「アンタ、よくも単独行動してくれたわね……」
「私達がどれだけ心配したと思ってるの?」
声を荒げはせずとも怒りを隠し切れない零と東城先生。二人の言う事は尤もで単独行動をした俺が100%悪いのは自覚している。とは言っても零達から離れたのはお袋であって俺じゃない
「悪かった」
俺は頭を下げる。お袋が俺の身体を使っていた事を知ってる零だけだったなら言い訳のしようはいくらでもあった。東城先生が一緒となるとそうもいかない。神矢想花の一件を知っているから身体に乗り移る仕組みの説明は多少雑になっても理解はしてくれそうだ。理由となると難しいだろう
「悪かったねぇ?まぁ、今のアンタはいつもの恭みたいだから許してあげるけど、これからはすんじゃないわよ?」
下げていた頭をほんの少し上げ、零を一瞥すると彼女の顔に怒りの形相ではく、あったのは手のかかる弟を持つ姉のような呆れたような笑み。事情を知っている零の方は許してくれたらしい。東城先生も零と同じくこれだけで許してくれるといいんだが……
「恭ちゃん、頭上げて。事情はここへ来る途中に零から聞いてたから今回は見逃すけど、次からは一言言って。じゃないと闇華達宥めるの大変だから」
俺は言われた通り頭を上げると東城先生は怒りでも呆れでもなく、心底疲れ切った表情で見つめていた。
「本当に悪かった。次からは一声掛ける」
俺は謝罪の意を示すため、再度頭を下げた
「「うん」」
頭上から聞こえた零と東城先生の声は穏やかで怒ってる様子はなく、これにて一件落着────
『零ちゃん! 藍ちゃん! 私、きょうと今まで以上に深い関係になったんだよ!』
とはならなかった。突然お袋が特大の爆弾を投下させたのだ
「「は?」」
零達の目から光が消えた
『聞こえなかった?私ときょうは今まで以上に深い関係になったって言ったんだよ!』
再度爆弾を投下させるお袋。今度は胸を張るというオマケ付きだ
「「へぇ……その話詳しく……」」
そう言って殺気を放ちながら俺を光のない目で見る東城先生と零。どうしてそうなる?
「詳しくって……俺も具体的な事は何も知らないぞ?知りたいならそこにいるロリッ娘メイドに聞いてくれ」
昨日の分と今ので疲労が限界を超えた俺は全ての説明を曾婆さんに丸投げしてみた。結果は────
『はぁ、まぁ仕方ないよね……この中で早織ちゃんの言った事をちゃんと説明できるのは私しかいないもんね……』
諦めたように溜息を吐き、やれやれと肩を竦めていた
「そういう事だ。俺だって何がどうなってるのか分からねぇし」
『きょうに同じく』
お袋が現状を何も知らないのはマズいだろ……。いつもは何かと頼りにさせてもらってるけどよ……
「それを言うならアタシ達はどうするのよ?アタシに限ってはそっちのロリッ娘の紹介すらされてないんだからね?」
「そうだよ。恭ちゃん達より何も知らないんだから」
零、見た目は小学生くらいのロリでも実年齢はお前よりも年上だぞ?東城先生には……うん、返す言葉もないな。俺とお袋だって詳しい事は何も知らないし
『あ、あはは~、言われてみればそうだね~、私は零ちゃんの事をよ~く知ってるけど、零ちゃんからすると初めましてだったねぇ~』
ロリッ娘と言われ気をよくした曾婆さんは顔をこれでもかというくらい綻ばせ、身体をクネらせる。普通ならロリって言わないで!これでも君のお祖母ちゃんよりも年上なんだぞ~!って怒るところだろうが、彼女は幽霊。見た目なんて変え放題故に怒らずむしろロリと言われて嬉しくなっちゃったんだろうな
「ど、どうしてアタシの名前を……?」
自己紹介もしてない相手が自分の名前を知っていた。驚くのは至極当然だ。俺だって初対面の相手が自分の名前を知っていたら驚く
『君の事は早織ちゃんから聞いてるよ、津野田零ちゃん。父親に借金を押し付けられて途方に暮れていたところを恭に拾われたんだよね』
今の話は多分、同居人全員が知ってる。悪いけど俺は自分の見てない範囲で零達がどんな風に過ごし、どんな話をしているのか全くと言っていいほど知らない。
「その通りです」
事もなげに零はあっさりと自分が俺と同居するに至った経緯を認める。客観的に見れば彼女は何も感じてないようにも見えなくはない。本心じゃお袋に対して余計な事を言ってくれたなと怒り心頭なのかもしれないしそうじゃないかもしれない。父親に対しての憎悪を抱いてるのかもしれないしそうじゃないかもしれない。俺は零を拾った時、父親に借金を押し付けられたと聞かされ、無責任な親もいたもんだと呆れ果てたが、彼女は自身の父親に対して何を思う?
