『はい、こちら伏古総合病院でございます』
東城先生に待つように言った俺は家具の確認をした日同様に親父の務める伏古総合病院へ電話を掛け、これまた前回同様に2コールで受付に繋がった。
「リハビリ科技師長灰賀の息子で灰賀恭といいます。リハビリ科をお願いしたいんですけど」
『はい、リハビリ科ですね。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?』
ここも前回と同じだ。職員に電話を取り次ぐんだから当たり前っちゃ当たり前か
「学校の件で電話したと灰賀にお伝えください」
前回は一人暮らしの件で電話したが、今回は違う。学校の……主に東城先生との関係についてと同居についてだ
『分かりました。只今リハビリ科にお繋ぎ致しますので少々お待ちください』
前回と同じ返事に前回と同じ待機音。ここまではゲームで言うところのチュートリアル……
『どうした? 恭? いきなり電話なんて? っていうか、授業はどうした?』
ここからがRTAの始まりだ! と言っても時間は測らないから気分だけだけどな
「授業は東城先生同伴でサボりだ。それより、親父」
『何だ?愛しの父に会いたくなったか? ん? ホームシックか?』
俺の中で何かが切れる音がした
「んなわけあるか! 俺が今日電話したのは東城先生との関係と入居についてだ!」
今は授業中だ。頭に来たからといって怒鳴るわけにはいかなかった。だから常識の範囲内で俺は怒りをぶつけた
『藍ちゃんとの関係? あー、そう言えばお前の担任藍ちゃんだったな。どうだ? 藍ちゃんは美人か?』
親父からは全く反省や焦りが伝わってこない。この親父は反省する事、焦る事はあるんだろうか?と疑いたくなる
「それは後で答えてやる。それより俺が東城先生と幼い頃一緒に遊んだ事やその東城先生が同居する件について答えてもらおうか? ん?」
一人暮らししろと言われてデパートの空き店舗に放り込まれた俺。零を拾い同居した時点で一人暮らしじゃなくなった。そこから闇華を拾い、琴音を拾った。挙句の果てには母娘軍団。その上東城先生までとなると最早一人暮らしは成立しない。今更出て行けだなんて無責任を言うつもりは全くないがな
『藍ちゃんというのは本当だ。何しろ同じ科は違えど藍ちゃんのお父さんとは同じ病院に勤務してるんだからな。まぁ、藍ちゃんのお父さんはお前が幼い頃に転勤で引っ越すまでは一緒に遊んでいた。で、藍ちゃんが同居する件は……あれだ。前から藍ちゃんの親父が一人暮らしさせたいって言ってたから俺が場所を提供した』
親父の話は納得できない部分がありはすれど東城先生の話に真実味を与えてくれた。東城先生は俺が幼い頃父親が転勤で引っ越すまでは一緒に遊んでいていた。で、前というのがどれくらい前かは置いとくとして、親元を離れて暮らさせたいと思っていた。こんなところか
「とりあえず納得出来ない部分が多いような気もしなくはないが幼い頃に一緒に遊んだという事と東城先生を親元から離したいというのは理解した」
『話が早くて助かる。それにしても、お前酷くないか?』
酷い? 親父は何の話をしてるんだ?
