人間生きていれば計画通りに進まないなんて事は山ほどある。例えば野外でやる行事なんかがそうだ。前もってこの日にやろうと計画を立ててたのに当日になって天気が崩れて中止。書籍なんかじゃ原稿が間に合ってなくて予定していた発売日より一か月先に延期。世の中上手くいかないものだ。何で俺がこんな話をしているかって?それは……
「大人しくしろ! 死にてぇのか!!」
立てこもり犯に見つかってしまったからだ。
「別に暴れてないだろ。つか、その頭に被ってるモンが全てを台無しにしてるからな?」
「うるせぇ!! ぶち殺すぞ!!」
背中越しに銃口を突きつけられ、普通の感覚を持っている人間なら恐怖心に支配される状況に陥ってるにも関わらず俺は平然と返す。自身の力を過信しているとか、自分は特別な人間で拳銃ごときじゃ死なない。なんて思いあがっているわけじゃなく、単純に被りものの問題だ。
「はぁ……」
自業自得とはいえこれほどまでに緊張感を持てないと思わせられる立てこもりなんてあるのだろうか?と疑問だ。とりあえず事の顛末はほんの三十分前に戻る
三十分前────────。
『確かに……じゃあ、とりあえず起き上がるのに困難な量の霊圧当てながらカッコよく登場してみる?』
「登場の仕方はともかく、それでいくか」
登場の仕方を打ち合わせし終え、後は出陣するだけの状態だった。しかし、俺に関して過保護過ぎるお袋がこんな事を言い出した
『きょう、霊圧当てながら登場してみる?って言ったけど、お母さんやっぱり心配だよぉ……』
お袋が言うように霊圧という人知を超えた武器があったとしても不安は拭えない。犯人が猟銃のようなものを持っているから当たり前と言えば当たり前か
「って言われてもなぁ……現段階で動けるのは俺らしかいないだろうからやるしかないだろ」
犯人が余程間抜けじゃなかったら俺ら以外に見落としている人質はいないと思う。仮にいたとしてもソイツが犯人から上手く逃げられる保証なんてない
『でもでもぉ~……』
幽霊だったとしても母親として息子を心配する気持ちは解かる。だからと言って手をこまねいてるだけじゃ何の解決にもならないのもまた事実
「そんなに心配ならお袋が様子を見てくればよくね?幽霊なんだから人質にも犯人にも見つからないだろ?」
お袋には悪いが、今回ばかりは使いっぱしりになってもらおう。
『うん……そうだね。とりあえず様子だけ見てくる……』
犯人の方へ向かうお袋の背中は例えるならリストラされたサラリーマンだ。悲しい事があったわけでもないのに。何はともあれ、様子を見に行ったお袋は五分としない間に帰って来た。身体を小刻みに震わせながら
「どうだった?っていうか、何で震えてんだ?怖い事でもあったか?」
無言のままお袋は首を横に振る。じゃあ何で震えてるんだ?
『ひ、人質の、ひ、人達は、ぜ、全員、ぶ、無事、だったよ……』
「それはよかった」
人質が全員無事だと言う割には歯切れが悪い。何でだ?
『だ、誰、ひ、ひと、一人、け、ケガ、な、何て……、し、してなかったから』
「そうか。じゃあ、何でお袋はそんな途切れ途切れで喋ってるんだ?」
人質が無事で誰一人ケガをしていない。警察じゃなくてもそういった知らせを受ければ嬉しく思う。なのに何でお袋の歯切れが悪いんだ?
『だ、だって……だって……ぶふっ!』
ついに耐え切れなくなったお袋は盛大に噴き出したのだが、俺には噴き出す意味が全く理解出来ない。人質を取るような奴の様子を見に行った者の反応とは到底思えない
「だって?」
『だ、だって……は、犯人が、か、被ってたの、ふ、覆面だと、お、思ったら……』
「覆面だと思ったら?」
『ぱ、パンツ被ってたんだもん……し、しかも、じょ、女性ものの……』
「は?ぱ、パンツ?」
お袋が何を言っているか理解不能だ。女性もののパンツを被った立てこもり犯がどこの世界にいるんだよ
『う、うん、パンツ』
お袋の言う事を信じてないわけじゃない。しかしだ、どこの世界にパンツを覆面の代わりに被って立てこもりをするバカがいる?
