人間は間違える生き物だ。現に俺は間違えた。何を間違えたのかというと……最初から間違えていたのだと思う。違和感を持つべきだったとも言えるか……とにかく、俺が一番最初にすべき事はこの旅行に参加している人達がどんな経緯で集められたかを聞くところからだったようだというのは言っておこう。
「質問する順番を間違えたか……」
零達から隠し事を頻繁にする人間だと思われていたのはこの際どうでもいい。過去が積み重なって現在があり、これまでの俺の言動が彼女達に少なからず不信感というか、マイナスの印象を抱かせてしまったらしい。自分の過去について語った回数なんて数えるくらいしかないからそう思われても無理はない。
「どこで間違えたかなぁ……」
この旅行も今日で三日目。昨日、一昨日といろいろあったから軽く一週間は経過しているのではないかという錯覚してしまいそうになるけど、冷静に数えるとまだ三日しか経ってないんだよなぁ……。と、時の流れというのは意外にも遅いものだと思いながら未だに正座したままの零達を見ると一瞬ビクついた。まるで母親に怒られるのではないかと不安がっている子供のようだ
「俺は怒ってないって言ってんのに何で怯えるんですかねぇ……」
キレて怒鳴りつけたわけじゃないのに怯えられるというのはさすがに傷つくんですけど……
「きょ、恭ちゃんが本当は怒ってるんじゃないかって不安なんだもん……」
生徒の前ではクールビューティな東城先生にも怖いものがあったか……正座させといてなんだけど、彼女の新たな一面を発見し、少し嬉しくなる
「怒ってねーから。ちょっと自分の段取りの悪さに対して自己嫌悪してるだけだから」
自分で自分が嫌になる。こんな事なら飛鳥を部屋に連れ込んだ時にでも何で株式会社CREATEの人達がいるのかを聞いておくべきだった。盃屋さんは同居人だからいいとしても茜達はおかしい。この旅行に参加するメリットがない
「ほ、本当……?本当に怒ってない?」
「怒ってないって、藍ちゃん」
東城先生がここまで不安がるのは今に始まった事ではない。生徒の前ではクールでも俺の前だと子供っぽくなるのは闇華同様、普段とのギャップでくるものがあり、油断してると惚れそうになる
「よかったぁ……」
何だこの可愛い生物。これがクールな東城先生なのか?
「怒ってないけど、質問の順番を間違えたかとは思っている」
そもそも、旅行に行く事は夏休み前から決まっていた。いつ行くかとかは知らなかったが、予定通りと言えば予定通りだ。参加メンバーは家にいる連中はもちろん、爺さんと婆さん、親父達とここまでは聞かされてなくとも予想はつく。予想外だったのは盃屋さんを除く株式会社CREATEくらい
「質問の順番?恭くん、何か間違えたの?」
「ああ。悪いとは言わねーけど、何でこの旅行に盃屋さんを除く株式会社CREATEの人達がいるんだ?って最初に聞くべきだった」
株式会社CREATEには盃屋さんや茜以外にも人気声優はいる。一つの事務所の声優がこぞってたかが女子高生二人と一つの企業を収めているとはいえ、一人の老人が企画しただろう旅行に参加する。これがおかしい。参加した理由を最初に考えるべきだった
「そういえば恭には真央達がこの旅行に参加している理由を言ってなかったわね」
「聞いてないな。零が誘ったのか?」
旅行がしたいと言い出したのは飛鳥と由香だった。その時はまだ具体的な行き先や参加人数が決まっておらず、俺は何も知らない状態。んで、盃屋さんが家に来たのは七月の終わり頃。旅行の事を知るには時間があったも言えるしなかったとも言える
「そうよ。真央が家に来た日の夜に旅行の話をしたわ」
あの日か……。闇華が盃屋さんを拾って来たその日に同居が決定し、次の日に生活必需品と台本を取りに行ってた。彼女が事務所にまとまった休みが欲しいと言えるのはその日くらいだろうから納得は出来る。何で株式会社CREATEの人達がいるのかは理解不能だけどな
「うむ、灰賀殿の家に同居した日に零殿からこの旅行の話をされたでござる!」
盃屋さんの証言から零の言ってる事は本当らしい。株式会社CREATEの人達がいる理由の説明にはなってねーけどな
「盃屋さんがいる理由は解かったけどよ、何で株式会社CREATEの人達がいるんだ?」
盃屋さんがこの旅行に参加しているのは親睦を深めるためというのもあるんだろうけど、株式会社CREATEがいる意味は?
