「恭ってアタシ達の事をどう思ってるのかしら?」
「「「「…………」」」」
「さあ?」
アタシの呟きに無言の闇華、飛鳥、藍、碧。それに引き換え自分は無関係だと言わんばかりの蒼。少なくともアタシはこの場にいる全員……恭が引き取った母娘達も関係あると思っている
「さあ? って蒼! アンタだって間接的にだけど恭に拾われた立場なのよ!? それ解ってる?」
碧と蒼、飛鳥は恭のお爺さんが同居を許可した。恭が拾ったわけじゃないとはいえ、間接的に恭が拾ったも同義。
「これ以上ないってくらい解ってますよ。それを踏まえて聞きますが、この中で過去に恭さん自身の事に付いて詳しい事を聞いた事があるって人はいますか? 過去の話でも家族の話でもなんでもいいです」
恭の過去は聞いた事がある。あるけどアタシ達が質問して恭がそれに答える形だったから“聞いた”とは言えない。闇華と藍も同じ事を思ったのか手を挙げる事も名乗り出る事もしなかった
「飛鳥さんとボク、姉ちゃんはともかく、一緒にいる時間がボク達より多い零さん達でさえ恭さんの事を何も知らないんですね」
恭の事を何も知らない。蒼の言う通りアタシ達は恭の事を何も知らない。過去はもちろん、家族構成から好きな食べ物まで。そういえば恭って食べ物の好き嫌いあるのかしら?
「これは恭さんにゴマ擦って聞き出すしかないですね」
蒼の提案にアタシ達は無言で頷いた
琴音のスマホを買いに出た俺、灰賀恭はOKINA熊外駅前店に来ていた
「さすがは休日……」
「ひ、人が多いね……」
今日は休日という事もあり、人が多い。そんな事は店の中に入ってすぐに解った。例えるなら夏休みのプールだ
「とりあえず整理券を受け取るか」
「だね……」
店に入ったはいい。けど俺達はまだ整理券すら受け取ってない。理由は簡単、店の込み具合にたじろいだからだ
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」
店内が込み合ってるというのに笑顔で迎えてくれる男性店員。こういう人をプロって呼ぶんだろうな
「えーっと、こっちの女性がスマホを購入したいという事で来たんですけど……」
「新規ご購入という事でよろしいでしょうか?」
琴音のガラケーは通話代を支払っていないせいで止められている。加えて充電器が出来ない状態。充電が出来ないだけならまだしも料金未払いで止められた状態でもスマホって買えるのか?
「は、はい、一応、新規購入でお願いします」
料金未払いでスマホが買えるかどうかは知らない。琴音が必要最低限の連絡手段を持ってないと俺にとって都合が悪い。万が一スマホを買えなかったとしたらもう一台ある俺のを渡そう
「分かりました」
零達の時同様、店員さんが発券機の新規ご購入をタップし、発券機から整理券が。俺はそれを受け取り、番号を確認する。
「前回同様『1105』か……」
零達と来た時も番号は『1105』だった。この店で俺が新規の購入だと必ず『1105』の番号が出るようになってるのか?それとも、そういうジンクスなのか?
「ま、前来た時も『1105』だったんだ……」
「ああ、零達と来た時も『1105』だった」
「「…………」」
沈黙が痛い。何なんだ?この謎の沈黙は
「と、とりあえず座るか」
「う、うん……」
前回同様『1105』の整理券を取った事に関して深く触れるとその話だけで長くなりそうだ。そう感じた俺達は空いてる場所を探す事に。しかし……
「休日の携帯ショップに空いてる席なんて都合よく見つかるわけないか」
「そ、そうだね……」
休日の携帯ショップに空いてる席なんて簡単に見つかりはしない。アレだ。休日に遊園地に行くだろ?その遊園地の駐車場で空いてる場所が簡単に見つかるか?と言われたら答えは否だ。考えてる事はみんな同じだからどこもかしこも車でいっぱいになる。それと同じだ
「休日だから仕方ねーよな」
「う、うん」
結局空いてる席が見つからず俺達は適当に店内の商品を見て回り時間を潰した。
店内を物色し始めてから一時間くらいが経過しようとしていた頃──────
「さすがに足が棒になりそうだ……」
「わ、私も……」
ここは大型家電量販店ではなく、携帯ショップ。店内を物色すると言っても一時間もすればほぼ全ての商品を一通り見る事が出来る。端的に言うと飽きたって事だ
「さすがに一時間も商品を見て回ると飽きてくるな……」
「うん……」
そりゃ最初は物珍しかったさ。持っているとはいえ最新機種がズラリと並び、そのカタログにも目が行った。スマホ本体だけではなく、そのケースだったり保護シールも魅力的だった。さすがに一時間も同じものを見てられる程の忍耐力を俺は持ち合わせていない
「後何分経てば呼ばれるんだろうな」
「さ、さぁ……」
俺も琴音も足が限界だ。この一時間の間に何回か椅子が空いた。しかし、老人や子供連れが来店してきた時に俺も琴音も椅子を譲ってしまい、結果、立ちっぱなしになった。
足に限界を感じ、ふとディスプレイを見た。すると……
『1105の整理券を持つお客様、3番へどうぞ』
と表示されていた
「1105のお客様、こちらへどうぞ」
前回と同じ窓口、前回と同じ店員。文句はない。むしろ足が限界だったから感謝しているくらいだ
「行くか」
「うん!」
俺達はディスプレイに表示された窓口へと向かった
「…………整理券をお預かりします」
「…………はい」
前回と同じ店員。来るのは今回で二回目だが、前回がとても印象深い初来店だっただけあって覚えていたらしく、店員の笑顔は引きつっていた
「新規ご購入という事でよろしいですか?」
「はい」
店員に整理券を渡し、来店の用件を確認。店員さん?笑顔っつーより顔が引きつってますよ?
