由香と瀧口が転入してきた日から時は過ぎ、気が付くともう六月。その間にあった事と言えば学級委員を決めた事くらいで他は特にない。その委員は俺ではなく────────
「た、瀧口君……し、資料纏め終わったよ……」
「うん、ありがとう。畠山さん」
瀧口だ。転入初日にして男女問わず俺のクラスにいる生徒を囲いにしたコイツなら推薦で学級委員になれるのではないか?とお考えの奴もいるだろう。実際はこうだ
「誰か学級委員やってくれる人いない?」
瀧口と由香が転入してきた日、帰りのHRで東城先生がホワイトボードの前に立ち、学級委員の候補を募った。だが、前にも言った通りこの学校は様々な事情を持った奴が来る学校。当然、自分から立候補しようとする奴なんているはずがなかった。
「誰もいないか……」
誰も学級委員に立候補する奴がいない状態を東城先生は予想していたみたいで特に困ったという感じではなく、やっぱりという感じだった
「出来れば推薦ってのはしたくないんだけど……」
学級委員に推薦されるって事は他の生徒から熱い信頼を寄せられているかイジメられているかのどちらかと相場が決まっている。この学校の場合はどちらでもなく、単に推薦できるほど互いの事をよく知らない。だから東城先生は推薦を渋っていたんだろう
「先生、その学級委員って誰でもいいんですか?」
誰も学級委員に立候補しない中、手を挙げたのは瀧口。さすがリア充の王! そこに痺れない! 憧れない
「うん。誰でもいいよ。何? 祐介が立候補してくれるの?」
「はい、誰からも手が挙がらないみたいなので僕が立候補しようと思います」
「じゃあ、男子の学級委員は祐介に決まり。残るは女子だけど……」
男子の学級委員が瀧口に決まり、肩の荷が下りたのは男子のみ。女子がまだ決まっていない
「「「「はい!!」」」」
瀧口が学級委員になった途端にこのクラスにいる由香を除く女子全員が手を挙げた。アレですか?瀧口君の側に少しでも長くいたいのぉ~ってやつですか?
「学級委員は男女合わせて二人。男子は祐介に決まったからいいとして、学級委員に立候補した女子は後ろに集まってジャンケンして。勝った人を女子の学級委員にするから」
「「「「分かりました!!」」」」
学級委員に立候補した女子は教室の隅っこに集まり、ジャンケンを開始したのだが、オーラに鬼気迫るものを感じたのは気のせい……じゃなかった。これも瀧口と一緒にいたいという執念だったとしたら恐ろしい
で、ジャンケンの結果……
「やったぁー!!」
「「「くっ、負けた……」」」
勝ったのは畠山という女子
「じゃあ、男子は祐介、女子は茜って事でよろしく」
「「はい!」」
男子は瀧口、女子は畠山に決まり、その日のHRは……女子が屍と化す以外はいつも通りに終わった。
災難でしかなかった日から一か月が経ち、瀧口と畠山が資料を纏めている以外はいつも通りの昼休み。俺は……
「平和だぁ~」
自分の席で平和を噛み締めていた
「何もないってマジで平和だぁ~」
行事があったとしても今月の後半。今は前半であるから行事はない。この行事がない時や転入生が来ない一時が一番平和だ。
「この時間が永遠に続けば文句ないんだけどなぁ……」
永遠の時なんてのは所詮世迷言で喜劇や悲劇というのは突然やって来る。今は平和な時間を全力で謳歌してるだけで突然地震が来るかもしれない、突然地球が滅ぶかもしれない。考えたくはないが、不測の事態が起きた時、どう対処するかを考えなければならない。
「大変!! みんなすぐに職員室へ集まって!!」
ひどく慌てた東城先生によって俺の平和な時間がガラガラと音を立て、崩壊した
東城先生誘導のもと職員室へ行くとすでに生徒や教職員が集まっていた。学校の職員室だから教職員がいるのは当たり前で生徒がいるのも当たり前だ。学校内にいる人間が全て職員室に集まっているという点を除いて。でも、その傍らにいる集団がいるのは普通じゃなかった
「オラァ!! とっとと歩けや!!」
目出し帽で顔を隠し、服装は迷彩柄で統一され手に持っているのはマシンガンで人数は現状だと三人。うん、完全にテロリストだ
「早くしねーと打ち殺すぞぉ!!」
