崩れ落ちた紗李さんに冷たい眼差しを向ける千才さん。東城先生は何でこんな人を親友だと言ったのか理解に苦しむ
『ちーちゃん……』
裏切り行為なんて世の中探せばいくらでもあるし生きていればそんな事をされる機会もたくさんある。例えば、幼少の頃に友達と遊ぶ約束をしたけど、いざ遊ぶってなり、家に行って相手から遊ぶ約束なんてしてないと言われるのがいい例だ。だからこの程度で絶望なんてするなと言いたいが、当事者からすると心に負った傷がかなり深いものだと言えない
『気安く呼ばないでくれないかしら?私と貴女は渾名や下の名前で呼び合うような間柄じゃないでしょ?』
人間どうやれば平然と人を裏切れるようになるのか知りたい。そして、人を裏切った挙句、傷つけてきた人間が何で犯罪者を取り締まるような職業に就こうと思うのか俺には理解不能だけどな
『で、でも、わ、わたしはちーちゃんを……』
『話を聞いてなかったのかしら?私と貴女は渾名や下の名前で呼び合うような間柄じゃないの』
人の呼び方なんて千差万別だから細かい事はなしとしてだ、千才さんと紗李さんがいつから知り合いだったんだと気にはなる。高校入学から?それとも、中学からか?いや、大穴で小学校か幼稚園?その答えはすぐに出る
『で、でも! わたし達は幼稚園からずっと一緒に……』
『そうね。貴女との付き合いが始まったのは幼稚園の頃からだったわね、でも、その中で私は貴女を親友だとか友達だとかなんて一度も思った事はないの』
幼稚園の頃から一緒に過ごして来て紗李さんは千才さんを友達……いや、親友だと思っていた。対して千才さんはそうじゃなかった。いつ頃からなのかは本人に聞いてみないと分からないけど、親友とは思ってなかった
『そんな……ちーちゃん……』
『はぁ……、そのちーちゃんって呼び方を止めてと言ってるでしょ?本当にしつこいわね』
先ほどとは違い、若干イラついた様子の千才さんは頭をガシガシと掻く。外面がよかったであろう千才さんのこんな姿を他の生徒や先生が見たらなんと思うか……そもそも、麻衣子さんにした事、犯人グループの男にした事、これから紗李さんにしようとしている事なんて彼女に幻想を抱いてた人達には見せられないか
『で、でも……わたしは昔からそう呼んでるし……』
『昔から嫌だったのよ。ちょっと優しくしてあげたら簡単に懐いてきた貴女がね。まぁ、いいわ。懐かせてあげた分、これからそのツケを払ってもらうから』
千才さんはゆっくりと紗李さんに近づく。今回は麻衣子さんの時みたいに手に何も握られてないから切りつける心配はないだろうと思っていた矢先─────
『は、払ってもらうって……、わたし、お金なんて持ってないよ?』
『お金じゃないわ。貴女はただ私のサンドバッグになってくれればいいだけだから』
『な、何を───!?』
千才さんは紗李さんの頬に平手打ちをお見舞いした。うん、カッターの類を持ってなかったから安心だと思ったら大間違いだった
『ち、ちーちゃん?』
頬を打たれた紗李さんはその場所を押さえ、戸惑いの色を含んだ目で千才さんを見つめる
『何度も言っているでしょ?その呼び方は止めてと。もしかして貴女、日本語が解らないのかしら?』
表情を変える事無く冷たい目で紗李さんを見下ろす千才さんは今の警察官という職に就いている人と同一人物なのか疑ってしまう程だ
『ご、ごめんね、で、でも、だからっていきなり打たなくても……』
紗李さんの言う通りだ。止めてほしいなら口で伝えればいいだけの話。打つ必要はない
『こうでもしないと解らないでしょ?貴女は犬や馬と同じで理解力が壊滅的に乏しいのだから』
とても人に対して言う言葉じゃない。理解力に乏しい人間は世の中ごまんといる。まぁ、全ての人間が要領よく、物覚えもいいわけじゃない。中には要領が悪く、物覚えだって悪い人間もいる。それをやる気の問題と片付けるのは簡単だ。ただ、一辺倒にやる気の問題で片付けるのもいかがなものとは思うけど
