「痛ぇ……そして重い……」
蒼との勝負が終わり、一夜が過ぎた今日、俺は全身を伝う激痛と身体に掛かる重量感によって目を覚ました。激痛の原因は蒼との勝負。で、重量感の原因は……
「コイツ等……」
俺にしがみつき、規則正しい寝息を立ててる零達だ
「はぁ……」
結論から言うと俺は零達を切り捨てる事が出来なかった。そもそも、零達にしがみつかれた原因を話すには昨日、蒼との勝負が終わり、俺が駐車場を出るところにまで話を戻さなければならない
昨日────。
「俺は本心を語り、お前らなんかよりも何十倍も重いお袋の形見を取り戻した。もう俺に用はないだろ?全員荷物を纏めてとっとと出てけ」
俺はそれだけ言って駐車場を後にした。正確には後にしたはずだったと言った方が正しい。その理由は……
「待って! 恭!」
零に引き留められたからだ
「何だよ? さっきも言ったが俺は本心を語ったぞ? もう俺に用なんてないだろ? 住む場所なら娘バカになった奴のところに転がり込むといい」
俺は本心を語って大切なお袋の形見も取り戻した。この時の俺にとって彼女達は用済みで彼女達も俺と同じだと思っていた。しかし────────
「アタシさ……借金を押し付けられて父親に捨てられて恭に拾われたじゃない?」
零は唐突にここへ来た時の話を始めた
「ああ、家の前に座り込んだ挙句初対面の俺にいきなり絡んで来たな。それがどうかしたのか?」
俺に絡んだ零が半ば強引に押しかけたとも言う。この時の俺はそんな事言う余裕なんて微塵もなく、零の言う事を肯定するという選択肢しかなかった
「それで……さ、あの時は父親に捨てられて途方に暮れてた状態でここの前に座り込んでた。そん時に恭に絡んだんだけど、恭は嫌な顔一つせずに見ず知らずのアタシをここに入れてくれたじゃない?」
嫌な顔一つせずっていうか、零が泣き落としを使ったから仕方なくって感じだ
「そんな話をするために引き留めたのか? 疲れたから俺は部屋に戻りたいんだが?」
今でも零がこの時にした唐突な回想話は無駄だと思う
「違うわよ。家もなく、お金もない。オマケに仕事もなかったアタシを拾ってくれた恭にお礼を言いたかったのよ」
「そうか。んじゃ礼なら今聞いた。俺は戻る。そしてお前達は明日にでも出て行け」
零との話を強引に打ち切り俺は部屋へ戻ろうとした。その時─────
「待って……お願いだから……」
背中に衝撃を受けた。俺は零に抱き着かれたとすぐ理解出来たが、それをする意味は理解不能
「抱き着けば俺が靡くと思ってんのか?」
ラノベのちょっとエロい主人公は女に抱き着かれるとすぐに鼻の下を伸ばすなんて事はよくある。それが俺に通用するかと聞かれれば否だ。
「思ってないわ……でも、こうしないと恭は部屋に戻ろうとするじゃない」
「当たり前だ。お前達と話す事なんて何もない。明日には出て行く人間と今更何を話すんだよ?住む場所だって娘バカな親父の元って決まってる。お前達からすると万々歳だろ」
娘バカな親父にとっても娘が増える事は大いに嬉しいだろう。今までは息子一人だった……それも、不登校から引きこもりにグレードアップした息子がな。それが下は中学生から上は成人した娘が出来るんだ。これほど嬉しい事はないだろう
「嫌よ」
「何故だ? 人を人とも思ってない奴の側にいるよりも娘として愛してくれる奴の側にいた方がいいだろ? ましてお前は父親に捨てられた身だ。新しく父親が出来て嬉しいだろ?」
「嬉しくないわよ!! あんな行動の遅い父親なんていらない!! 見ず知らずでないものだらけだったアタシを拾ってくれた恭!! アンタの側にいたいのよ!!」
俺の側にいたい。そんなのは零個人の意見であり、意見の押し付けだとも感じる。それじゃ今までと何一つ変わらない
「それはお前の勝手な意見だ。俺は誰も必要としてない。実の父親も、義理の母も姉も……お前達もな」
俺は何も必要としてない。マザコンと笑いたければ笑え。だがな、俺にとってはお袋が一番だった……当たり前だよな? 自分が辛い時に誰が一番側にいてくれたと思う? 誰が俺を理解してくれたと思う?答えは親父でも中学の時の担任でもなくお袋だ
「ならッ……!! なら恭に必要としてもらえるように頑張るッ……! 本当のお母さんの代わりにだってなる! だからッ! だから……アタシを……アタシ達を側に置いて……」
背中越しに零が泣いてるのが分かる。俺の腹に回された腕が小刻みに震えていたからな。だが……
「お袋の代わりなんてお前達には無理だ。それに俺はお前らに何も期待してないから頑張らなくていい」
俺は零達に期待なんてしてない。期待して自分がバカを見たくないからな
「恭!!」
零との話が平行線に差し掛かろうとした。その時─────
「恭、お前は昔から頑固者じゃと思っとったが……ここまでじゃと筋金入りじゃのう」
背後から第三者……爺さんの声がした
「爺さん……来てたのか……」
「着いたのは零ちゃんが自分達を側に置いてくれと懇願した時じゃったがのう」
「…………そうか。それで? 爺さんは何の用で来たんだよ? このしがみついてるのを含めて全員引き取りに来たと言いに来たのか?」
「違うわい! 儂は恭に伝える事があって来たんじゃ!」
「伝える事?」
爺さんの伝える事とは何だ? もしかして俺を灰賀家から追い出すとかか? そうなっても自業自得だから仕方ない
「そうじゃ。恭に儂の会社を継げ。そう言いに来たのじゃよ」
いきなり現れた爺さんの言ってる事は意味が解らなかった
「意味が解らないな。俺は人を人とも思わないクソ野郎だ。そんな奴に自分の会社を継がせるとか頭大丈夫か?」
「生憎恭に心配される程頭は狂っとらん! それに、恭がそうなったのには儂にも少なからず責任がある」
爺さんの責任? 何だ?