「あのなぁ、どこの世界に女性用のパンツを覆面代わりに被って立てこもりをする奴がいるんだよ?仮にそんな奴がいたらソイツはただの変態じゃねーか」
海外の面白強盗だってもう少しマシな物を被って強盗するぞ?例えば、レジ袋とかな。なのに女性用のパンツと来たもんだ。親しい人間、信頼している人間からそんな話を聞いたところで信じられるわけがない
『だ、だって、本当にパンツ被ってたんだもん! 信じられないならきょうも幽体離脱して見に行けばいいじゃん! やり方は教えるから!』
「落ち着けって、お袋を信じられないって言ってるんじゃない。海外の強盗だってもう少しマシな物を被って犯行に及ぶのにパンツ被って立てこもりしてる奴の存在が信じられないだけだ」
そう、信じられないのはお袋が言ってる事ではなく、被り物として女性用のパンツを選んだ連中の方だ
『お、お母さんの言う事信じてくれるの?』
「当たり前だ。お袋は俺に嘘を吐いた事あるか?」
『ない……』
「だろ?さっきも言ったけど、信じられないのは覆面なんて百均行けば腐るほどある。なくてもレジ袋で代用すればいい。なのに女性用のパンツを選んだ連中の存在が信じられないだけだ」
『きょう……』
「とりあえず幽体離脱のやり方を教えてくれ」
『うん、えっとね────────』
お袋から幽体離脱の方法を聞いた俺はすぐさま実行。身体に戻る前、アイマスクを着用してたから前が見えず成功したのかどうか分からなかったが、すぐに外し、自分の身体が下にあるのを確認してようやく幽体離脱に成功したのを実感。感動する間もなく、俺は犯人の一人と思しき変態に近づいた
『…………嘘だろ』
犯人と思しき奴の元へ近づき、確認する。すると……お袋が言ってた通り女性用のパンツを被っていた
『何で覆面にそれを選んだ……、何で顔が全く持って隠れてない事に違和感を持たない?』
犯人のセンスが理解不能なまま俺は自分の身体に戻り、そして────────
「だーっはっはっは!! マジかよ! いくら何でもパンツはねーよ!」
大爆笑。その結果……
「おい! お前! 何してる!!」
犯人らしき男に背後から固い何かを突きつけられた。俺はそれが銃だとすぐに理解するのだが、さっき見たパンツの印象が忘れられず……
「な、何って……ぶふっ! か、隠れてるに、き、決まって……る……だ、だろ……?ぶはっ!」
命の危機が迫っている事などお構いなしに笑いを堪えられなかった。
そんな何ともアホみたいなやり取りを経て落ち着きを取り戻したところで今に至る
「あんま俺ら嘗めてんじゃねーぞ?こっちはお前なんていつでも殺せるんだからな!!」
現在進行形で人質達の元へ連行されているのだが、やはりというか何と言うか……頭に被ってる女性用パンツのせいで緊張感や命を奪われるのではないか?という不安は全く感じない。むしろコイツらがふざけてるようにも思える
「嘗めてんのはお前らの格好だろ?何で覆面にパンツを選んだ?何で俺だけ見落としてんだよ……間抜けにも程があるだろ」
医者、ナース、患者と病院内にいる全ての人間を人質に取ったつもりが俺だけ見落とし、挙句の果てには覆面にパンツ。恰好と行動が自分達はバカだと証明している
「き、気が付かなかったんだよ! まさか入院患者が増えてるだなんてな! クソっ! 下見の時はそんな事なかったのに!」
下見の時はそんな事なかった。これを聞く限りじゃ俺が入院する前に立てこもり犯は下見に来た。その時にはまだ俺の病室は空で今回もそう思ったといったところだろう。うん、予想外の出来事を想定してなかった犯人が悪いな
「ここは病院だ。退院する人もいれば新しく入院する人もいる。下見の時に空だったとしてもちゃんと病室は全部確認しような?」
「うるせぇ!! とっとと歩け!!」
「はいはい」
俺は犯人に銃を突き付けられたまま怯える人質達の元へ連れていかれる。恰好はバカでも銃を持っているから怖いってところか
「よし、座れ。言っとくが妙な事したら殺す」
怯える人質達の元へ連れて来られた俺はその場に座り、特に何をするでもなく周囲の様子を確認する
「アホな格好をしてても怖いものは怖いか……まぁ、当然だよな」
ざっと確認すると女子供老人の中には泣いてる人もチラホラおり、男性陣は泣いてはいないも怯えてる人が多かった。パンツさえ被ってなきゃ完全な立てこもり犯だ。いや、パンツ被ってても立てこもり犯なのには変わりないけど
「早いとこ黙らせて警察に突き出すか」
ここは病院だ。医者とナースを除いて健康な人間なんていない。定期健診とか健康診断とかで来ている人間ならいざ知らず、それ以外の人間は体調に異常があるから来ている。そんな中、緊迫した状況が長引けばどうなるか?答えは簡単だ。予期せぬ事が起こる
「さて、とっとと霊圧を────────」
「恭……?」
犯人に霊圧を当てようとしたところで俺は誰かに声を掛けられ、振り向くと────
「親父……」
ゴールデンウィークの一件以来、半絶縁状態にある親父がいた
「恭……無事だったんだな」
「ああ、犯人がバカだったお陰でな。それより、何か用か?」
「あ、いや、見かけたから声を掛けただけだ」
「そうか。んじゃ用はもう済んだろ?俺にはやる事があるから離れていろ」
そう言って俺は親父を遠ざけようとするが……
「やる事って……まさか、犯人を捕まえるつもりか?」
アッサリと親父にこれからの行動を見破られた
「だとしたらどうするってんだよ?」
「止せ!! 危険だ!! 恭にもしもの事があったら俺も、夏希も、由香だって悲しむ! ここは大人しくしていろ! 大体、一介の高校生であるお前が出る幕じゃない!!」
親父は必死に俺の腕を掴み、不安気な表情を浮かべながら俺を止める。が────────
「アンタ達の事なんて知るかよ」
俺はそれを一蹴する。そう、親父達の事など俺の知ったこっちゃない。再婚は認める。だが、夏希さんと由香を家族として認めた覚えはない。親父達が悲しむ?そんなの俺には関係ない
「恭!!」
「ガタガタうるせぇよ!! アンタは夏希さんと由香と家族をやってりゃいいんだよ!! 俺の事なんて放っておけよ!!」
今の俺にとって親父達の心配など邪魔でしかない
「恭!! 俺はお前を今でも息子だと思ってる!!」
「だから何だよ! んな事知るか! いいじゃねぇか、お袋が死んで夏希さんと再婚、義理とはいえ娘が出来たんだからよ! 今更俺の事なんて気にしてんなよ!!」
「恭!!」
俺と親父の言い合いは次第にヒートアップ。そんな事をして犯人が気が付かないわけがなく、当然……
「はーい、ストップ。お前ら、殺されたいのか?」
本日二度目。俺は銃を突き付けられた
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