病院前で一通り叫んだ俺は無駄な抵抗を止め、お袋に引きずられる形で自分の病室へとやって来た。
『何つ―か、不思議な感じだな……自分で自分の寝顔を見るというのは』
病室にやって来て最初に自分の身体を見た時は特に驚きとかはなかった。身体のあちらこちらに電極が張られ、呼吸器まで付けられてる。事情を知らない人が見れば昏睡状態としか言いようがない。幽体になっている俺はというと一週間ピクリともしないんだから当たり前かくらいにしか思わない
『そりゃきょうからすると不思議な感じだけど、お母さん的には毎日見ていたいくらいだよ~。むしろこのまま食べちゃいたいくらい♡』
お袋の言う食べちゃいたいはアレだよな?それくらい息子が可愛いって解釈でいいんだよな?目を見る限りじゃ肉食動物みたいな目してるのは気のせいだよな?
『俺は食い物じゃないからな?』
食べちゃいたいの意味を聞こうと思ったが、俺が怖い思いをすると思って止めた。世の中には知らなくていい事ってあるだろ?お袋の発言の真意がそうだ
『分かってるよ~、お母さんが言いたいのはきょうを────────』
『ストップ! それ以上言うな!いや言わないでください!』
『ぶ~! ケチ!』
ケチじゃありません! それ以上言わせたら本気でやりかねないだろ?
『ケチで結構。俺は自分の身を守れるならなんだってする』
お袋は俺にとっていい母親だ。こんなろくでなしを見捨てないでくれるんだからな。本人に言ったら一日は拘束されるだろうから言わないけど
『むぅ~! ちょっときょうを味見するだけなのにぃ~』
その味見の意味がものすごっく気になるんですけど……
『俺は食いモンじゃねーからな?それより、早いとこ身体に戻りたい』
このままだとマジで食われかねないと思った俺は話題を逸らす。つか、こっちが本命だ
『それなんだけど、ちょっと待って』
『何で?』
『戻って目が覚めた時にナースコール押す人が必要でしょ?その人を連れてくるからきょうは五分くらい病院内をぶらぶらしてて~。来たらすぐに呼ぶからさ~』
お袋の言うように目覚めた時にナースコールを押す人間は必要だ。万が一俺の身体が動かないって事もあるだろうし。にしても何で病院内をうろつく必要がある?別に俺がいてもよくないか?
『ナースコールを押す人間を呼ぶのに何で俺が病院内を徘徊する必要があるんだよ?』
『いいからいいから~、きょうは病院の中をぶらぶらしてきて~。五分後くらいにこの部屋の前に来てくれたらお母さんがちゃんとエスコートするからさ~』
半ば強引に病室を追い出された俺はお袋の言うように病院内をふらつく事にした。病室へ戻ってもよかったのだが、逆らうと俺はお袋にマジで食われると思って止めた。
病院内を徘徊している最中、俺はふとあるものを持ってない事に気が付いた
『俺、時計持ってねーぞ』
あるもの────時計を持ってない事に気が付いた俺なのだが、さっきも言った通り戻るとお袋に何をされるか分かったものじゃない。殴られたりとかはしないと思う。いや、ある種殴られるよりキツイ事をされそうだ。しかし、時計を持ってないから時間を測りようがない。当然、戻るタイミングが分からない。さて、どうしたものか……
『とりあえず戻ってみるか……』
時間が分からない以上、戻るに限る。そもそもの話、病院の規模にもよるけど、暇を潰せる場所なんてない。大学病院だって地域Aではカフェや売店が充実している。が、地域Bではカフェはないし売店だって寂れていたりする。
『ここは大学病院じゃねーからカフェなんてないし、売店も言うほど品揃えよくないんだよなぁ……』
失礼だとは思うし、病院は病気やケガをした人間が来る場所だから娯楽なんてあったところで維持費と人件費が無駄だなんてのは理解している。それでも若者等には退屈な場所であるのは揺るがない事実だ
『世話になってる場所に対して文句を言ってもしゃーない』
世話になってる場所への文句やない物を求めても仕方ない。そんな事を考えながら俺は病室へと戻った
『あっ、きょう、ちょうどいいところに戻って来たね~』
病室の前まで行くと待ってましたと言わんばかりのお袋がいた
『そうか?時計持ってないから何分経ったのか全く分からないんだが……』
今日初めて俺は時計の有難みというのを実感した。普段は何気なく見ている時計だが、今日ばかりは時計って重要な物なんだとしみじみ思う
『ちょうど五分だよ』
『ならよかった。ところでナースコール押す人は来てるのか?』
『うん、もう来ててきょうの目が覚めるのを今か今かと待ち構えてるよ~』
何?そのアイドルの出待ちみたいな感じ
『俺はいつからアイドルになったんですかねぇ……。まぁ、いいか』
何はともあれ自分が目を覚ますのを待っててくれる人がいる。その嬉しさを噛み締めながら病室に入ろうとした時だった
『ちょっと待って、きょう』
お袋に呼び止められた
『何だよ?』
『お母さんがリードしてあげるからこれ着けて』
お袋が差し出してきたのはアイマスク。何で幽霊なのにアイマスクを持っているのか、何で幽霊も着けられる使用になってるのかは聞かないとしてだ……
『何で病室に入るだけなのにアイマスクを着けにゃならないんだよ?』
自分の病室に入るだけなのにアイマスクを着けさせられる意味が全く持って理解不能だ。
『そっちの方が面白いでしょ~?あっ、別に着けなくてもいいけど、着けなかったらお母さんとイイコトしてもらうからね~』
お袋、それは脅迫だぞ?