「爺さんの責任って何だよ? アレか?引きこもっていた俺を強引に外へ連れ出した事か?」
「違う……恭のペンダントが奪われた時……あの時……儂は恭の中学に圧力を掛けてでも返させるべきじゃった……」
中学校に圧力を掛けられる爺さんはマジで何者なんだ? と気にはなった。しかし、学園の理事をしている婆さんの顔が浮かび圧力を掛けるのは爺さんではなく、婆さんだとすぐに察しが付いた
「別にいいさ。形見のペンダントは戻って来た。俺はそれだけで満足している。親父の再婚に反対するつもりもない」
再婚に反対するつもりはないって言葉に嘘はない。家族として認めるかどうかは別として
「そうか……恭がそう言うなら恭弥の再婚に関して儂から言う事はない。じゃが、恭弥には話す事があるじゃろ? それと夏希さん、由香ちゃんには言う事がのう」
爺さんの怒気を含んだ声が駐車場全体に響く。俺は爺さんのこんな声を何度も聞いてるから平気だったが、零達は違うようで恐怖故に短く悲鳴を上げた。悲鳴を上げはしなくても恐怖で顔が強張ってるに違いない。で、零は抱き着く力を更に強めた
「きょ、恭……す、済まなかった……母さんが死んだ時は側にいてやる事が出来なかった上にお前が大事な物を奪われた時にはちゃんと学校に抗議出来なかった。オマケに叱ったとはいえ娘が出来た事に舞い上がってちゃんとお前を見ていなかった……本当に済まなかった」
弱々しい声で懺悔し謝罪の言葉を述べる親父。それについて思う事はない。ただ俺は肝心な事を聞いていない
「懺悔も謝罪も必要ない。だが、一つ聞かせろ」
「な、何だ?」
「アンタは本当に娘を叱ったのか? お袋の形見を奪われた時もそうだ。アンタは学校に抗議一つしなかったがそれは何故だ?」
「……………お前なら何とか出来ると思ったからだ」
親父の言い分に呆れて声も出なかった。要するに親父は家庭を見てなかっただけだ。その理由が自衛の為なのか、仕事が忙しく余裕がなかっただけなのか……それは分からない。俺から言えるのはこの親父は家庭を顧みなかったという事だけだ
「そうかい。まぁ、親父が家庭を顧みなかった事は分かった。そんなアンタに許すとも許さないとも言わない。一生自分の家族を顧みなかったって事実を背負って生きてけよ」
怒るでもなく、泣くでもない。許すでもなく許さないでもない。これが親父にとって一番キツイ罰になるだろう
「分かった……」
親父の懺悔と謝罪が終わり、俺は部屋に戻る事が……
「恭君……次は私の番よ」
出来なかった。親父の次は女性の番だからだ
「手短に済ませろ。俺はアンタ等の話を聞く事に飽きてきた」
女性は“分かったわ”と言い、短く息を吸う。呼吸を整えているようだが、俺にとってはその時間すら無駄だ
「恭君、娘が中学生時代にした事、本当に申し訳なく思っているわ。いくら欲しいものだからって人から奪っていい理由にはならない。そんな当たり前の事すら分からない娘に育ってしまったのは一重に私の教育不足よ。本当にごめんなさい……なんて謝って許してもらえる事ではないわよね……」
「ああ。アンタの娘がした事はただの窃盗だ。奪う過程で殴られたから暴行もだけどな。で、アンタは娘が自分が見た事ないペンダントを付けてた時に何も聞かなかったのか?」
自分の子が今まで見た事のないものを身に着けていたらさすがに聞く。それをこの女はしたのか?