「本日の新規ご購入される方は……貴方じゃありませんよね?」
「はい……」
「確認ですが、そちらの女性も……」
「はい、家に住んでます」
「しょ、少々お待ちください」
「わ、分かりました」
店員は店の奥へと入って行った。零達の時は訝し気な顔をされ、家具と一緒に付いて来た名刺を見せたら慌てた様子で店長を呼ばれた。初めてここに来た日は慌ただしく、とてもじゃないけどゆっくり買い物とは言えない。今回は顔パスみたいな感じですんなりスマホが手に入りそうだ
店員が戻って来た後からは諸々の手続きを済ませるのは早く済んだ。琴音を拾った時の状況は家なし金なし職なしの三重苦。携帯料金を払ってなかったという理由で携帯が止められていた。だというのにスマホの新規購入が出来た事に若干の疑問を感じはしたが、それは爺さんに聞いてみるとしよう
「意外とすんなりいったな」
「だね……」
外に出ると夕焼け空。スマホを購入し終えた俺と琴音はOKINA熊外駅前店を後にし家への帰路に着いていた
「にしても琴音はともかく、俺なんか二度目だぞ?まさか顔パスみたいな感じになってたとは思わなかった」
来店二度目で顔パスと言っていいのかどうか分からない。あの店員の反応を見る限りじゃ顔パスという表現が今回の場合適切だと思う
「あ、あはは……ねぇ、恭くん」
「何だよ」
「私が恭くんに拾われてからもうすぐ一か月が経とうとしてるよね?」
「そうだったか? 一人暮らしの場所が意外な場所でその初日に零を拾ったから誰がいつ家に来たかなんていちいち覚えてない」
思い起こせば高校入学前から俺の生活は激変した。デパートの空き店舗に放り込まれたのをきっかけに
「そ、そっか……」
「ああ。零を拾い、闇華を拾い、琴音を拾った。その次は大量の母娘、飛鳥、碧と蒼と拾ってきた。拾った連中がいつ来たか?とか、誰が今日で何か月なんて覚えてられっかよ」
俺は恋愛に向かないタイプの人間だ。琴音が家に来てもうすぐ一か月ってのすら覚えてない。そんな俺が恋人を作ったら付き合って何か月記念というのを忘れて喧嘩になるのなんて目に見えている
「そっか……ねぇ、恭くん」
「何だよ?」
「恭くんにとって私達ってどんな存在かな?」
「は? いきなり何だよ?」
唐突にどんな存在かなんて聞かれてパッと答えられるわけがない。少なくとも俺にとって琴音達は……これは言わなくてもいいか
「どんな存在なのかな? って思って」
「琴音達が俺にとってどんな存在か……か」
「うん……何で恭くんは見ず知らずの私達を拾ってくれたでしょ? だから気になっちゃって」
琴音の言ってる事は正しい。見ず知らずの人間を拾うだなんて余程のバカかお人よしだ。
「別に部屋が広すぎて余ってたから拾っただけだ。深い意味もなければ見返りなんてものも求めてない。どんな存在かってのはそうだな……同居人かな?」
「そっか……同居人か……」
「ああ」
さっき俺は自分を恋愛には向かない人間だと言った。その理由は単純に記念日を忘れて喧嘩するのが容易に予想出来るからと言ったが、本当の理由はそこじゃない。俺は他人を─────
「じゃあ、そんな同居人から恩返しとかされたらどう思う?」
琴音の質問は俺にとって無意味なものだ。零にも闇華にも最初から恩返しなんて期待していない。もちろん、琴音にも。
「そりゃ嬉しいんじゃねーの? まぁ、俺は見返りが欲しくて拾ったわけじゃないからそんなのいいんだけどな」
最初から見返りや成果を求めるから傲慢になる。俺はお前を拾ったんだから気を使えと言った瞬間から主従関係が生まれる。俺は中学時代のゴミ共みたいに傲慢じゃない。ただ平和な生活を送れさえすればそれでいい
「恭くんって欲がないの?」
「ないってわけじゃない。ただ見返りや成果を求めてないだけだ」
闇華達といい、琴音といい、帰って来てから様子が変だ。琴音に関して言えば様子は普段と変わらず。でも、質問が変だ。いつもとは何かが違う
「そう……」
琴音の顔は夕日に照らされ紅く染まり、その顔には哀愁が漂っていた
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