「何の話だ? 意味が分からないぞ」
自分の親父にいきなり酷い奴宣言されるだなんて心外だ
『お前、小さい頃は一緒に遊んでもらっただけじゃなく、一緒に寝てもらってた上に風呂まで一緒に入ってたクセに忘れてたんだぞ?酷いと思わないのか?』
親父からの衝撃発言により俺はスマホを落としそうになった。は? 一緒に寝る? 一緒にお風呂? 親父が何を言ってるか理解出来ない
「はい? 俺が東城先生と一緒に寝た? え? 一緒に風呂に入った? 何言ってんだ? あれか? エロ本と現実の区別が付かなくなったのか? 親父」
どうやら親父は物語と現実の区別が付かなくなったらしい
『お前が何言ってんだ? って言っても小さい頃の話だから覚えてないのは仕方ない。小さい頃はな藍ちゃんと一緒に遊ぶのは当たり前。寝るのも風呂に入るのも一緒だったんだ。それこそ将来は藍ちゃんと結婚するとまで言ってたぞ』
親父から語られる衝撃の真実ゥ~。いや、黒歴史だった
「はあぁぁぁぁ!? なななななな、何言ってんだ!?」
「ぽっ……」
親父の衝撃発言に驚く俺と聞こえていたのか頬を赤らめる東城先生。
『何ってお前、よく俺に言ってたぞ? 将来の夢は藍ちゃんのお婿さんだって』
「いやいや! いつの話持ち出してんだよ! っつか、東城先生も何で頬を赤らめてるんですかね!?」
『ガハハハッ! その反応じゃ恭は覚えてなかったか! 藍ちゃんは満更でもないようだな! まぁ、仲良くやれや! じゃあな!』
今回の親父は俺を弄る事なく電話を切った。
「ったく、親父のヤツ……」
俺は電話番号と通話時間が表示されているだけの画面を恨めし気に睨む。睨んだところで空しくなるだけだから早々に通話を終了しスマホをポケットへ。通話時間十分か……
「はぁ……」
幼き日に東城先生と遊んでいただけならまだしも、一緒に睡眠、一緒に入浴。挙句の果てに結婚宣言。幼少期って恐ろしいな
いつまでも親父に恨み言ばかり言っていても仕方ないと思った俺は頭をこれからの事に切り替え、東城先生とどうするか話し合いを試みた。
「東城先生」
「つーん」
話し合いを試みたのだが、当事者である東城先生にそっぽを向かれた
「あの、東城先生?」
「つーん」
俺の何が悪いんだ? 何でそっぽを向かれてるんだ?
「あのー? 藍先生?」
「つーん」
東城先生と呼ぶのが気に入らないのなら藍先生と呼んでみたが、これもダメ。え?あの呼び方しないと反応しない感じ?
「えーっと、藍ちゃん」
「何? 恭ちゃん」
やっぱり、藍ちゃんって呼ばなきゃダメなのね。
「これから家に住むのはいいとして、荷物の件とか聞いときたいんですけど」
いくら幼い頃に一緒にいた仲だとしても学校じゃ教師と生徒。タメ口で話すのはよくないよな?いくら二人きりで敬語ナシで話していいとは言われていても
「荷物は休日に取りに行く。それより恭ちゃん、今は二人きりなんだから敬語は止めて」
「いやいや、さっきは確認の電話をするためにタメ口で話しましたけど、いくら本人同意の上だとしても先生にタメ口はマズイでしょ」
「二人きりの時はいいの。他の先生や他の生徒がいる前だとマズイけど、今はいいの」
他の先生や生徒がいる前がダメで二人きりの時はいいっていう意味が不明だ。世の中の女性はみんなこうなのか?俺には年上女性の心理が理解出来ないよ……親父
「本人が言うならいいんですけど。それより! 藍ちゃんの荷物は土日のどっちかで取りに行くからいいとして、家の場所は知らないよな?」
親父が東城父から同居を打診されてたとしたら娘である東城先生が家の住所を知ってても不思議じゃない。入れるかどうかは別として。さて、東城先生は家の住所知ってるかだな
「知らないね。私がお父さんから聞いたのは恭ちゃんが普通じゃない場所に住んでるって事だけだから」
やっぱり……親父も東城父も意地が悪い。俺がデパートの空き店舗に住んでるとは言わなかったんだから本当に意地が悪い
「普通じゃない場所ね……間違ってないから困る。で? 今日から同居するのは別に構わないけどよ、俺は生徒で藍ちゃんは教師。帰る時間が違うぞ?」
星野川高校の完全下校時刻というのが何時なのかは知らない。一つ言えるのは東城先生と俺じゃ帰る時間が違うって事だけだ
「うん。知ってるよ。今回だけ特別に恭ちゃんには私と一緒に帰ってもらうから」
初登校にして担任と一緒に帰る羽目になるとは思わなかった。そもそも、俺はほんの少し話をするだけのつもりだったのに授業を丸々二時間分潰している時点でアウトだったか
「分かりました。じゃあ、俺は学校内で適当に待っていればいいって事ですね?」
「うん。ところで恭ちゃん」
「何?」
