狂ったように笑う瀧口を物理的な方法────もとい腹パンで現実に戻したところでタイミングよく琴音がキッチンから人数分の飲み物とお菓子を持って現れ、俺達は現在、テーブルに就き優雅なティータイムを過ごしていた。とはいえ、未だに解決してない問題が二つ。一つは言うまでもなく瀧口ハーレム問題。もう一つは……
「アンタ、祐介に何したの?」
「貴方に手を握られた後からですわ。祐介が笑い狂ったのは」
目を細め、疑いの眼差しを向けてくる弓香と転入生。この二人の行動からお察しの通り二人がお袋の姿を視認出来ない。早い話がコイツら二人に幽霊が見えないって事だ。
「何もしてない……は通用しないよな?」
「当たり前ですわ! 何もしてないなら祐介が狂うはずありませんもの!」
「アンタが手を握ったから祐介が狂ったんじゃん! ちゃんと何したか具体的に説明するまでアタシ帰らないから!」
「私もです!」
弓香と転入生は本当に瀧口を想っているんだと感心する反面、こんな場面を零と闇華、教師コンビ、声優コンビに見られたらと思うと恐怖で身が震える。
「説明か……こればかりは説明が面倒なんだよなぁ……」
科学の時代である今のご時世に誰が見えもしない幽霊の話なんて信じる?飛鳥と由香、瀧口、弓香は神矢想子の一件で俺がブチ切れた話をすればワンチャン……いや、飛鳥、由香、瀧口は完全に信じるとして、弓香はこれを出しても信じそうになく、今日来たばかりの転入生なんて鼻で笑った挙句、精神科を紹介してくるに違いない
「恭くん、信じてもらえなくてもちゃんと説明しないとダメだよ?私や飛鳥ちゃん、由香ちゃんだって最初は信じられなかったんだから」
「由香が言うなら説得力があっけどよ、琴音が言っても説得力ねーぞ?説明しなきゃダメだってのには同意するが、信じられないってのには同意しかねる」
由香は神矢想子事件の時あの場にはおらず、物が浮いたりする場面も見てなかったから信じられないというのも仕方ない。しかし、琴音と飛鳥は別だ。あの場にいたんだから信じてもらわなきゃ困る。と、くだらない話は置いといて、とても幽霊の存在を信じそうにない弓香と転入生をどうするかが悩みどころだ
「信じられない?何のお話ですの?」
「ちゃんと解かるように言ってくんない?」
疑いの眼差しから一変、今度はジト目でこちらを見る弓香と転入生。マジで今日が夏休み明け最初の登校日なのかと俺が疑いたくなるぞ……
「解かるように言えと言われてもな……説明する側としては言ったところで信じてもらえない、説明を受ける側は言われたところで信じられない事だから色々と面倒なんだ」
弓香には神矢想子の事件と絡めて説明すれば何とかなりそうではある。問題は転入生だ。彼女は幽霊の存在を信じそうにない
「面倒なら彼女達も僕と同じようにしてあげてはどうかな?そうすれば灰賀君だって説明せずに済むだろ?」
瀧口の提案は俺も考えなかったわけじゃない。わけじゃないけど……この二人の手を握るのには抵抗あるぞ?主に俺の手が壊されないかって不安的な意味で
「確かに瀧口の提案は魅力的でそうしてもいいとは思う。ただ、あの二人が俺の手を力いっぱい握らないって約束するならの話だけどな」
「君は二人を何だと思ってるんだい?」
真剣な顔で何を聞いてくるかと思えばそんな事か。決まってるだろ?
「凶悪怪獣」
「灰賀君、それは心から言ってるのかい?」
「当たり前だ。教室で騒ぎ、何もしないと言ってるのに威嚇してくる。これ以上の表現法があるなら教えてくれ」
俺は間違った事を言ったつもりはない。好きな男に女の影があると知れば騒ぎ立てる女を凶悪怪獣と言って何が悪い?