『着ければいいんだろ、着ければ』
自分の母親に捕食されるのとアイマスク着用。比べるまでもない
『きょうはお母さんとイイコトしたくないの?』
ジト目で俺を睨むお袋に言ってやりたい……。アンタの言うイイコトが何なのかは知らんけど俺の想像通りならお袋、そういう事は親父に言ってやれよと
『内容によるな。普通に遊びに行くとかなら断らないけど、お袋の場合は絶対に違うだろ?』
『そそそそそそんな事ないよ?ふ、普通に遊びのお誘いだよ?』
遊びの誘いをイイコトなんて表現する奴は爺さんが行くような店の呼び子とキャストくらいだ。それに、そんな事ないって言ってる割に動揺してて何考えてるかまる分かりだ
『はいはい。何でもいいからとりあえず誘導してくれよ』
アイマスクを着け終えた俺は何も見えない。どこに何があるか全く分からない状態だから頼りになるのはお袋だけだ。
『任せて~。それじゃあ一名様ごあんな~い』
俺の予想が正しければ手を引かれて病室に入ったと思う。で、この後はどうするんだ?つか、本当に病室内に入ったのか?
『なぁ、お袋』
『ん~?』
『今俺は病室内にいるのか?』
アイマスクで視界が塞がれてるから自分が今どこにいるのか分からない。加えて幽体だから病室のドアをすり抜ける。生きてる人間なら病室のドアを開けたら音がするから分かるのだが、すり抜けられるとなぁ……
『うん。ちょうど今きょうの身体の上に来てるよ』
『そうか。じゃあもうアイマスク取っていいか?』
身体の上に来ているのなら後は戻るだけだ。アイマスクを着けている必要はないだろう。だが……
『ダメ。そのまま身体に戻って』
そのまま身体に戻れって言われましても……幽体がアイマスク着けた状態で身体に戻って大丈夫なのかよ?
『そのまま戻れって幽体がアイマスクを着けてる状態で身体に戻っても平気なのか?視界的な意味で。戻って目が見えないとかないよな?』
幽体に起こった事が肉体にどう作用するかなんてのは分からない。だから俺にはお袋の言葉を信じる以外に道はない。
『大丈夫だよ。あくまでもアイマスクを着けてるのは魂だけで肉体は関係ないから。まぁ、次に幽体離脱した時にアイマスク着用した状態で魂が身体から抜け出るけど、別に失明したわけじゃいから』
『本当だな?その言葉に嘘はないな?』
『もちろん! お母さんがきょうに嘘吐いた事ある~?』
お袋は誤魔化そうとした事なら何度もあった。しかし、嘘だけは吐かれた事など一度もない
『ないな』
『でしょ~?』
『ああ。って事は身体に戻っても問題ないって事だな』
『うん! お母さんを信じで身体に戻って?きょうを大切に思ってる人はお母さん以外にもたくさんいるんだから、その人達を待たせちゃダメだよ~』
お袋の言う通りだ。俺が大切に思われているかどうかは置いといて俺を待ってる人達をこれ以上待たせるわけにはいかない
『分かったよ。んで?戻る時はどうすればいいんだ?自分の身体がどこにあるか分からないから戻り様がない』
『さっきも言ったと思うけどお母さん達は今きょうの身体の上にいる。だからきょうはそのまま下に降りるだけでいいよ。そうすれば幽体は肉体にくっ付くから』
『分かった』
俺はお袋に言われた通り下へ降りた。
「……………どうしてこうなった?」
身体に戻って開口一番、俺は自分の置かれている状況が理解出来なかった。
「どうしてって、アンタねぇ! それが目を覚ますのを待ってたアタシ達に対して言う言葉!?」
「そうです! 恭君が目を覚ますのを心待ちにしていた私達に対して言う事が他にありますよね!?」
「恭ちゃん、さすがにそれはないよ」
「そうだよ! 恭くん! それはないよ!」
「だね。東城先生達の言う通りだよ恭クン」
口々に俺を非難する零達。確かに普通の状況なら非難されても文句は言えまい。だが……
「囲まれる形で側に立たれてたら誰だって戸惑うだろ……」
現状を軽く説明するのなら宇宙人の解剖手術。この例えが一番しっくりくる
「そんなの恭が事故に遭ってアタシ達を心配させたのが悪いんでしょ!!」
零、心配の言葉大変嬉しい。ただな、理不尽な事を言っているって自覚を持ってくれ。
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