「波の音が心地いいね、恭くん」
「ああ。こうやってると何もかもがどうでもよくなる」
真っ暗な海岸で俺と琴音は二人、波の音をBGMに星空を眺めていた。今回はいつもの駐車場じゃなく、砂浜だから座れず、立ち見という形にはなってしまうものの、波の音が心地いいのは事実だ
「それって私達の事もどうでもいいって事かな?」
「意地が悪い質問だな」
琴音にしては意地の悪い質問。それが彼女から出るというのは珍しい
「ふふっ、いつもはこうやって恭くんと二人きりになる機会なんてないからついね」
確かに琴音と二人きりになる機会なんてあんまりない。俺が学校に行ってるってのが一番デカく、学校が休みでも部屋には誰かしらいる。例えば飛鳥とか。最後に琴音と二人きりになったのはいつだったかな……
「そら俺は学校に行ってるし、学校が休みだったとしても誰かしらいるから完全に二人きりは難しいと思うけど、だからって今の質問は意地が悪いぞ?俺が否定するって知ってるくせに」
一時期琴音達……いや、この世の全てがどうでもいいと思っていた時期があった。言わずもがなゴールデンウィークの時だ。あの時は本当に何もかもがどうでもよく、親父は娘ができて喜んでたからあわよくば琴音達を押し付けられたらとすら考えていた
「うん。知ってる。でも、あの時の再来がないとも言い切れないでしょ?」
そう言って琴音は切なげな笑みを浮かべる。その顔が俺には泣いてないのになぜか泣いてるように見えてしまう
「確かにないとは言い切れないけど、追い出そうとなんてしねぇよ」
彼女達が自分で住む場所を決めたのならそれはそれでいい。しかし、現状それらしき行動は見られない
「うん。私────いや、私達は恭くんに追い出されたら行く場所も居場所もなくなっちゃうから」
いつもなら大げさだぞって返すところを俺は────────
「もう追い出そうとしたりなんてしねぇよ」
と答えた。
「約束だよ。何があっても私達を追い出そうとしないでね」
「ああ」
ネガティブ思考は切り離したはずなんだけどなぁ……、どこで間違えたかなぁ……
「じゃあ、もう暗い話は終わりにして楽しい話しよっか?」
「ああ。せっかくの旅行だ。楽しまなきゃ損だもんな」
「うん!」
来たばかりの頃は正直すぐにでも帰りたかった。それが今となっては帰りたいとは思わず、楽しい旅行になればと思い始めている。その上で一つ確認事項がある
「旅行を楽しむのはいいんだけど、その前に一つ確認だ」
「何?」
「ここには何日間いるんだ?」
何度も言っているように俺は拉致されるような形でここへ連れて来られ、この旅行が何日間なのかと明日の予定を全く知らない。そもそもが飛鳥と由香が旅行の話をしていた時も日数は聞いてなかった
「一週間だけど、恭くん何も聞いてなかったの?」
「あ、ああ。ここへ連れて来られた時っていうか、旅行の計画段階から具体的な日数は聞いてないぞ」
一週間かぁ……、夏休み期間中だから学生組と琴音のような自分の家で働く人はいいとして、東城先生やセンター長、盃屋さんを始めとする声優陣は一週間の旅行ってヤバいんじゃないのか?主にスケジュールとかそういった意味で
「そうだったんだ……、零ちゃん辺りが話しているのかと思ったんだけど」
「初耳だ。俺ら学生組と琴音みたいに在宅ワークの人はいいとして、藍ちゃんとセンター長、盃屋さん達声優陣は一週間も旅行なんてしてていいのかよ……」
教員や声優のワークスタイルなんて俺は知らんけど、一週間も旅行してるのはマズイのでは?
「私は藍ちゃんはともかく、真央ちゃんの方は今回の旅行を演技力アップの強化合宿にするって社長さんが言ってたから平気なんじゃない?」
確かにここ最近の新人声優と思われる人の演技はあまり上手くないって噂はネット上で頻繁に聞く。やれ棒読み過ぎるとか、やれ声とキャラの表情が合ってないとか。だから操原さんが強化合宿をやりたくなる気持ちもまぁ、理解出来なくはない。なんて言っても俺は最近のアニメを全く見てないから本当かどうかは知らないんだけどな!
「はぁ……、教師と声優はそれでいいのかよ……」
中坊の時声優に興味を持った俺は一度だけ声優の学校へ体験入学した事がある。そこで演技力を高めたいのなら恋愛しろって言われ、当時は恋愛と演技力と何の関係があるんだ?と疑問に思ったものだ。で、高校生になって声優と同居を始めて思った。恋愛と演技力の因果関係はって。何はともあれ、本人達がしっかりと仕事のスケジュールを組んでいるのならそれでいい
「本人達が仕事の管理をしているなら問題ないと思う。私達が気にしても仕方ない」
琴音の言う通り仕事をするのは東城先生や盃屋さんで俺じゃないから気にしても仕方ない部分はあり、無闇に口を出すべきではない
「だな。それはそうと琴音」
「ん?何?」
「零達がやろうとしてるドッキリの中身知ってるか?」
飛鳥はドッキリをすると聞かされはしたものの、キッパリと断ったらしい事は部屋で聞いたけど、琴音はどうだ?ドッキリの内容を知ってて参加するのか?