覆面と武装で体型は分からないが、声からして男。その男がハイテンションで一番最後に職員室へ来ただろう俺達へ指示を出す。さっきのはモタついてる瀧口と畠山に向かって発せられたのだが、二人共突然の事で完全にパニック。喋れない状態だ
「い、言う通りにするから! だから殺さないで!」
東城先生が瀧口と畠山を庇うようにして前に出た。学級委員二人組は完全に喋れない状態だ。チラッと他の生徒を見ると中には泣きじゃくっている生徒もいる
「だったら早く歩けや!!」
男の荒々しい誘導で俺達は職員室の隅へ追いやられた。
職員室隅へ追いやられた俺達は男達が打ち合わせをしている間、特に手足を縛られる事もなく、ただ待っているように指示され、それに従っている状態。そんな中……
「きょ、恭クン……」
「…………」
「きょ、恭……」
俺にしがみついてくる飛鳥、由香、東城先生
「う、動きづらいんですけど……」
俺だって突然の事で全く動揺してないわけじゃない。ただ、俺より怯えている人達が多く、一周回って冷静になったってだけで
「「「だ、だってぇ~」」」
恐怖で半べそを掻く飛鳥達。コイツ等にしがみつかれていると俺ってラブコメの主人公なんじゃね?と調子に乗りそうだが、そこはグッと堪える。こんな時にラブコメも普通の米もない。にしても腕に当たる柔らかな感触はもう少し堪能しても罰は当たるまい
「分かった分かった。怖いのは俺も同じだから気が済むまでしがみついてろ」
女三人の上目遣いに勝てる男がどこにいる? いないだろ? つか、アレだな、手足を縛られてたら味わえなかった感触だな。ん? 何で手足を縛られてないんだ?
「恭クンどうかしたん?」
「何で手足を縛られてないのかなって思って」
「え? どうゆう事?」
「ドラマとかだとこういう時って手足を縛ったりするだろ?それに、ここには男の先生だっているんだ。犯人を捕まえようと思ったら捕まえられる。なのに手足を縛ってないのは変だと思わないか?」
持っていたマシンガンを天井に向け発砲し、それで脅したとも考えられるから変だとは言い切れない。それでも何かがおかしい
「そ、そりゃ、犯人が喧嘩に絶対の自信があるからそうしなかっただけっしょ!」
飛鳥の言う事にも一理ある。犯人が過去に格闘技か何かをやっていたとしたら男とはいえ教師ごときに負けるとは考えにくい。しかもだ。この星野川高校の教師は九割が女性。強盗なりテロリストなりが占拠するには打って付けではある
「そういうもんか?」
「そういうもん!」
犯人の狙いが分からないから何とも言えない。何で手足を縛らなかったのか、何で占拠した後で教師一人を寄越し教室にいる生徒を呼びに越させたのかと疑問はある。
「はぁ……人間の考える事はよく分らん」
「いや、恭クンも人間だかんね?」
知っとるわ。ただ言ってみただけだ
そんなちょっとした平和な時間もつかの間。犯人グループの一人が戻って来た
「よし、そこの灰賀。立て」
一人目や二人目とは違い、落ち着いた口調の犯人が指さしたのは俺。あれ?コイツは何で俺の苗字が灰賀だって知ってんだ?と思いはしたものの、犯人を下手に刺激すると面倒な事なる。ここは黙って従おう
「きょ、恭クン……」
「「恭……」」
無言で立ち上がる俺を不安気な表情で見る飛鳥達。そんな三人に触発されたのか他の生徒と教師も同様の表情をしている
「大丈夫だよ。刺激さえしなければ何もしてこないって」
口調こそ落ち着いてはいるが相手は占拠したところで何の得もない通信制高校を占拠する頭のおかしい集団の一味。落ち着いているのは口調だけで頭が狂っている事には何ら変わりないのだ
「よく分っているじゃないか灰賀。その通り。俺達は下手な動きさえ見せなければ何もしない」
「そりゃどうも。ところで何で俺を指名したんだ?」
この学校には灰賀が二人いる。一人は俺。もう一人は由香だ。由香が指名されればいいってわけじゃないが、何で灰賀が二人いる中で俺を指名してきたのかが理解不能だ
「簡単な理由だ。お前は将来大物になる。早いうちに不測の事態へ慣れさせてやるのが人生の先輩たる俺達の役目だろ?」
犯人が俺を指名した理由が理解出来ない。それは飛鳥達も同じだったようで皆一様に『わけが分からない』といった顔をしている