「表現は人それぞれだから僕からは何も言わないけど、女性陣を見てごらん?」
瀧口に言われ、俺は女性陣を見た。すると……
「最低」
「こんなゴミ男初めて見ましたわ」
「恭クン、女の子に向かってそれはないよ」
「恭は女の子の扱い方を少しは勉強した方がいいよ」
「恭くん、今のは擁護出来ない」
『きょう、お母さんが女の子の扱い方を一から教えてあげる』
全員が俺をジト目で見ていた
「灰賀君、本心だったとしても笑えないよ」
真顔で俺の方に手を置く瀧口。これじゃ俺が悪者みたいじゃないか……
「うるさい。凶悪怪獣なんて不名誉な表現されたくなきゃ少しは落ち着くって事を覚えろ」
世の中の女性はどうか知らんが、俺の周りにいる女は落ち着きがないのは事実。同居人達はまだ可愛い方……ではあると思う。多分! 人が大勢集まる場所じゃ騒がないと思うし、多分!! 自分達の関係を客観的に見て異性関係に口を出せる立場じゃないと自覚しているはずだ。多分!!! 俺に友達以上恋人未満の女友達がいたとしても寛容な心で受け止めてくれると俺は信じてる
「灰賀君、女性に何か恨みでもあるのかい?」
哀れみの視線を向けてくる瀧口と何も言い返せないのか押し黙る女性陣。瀧口好きーズも琴音達も自覚あったんだったら直せよな……
「別にねぇけど?ただ、飛鳥達の日頃の行いと教室での瀧口争奪戦を見た率直な感想を言っただけだ。それより、俺の手を握り潰さないって約束出来るならギャルと転入生も瀧口と同じようにするが、どうする?」
弓香と転入生が瀧口と同じになれば説明する手間が省ける。なんてったって面倒な説明は全てお袋がしてくれるしな。さてさて、幽霊が見えるようになった時、彼女達がどんな反応を返すか……楽しみだ
「分かりました。お約束致します。ですから私も祐介と同じにしてくださいな」
「アタシもアタシも! 祐介が見たものを見たい!」
手を挙げ、必死にアピールする弓香と転入生はまるで参観日で教師に指名してほしい子供。瀧口と同じになったところで何もいい事はないんだぞ?カンニングする力が上がるってだけで。俺は使った事ないけど
「はいはい。んじゃ、瀧口の時同様、悲鳴は上げるな、この事は他言無用で頼むぞ?」
この部屋は元・映画館だけあって防音はしっかりしてると思う。しかし、営業当時ここを訪れた際、今の加賀達がいる部屋から音が漏れてた事があり、完全防音とは言い切れず、釘を刺しておくに越した事はない
「解ってますわ! それより、早くしてくださいまし!」
「手を握るだけでしょ?早くしてくんない?」
ふっ、今の内にそうやって余裕こいてるがいい!お袋が見えるようになって腰抜かして漏らすなよ?
「へいへい、んじゃ、手を出せ」
俺がそう言うと弓香は右手、転入生は左手を素っ気なく差し出してきた。この二人に素っ気なくされたところで俺の心は痛まないが、仮にも瀧口が見てる前なんだから少しは可愛らしくしたらどうなんだ?
「さっさと始めてくださいな」
「いつになったら祐介と同じになれんの?まだ?」
コイツら、瀧口がいるって分かってんのか?
「今やるよ。ったく……」
俺は二人に対し、好きな異性の前でくらい猫を被れと思いつつ、彼女達に霊圧を流し込み、手を離した
「これでアタシ達も祐介と同じになれたの?」
「俄かには信じられませんわね」
何も言わず手を離した俺を咎めもしない弓香と転入生。二人はただ自分の手を撫でながら俺の右斜め後ろをジーっと見ている。瀧口が狂ったように笑い始める前にお袋がいた位置が右斜め後ろだったからなのか目を凝らして見つめる。んで、当のお袋がどこにいるかというと弓香達の背後だ。
『やほ~』
相も変わらず能天気な感じで声を掛けるお袋に呆れる俺。苦笑を浮かべる琴音達と瀧口。そして……
「「え……?」」
お袋の声に撫でていた手を止め、固まる弓香と転入生。彼女達がゆっくりと振り向くと……
『はろ~』
愉しそうに手を振るお袋がいました
「「は、はろ~?」」
突如として現れたお袋に目を白黒させながらも手を振り返して答える二人。瀧口とは違って狂わなかったか……。チッ!面白くねぇ……
『うん、はろ~』
お袋、毎回同じ事しなきゃ気が済まないのか?
「えっ?どうなってんの?」
「もしかしてこれは夢ですの?」
弓香の戸惑いも転入生が夢だと思いたくなる気持ちもよく解る。俺だっていきなり現れた奴に『やほ~』『はろ~』なんて声掛けられたら戸惑うし夢だと思う
「現実だ。どうなってるかは今から説明するとして、お袋はいつまで二人の後ろにいるつもりだ?もういいだろ?」
『うん! 余は満足じゃ!』
あいさつ(?)を返してもらって満足したのかお袋は満面の笑みで俺の右隣へ。弓香と転入生も再びこちらを向く。そして……
『初めまして、きょうの母・灰賀早織です』
と自己紹介をしてお袋は二人に頭を下げる
「は、初めまして求道弓香です」
「北郷麗奈と申します」
二人もそれに倣って頭を下げた。その光景を見た俺は……
「瀧口の時と対応違くね?」
誰にも聞こえないよう声を小さくして呟いた。
初見組との自己紹介が全て終わったところでスマホを見ると十四時。気が付くと一時間経っていたってんだから時の流れは本当に早い。哲学的な事は置いとくとしてだ、自己紹介を終えた後、俺と瀧口は……まぁ、色々あったからあまり話は弾まなかった。対して女性陣は華が咲いて大盛り上がり。仲良くなるのはいい事なんだが、重要な事を忘れてないか?
「瀧口。ちょっといいか?」
「うん?何だい?」
「ここじゃちょっとな……とりあえず外に出ようぜ?」
「あ、ああ。それは構わないけど……彼女達に声掛けなくていいのかい?」
「少し部屋を出るだけだ。大丈夫だろ」
「な、ならいいんだけど……」
俺は瀧口を連れ、部屋を出る。幸い女性陣は話に夢中で俺達に気付く様子はなく、簡単に抜け出す事に成功。さて、ここからが重要だ。俺はこれから瀧口にある意味で残酷な事実を伝えなきゃならないからな
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