『こ、これからは気を付けるから! だから! 打つのは止めて!』
『ダメよ。貴女の物覚えは動物以下。これから私が存分に躾けてあげる』
ここからの光景は見てられなかった。千才さんによる一方的な暴行が始まり、紗李さんは泣きながら何度も『止めて!』と叫ぶも止む事はなく、途中から物を使って殴る始末。やっと止めたと思ったら紗李さんの顔はボコボコに腫れていた
『これに懲りたら二度と私を変な渾名で呼ばない事ね』
泣いている紗李さんを放置し、千才さんは倉庫を後に
それから目まぐるしく場面が変わり続け、映し出されたのは千才さんが犯人グループを始め、自分が目を付けた人達に暴行を加えるシーンなのだが、麻衣子さんの時同様、カッターで切りつけたり、犯人グループの男と同じように根も葉もない噂を流したり、紗李さんの時みたいに人気の一切ない場所に呼び出して殴る蹴るを繰り返すというもの。やってる事は悪質なのだが、ワンパターン過ぎる。そして、そんなシーンを見終わった俺は─────
「アンタ、何で警察官になろうと思ったんだ?」
地に這いつくばらせた千才さんを見下ろし、警察官になろうと思い立った理由を尋ねた。手を繋いだままという状態では締まりがないのは放っておいてくれ
「何でって、市民の安全と弱い人を守ろうと思ったからよ。それよりも早くこの状態を何とかしてほしいのだけど?」
本人の思いはどうでもいいとしてだ。よくもまぁ、アレだけの事をしておいて市民の安全と弱い人を守ろうと思っただなんて出てくるよな……
「そうかい。それは本心からそう思って言ってるのか?」
「当たり前よ。私は生まれてからこれまで嘘を吐いた事がないの」
それが嘘のような気がしてならないのは俺だけでしょうか?ついでに言うと記憶を見終えたのか、周囲から『あの人最低』とか『世も末だな』とか聞こえる
「はいはい、すごいすごい」
「灰賀君、今バカにしたでしょ?」
「してないしてない。それより、他の人達の方も終わったみたいだし、意見でも聞いてみましょうか?」
「何を言ってるのかしら?見終えたって貴方達はただボーっと突っ立ってただけじゃない」
千才さんから見ればそうだ。俺達はただ手を繋いで突っ立ってた程度にしか見えないだろうけど、俺達は彼女が高校時代に何を仕出かしたかを見たのだ
「そう見えるのは無理もない。だが、今からここにいる人達が順番にアンタの過去を話し始めたら俺が言った事が本当だったと理解出来るだろ?って事でだ、時計回りで千才さんが高校時代に何をしたのか一つずつ挙げていってくれ」
俺一人が言ったところで千才さんはストーカーか何かで片付けてしまうのは目に見えていた。ではどうするか?答えは簡単だ。俺以外の人が言えばいい。高校生のクソガキじゃなく、大人がな
「時計回りって事は私からか。彼女が嫌がる男子生徒を押さえつけて橋から川へ突き落した」
隣にいた女性看護師が暴露したのは犯人グループにいる男の一人が高校時代実際にされた事だ。まぁ、実際は千才さんの下僕達が押さえつけ、橋から突き落としたって話だ
「自分が気に入らないからって一人の女子生徒を退学にした。ってこれでいいのか?恭」
親父のを補足すると自分の気に入らない生徒を退学にしたのは合っている。ただ、父親から学校に圧力を掛けてもらってが抜けてるけどな。それと、締まらないから確認を取るな
「締まらないから息子に確認を取らないでくれない?他の人もだけどよ、自分が見た事をそのまま言えばいい。次」
真面目な場面にお茶目なんてこれっぽっちも求めてないんだよなぁ……。次の発表者は女性のようだが、何か気弱そうだな……
「あ、は、はい、え、えっと、麻衣子さんでしたっけ?その人を万引きの犯人に仕立て上げた!」
気が弱いかどうかは別として、女性は緊張のあまり動揺していた。
「はい、ありがとうございます」