「大人として経験を積ませたいって事か?」
「そんなところだ。将来の上司がこれじゃ困るからな。とりあえず付いて来い」
犯人に連れられて職員室を出る時、飛鳥と東城先生が俺の名を悲痛な声で叫び、安心させるために俺は一言大丈夫と返した。そんな俺が連れて来られたのは……
「何で男子トイレの個室?」
男子トイレの個室だった。
「俺はトイレに行きたいだなんて一言も言ってねーぞ……」
職員室へ連れて来られ、犯人達と遭遇してから俺は一言もトイレに行きたいとは言ってない
「え? ここで犯人達について考えればいいのか?」
犯人がトイレの個室へ人質の一人を放り込んだ時、ドラマやアニメだと放り込んだ人質が逃げないように外から何等かの方法で閉じ込めたり、見張りが付く展開が王道だと思う。俺をここへ放り込んだ犯人は放り込んだらすぐに去って行った
「妙だな……」
今回の立てこもり事件は妙だ。学校内にいる人を全員職員室へ集めるのはいい。だが、何で東城先生を呼びに寄越した?三人もいるなら二人が見張りで一人が呼びに行けばそれで済む
「手足を縛らず、見張りの一人も付けないで一時的にとはいえ俺達の元を離れたのもそうだ。後は……俺をここへ連れてきた理由とその口実、連れてきた後の行動くらいか」
犯人達のおかしな行動は大体整理出来た。次は学校の対応だが、教師は一人や二人じゃない。センター長や東城先生以外にも教師はいる。だというのに誰一人見張りが離れた時に通報しようと言い出した人はいなかった。ここで考えられるのは二つ
「通報する必要がなかったか、それとも、通報済みだったか……通報済みだったとしたらこの学校に来る警察官は千才さんが勤務している署になるはずだよな」
前の校舎が燃えて場所が変わったとはいえ女将駅を通過する事には変わらない。つまり、ここは女将署の管轄。女将署からここまでに掛かる時間は分からない。でも、そろそろパトカーのサイレン音が聞こえてもおかしくない頃合いだなのに……
「静か過ぎる……」
携帯を取り上げられたわけでもないのに誰一人として通報しようとはしなかった。俺もそうしようとしなかったから人の事は言えんが、念のため通報しとくか。そう思ってスマホを取り出した時
じりりりりん! じりりりりん!
スマホが鳴った。
「ヤベッ! マナーモードにしてなかった……」
俺のスマホに来る着信の大半が爺さんか婆さん。ゴールデンウイーク前だったら親父もだが、とにかく、俺に電話してくる奴もメールしてくる奴も少なく限られている。だから電車に乗ってようが授業中だろうがマナーモードにするのを忘れがちになる
「こんな時に誰なんですかねぇ」
変なところしかないが今は緊急事態。イタズラ電話とか冷やかしなら速攻で切ろうと決意し、着信画面を見る
「爺さんか……」
着信画面には『爺さん』の文字。重要な話と下ネタの境界線から電話か……
「とりあえず出てしょうもない話ならスマホを水没させっか」
いつまでも放置していると掛け続けられそうだったので一先ず応答をタップする
『もっし~☆ 恭?』
出た途端にこれですか……
「何でしょうか? お爺様? 生憎私めは現在非常事態に遭遇してる故、話は簡潔かつスピーディーにお願いしたいのですが」
『恭! 実の祖父に敬語は止めとくれ!』
だったら出た途端にギャルみたいな事を言わないでくれ
「はいはい、悪かった悪かった。で? 何? さっきも言ったと思うけど俺は今緊急事態なの。話があるなら早めに済ませてほしいんだけど」
『釣れないのぉ~恭、儂の後は継がせてやるが、もうちょいと柔軟な思考を持った方がよいぞ?』
直接顔を見ずとも電話の向こうで爺さんが人をおちょくってる顔をしているのが目に浮かぶ。そんな事でいちいち怒ってたら身が持たんから怒らんけど
「柔軟な思考を持つには豊富な人生経験が必要なんだよ。それより、さっさと本題に入ってほしいんだけど」
『そうじゃったな。実はのう────────』
爺さんの話を聞いた俺は驚きで声が出なかった
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