「知ってるよ」
「そうか。それで?参加は?」
「するよ。恭くんの驚く顔みたいもん」
琴音は成人しているから参加しないものだとばかり思っていたんだけどなぁ……、参加するのか……。しかも、俺の驚いた顔見たさに
「俺の驚く顔なんて一緒に生活してるんだからいつでも見れるだろうに……」
第一、俺の驚く顔なんて見て何が楽しいんだ?
「そうかもしれないけど恭くんってあんまり驚いたり怖がったりしないでしょ?」
「そりゃ驚く事や怖い事がないからな」
日常生活が驚きと恐怖で埋め尽くされているとか嫌すぎる
「だから、たまには恭くんの驚いた顔とか怖がった顔とかが見たいんだよ」
見たいんだよと言われても困る。というか、ドッキリのターゲットである俺に中身はともかく、ドッキリをやるって知られてたら意味がないような気も……
「しょうもないものを見たがるなよな……」
琴音達が旅行を楽しんでくれるのはいいんだけどなぁ……、俺の驚いたり恐怖に染まったりしている顔を見たいが為にドッキリを仕掛けるのはちょっとなぁ……
「だって、見たいものは見たいんだもん……」
と言われましても……
「全く……」
爺さん単体なら呆れて物も言えないと一蹴し、逆にやり返していた。それが零達ともなると……あれ?やり返してよくね?むしろやられる前にこっちがやってもよくね?
「私は恭くんのいろんな顔が見たいんだよ」
それを言われると強く反論出来ない。惚れた弱味や後ろめたさからじゃなく、純粋に俺は琴音の……琴音達の笑顔を曇らせたくないと思っているからなんだろうな
「俺のいろんな顔が見たいなら手始めにゲーセンでも行くか。悔しがってる顔とか音ゲーでトチって渋ってる顔が見れるぞ」
「うん!」
琴音が俺のいろんな顔が見たいと思っているように俺も琴音達のいろんな顔が見てみたい
浜辺を後にし、ゲーセンに来た俺達は現在────────
「恭くん……」
「ああ、みなまで言うな」
目の前にいる酔っ払い集団にドン引きしている。と、言うのも……
「ぶははははは! 俺の道じゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「儂の前を走るでないわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
周囲で見ている人達がドン引きしているにも係わらずレースゲームで雄叫びを上げる我が父と我が祖父がいるからである
「いい大人が揃って何してるんだか……」
レースゲームだから酔っぱらった状態で車を運転しても飲酒運転にはならなず、周囲には他の客もいない。その上吐く様子もないから店側に迷惑も掛からないからいいものの、これが普通に客がいたらと考えると頭が痛い
「父さん!! 俺の道なんだから気ぃ使えよな!!」
「黙れ小童!! 儂に勝とうだなんて百年早いわ!!」
周囲でドン引きしている人達はきっと爺さんの部下か盃屋さんが所属している事務所の声優陣か……それはこの際どうでもいい。問題なのは酒が入ってテンションが上がっているのか親父と爺さんが雄叫びを上げながらゲームしてる事だ
「何でこうなったんだよ……」
ゲーセンで雄叫びを上げてる奴はたまーに見かけるよ?特にレースゲームともなればテンションが上がるのも解かるし酒気帯びでゲームしちゃダメだなんて法律はどこにもないからいいんだけどね?でもなぁ……さすがにこれはちょっとなぁ……
「恭くん、私、お酒飲む時は飲み過ぎないように気を付けるね?」
ほら、隣で琴音が悟ったような顔してるじゃないか
「あ、ああ、飲み過ぎていい事なんて何一つないからな」
未成年である俺はこう返すしかなかった。目の前の二人を見ていると言葉が見つからない……
「と、とりあえず私のお部屋行く?」
「そうする」
俺達は親父達に見つからないようそっとその場から離れた。他の人達からは見捨てないでくれと捨てられた子犬のような眼差しを浴びせられたけど、勘弁してくれ、今日はもうクタクタなんだ
琴音の部屋へ来て俺はテーブルに就き、適当に飲み物でも飲みながら喋るものかとばかり思っていた。実際は────────
「恭くん……」
暗い部屋の中ベッドに押し倒されております。何でこうなったかなんて俺が聞きたい。室内に入っていきなりベッドの方へ追い詰められたかと思ったら押し倒されたんだぜ?押し倒したならともかく、押し倒された俺が理由なんて知ってるわけないだろ?
「お、落ち着けよ……な?とりあえず落ち着いて話し合おうぜ?」
ガラにもなくテンパる俺。年上の女性から押し倒されるだなんて経験は……あったわ。あったんだけど、いきなりだとテンパる
「私は落ち着いてるよ?冷静に恭くんを押し倒しているんだよ?」
冷静な人間は部屋に入るなり人をベッドに追い詰めたりそこから押し倒したりしないんだよなぁ……
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