞いてて知ってる。いくつの時に蒸発したかは知らないし聞くつもりもない
「母親が蒸発してからアタシが小学校四年までは父親も真面目に働いてたんだけど、五年になる時に働いてた会社が倒産。そこからしばらくは再就職のために頑張ってたみたいだけどね。その先は話さなくても解かるでしょ?」
「就活が上手くいかなくてギャンブルに手を染めたとかか?」
「ええ」
横目で零の顔を窺うと涙は一切流していない。自分の両親に呆れ返ったか、そもそもが両親に対して何も思ってないか……それは分からない
「何て言うか……悪かったな、辛い話させちまって」
「別にいいわよ。恭にはいずれ話さなきゃいけないと思ってたし」
「そうかい。この話を闇華達は……?」
「父親が失踪した事以外何も知らないわ」
意外だ。零の事だから闇華辺りに全て話していると思ってたのに
「仲が良くたって話したくない事あるか……」
「まぁね」
いくら仲が良くても話したくない事はある。俺の視点から零と闇華の関係を表現すると親友というより姉妹だ。同じ家に住んでいるから本来は同居人と言った方が正しいのだが、零と闇華の関係を考えた時にパッと浮かんだのが姉妹だった。それくらい仲の良い二人でも話したくない事の一つや二つあるのは解る。だが、それだっていずれはバレるし話さなきゃならない
「零が話したくないっつーなら無理にとは言わねぇけど、いずれ話す時が来るんじゃねーのか?」
「アタシ的には出来ればそんな時なんて来てほしくないけど、いずれは闇華だけじゃなくて琴音や飛鳥、藍に真央……それに、茜にも話さなきゃならない時は来るわね」
「何で真央と茜が入ってるのかは知らんが、いずれ話さなきゃならねぇってのは確かだな」
「はぁ、今から気が重いわ」
第三者から見たら零の両親は情けないの一言に尽きる。父親は言わずもがな、母親も十分情けない。いや、どちらかと言うと母親に関しては情けないだなんて言葉では片づけられないな。
「両親の事を話す時は俺が側にいてやるよ。闇華達の事だ問い詰めないとは言い切れねぇしな」
闇華達────特に闇華は両親の話をした零を問い詰めそうだ。『そんな辛い過去をどうして今まで黙ってたんですか!?』ってな
「ふふっ、何それ?でも、ありがとう、恭」
そう言って笑みを浮かべる零の顔は今まで見た中で一番と言っていいくらいに綺麗だった
「へい! お先に餃子の方失礼しやす!」
零との話がいい感じで終わったナイスタイミングで店員が二人分の餃子皿を持って来た
「ありがとうございます」
と言いながら零は水の入ったコップを遠ざけ、俺もそれに倣い、空いたスペースに餃子皿が置かれる
「チャーハンとラーメンの方もう少々お待ちください!」
と言って店員は再び厨房に戻って行った。早朝とあって客足が多くないだろうと店側が判断したんだろうか店を一人で回している事を考慮するとチャーハンとラーメンが多少遅くても文句はない。別にこれから急ぎの用事があるわけでもないしな
「六個か……」
「六個ね」
「部屋に戻ったら闇華達にぜってぇ臭いとか言われるよな」
「そうね。ついでに恭はアタシと二人でラーメン屋に入った理由も追及される未来まで見えるわ」
餃子を食うと口が臭くなる。目の前に置かれた六個の餃子を見て俺はラーメンだけにしておけばよかったと激しく後悔するも食いたくなったものは仕方ないと開き直る。零が言ってたラーメン屋に彼女と二人で入った理由はありのまま話せば問題なく、罰ゲームのルールには反してないと言えばアイツらだって反論できないはずだ
「口臭と服に付いた臭いはどうしようもねぇだろ。しゃあねぇ、追及された時は適当に誤魔化すとすっか」
部屋には真央と茜がいて幽霊がって話は出来ないから目が覚めてトイレに立ち、戻ってきたら零が起きていて適当に話をしてたら俺の腹が鳴って何か食おうって事で部屋を出たとでも言えば闇華達は簡単に誤魔化せる
「はぁ、いつもなら呆れてるとこだけど、今回に関してはアタシも共犯だし手伝うわ」
呆れたように溜息を吐いた零は餃子を口に放り込んだ。出来立ての餃子だから中がアツアツなのは気にしないのか?なんて思って眺めているとやはり熱かったようで悶絶していた
「そうなるとは思ってた」
予想通り。まさにこれだ。アツアツの餃子を一口で食おうとするからそうなるんだよ
「────!!」
相当熱かったのか、口を押え何かを必死に訴える彼女は見ていて面白い
「何言ってっか分かんねぇよ。とりあえず水飲んで落ち着け」
「────!!」
慌てた様子の零は目の前に置かれた水を一気に流し込むと今度は胸を叩き始めた
「慌てて飲むからだ」
零のお茶目と言っていいのかは分からんが、新たな一面にほっこりしながらチャーハンとラーメンが来るのを待った
餃子が来てから少ししてチャーハン、ラーメンの順に運ばれ、注文の品を全て完食。料金を払って店を後にし、部屋へ戻る道中────
「昨日何があったか話なさい」
隣を歩いていた零が口を開く
「何がって言われても真央と二人で山に行って景色を眺め、その途中で真央が体調を崩し、送迎バス待つの面倒だから俺が背負って下山してホテルに戻ると神矢想花に身体を乗っ取られていたくらいしか言えねぇぞ?」
「本当に雑ね。まぁ、大体分かったわ。それで?その神矢想花って人は恭に憑いてるのよね?」
「ああ」
「はぁ……まさか旅行に来てまで騒動に巻き込まれるだなんてアンタ呪われてるんじゃないの?」
自分でもそう思う。中身はともかく、旅行に来てまで騒動に巻き込まれるとか一種の才能あるいは呪いだ
「自分でもそう思う。このままじゃノイローゼになりそうだ」
ただでさえ高校入学してから騒動に巻き込まれる事が多く、この旅行に来てからも騒動とまではいかないにしろ何かしらのイベントに強制参加させられている。このままじゃノイローゼになるのは時間の問題だろう
「ノイローゼになったら全力でお世話してあげるわよ」
世話をするのは琴音なんじゃ?その言葉を飲み込み、俺は────
「そん時はよろしく頼むわ」
と言って零の手をそっと握った
「いきなり手を握ってくるだなんてアタシじゃなきゃ通報ものよ?」
そう言う零は柔和な笑みを浮かべていた
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