「聞いたわ。でも、その時は彼氏から貰ったとしか言わなかった……私も彼から貰ったと言われた時にどこで買ったかくらい聞いておくべきだったわ……本当にごめんなさい……」
ペンダントを奪われた当事者である俺と奪った張本人の彼女である女の娘。頭では理解していたのかもしれない。この女を殴っても何にもならないって
「さっきも言ったが、今更懺悔も謝罪もいらない。それと、アンタ等の結婚を反対もしない。だた、アンタを母と呼ぶ日は永遠に来ないと思え」
女にとって一番キツイ罰だと思う。再婚し義理とはいえ息子が出来る。その息子から母とは呼ばないと言われるんだからな
「ええ……それが私にとっての罰というなら甘んじて受け入れるわ」
女の懺悔と謝罪が済んだ時点で俺はゲームがしたくて仕方なかった。長い話は正直言ってめんどくさい。そうは思っても世の中上手くいかないもので……
「じゃあ、最後はあたしだね」
まだ俺からお袋の形見を奪った奴が残っていた
「見苦しい言い訳をしたら俺は戻る。ハッキリ言ってお前がまともな話をするとは思えない」
実家にいた時がそうだった。謝罪しろとは言わないが、せめて言い訳くらいまともにしてほしい。コイツはそれすらしなかった
「分かってるよ……まずは中学の時に貴方から強引に大事な物を奪ってしまってごめんなさい……言い訳にしかならないかもしれないけど、あのペンダントがお母さんの形見だなんて知らなかった。当時のあたしは……いや、あたし達は貴方に構って欲しかった……」
コイツは中学時代、学級の中心となる奴のグループにいた。対する俺はボッチ……ではなかったが、クラス内での交流はしなかったし興味もなかった。
「知らなかっただなんて言い訳にならない。それに、お前はクラスの中心グループにいただろ。そんな奴が……いや、そんな奴等がクラスの連中に全く興味を示さなかった俺に構って欲しかったとは意外だな。教師に一目置かれているわけでも女子からモテモテでもなかったんだぞ」
俺はラノベに出てくる優等生キャラでも隠れイケメンキャラでもなかった。浮いてはいただろうけど
「うん。でも、いつも退屈そうにしていて何をしても楽しくなさそうな顔してたじゃん」
退屈そうじゃなくて本当に退屈だった、何をしても楽しくなさそうじゃなくて何をしても楽しくなかったが正しい
「そりゃ、授業はクソ、ちょっとでもゲームやマンガ、アニメの話をするとすぐオタク呼ばわり。退屈で何をしても楽しくないのは当たり前だろ。それに、俺はお前にもクラスの連中にも興味なんてなかった」
話を合わせろだなんて言わない。俺が言いたいのは知りもしないのに人の趣味を否定すんなって事だけだ。
「そう……だよね……当時のあたし達は否定的だったもんね……」
「ああ。そんな連中に興味持つほど俺は好奇心旺盛じゃない。それは今も昔も変わらない」
「だよ……ね……それに、今更謝っても許してくれないだろうし、あたしを姉とも認めてくれないよね……」
涙声になる盗人の声。逆に聞いてみたい。過去に自分をイジメてきた奴がいきなり姉になりましたと言われて素直に受け入れられるか、同じ家で過ごすとして信用出来るかをな
「お前の母と義父にも言っただろ。俺は許すとも許さないとも言わない。自分がした事の事実を永遠に十字架として背負って生きていけってな」
「うん……」
「じゃあ、お前も母と義父同様に生きていけよ。別に再婚するのには反対しないからよ。話が終わりなら俺は戻る」
これ以上の謝罪は必要なかった。どんなに謝ったところで過去の事は消えない。だったら過去の過ちを十字架として背負わせた方が有意義だと俺は感じた
「恭、由香ちゃん達との話は済んだ。じゃが、零ちゃん達との話はまだ済んどらんじゃろ」
「話? 話なら済んだだろ? 俺はコイツ等を必要としてない。その事実は変わらない」
「恭よ、ちとこっちを向いてくれんかのう」
「なん──────!?」
爺さんは諭すように言った。何も言わず抱き着いていた零の腕を解き、爺さんの方を向いた俺は声が出なかった。なぜなら─────
「恭、彼女達は皆お前の為に泣いてくれているんじゃ。そんな彼女達にまだ出てけというつもりかのう?」
零は下を向き、震えていた。一方の闇華達は大粒の涙を流し、静かに泣いていた。
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