『そっか。恭に拾われるまで辛かったね』
「いえ、別に。慣れてますから。その様子ですとアタシの母についても聞いてるんでしょ?それを踏まえて言いますけど、アタシは両親に対して思うところは何もありません。アタシの親は早織さんと恭が保護した友人達の親ですから」
いつもとは違い、淡々と言い放つ零からは実の両親に対しての情は全くと言っていいほど感じられなかった
『娘にそこまで言われちゃ親としておしまいだね。まぁ、過去の話は置いといて、私の名前は四十九院詩織。早織ちゃんのお祖母ちゃんで恭の曾お祖母ちゃんだよ☆』
軽くウィンクをする曾婆さんはどう見てもぶりっ子だ。ロリとメイド服がより一層あざとさを引き立てている
「そ、そうだったんですか……ち、ちなみにお幾つですか?」
驚きたいのを必死に我慢している様子の零はどうにか言葉を紡ぐ。年齢をだしてくるとは全く予想してなかった
『今の年齢は数えてないけど、私が死んだのは九十八だよ』
九十八……。自分の曾婆さんは長生きしたんだなと思いながら俺はお袋へ視線を向け、小声で声を掛けた
「なぁ、お袋」
『ん~?』
「曾婆さんって俺が生まれる前に亡くなったのか?」
『ん~ん、恭が生まれてすぐだよ』
なるほど、これで合点がいった。曾婆さんが俺の名前を知っているのは俺が生まれてすぐに亡くなったからで当時の灰賀家の親戚関係がどうなってたのかは分からないけど、曾婆さんが俺を知っているって事は、出産の報告をする程度には関係が良好だったか俺が生まれてからしばらくはお袋が四十九院の家にいたからかのどちらか。どっちみち赤ん坊の時、俺と顔合わせをしたかは置いといて、名前だけでも聞いていたとしたら知ってても何ら不思議じゃない
『自己紹介はこれくらいにして、そろそろ話を戻してもいいかな?』
「ああ。さっさと別の方法ってやつについて教えてくれ」
「「別の方法?」」
『あ~、別の方法を話す前に零ちゃんと藍ちゃんへの現状説明が先だね』
『だね~。きょうと私は知ってるからいいけど、途中から来た零ちゃん達は何も知らないもんね』
曾婆さんはこればかりは仕方ないねぇ~と言いながら零と東城先生を店の奥へと連れて行った。で、残された俺達はというと……
『零ちゃん、顔が引きつってたね』
「だな。誰だって見た目がロリな奴に日頃親しくしている人達の祖母で曾祖母とか言われたら驚くだろ。ダメージが少なかったのはここへ来る道中で藍ちゃんに聞いてたからだろ」
曾婆さんの自己紹介を受けた時、零が大声を上げて驚かなかったのはここへ来る途中に東城先生から何等かの情報を得ていたからだ。例えば、今から行く場所にいるのはテレビで見るような怖い幽霊じゃなくて可愛い幽霊だよとかな
『それにしたって……ねぇ?』
「ああ。顔が引きつる程度で済むとは思わなかった」
ラノベやラブコメの王道展開だと見た目と年齢が比例してない容姿を持つ人間に対しては驚きの声を上げたり、その身内に掴みかかって本当か否かを確かめるところだ。それをしなかったという事はだ、零は事前に情報を得ていたからとしか言いようがない
『もしかしたら零ちゃんもきょうと一緒にい不測の事態とか予想を超えた存在とかに驚かなくなってきてるんじゃない?ほら、同じ穴の狢って言うしさ』
「それだけで同類扱いされましても……とりあえず零達が戻ってくるの待とうぜ」
それから少しして、話を終えた零達が戻ってきた。なぜかお袋に恨みの視線を送りながら
『さて、全員が揃ったところで早織ちゃんが取ったのとは別の方法についてお話するけど、一つ目は言わずもがな、想花ちゃんがした身体を乗っ取る方法、もう一つが……これは一つになるって言うよりも占拠って言い方の方が近いんだけど、標的にした人間の魂を食らって身体を完全に乗っ取っちゃう方法だよ』