「その事については拙者が話そう。灰賀殿の家に同居したその日の夜、ちょうど灰賀殿がお爺様と部屋を出た後だったでござる。拙者と零殿はたまたま同じタイミングで目が覚めた」
爺さんから星でも見ながら話をしないかと誘われ、部屋の外に出た後か……。よかった、お袋と話している最中じゃなくて
「それで?」
「うむ!それで今回の旅行の話をされたが、こんな口調でも拙者は社会人でござる。旅行に行くには事務所にその旨を伝えなきゃならず、その次の日に生活必需品や台本を取りに行った。その時、休みを取ろうと社長に言った。そしたら……」
「そしたら?」
「社長がちょうど事務所の社員旅行でどこに行くか悩んでいたからこの旅行に便乗させてほしいと零殿に頼み込み、二つ返事でOK、今に至る」
何と言うか、旅行までの流れが単純すぎる
「単純すぎやしませんかねぇ……、まぁ、株式会社CREATEの人達がいる理由は解かった」
声優の事務所でも社員旅行とかあるんだ……。それはそれとして、社員全員で旅行に参加するのはいい。そうなってくるとアニメのアフレコとかはどうなるんだ?別撮りって方法があるから問題はないんだろうけど、アフレコ以外にも雑誌の取材とか、ラジオの収録とかあるだろうに
「解っていただけたようで何より」
「ここにいる理由は解かったけど、盃屋さん達声優の仕事は今じゃアニメのアフレコだけじゃないだろ?ラジオ収録とか雑誌の取材とか。それはどうするんだよ?」
アフレコはスケジュール調整でまとめて別撮りで済む。それだって大変だ。特に出演作品が多い声優は尚更な
「それについては心配ご無用!アフレコは全て別撮りにしてもらったし、ラジオの収録もある程度すませてある故。雑誌の取材についてもラジオ同様でござる!」
ドヤ顔で語る盃屋さんを見て本人達がそれでいいのならまぁいいかという気になってしまう。というか、株式会社CREATEに所属している声優が今夏アニメにどれくらい出演してるのか全く知らないから俺が言える事など何もない
「本人達がそれでいいならまぁいいか。んで?声優がこの旅行に参加している理由はいいとして、昨日の一件を企画する段階で参加していたメンバーを教えてもらおうか?」
ドッキリを最初に考案したのは誰か、俺が幼少期の写真を見る為だけに忽然と姿を消すという手の込んだ事を最初に誰が言い出したかと事細かに質問するのが面倒になり、それらを一括りにして参加していたメンバーを聞き出そうと試みる
「旅行中のイベント企画に参加したのは私、零ちゃん、琴音さん、藍さん、飛鳥さんと双子ちゃん達、真央さん、恭弥さん、夏希さん、由香ちゃん、恭二郎さんです」
同居している連中と親父達、爺さんの合計十二人か……。という事はだ、忽然と姿を消し、どこかに集まって俺がガキの頃のアルバムを見ようだなんて言い出したのはおそらく親父と見て間違いないだろう
「つー事は、こっそり俺がガキの頃のアルバムを見ようって言い出したのは親父か?」
爺さんの家には幼き日の俺が収められたアルバムなんてなく、そんなものを持っているのは親父くらいだ。ゴールデンウィークに回収したアルバムは絶対に見つからない場所に隠してあるし
「そうよ。アンタのお父さんが昔の恭がどんなだったか知りたくないか?って言って来たわ」
「やっぱり……」
零達に俺のアルバムを見ないかと言ってる親父の姿が目に浮かぶ。不審者よろしく厭らしい笑みを浮かべていたに違いない
「その後で恭二郎さんが普通じゃつまらないから神隠しみたいに忽然と姿を消してどこかに集まってコッソリ見よう、万が一ドッキリの方が失敗しても人が忽然と消えたらさすがの恭もビビるだろうからって言って来たわ」
「マジかよ……」
零達の前では呆れて見せた俺。実は爺さんと親父にどんな制裁を加えるかで頭がいっぱいだ
「マジよ! つまり、昨日の一件はドッキリを提案したのはアタシ! 恭が子供の頃の写真を見ようって言って来たのが恭弥さん! 姿を眩ませようって言って来たのが恭二郎さんよ! 驚いたかしら!」
ドヤ顔で昨日起きた珍騒動の首謀者を明かす零。ぶっちゃけ凄くも何ともない。頭に寝癖を付け、正座したままだと尚更な
「いろんな意味で驚いた。これに懲りたらドッキリを仕掛けるのはいいとして、コッソリと人のアルバムを見るのだけは止めとけ」
常日頃から面倒だ、面倒だと言って来た俺。口ではそう言ってもやらなきゃならない事というのは解かっているつもりだった。例えるなら夏休み前半にあった勉強会。あれは単位関係なしに大学や専門学校に進学するために必要な学力を付けるため参加しておいた方がいいものでメリットこそあれどデメリットはない。飛鳥に連れられての参加だったとはいえ俺だってそれくらい理解出来る。
「そ、それだけ?もっと怒らないの?グレー?」
呆気に取られたと茜の顔には書いてある。元々怒ってないものをどう怒れと?それに、この件に関して言えばマジでめんどくさい。何から何までしょうもなさ過ぎる
「怒らねぇ。それより、腹が減ったし朝飯食いに行こうぜ」
腹が減っては戦ができぬとはよく言ったもので、今日の予定が何なのかは知らない。というのは建前で本当は昨日の事は楽しい旅行の思い出というならそうなんだが、そう思うのは旅行が終わった後の話。今はとにかく腹が減ったのが第一。第二に、せっかくの旅行に話し合いばかりしていてもつまらない。とにかく、朝飯を食うのが先だ
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