「物分かり良過ぎない?」
東城先生には俺が物分かりが良いという風に映っているようだがそれは違う。諦めただけだ。
「一人暮らし初日から今日までいろんな人を拾ったからな。突然言われるって事に慣れただけだ」
「ふーん」
「ふーんって……授業に出るのは諦めるとして、帰りのHRには出られるのか?」
東城先生に俺は二時間目も三時間目も参加しないと宣言され、授業に出るのは諦めた。しかし、帰りのHRだけには出たい
「もちろん。出られるよ。でも今は三時間目だからそれまで私が恭ちゃんに個人授業」
「個人授業って言われても今の俺は教科書も筆記用具も持ってないぞ?」
「見たら分かる。授業内容は私を甘えさせる事だから教科書も筆記用具も必要ない」
俺は成す術なく三時間目が終わるまで東城先生にされるがままとなった。
年上女性が好きな内田からすると羨ましい事この上ない状況から解放された俺は現在、自分の教室に戻り、帰りのHRに出ていた
「帰りのHRだけど、今日は初登校という事で何も決めてないから教室の掃除はなし。一年生の次回登校日は明後日。でも、それはあくまでもプランAの子達でプランBの子達は明日もあるから。以上でHRは終わり。完全下校時刻は五時だけど、残りたいなら残っていいから」
東城先生はそれだけ言って教室を出て行った。今日が初でまだ人間関係も定まってない中、完全下校時刻まで残る奴なんてまずいないだろう。内田のようなタイプの人間は多分、バイトとかで真っ先に帰るはず
「俺は東城先生の終業時間まで残ってなきゃならんのね」
HRが終わり、クラスメイト達が席を立つ姿を俺はただ見ているしかなかった。職員室に行けば暇は潰せると思う。その代わり先輩に声を掛けられそうだという不安はある。
「東城先生の終業までどうやって時間を潰すかだな」
現在時刻は十二時。完全下校時刻まで残り五時間。これなら一度家に帰って東城先生の仕事が終わる時間に迎えに来た方がいいんじゃないか?
「とりあえず零か闇華にメールで東城先生が今日から同居する事を伝えておくか」
零達ならダメとは……言わないと思う。それでも不安は拭いきれない。例えば零達の中で教師なんか大嫌いだという奴がいるかもしれない。例えば生徒と教師が同居するだなんてバカげてると言う奴がいるかもしれない。不安要素を挙げればキリがない。そうならない為の連絡だ
「零と闇華……どっちにメールするかだな」
新しい同居人が増えるという連絡を入れるのは決定事項だ。問題は零と闇華のどちらにその連絡を入れるかだ。まずは零に言った場合を想像してみよう……
零にメールした場合
『今日から同居人が増える』
『ふーん、どんな人? 性別は?』
『クール系の女だ』
『アンタ、また女の人拾ったの?何?ハーレム王でも目指す気?』
『違う。事の成り行きだ』
『あっ、そう。まぁ、どうでもいいわ』
零の場合は『お前バカか?』とか言わない限りは平気そうだ。今のはあくまでも想像だから必ずしもすんなり事が運ぶとは限らない。念のため闇華に言った場合も想像してみるか
闇華にメールした場合
『今日から同居人が増える』
『恭君、浮気するの?私がいるのに?零ちゃんは私より先だったからいいけど、琴音さんや他の女達の事は本心じゃ納得してないんだけど?ねえ?』
『浮気も何も俺達は正式に交際してないだろ』
『入居した日に言ったよね? 私は貴方の事をどうしようもなく愛してしまいましたって。それって愛の告白……いや、プロポーズだとは思わない? ねえ? 恭君?』
闇華の場合はアレだ。同居人が増えるって言った時点で浮気認定された挙句、俺達が交際しているか否かの議論が始まってしまいそうだ。
「零に言っても地獄、闇華に言っても地獄……仕方ねぇ、二人にメールするか」
東城先生の事を零だけに言うと売り言葉に買い言葉で喧嘩になる可能性があり、闇華だけに言うと俺達が交際しているか否かの話に発展しそうだ。なので短絡的発想から俺は二人同時に同じメールを送るという超画期的な手段に出る事にした
「えーっと、今日から女性の同居人が増える。拾ったわけではなく親父から頼まれての事だから誤解しないようにっと」
同居人が増える事と親父から頼まれた事だという事を伝える旨のメールを零と闇華へ送った。琴音はスマホをまだ買いに行ってないから持っていない。こんな事なら零と闇華の約束を破ってでも買いに行くべきだった
零と闇華にメールを送った後、俺は職員室に行き、適当に他の先生を言いくるめ東城先生の終業時間まで職員室内にて時間を潰した
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