曾婆さんが言うお袋がした以外の方法は話だけ聞いてると物騒なものにしか聞こえない。神矢想花の取った方法ももう一つの方法もこの手の話に全く無縁だった奴からすれば同じとしか捉えられず、何がどう違うのかがいまいちよく理解出来ない。当然、零達も……
「だ、ダメ、アタシ、詩織さんが何を言ってるのか理解できないわ……」
「私も……話が私の理解を超えてるよ……」
頭から煙を出し、ショートしていた。俺も彼女達ほどではないにしろ話についていけてない。俺達の中で唯一話についていけてるのが────
『お祖母ちゃん! 私、その話聞いた事ないよ!』
お袋だ。自分の家系がオカルトに関係しているだけあって今の話を聞いた事はなくてもついてはいけたようだ
『当たり前でしょ~?言ってないもん!』
言っていない事が正しいと言わんばかりに胸を張る曾婆さんとそれを咎めるお袋。祖母と孫娘の喧嘩なら後にして俺達オカルト初心者にも分かりやすく説明してほしいものだ
『むぅ~!』
伝えられてなかったのが余程悔しかったのかお袋はリスみたいに頬を膨らませる。ここ最近、お袋の精神年齢が低くなっていると思うのは気のせいだろうか?
『剥れないの。前者はともかく、後者はとてもじゃないけど簡単に教えちゃいけないものなんだから』
曾婆さんよ、俺としては前者も簡単に教えちゃダメだと思うぞ?
『何でさ!』
『何でって、前者の方も危険は危険だけど、後者の方はもっと危険なんだよ?とは言っても早織ちゃんも恭達も幽霊で例えるたら理解できないだろうから車で例えるけど、前者の方は運転手を追い出して車を盗む程度だけど、後者は運転手を殺した上で車を盗む行為に等しいの。それを簡単に人に喋るわけないでしょ?』
曾婆さんの例えは何とも分かりやすい。要するに一台の車があったとして、強盗して盗むか殺人で盗むかの違いだ。バカな俺でも後者の方が圧倒的に危険だというのは解かる
『そ、それは……そうだけど……でも、私だって四十九院家を継いでたかもしれないのに……』
お袋の言う通りだ。彼女がもし生きていて俺が生まれてなかったら実家を継いでたかもしれなかった。親父と結婚し、俺が生まれ、亡くなってしまったからその可能性は完全になくなったけど
『そうだったとしても絶対に教えなかったよ。早織ちゃんだけじゃなくて恭や零ちゃん達もだけど、前者はまだしも後者はある意味で最も残酷な事。そんな事を可愛い孫や曾孫に教えるわけないでしょ?あの子もきっとそう思ってるから早織ちゃんには教えなかったんだと思うよ?もちろん、恭にもね』
曾婆さんが言うあの子とは言うまでもなく四十九院の方の婆さんだ。灰賀の方の婆さんは少々ワイルドで四十九院の方の婆さんはどちらかというとお淑やか。同じ婆さんなのに二人の性格は真逆。共通点と言えばどちらとも俺の質問には答えられる範囲で答えてくれるところなのだが、その四十九院の婆さんが言わなかったんだ、本当に物騒なものだというのは確からしい。と言っても俺はつい最近まで幽霊とかオカルトチックな話と無縁だったから教えてくれなかったもクソもないんだけど
『お祖母ちゃん……』
祖母と母の思いを理解したのかお袋は薄っすら涙を浮かべ、曾婆さんを見る。俺も俺でここまで言われると先の話をする気は起きず、無言でカフェを出た
カフェを出てすぐ、俺は壁にもたれ────
「もうすぐ夏が終わるな……」
天井を仰ぎ呟いた
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