「い、いえ、ど、どういたしまして……」
発表が終わった女性にお礼を言ってみたけど、何だろう……、気分的に小学校の先生になった気分だ。きっと発表が苦手な子が人前で喋り終えた後ほっこりした気持ちになるんだろうなぁ……俺がそうなったし
女性の発表が終わった後、次々に出た千才さんの悪事。途中から麻衣子さん、紗李さん、犯人グループの男にした事が使いまわされてる感があった。彼女がした悪事をまとめると、暴行、傷害、名誉棄損と主なものはこの三つだ。俺はこの時までこれ以外に出てこないなと思っていた
「じゃあ、最後の人」
俺が発表を促したのは最初に残ると名乗り出た男性。名乗り出たのは最初なのに発表が最後というのは何とも妙な気分になりそうではある。しかし、小学校を始め、学校と名の付く場所での発表は大体が出席番号順。言うほど驚く事でもないとも思ってしまう自分がいるのも事実だ
「笑いながら同級生をナイフでめった刺しにした」
俺が─────いや、この場にいる全員が見はしたものの言わなかった事……。『ゆるさない』と連呼していた幽霊に千才さんがした行い。それを彼は公表したのだ
「………………」
それを言われた千才さんはバツが悪そうに目を逸らし、他の人達は口元を手で覆う人、思い出して泣いてる人と二分。生者は犯人を含めて大人しかったのだが、幽霊達は……
『ウガァァァァァァ!!!! コロス!! チトセ!! コロス!!!!』
『ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないちとせゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないちとせゆるさない』
『ちとせ……ちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとちとせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!』
暴走気味だった
『きょ、きょう~! この人達完全に暴走してるよぉ~!』
暴走する幽霊達を止めようと奮闘するお袋。だが、暴走は止まらず。実害があるとしたら千才さんだけだろうから別に止める必要はないだろ
『ダメだよ~! このままじゃ関係ない人達まで巻き込まれちゃうよ~!』
恨みを買った千才さんだけが被害を被るのは一向に構わない。自業自得だからな。復讐に無関係な人達を巻き込むとなったら話は別だ。しかし、俺は幽霊達の止め方なんて知らないぞ
『千才って人や神矢想子にやったように霊圧を当てればとりあえずは大人しくなるよ!』
それを早く言ってほしかった
「はぁ……ったく、大人しくしろってーの!」
お袋に言われた通り俺は幽霊達目掛けて霊圧を飛ばす。俺や他の人が言わなかった千才さんの悪事をバラした男性を恨めばいいのか、それとも、死んでなお怨念に憑りつかれる程の事をした千才さんを恨めばいいのか……、はぁ……、入院生活は平穏なものになると思っていたのになぁ
『ウウウ……ウガァァァァァァ!!!』
『『…………』』
俺の霊圧で幽霊達は一人を除いて大人しくなったが、油断は出来ない。一瞬でも気を抜くと彼女達は再び暴走するのは火を見るよりも明らかだ
「とりあえず大人しくなったところで千才さん」
「何かしら?」
「犯人達がどんな思いを貴女に抱いてこんなバカな真似を仕出かしたか、それは俺には分かりません。ですが、ここまで追い込んだ犯人達や死んだ貴女の同級生達に謝るという気はありませんか?」
千才さんに僅かばかりの良心が残っていれば謝罪の言葉が出てくるはず……
「謝る?私は何を謝ればいいのかしら?」
出てきたのは謝罪の言葉ではなく、何に対して謝罪すればいいのかという問いかけだった
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