「恭!! アンタは乙女心ってものが解ってない!!」
「はい、ごめんなさい……」
強烈なビンタを食らった俺、灰賀恭は現在、だだっ広いリビングで正座させられ、津野田零から有難いお話を聞いている真っ最中だ。零さん?俺に乙女心の何たるかを説いても無駄だと思いますよ?
「ごめんで済んだら警察なんて要らないのよ! アンタそれ解ってる!?」
「はい、解っております……」
零の説教が始まってからどれくらいの時間が経過したかなんてのは分からない。時計を見る隙がないからな
「解ってないでしょ! 大体ねぇ! アンタ!女の子が服装や髪型を変えたら普通は褒めるでしょ! それなのに何なの?似合ってるよの一言も言えないの!?」
零、その言い分だとまるで俺に褒めてほしかったとでも言っているみたいだぞ?なんて思ったが、それを口に出せず俺は……
「す、すみませんでした、次から気を付けます……」
謝るしかなかった
「次から気を付けるねぇ……じゃあ、今日の夜にでも褒めてもらおうかしら?」
「はい?」
「次から気を付けるんでしょ?」
「いや、そうは言ったけどよ、それがいきなり今日の夜ってのは早すぎないか?」
俺は次から気を付けるとは言った。そうは言ったが、今日の夜実行するとは一言も言ってない
「はぁ? 世の中には思い立ったが吉日って言葉があるのよ?今日の夜から実行しないでいつやるの!」
「えーっと、明日とか?」
思い立ったが吉日とは言うが、人間すぐ行動出来るか?と聞かれればそうではない。ああしたい、こうしたいと思っても上手くいかないのが現実だ。だから、さっきの失敗を今日の夜取り戻せと言われても無理だ。なんて思っていた事もあったなぁ……
「恭?」
問題を先送りにしようという魂胆が見破ったのか鬼の形相で俺を睨んでくる零。これには俺も反論出来ず……
「はい! 今日の夜頑張らさせていただきます!!」
と、零に頭を下げるしかなかった。もしかしなくても俺はとんでもない女を拾ってしまったのかもしれない。
「分かればいいのよ! 分かればね!」
俺の後悔など知らないであろう零は腕を組み、満足気な顔をしていた。ホント、人の気も知らねーで全く……
「ところで零さん?」
「何よ?」
「私そろそろ正座を止めてもよろしいでしょうか?足が痺れてきたんですけど……」
実際には足の痺れなどほとんどない。が、いつまでも正座をしていると足が痛くなる。そうなってしまうと探索ついでに買い物をする事が出来なくなってしまう
「アンタ、アタシの話聞いてた?女の子が女の子が服装や髪型を変えたらどうするって言ったっけ?」
「ほ、褒めるって仰いました」
「そうよね? で? 今のアタシを見て言う事はないわけ?」
説教が始まる前と同様に零はクルリと一回りして見せた。説教を受ける前は特に何とも思わんかったけど、こうして見ると零ってジーパンとデニムシャツ似合ってるんだな
「そうだな。そのジーパンもデニムシャツもよく似合ってるぞ」
「当たり前よ! 似合うようにコーディネートしたんだから!」
普通は褒めたらもう少し謙遜するものなのだが、この女、謙遜するどころかドヤ顔しやがった……
「さいですか。ところで、もう足崩していいか?」
説教は終わったし、零の望みも叶えた。俺が正座している理由なんてどこにもはずだ!
「ええ、いいわよ。あっ、でも、今日の夜の事はチャラにはならないからね!」
「はいはい」
零の望みを叶えたというのにまた夜に罰があるとは納得いかない。普段の俺ならそう思うだろう。しかし、今回の事に関して言えば女心を理解してなかった俺にも非がないわけではない
「はいは一回!全く、アタシはアンタの──────」
ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~
俺の返事の仕方が気に入らなかった零はそれについても説教をしようとしたのだが、それを遮るようにして腹が鳴った。説教しようとした零の
「…………………」
余計な事を言えばまた怒られる。俺は学習する男だ。だから零の腹がなっても黙っている事に
「恭、今の聞いたわよね?」
そりゃ広い部屋で二人しかいないんだから聞こえない方がおかしいだろ。とは思ったよ! だがな! 俺は学ぶ男だ! さっきの二の舞になんてならないぞ!
