義妹・義姉とどう接したものかと悩み、地獄のヤンデレ鬼ごっこから数日────。八月中旬で夏休みもあと数週間で終わろうとしている中、たまたまオフだった茜に俺は……
「グレー! お願い! モンスターファイターのやり方教えて!」
詰め寄られていた。運良く藍、センター長、真央は仕事。琴音、飛鳥、由香は買い物で双子もどこかへ行ってて家には俺と茜の二人きり。
「そ、それは構わねぇが……近くね?」
切羽詰まった感じの茜からチラッと目を移すとテーブルにはモンスターファイターの構築済みデッキ────それも一般にはまだ出回ってない未発売のものが三つ置かれていた。前にも言ったと思うけど、声優の仕事は多岐に渡り、ネットラジオや動画限定の番組、その他にアニメ関係のイベント出演など表舞台に出てくる仕事が増えた。とは言っても茜とモンスターファイターの因果関係は分からない
「そんなのはどうでもいいの! 教えてくれるの?くれないの?」
そう言って茜は更に距離を詰める。
「お、教えるのは構わない。その前に事情を話してくれ」
詰め寄る茜とテーブルに置かれた未発売の構築済みデッキ。これらの状況を見ると事情はある程度察しが付く。加えて声優という職業を考慮すると答えは一つしかない
「実は今度のお仕事でモンスターファイターの対戦をする事になったんだけど────」
と言って茜が取り出したのはイベントの資料。これを見て初めて茜がモンスターファイターのアニメに出てた事を知った。彼女の許可を得て資料に目を通すとイベント当日の段取りが事細かに記載されており、そのイベント内で声優陣によるモンスターファイターの対戦がある旨の事も。これだけなら俺の個人的な意見としてはルールを覚え、構築済みデッキをスリーブに入れたものを持ってイベントに臨んでも問題ないように思える
「なるほど、事情は大体分かった。要するにモンスターファイターのルールを最低限覚えたいという事だな?」
アニメのイベントは客を楽しませる事が第一。これが大会なら勝つ事が大前提だからキャラに寄せたデッキよりも割とガチのデッキを用意する必要があるけど、今回はイベントだ。客を楽しませるのを目的とするならガチのデッキは必要ない。と思っていたのだが……
「違うよ! 確かにモンスターファイターに出演してはいるけど! 今回はガチで勝ちに行きたいの!」
俺の予想は大きく外れ、茜は目に炎を宿していた
「いや、勝ちに行きたいって……たかがイベント内での対戦だろ?大会に出るわけじゃあるまい。勝ちに拘らなくてもいいんじゃないか?」
勝ちたいという気持ちは解からんでもない。勝てば嬉しいし、負ければ悔しい。勝負とはそんなもんだ
「私だって普通のイベントだったら勝ちに拘らないよ! でも、今回は違うの!」
何が違うんだよ……
「違うって言われても分かんねぇから。つか、何でイベントの対戦ごときで熱くなってんだよ?」
カードゲームアニメのイベントって原作キャラのデッキを再現し、作中でキャラが使ってたエースカードが出て来ればそれなりに盛り上がるだろうに……
「対戦相手をよく見てよ!」
茜に言われ、もう一度資料に目を落とすと第一回戦から六回戦までの対戦表が。茜が出るのは第六回戦目で最後。その対戦相手の名前は……
「天野美和か……」
天野美和────茜や真央と同じ養成所出身の声優で二人と同じく人気声優。ネットじゃ茜、真央、美和の三人は所属事務所こそ違えど同じ養成所の同期だと専らの噂だ
「そうだよ! 私は美和ちゃんだけには負けたくないの!」
「いや、知らんて」
ネットにあったのは茜、真央、美和の三人が同期だって事だけでそれ以外は不仲だという噂もプライベートで交流があるという噂もない。彼女達三人の関係は客観的に見たら可もなく不可もなくってところだ
「じゃあ知って! 今知って! 私と美和ちゃんは養成所時代からのライバルで何をするにも競い合ってきた仲なの!」
それは初耳だ。
「初耳だな」
「今言ったよ!」
ドヤ顔で胸を張る茜。彼女の口調から天野美和を心の底から嫌っていないのは解かった。同じ志を追う者同士譲れないものがあるんだろう。
「お袋かよ……ったく、教えるのはいいとして、テーブルの上に置いてある構築済みデッキはどうしたんだ?発売前に宣伝してくれとでも頼まれたのか?」
発売しているものならともかく、未発売のものとなれば宣伝を視野に入れずにはいられない。イベント先行発売なんて話はよくあり、声優のトークショーよりもそっちメインだって人も多く、その目的の大半は……語るのは止そう。金の話なんてしたかねぇ
「あ、これはデッキ構築の時に使ってくださいって事務所から渡されたの」
普通は制作会社から渡されるんじゃ……。って! そうじゃねぇ!
「突っ込みたいところはあるが、俺が聞きたいのはそこじゃねぇよ。この構築済みデッキに入ってるカードを使ってデッキを組めって言われてるのかそうじゃないのかだ」
ただデッキを組むだけならカードショップで適当に買い漁ったカードを既定の枚数寄せ集めればいい。パワーバランスやコンセプトを度外視する前提ならそれで充分。勝ち方や戦い方を最初に決めてるのならそれに特化したカードを買い集め、その中から使うカードと使わないカードを厳選し、デッキを組む。と、ここまでが俺のデッキの組み方。しかし、イベントに出演し、観客を楽しませるという目的がある上にリアルタイムで放送してるアニメに出演しているってなると話は別だ。茜の演じているキャラのデッキに寄せて構築する必要がある。そういった意味で聞いたんだが……
「え、えーっと……それは……どうなんだろう?」
「どうなんだろうって……何も聞かされてねぇのかよ……」
「あ、あはは……」
頬を掻きながら苦笑を浮かべる茜に俺は溜息しか出ない。対戦相手に勝ちたいという気持ちは理解した。理解はしたものの、イベントに出る以上、商品の宣伝もしなきゃならないのは言うまでもない。これが純粋なカードゲーム趣味の著名人を集めた大会とかだったら別なんだけどな
「はぁ、とりあえず操原さんに電話してくれ。俺が直接確認すっから」
「分かった」
茜はポケットからスマホを取り出すと電話を掛け始めた。事務所なのか操原さん個人の番号なのかは分からない。『お疲れ様です。高多ですけど、操原社長をお願いします』って言ってたからきっと事務所の方へ掛けたんだろう。
電話する茜をぼんやりと眺める事数分。『お疲れ様です、社長。イベントの件で確認したい事があってお電話したんですけど』という声が。操原さんに電話させといてなんだが、別にイベントの詳細が分かるんだったらマネージャーでもよかったのでは?と少し後悔。まぁ、イベントの件で確認したい事があるのは茜じゃなく俺。事情を知らないマネージャーよりも操原さんの方が話は早いからよしとしよう
「いえ、私じゃなく灰賀君が確認したい事があるらしくて……はい、すぐ代わります」
事務的な話が一段落したようで茜から差し出されたスマホを手に取り、耳を付ける
『やぁ、灰賀君。茜ちゃんから話は聞いてるよ。何でも確認したい事があるらしいね』
電話越しに聞こえてくる操原さんの落ち着いた声。社内にいるのかさすがに豪快にとはいかないか……
「お手数かけて申し訳ございません。茜が今度出演するモンスターファイターのイベントの件で一つ確認させていただきたくお電話したのですが、お時間の方大丈夫でしょうか?」
『時間は大丈夫だが、イベントの詳しい内容は灰賀君と言えど教えられないよ?』
「いえ、それは大丈夫です。俺が知りたいのはイベントの内容じゃなくて茜が貰って来た構築済みデッキの事ですから」
『構築済みデッキ?何だね?それは?』
構築済みデッキが何か把握してなかったか……
「え、えっと、構築済みデッキというのは簡単に言えば初心者向けに作られたものでして……」
俺は操原さんに構築済みデッキとは開封してからそのまま遊べるカードの束である事やそれを含む商品の名前である事、その構築済みデッキが手元に三箱ある事、俺が茜にモンスターファイターを教えてほしいと頼まれた事、対戦相手の天野美和に勝ちたいと闘志を燃やしている事をザックリと説明した
『なるほど、事情は分かった』
「そんなわけで茜オリジナルのデッキを組む分には構築済みデッキが三箱あるのでカードの枚数的には何の問題もないんですが、さっきもお話した通り、茜は対戦相手に勝ちたいと言ってるんですが、イベント内での対戦で新商品の宣伝も兼ねてるとなると既存のカードを使うわけにもいかないと思うんですよ」
声優の中には大会出場レベルのガチデッキを組んでる人もいる。実際に大会へ出場してるかは置いといて、そういう声優もいる話だけしておこう。茜が演じてるキャラが明確に分かればそれに合わせたデッキを組むのだが、モンスターファイターのアニメを俺は見てない
『ふむ……確かに灰賀君の言う通りだが、茜ちゃんが演じるキャラは主人公でもそのライバルでもなくヒロインだ。カードゲームの事は私には分からんが、一つ言えるのは宣伝に関しては別の声優が担当してるからあまり気を追う必要はないという事くらいだ』
操原さんが言う別の声優とは多分、主人公役とライバル役の声優だ。茜が演じてるのはヒロイン。カードゲームアニメの王道としては主人公やライバルといった対戦を多くするキャラのカードは種類が豊富で世に出回る枚数も多い。対してヒロインや脇役の使うカードはアニメオリジナルだったり未発売のまま終わるパターンが多い。早い話が現実で主人公とライバルのキャラデッキ以外を忠実に再現しようとするとカード不足してるって事が多いのだ
「という事は、別にキャラが使用したカードをデッキに組み込まなくてもいいって事ですか?」
『そう断言したいのは山々だが、あくまでもアニメのイベント内での対戦だ。可能かどうかは分からないが、なるべくならキャラが使用したカードを使ってくれたら助かる』
「わ、分かりました……。お忙しいところすみません。失礼します」
『うむ、期待しているよ』
操原さんとの電話を終え、スマホを茜に返した俺は頭を痛めた
「どうしたもんかなぁ……」
「だ、大丈夫?」
操原さんに出されたお題は一見簡単に思えるけど実はそれなりに難しい。茜が演じたヒロインのキャラや使用しているデッキが分からない以上、キャラの使用したカードを使ったデッキを組むのは難しい。幸いだったのはキャラデッキを作れと言われなかった事くらいだ
「大丈夫じゃない。とりあえず茜が演じたキャラを調べるところから始める。どうせイベントの開催はまだ先なんだろ?」
そう思って俺は茜を見た
「え、えーっと……えへへ」
彼女は笑みを浮かべ俺から目を逸らす。
「茜さん?イベントはいつなのでしょうか?」
「い、一週間後です……」
お、怒るに怒れねぇ……切羽詰まったような感じだったから急を要するのかと思えば意外と時間に余裕があるじゃねぇかよ……
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