「いや、聞いてないな」
「ほ、本当に?」
「ああ、聞いてない。そんな事より、腹減った。朝飯にしよう」
「う、うん……」
零の説教を回避するために嘘を吐いて狙い通り見事説教は回避出来たのだが、心なしか零の顔が赤かったのはどうしてだろう?そんな事よりも朝飯なんだけど……
「朝飯にするのはいいとしてだ、昨日は外食だったからここには何もないぞ」
昨日の夕飯は外食だったので食材の類は全くない
「昨日と同じで外食しかないってわけね」
「そうなるな」
あんまり無駄遣いは出来ないのは十分に理解している。理解はしていても腹は減るのは仕方ない。俺達は昨日と同じく外食する事を迷わず選択したのだが、出来れば家具を揃えて自炊したいものだ
朝飯を食い終わった俺達は駅前に来ていた。この熊外駅はそこそこ大きな駅だ。その近くには飲み屋や飲食店、小さな雑貨屋などが立ち並ぶ。まぁ、サラリーマンや主婦がちょっと立ち寄って飲んだり買い物するには持って来いなんだが、俺のような十代のお子ちゃまには物足りない駅だったりする
「この辺だと俺達の必要としている物は手に入らないかもな」
「そうね。精々手に入ったとしても小物類だけでしょうね」
俺達が今必要としているのはテーブルや食器棚といった大きな家具だ。しかし、この近くに立ち並ぶ店では手に入らない。理由?理由は簡単だ。家具屋がないから
「んじゃ、仕方ないが、隣の女将駅に足を延ばすか」
ここ熊外駅の隣にある女将駅。その駅前は大型のショッピングモールがあり、大型電気店がある。便利な事にそこには家具屋を始め、多くの店が入っており、そこへ行くだけで生活に必要な物が粗方揃う
「電車代とはいえ恭にお金使わせたくないけど、家具がなきゃ生活するのに不便だから仕方ないわよね……」
「ああ、俺もなるべくなら金は使いたくないが、いつまでも外食じゃ金ばかり掛かる」
零に金を使いたくないとは言わない。いつまでも外食じゃ金は掛かるわ栄養は偏りがちになるわでいい事なんて何一つない。だったら自炊した方がマシと言うものなのだが、その自炊をしたくても家具がなきゃ出来ないのも事実だ
「そうよね……毎度毎度外へ出るのだって時間が掛かるのに外食なんてしてらんないわよね」
「ああ、家の中を移動するのでさえ時間が掛かるからな」
親父に言って早めに対処してもらわねばとは思う。現状を素直に話せるかと言えばYESとは言い難いけどな
「とりあえず今日は買えなくても値段だけ見るのも悪くないでしょうし行くだけ行ってみましょう」
「だな。値段だけリサーチして別の場所で買うってのもアリだしな」
なんて話をしたが、正直に言って俺の財布の中身ではいい家具を見つけたところで購入は不可能だ。それでも見るだけならタダだ。多分、零も購入は不可能だとは思っているに違いない
「そうね。今の恭の懐事情を考えるとリサーチするだけで精一杯だもんね」
零、俺の財布事情を考慮してくれるのは嬉しいが、今の言葉は遠回しに甲斐性なしって言われてるようで傷つくぞ……
「飯代を出せるだけマシだろ」
「確かに……」
本来なら一介の高校生が家具を買えるだけの金なんて持ってないんだぞという言葉をグッと飲み込んだ。それから少しして俺達は熊外駅に到着。階段を上がり、改札口へと向かった
「「………………」」
改札口に着いた俺達はとある理由で言葉を失った。人の多さ?違う。じゃあ、休日でも何でもないのに込んでるから?違う。答えは────────────
「………………」
見られているからだ
「見られてるよな」
「見られてるわね」
別に駅なんだから見られてるのは普通だと思うだろ?俺の勘違いだと思うだろ?違うんだ! 改札の隅で体育座りをした女が光のない目で俺をジーっと見つめてくるんだ!
「あの女性は俺を見てるんじゃないよな?」
もしかしたら俺の勘違いかもしれない。そう思い思わず零に確認する俺
「さ、さぁ?平日とはいえここには多くの人がいるんだんから恭の先にいる人を見てるんじゃない?」
若干顔を引きつらせながらも俺の問いを零は否定してくれた。そもそも、俺は見つめられる程いい男じゃない。言ってて悲しくなるが
「だ、だよな! きっと俺じゃない別の人を見てるんだよな! そうだよな!」
「え、ええ! そうよ! ほら! さっさと切符買いに行きましょう!」
「お、おう!」
きっとあの女の人は俺じゃない人を見つめていたんだ! そう解釈した俺は切符売り場に移動する事に。これであの人も探し人を探しやすくなるだろ!
「………………」
なんて思った事もあった。移動すれば俺を見ている女の人は視線を外す?見つめられていると思っていたのは俺の勘違い?そんな事はなかったよ! 俺が移動したら数メートル後ろを付いて来たんだもん!
「な、なぁ、零、さっきの人、俺達の後をついてくると思うのは気のせいか?」
「き、奇遇ね、アタシも今、同じ事を聞こうと思っていたところよ」
どうやら零も同じ事を思っていたらしい。つまり、後をつけられているのはほぼ確実という事になる
「あの人が本当に俺達の後をつけてくるのなら俺達が止まったらあの人も止まるよな?」
「そりゃそうでしょ。アンタをつけてるんだから」
「だったら、物は試しに止まってみないか?」
「そうね。ワンチャン違うとも限らないし、やってみる価値はあるわね」
俺達は後をつけてくる女性が本当に自分達の後をつけているのかを確かめるべくその場に立ち止まった。立ち止まった後、俺はすぐさま後ろを振り返ると────────────
「………………」
後をつけていきた女性もその場で立ち止まっていた。
「決まりだな」
「そうみたいね」
俺達の後をつけていた女性が立ち止まった事で自分達の後をつけているのではなく、行く方向がたまたま同じなんだろうという仮説が消えた。そう思ったのもつかの間。立ち止まっていた女性がこちらへ歩いて来た
「………………やっと見つけました」
「「え……?」」
俺の前で立ち止まった女性は見つけたと言っているが、俺には何の事だかサッパリ分からない。それは零も同じ
「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ……もうハナシマセンヨ」
「「ひいぃ!?」」
急に笑い出したと思ったら光のない目で俺を見つめ、束縛宣言をした女。そんな女を見て思わず悲鳴を上げてしまった俺と零。周囲の人間は当たり前だが、そんな俺と零には見向きもしない
「ナニヲオドロイテイルンデス?ワタシトキョウスケクンノナカジャナイデスカ」
この名も知らぬ女は俺をキョウスケ君とやらを間違えているらしい。一人暮らし初日、ツンデレ系女子を拾ったと思ったら一人暮らし二日目でヤンデレ系女子に絡まれるとは誰が予想しただろうか?
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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